五十二部
「物を作るというのはいいですね。
どんどんと完成形に近づいていくのを感じながら、一つ一つの工程を進めていく。そして一日の終わりに自分が作った物の量を見て、今日も頑張ったと思える。僕はあまり物を作るという仕事ではなかったですし、僕の仕事から生まれていたのは無形のものが多かったので、刑務作業もなかなか面白いと思ってやってますよ。」
「勤労意欲の喚起、出所後の生計のための技術習得、適度な運動、その他にも色んな理由で刑務作業は取り入れられているが、それを楽しんでいる受刑者はお前くらいのもんじゃないのか?」
五條が嬉々として刑務作業の楽しさを話した後で山本が聞くと、五條は笑顔で、
「そんなことないですよ。僕の一緒に働いている人はお互いに出来栄えと量で競い合って、より良い物をより多く作るという勝負をしています。
同房の人達も一緒になって、自分達の刑務作業ではどうだとか、なかなか話が弾んでいい感じの生活環境ができてますよ。」
「人をまとめる才能っていうのはどこに行っても怖いもんだよな。
お前ならヒトラーやムッソリーニのようになることだって、できるんじゃないのか?」
「独裁者になれると言われても嬉しくはないですね。」
「人心の掌握がうまいとほめているんだがな。
独裁者は確かに民主主義が進んだ現代の世界では確実に悪だが、ヒトラーやムッソリーニと言った独裁者を生み出したのは無知な人民とそれを扇動した一部の知識人なんじゃないのか。
『自分達は騙されていた』と後になって叫んでも、騙されたのではなく、自分の信じたものが間違っていただけというのが事実だろ?
その時は正しいと思ったことが後になって間違いだったと気づいた時に人は責任を偉い人間に押し付けて自分のせいじゃないって、自分を正当化した結果だと俺は思う。
独裁者を作ったのは民衆であり、そこにたまたま人を導くカリスマが一人ずついただけの話なんじゃないのか?」
「ヒトラーやムッソリーニは悪くない、悪いのは民衆だったと言いたいんですか?」
「そんなわけないだろ。
俺が言いたいのは最初から悪い人間なんていない、誰かの思惑に飲まれて、誰かの期待に応えようとして、あるいは、自分の愛した人をために、気が付かないうちに人はいつの間にか悪い人間になっているのではないかという話だよ。」
山本が言うと、五條は首をかしげて、
「そんな話をするためにわざわざ大人数で来られたんですか?」
「そんなわけないだろ。今日は聞きたいことがあったんだよ。
でも、通じる部分はあるからいいかもしれないな。」
「ほぉ、いったいどんなお話ですか?」
五條が楽しそうに聞く。山本が
「影山光輝を悪く言う人間にあったことがない。
そんなに親しいわけじゃないし、そんなにたくさん関係者にあったわけではないが、それでも誰も悪口を言っていない。
そんな影山光輝は、もしかしたら自殺していなければヒトラーやムッソリーニのようになっていたのではないだろうか?」
「まだ影山が裏で全部を計画していたと考えてるんですか?
それなら無理ですよ。いくらあいつでもここまでの世界の辺かは見通せなかっただろうし、それに計画をしていたとしても山本さんによって事件が解決されることまで見越していたとは思えません。」
「その話は別に置いといて、影山光輝という人物が全ての事件の元凶にいるのではないかと考えてはいる。お前の後輩の斎藤が俺に宛てた手紙で書いていた『元凶』っていうのは、事件の首謀者のことではなく、その首謀者を動かした人物だったからではないかと考えたわけだ。
これならどうだ?誰かに強く影響を与えていたとか、影山光輝という人物を崇拝していた人物とかいなかったか?」
「なるほど・・・・・・・・。
影山にあこがれていた人物は多くいましたが、それは彼が完璧と言っても差し支えのないほどの人物だったからです。
同学年だけでなく先輩や後輩、他大学の人、交流を持ったほとんどの人が彼のどこかの部分にあこがれ、尊敬していたことだろうと思います。
そんな不特定多数の中から、『この人が・・・』と言える人はいませんよ。」
「それでは、影山光輝の失敗談などを聞かせてくれ。
あるいお前の言うように影山が『完璧な人間』だったというのなら、お前だけが知っているあいつの顔とかなかったかを教えてくれ。」
「そんなこと言われても・・・・・・・・」
五條は考え込んでしまい何も言わなくなった。上田が
「お酒の席で酔っぱらって、恥ずかしいことしたとか、一緒にナンパして玉砕したとかでもいいですよ?」
上田の言葉には少しくらいそういうことがあって欲しいという願望がにじんでいたように山本は思った。ところが五條はそれを聞いて手を打って、
「そうだ!恥ずかしい話じゃないんですけど、研究会が終わって一緒に酒を飲んでいたときに、珍しくお父さんの話をしてましたよ。」
「それが何で珍しいんだ?」
山本が聞くと、五條が
「影山は家族のことを全く話さない奴なんですよ。
秀二君のことやお母さんのこと等あまり話したがらなかったくらいですから。」
「その『お父さん』っていうのは、影山のお父さんか?それとも長田さんのことか?」
「長田さんのことですよ。」
「それでどんな話だったんだ?」
「確か『縁の下の力持ち』の話でした。」
「それは・・・・話を聞いて違和感を感じる話だったのか?」
山本が聞くと五條は
「『縁の下の力持ち』って、『目立たない』とか『地味な人』とかそんな印象を受けるじゃないですか?
あるいは『見えないところで一所懸命頑張る』みたいな感じですよね。」
「まあ、そんなところだろうな。」
「長田さんは、奥さんから毎日のように『なんで出世しないのか』と言った感じの理不尽な責めをくらっていたらしいんです。
子供の時の影山が、長田さんにその理由を聞いた時にされたのが『縁の下の力持ち』の話だったそうです。」
「それはどんな話だ?」
「僕もお酒を飲んでいたので正確には覚えてないんですけど、確か・・・・・・」
そう言って五條は影山の話したことを語りだした。
『縁の下の力持ちは見えないところで頑張る人の方が頭が良くなくてはいけないらしいですよ。』
『急にどうしたんだ影山?』
『お父さんが、僕が子供のころ言ってたんです。
世の中には色んな人がいて、表に立って輝くのに向いている人もいれば、目立たないところで頑張ることが向いている人だっている。
無理して向いていないことをしようとすれば、無理した分だけ足元がおろそかになってこけたり、ミスをしてしまう。
目立つことは誰にでもできることだが、縁の下の力持ちはその言葉の通り、下で支えられるだけの力がある人でなければできない。
地味な人が下に行くんじゃなくて、上の人をバックアップしたり、成功に導いたりできるだけの力と素質と才能がなければ、本当の縁の下の力持ちにはなれないんだ。
目立つ人間になれなくてもいい、人から注目されなくても、人に馬鹿にされても自分の能力をしっかりと発揮して、自分なりの輝きを放てる人間であればそれでいいんだ。
表に出ずに、見事に黒子となり役者を支え、そして自分の存在を知らせないうちに全てを成功させられる、そんな黒子や縁の下の力持ちになればいいんだよ。
お父さんは役者さんよりも、監督さんよりも黒子や道具係の人の方が偉いと思ってる。その人達の努力が舞台を成功させ、よりきらびやかに見せることができるからだ。
お父さんは出世できないんじゃない、出世せずに裏でみんなが成功できるように支えていたいんだ。って、お父さんは言ってました。
その時は負け惜しみを言ってるんだと思いましたけど、今になって考えると、表に立たないのに全てを成功に、自分の思った通りに進められる人間っていうのは実は最高の指導者なんじゃないかなと思ったんですよ。』
『その話を聞いたのはいつ?』
『どうだったかなまだ幼稚園とか小学校に入る前だったと思います。』
『そんな子供に負け惜しみを言ってると思われてたお父さんが可哀想だよ。』
「・・・・・・て感じの話をしてました。」
五條が言い終えると、山本が
「裏ですべてを成功に導く最高の指導者か。
まるで詐欺業界のフィクサーになれって言ってるようなもんだな。」
「いや、そんな話じゃなかったと思ってましたけど。
目立たなくても一所懸命に働いているんだってことを長田さんが言ってるんだと思いましたし、今になってすれば長田さんのそういう仕事ぶりが評価されて今の地位を手に入れたのかとも考えられますから。」
「他には何かあるか?」
山本が聞くが五條は首を横に振り、
「影山があんなに酔っぱらったのもあの一度だけでしたし、家族のこと、特に長田さんのことを話したのはあの一度だけでしたよ。」
「そうか、わかった。俺が聞きたいのはこれだけだ。
また何か思い出したら、俺に話すように準備しといてくれ。」
山本はそう言って出て行った。上田も挨拶をして出て行く。伊達が
「最近、とても面会者が多いらしいですが、何をお話されてるんですか?」
「元同僚や大学の時の友人が心配して会いに来てくれてるだけで、特に悪さを企んでいるわけじゃないですよ。
そんなことを話してたら、刑務官さんが聞いてますしね。」
「坂本監査室長もこのあいだ来られたんですよね?」
「坂本は同期で一番仲が良かったですから。
心配して来てくれたのに、彼の方が疲れている感じでしたよ。」
「何に疲れてたんでしょうね?」
「さあ、身内を疑う仕事は彼のような繊細な人間には向いていないのかもしれませんね。」
「さあ、どうでしょう。」
「アニキ、そろそろ。」
松前が言い、伊達が
「お友達を作るのはいいと思いますが、刑務所の中では作らない方がいいですよ。出た後で面倒事になるケースもありますから。」
「それはどうも。気を付けますよ。」
五條が言うと、伊達は黙って出て行った。
その後ろ姿を見送り、フッと笑った後で
「刑務官さん、終わりましたよ。」
担当の刑務官が入ってきて、腰ひもを付けられている間も五條は不敵な笑みを浮かべて伊達の消えた扉を見ていた。




