六十九部
「こんにちは、木戸さん。」
「そう呼んでくれる人ももう二人しかいなくなってしまったね。
悲しいことだよ・・・・・・・・・」
桂は悲しそうに山本を見て言った。動画の公開元を探していた中で、2・30人くらいの日本人のパソコンを経由して、海外のサーバを経由し公開されていたことがわかり、その中に桂の名前もあったことから、山本と上田は桂の研究室を訪れていた。
「そうですか、私のパソコンから不正なアクセスがされていたとは、全く気が付きませんでした。」
桂は困った顔で言い、山本が
「不正に操作するためのウイルスを仕込まれたことに関して心当たりはありますか?」
「私はパソコンが苦手で、論文関係でしか使わないのでよくわかりません。
例えばどんな方法でとかはありますか?」
「一般的なのと言うと語弊があるんですけど、よくある手口としてはメールの中にウイルスを仕込んでおいて、メールを開封すると感染するというのが良くある手口ですね。」
上田が言うと、桂はさらに困った顔になり、
「そうですか、それなら可能性はないと言えないですね。
論文の執筆に関係する取材を行った時に、連絡先を渡すんですが、相手のアドレスを聞かないことが多いので、送られてきたメールでその人の連絡先を知るというパターンも多いですから。
よくわからないアドレスからでも一度はメールをあけて確認しているので、確実にないということは難しいですね。」
「開けた瞬間にパソコンに異常を感じた、あ~とフリーズして動かなくなったなんてことはありましたか?」
山本が聞き、桂も首をかしげて
「あったような気もしますが、どれかまではわかりませんし、重要なメール以外は削除してしまうので、見れなかったメールなら消している可能性が高いですね。」
「そうですか・・・・・・・・・・」
山本が少しため息まじりに言い、桂が心配そうに
「すみませんね、お役に立てなくて。」
「いえ、それより黒木の勉強会に講師で行かれてるそうですね。
どんなことをやっているんですか?」
「黒木君から聞いたんですか?」
不思議そうな顔で桂が聞く。
「いえ、後輩の一人がそんな話をしていたなと思いまして。」
「ああ、そうですか。
新しく政治家を目指している人も中にはおられるので、政治学を最初っから講義したり、各分野における問題点のピックアップと、諸外国における問題解決手段の相違などについてが今のところメインになってますね。」
「資本主義と社会主義の国家でも色々と変わってきますからね。
そんなことも考えずに政治家になろうとしている人も含まれているということですか?」
「現職の政治家であっても、勉強していない人は色んなことを知らないまま、担ぎ上げられてきた人もいますからね。
そう言う人が悪いとは言いませんが、そういう人が国家の代表となれてしまっていた今までの制度そのものが日本をむしばむガンだったのかもしれないですね。」
上田は桂と山本の政治についての話について行けず、研究室内を見回していた。桂の研究室内はきれいに本が整理されており、どこに何があるのかというのも本の種類別に分けられていて、几帳面さが浮き出ていた。
桂のデスクの上に紙袋が一つあり、覗き込んでみていると山本が
「おい、そんなに勝手に見たら失礼だろ。」
「すみません。」
上田が謝ると、桂は笑顔で
「いえ、気にしないでください。何か興味のある物でもありましたか?」
「それでは、先生はどこかお身体が悪いんですか?」
上田はそう言って、デスクの上の紙袋を持ち上げた。
「ああ、それですか。
少し精神的な部分が悪いと言われてるんですよ。
ストレス社会だとか、研究者だから結果を残さなければいけないプレッシャーとか、そんなことを考えると精神に異常が出るのではないかと聞かれることが多くて、実際に精神科に行くと『うつ状態ですね』とか言われて、薬を出されてしまったんですよ。
全く失礼な話ですよ。」
「大丈夫なんですか?」
山本が聞くと、桂は笑いながら
「大丈夫ですよ。ストレス社会であることは否定できませんけど、私は研究をすることが好きですし、結果にばかりこだわっているわけではないですからプレッシャーもないですしね。
それに、我々の研究は直ぐに答えが出ないものではないですよね。
法律を作り、その法律が社会のため、国民のためになったのかを今の我々が答えを出すことなんてできないですから、私は私の考えが少しでも正しい証拠を探して、資料を残し、そして将来誰かがその答えの片鱗にたどり着ければそれでいいと思ってるんですよ。」
「そうですか。すみません変なことを聞いてしまって。」
山本が言うと、桂は笑顔で
「気にしないで下さい。確かに学者とは理解されにくいものであり、世間とも少し違う人間のように思われがちですが、そのへんにいる他の人と何も変わならいんですよ。
趣味に没頭している人に『なぜそんなに真剣なのか?』と問えばきっと『好きだから』と返ってくると思います。
同じですよ、学者に『なぜ研究するのか?』と問えばきっと『好きだから』と返ってくるはずです。
趣味を楽しむ人と学問を研究する人の違いは本当はないのかもしれません。」
「木戸さん、色々とお話したいこともあるのですが何分その余裕がないので、パソコンのことだけ調べさせてもらいますね。」
「ああ、すみません。何分ぐらいかかりますか?
教授会がありましてね、もうすぐ出ないといけないんですよ。」
「そうですか。じゃあまた今度、パソコンに詳しい部下を連れて出直しますよ。
そんなにすぐ結果が出るものでもないと思いますし、パソコンをお借りすることもできないと思いますので、後日またということにします。
忙しいのにすみませんでした、行くぞ上田。」
山本はそう言って簡単に挨拶を済ませて外に出て行った。上田も同じように挨拶を済ませ研究室を出た。




