五十八部
「そう言えば、入国管理局の人間を名乗る男が一度来てましたよ。」
不法滞在者襲撃事件の捜査をしていた山本と上田が訪れた被害者の職場で責任者が言った。
「本当ですか?
いったい何をしに来たんですか?」
上田が聞き返すと、責任者が
「外国人を雇っているみたいだけど、在留資格に問題がないかと聞かれたんです。当時は不法滞在者がどうのという問題はあまり聞いてなかったので、本人に確認せずに、在留資格はしっかりしていると答えると、入管の職員はそうですかって言って帰っていったんだよ。」
「本人に会わずにですか?」
「そうなんですよ、もし在留資格に問題があるから調べているのだとすると、その程度の受け答えで納得するものなのかな、とは思ってたんです。」
「その男の特徴とかわかりますか?」
山本が聞くと、
「30代くらいの良いスーツ着た男でしたよ。
いかにも国の役人って感じでした。」
「もっとこう・・・・外見的な特徴はなかったですか?」
上田が聞き、
「背は私と同じくらいだったから175くらいですかね、あと身体はがっしりした感じでした。
公務員だから週休二日のうちのどっちかでジムとか通ってるのかな、くらいに思ってましたから。あと髪の毛は黒の短髪でした。」
「30代で、体ががっしりした黒髪の短髪の男ですか。」
山本が整理して復唱すると、上田が
「他に気になったこととかありましたか?」
「そんなこと言われても、変な人だなくらいの感想しかなかったですし、うちには関係のない問題だと思ってたので、聞かれるまで忘れてたくらいの感じですからね。」
「被害者の方を雇った時にビザの確認とかはしなかったのですか?」
山本が聞くと
「一応はしましたよ。
ただ、外国人の方でビザで働いている人を今までに雇ったことがなかったので、確認の仕方とかも手探りでしたし、人材派遣会社から紹介されたので、ビザもしっかりしていると思い込んでいたんです。」
「その人材派遣会社の名前はわかりますか?」
上田が聞き、
「うちも初めて取引したので詳しいことは知らないのですが、名前は『ピース・オブ・ザ・ワールド』って名前でした。
外国人労働者の仕事斡旋を専門に行う派遣会社だったらしくて、日本人の担当の方と偉い感じのする白人の男性が一緒に、会社の説明と雇用形態に関しての説明をしに来たことがありました。
まっとうそうな会社でしたし、人材の足りてない中小企業からすれば、紹介料とかもなしに人材をあっせんしてくれるというので、あまり考えずに契約した覚えもありますから。」
「雇用形態の説明というのは?」
山本が聞き
「要するにアルバイトとして雇用して欲しいということでした。
正社員になって持った方がこちらとしては保険のこととか給料の払い込みの話とかで楽だったんですけど、税金の面で難しくなることと、いつ帰国するかわからないので穴埋めが簡単になるアルバイトの方がいいですよと言われたんです。」
「なるほど、それでアルバイトで雇ってたんですか?」
「ええ、月収という形ではなく、日当という形で、その日の労働時間に合わせて時給を決まて、その日の終わりに現金で渡してました。」
「それは被害者側の希望ですか、それとも人材派遣会社側の要求ですか?」
「被害者っていうのが少し嫌ですけど、働いてた本人がその日の暮らしが厳しいから、働いた日に働いた分を貰えないかと頼んできたんです。
まあ、異国で物価の違いとかもありますし、色んなことでお金が必要なんだろうなと思ったので、色々と対処したわけですよ。」
「なるほど、その人材派遣会社の連絡先とかわかりますか?」
「それが最近、全然連絡がつかないんですよ。
新しい人を紹介してもらおうと思ったんですけど、連絡は繋がらないし、事務所に行っても留守みたいだしでお手上げ状態ですよ。」
「その事務所の場所を教えてもらえますか?」
「ええ、良いですよ。
会社説明のために作ってるっていうパンフレットを貰いましたからそれに載ってたところですから。
ちょっと、取って来ますから待っててください。」
そう言うと責任者は会社の奥に消えていった。
「人材派遣会社が何か怪しくなってきましたね。」
上田が言い、山本が
「ああ、もしかしたら人材派遣会社自体が『平成攘夷軍』と繋がってて、標的を作り上げるのと同時に、活動資金を普通の業務で稼いでいた可能性も出てきたわけだな。」
「あるいは、不法滞在者の仕事先あっせんをしていた会社だから既に襲撃されていて答えたくてもってこともありますよね?」
「そうなるとまた話が面倒になりそうだな」
山本が答えたところで、責任者が戻ってきて、
「すみません、これですね。
ただ、本社は大阪にあるみたいですし、全国各地に色々と事務所を作って活動しているみたいですよ。
東京の事務所はここですね。」
山本がパンフレットを受け取り、場所の確認をして、
「ありがとうございます、また何か思い出したこととか気が付いたことがあれば、警察までお知らせください。」
山本と上田が挨拶をして出て行く。その様子を陰から見ていた男がいたことには二人は気が付かなかった。




