四十六部
「まさか山本さんが僕の家に来てくれるとは思ってなかったですよ。」
秀二は驚きながらも笑顔で、山本達一行を自分の部屋に招き入れた。
上田が小声で伊達に、
「本当に住んでたな。」
「だから、上田さんが怖いって言ったんですよ。」
「どうかしましたか?」
秀二が小声で話す上田と伊達に向かって聞いた。山本が呆れた風にため息をついて、
「影山君が高級マンションに住んでいるのが上田は気に入らないんですよ。
たぶんここの家賃を払えば、上田の月収はほとんどなくなるくらいしかもらってないんで、ひがんでるんです。」
「ああ、そうなんですか。
僕はたまたま運よく株がうまくいって、お金に余裕があるんでこんなに良いところにいますけど、もしかしたら、株で失敗して明日にはホームレスになってるかもしれませんよ。
それくらい危ない崖の上に立ってるからこそ頑張ってるんですけどね。」
「株で儲けた金で大学の授業料も入学金も出したのか?」
「そうです・・・・・・・ね。
ひきこもりが長かったので、親に迷惑をかけずにやりたいことをやるなら自分でお金を準備しないといけないと思ったので。
僕が大学のお金を自分で出していることはまだ話してませんよね?」
「ええ、お母様から直接聞いた話ですから。」
「ああ、実家に行ったんですね。
何か他にも言ってましたか?」
「家を出てから一回も連絡がなくてとても心配されてたよ。
連絡くらいはしたらどうだ?」
「あの母親が心配しているのは僕のことじゃなくて、世間の体裁ですよ。
ただでさえ自殺した子供がいるのに、もう一方が失踪したなんてご近所に知られたらそれはもう恥ずかしくて外にも出れなくなるくらいに、外見と見栄しか頭にないそんなくだらない女ですから。」
「確かに家に行った時も警察って言ったらすぐに家に引き込まれたな。
ご近所のことをかなり気にしてた感じもあった。」
「長田さんと離婚したのだって、長田さんがいまいち出世しなさそうだったから、らしいですからね。
今の父は会社でもそれなりの役職と給料をもらってて、周りに自慢できるくらいのステータスがあるからまだ離婚してないだけで、それが無くなったらどうなるかわかったもんじゃないですよ。」
「お母さんが嫌いなんだね。
お母さんに隠してまで入った大学に最近は行ってないみたいだけど、それはなぜですか?」
「僕があの大学を選んだのは石田先生がいたからなんですよ。
優秀な人でしたし、学者の中でも固定観念みたいなものがなくて、柔軟な思考と発想で新しい世の中を創成できる人だと僕は思ってました。
大学に通ったのだって、石田先生に教えを頂きたからであって、他に目的もありませんでした。だから、石田先生のいなくなったあの大学に行く理由がなくなったわけです。
それに最近は経済状況が良くなくて、パソコンとにらめっこしてないといつ状況が変わるかわからない、もし悪化でもすれば一気に破綻してしまいますから、しっかりと対応できる状況を作っとかないといけなかったわけです。
大学に行ってる間に株価が暴落して、一文無しになったのでは元も子もないですから。」
「なるほど・・・・・・・・・」
山本が言ったところで、伊達が
「広い部屋ですけど、お一人で住んでおられるんですか?」
「そうですね、たまに友人が遊びに来たりはしますけど、基本的には一人で使ってますよ。」
「へえーそうですか。
お話変わりますけど、お兄さんとは仲は良かったんですか?」
「実家によって来たんなら、その関係も聞いていると思ってましたよ。」
「残念ながら僕は要ってないですし、親の認識と子供同士での認識って違うことがありますから、実際はどうだったのかなと思いまして、どうでした?」
伊達は明らかに敵意を持って秀二に質問をぶつけている。秀二もそれがわかっているのか少し挑発的な顔で笑い、
「そうですね、一言で言うと相手にもしていないという感じですかね。」
「ほお、『相手にされていない』ではなく、『相手にしていない』んですか。」
「何が仰りたいんですか?」
「いえ、お兄さんがひきこもりのあなたを相手にしていないならまだしも、ひきこもりのあなたがお兄さんを相手にしていないというのは少し理解できなかったので。」
「簡単なことですよ。
比べても仕方がないというだけの話です。
優秀な人と自分を比べて得られるものは何か、それは劣等感です。
人にはそれぞれに限界があって、努力したくらいで変わるくらいの話なんて元から大した問題じゃなかったということです。
努力してもどうにならない問題に一所懸命になっても無駄なことです。変化を得られないものなら、取り組む必要もないし、向いていないなら違うことをすればいいだけのことです。
兄と僕が違う人間である以上、僕の努力がどうであれ、その人の限界はいつしか絶望に変わって、その人を殺すことになると思います。
影山光輝が死んだのも、影山光輝という人間に限界を感じて、絶望したからだと思いますよ。」
「お兄さんのことは嫌いではなかったということですか?」
山本が聞くと、秀二はニコリと笑って
「好きと嫌いの二元論で語るから駄目なんですよ。
中間もあれば、嫌いではないけど好きでもない、好きではないけど嫌いでもないというように、好きとまでは言えないが好意的に受け取っている場合もあれば、嫌いではないがあまり関わりたくないと思うような関係の場合だってある。
物事は多面的に、そしていくつもの選択肢を持って、世界に存在しているものなんですよ。」
「その選択肢には『日本を一回滅亡させてでも改革を行う』も入っているんですか?」
伊達が聞くと、秀二は笑顔で
「そんな危ない考えではないですよ。
ただ、『YESかNOかだけでは世界が成り立たない』ということですよ。
そろそろ、良いですか?長い事パソコンから目を離しておくと先ほども言いましたが破綻する可能性がありますから。」
「そうですね、とりあえずはお元気なことも確認できましたので、これで失礼します。」
山本がそう言って、上田と松前を連れて出て行く。一人残った伊達が
「お前が何を企んでても必ず暴いてやるからな。
お前のために刑務所の独房を予約しといてやるよ。」
「囚人体験をすれば新たな発見があるかもしれませんね。
でも、その独房に入るのはあなたかもしれないですから、気を付けてくださいね。」
伊達は秀二を睨みつけて、部屋を後にした。




