六十五部
「…………えーと、路上生活を送る前は、土木系の肉体労働をしてました。会社とかには勤めたことがないです。
無職で日雇いの仕事をして食いつないでいたんですが、年齢のこともあって、雇ってもらえないことも増えてしまって、路上生活をするしかなくなりました。」
署に連行された荒木は山本と上田に取調室で事情を聴かれていた。その中でホームレスになる前のことを聞かれたので答えていた。
「ご結婚はされてますよね?
こちらで少し戸籍の方を確認させていただきました。
あなたが偽名でないかを確認するための処置です。」
上田が言うと、荒木は納得しように
「あ、ああ、そういうことですか。
家族とはもう何年も……………………会ってないです。
私が働かなくなったのに妻が怒って出ていかれてしまって、妻のおかげで家賃とかも払えていたんですが、妻がいなくなって、それも払えなくなって追い出されたんです。
今はどこにいるのか、連絡先すらわかりません。」
「そうですか。
今後、釈放されることになったときに身元引受人が必要になりますが、誰か頼れる方はおられますか?」
山本が一応確認で聞くと、荒木は焦ったように
「だ、誰もい、いないです。
それだと釈放されないんですか?」
「まだあなたがシロだという確信がないので、数日は警察にいてもらう必要がありますが、その後のことを見越して、釈放となったときから引受人を探していたのでは遅いので聞いているだけです。
国選弁護士を選定して、あなたの仮の引受人になってもらうことはできますので、そこは心配しないでください。」
山本が言うと荒木は落ち着いたのか一息入れてから、
「私は本当に何も知らなかったんです。
こんなことになるなんて思ってもなかったですし……………」
荒木が言いかけたところで、取調室のドアがノックされ、上田がドアを開けると片倉が立っていて、
「警部と上田さん少しいいですか?」
上田は山本の方を見て来たので、山本が椅子から立ち上がり、伊達に向かって、
「荒木さんを見ててくれ。」
そう言って二人で部屋を出て、山本がドアを閉めたのを確認した片倉が
「経理部から至急お二人に来て欲しいと伝言を預かりました。
警部は捜査費の請求について、何度も呼び出しているのいっこうに来ないとかなりお怒りのようでした。
上田さんはガソリン代を経費で大量に落としてこられているので、それについてということでした。
取り調べの途中で申し訳ないのですが、早めに行っていただけますか?
うちの課の予算にかなり関わってくることですから。」
「取り調べはどうするんだ?」
山本が聞くと片倉は表情を変えずに
「私が交代させていただきますよ。
何か聞いておきたいことはありますか?」
「いや、もういい。行くぞ上田。」
山本がそう言って、歩き出すのを見て上田も慌ててそれについて行った。
片倉が取調室にはいると、伊達が
「警部は何か言ってたか?」
「もう聞くことはないと言っておられましたよ。」
それを聞いた荒木が
「じゃあ、もういいですか?
今日は色々とあったので少し休みたいのですが?」
「残念ながら、あなたの休息はまだ訪れませんよ。
私が聞きたいことがありますから。」
片倉は山本が座っていた荒木の目の前のイスに座り、
「防衛大臣の高杉俊哉氏のことをご存じですよね?」
「え?ええ、新聞とかは路上でも拾えたりしますから。
な、名前くらいは知ってますよ。」
「ああ、安心してください。取調室のカメラは既に全部切ってあります。あなたがここでどのような発言をしてもそれが正式な記録となることはありません。
もう一度聞きます。高杉防衛大臣のことをご存じですよね?」
「そ、…………………それは…………………。
何で私がその人を知っていると思っているんですか?」
荒木は動揺を隠せずいたが逆に質問することで落ち着こうとしているようだった。片倉が
「あなたは先程の取り調べでいくつか嘘をついていましたね。
土木の肉体労働をしていた?家族とはもう何年も会ってない?
嘘を言ってはいけませんよ。
あなたは学歴や職歴も完全に削除されているが、高学歴で並みの仕事ではないものについていたじゃないですか。
毎年、娘さんの誕生日には高級焼肉店で一緒にご飯を食べて、あなたがお金を出しているじゃないですか。
ホームレスがどこからそんなお金を出してくるんですか?
教えていただけますよね?このままではあなたを偽証罪で捕まえることになりますよ?」
「そ、そ、そ、それは……………………」
荒木は言い返すこともできずに黙りこんでしまった。伊達が歩みより、
「今は何にも記録をとっていません。
本当のことを教えてくれたら、この事は山本警部にも内緒にしておいてあげますよ。
どうですか?我々に協力するか、別の罪状で刑務所に行くかです。」
「ぎ、偽証罪で刑務所なんてないでしょう!」
荒木がやっと反撃材料を見つけたと思ったのか勢いよく言ったが、片倉が冷たい声で
「あなたには前職の時の業務上横領、そして収賄罪等で逮捕、起訴が可能です。
少しはご自身の身の上を理解してお話しいただきたいですね、高杉防衛大臣前私設第一秘書の荒木さん。」
荒木はがく然とした表情で片倉を見て、続いて恐怖の表情で伊達を見て
「初めて会ったときから私のことを知っていたのか?」
伊達はニヤリと笑ってから
「俺は知らなかったんですが、片倉があなたのことを知っていたんですよ。」
「あんたは何者だ?」
荒木は片倉を指差して言った。片倉はため息をひとつしてから、
「私は訳あって、現場で働いていますが、本当の所属は公安です。
高杉防衛大臣の黒い噂は公安の中では有名な話ですよ。
自身の横領と収賄を秘書の責任にして、その秘書を失踪扱いにして、今も飼っているとね。」
「そんな……………………バレないから安心しろって言ってたのに………
あ、あんた等は高杉さんを逮捕したいのか?」
「高杉がもうひとつの黒い噂を実行しているなら、公安は黙っていられませんよ。」
「もうひとつの黒い噂?
なんだそれは?
そんなもの聞いたこともないぞ!」
荒木が怒声をあげたが、片倉は目を伏せて静かな声で
「自衛隊内に私設の暗殺部隊を作り、国家に反する者や海外の要人の暗殺も行っている。だが、実際は高杉の気に入らない人間の抹殺のための部隊があるというものですよ。」
「そ、そんな………………高杉さんがそんなことするわけない。
私はあの人を信じてるんだ!」
荒木はそう言ったあと、机に伏してむせび泣いていた。
「なるほどな………………そんな裏話があったんか。
盗み聞きして正解やったは。」
取調室のマジックミラー越しにすべてを聞いていた竹中がニヤリと笑って静かに部屋を出てその場を離れた。




