四十二部
『本日未明、日本海沖において漁場に向かう途中の漁船が、密漁船と思われる船を発見し、近づいたところ、密漁船は何者かの銃撃を受けていたと、海上自衛隊に通報をしました。
駆けつけた海上自衛隊が調べたところ、密漁船の船籍等は発表されていませんが、少なくとも乗組員は全滅していたということです。
密漁船が発見されたのは日本の領海に直ぐ近い経済水域内で、外務省からその国に抗議を行ったという発表はありました。
ただ、密漁者が殺されたということで関係国の間で対応が困難となっており、今後、国際問題に発展する可能性も視野に慎重に捜査を進めていくということです。』
ニュースを読み上げたアナウンサーを見ながら、竹中が
「密漁者が日本の領海のすぐ近くで堂々と密漁してました、っていう時点でもうすでにあかんやろ。それが全滅させられてたからゆうて国際問題になるなんてどうかと思うわ~」
「犯罪者が殺されていただけと考えると、少々、竹中警部の意見に賛同できる余地はありますね。
ただ、領土問題や領海問題で他国ともめている日本の現状を考えるなら、相手国がその海域を自分達の経済水域だと言って、正当に漁業をしていた国民が殺されたと言い出したらそれだけで両国間の関係は悪化します。
憲法9条で先制攻撃ができない日本は、もし戦争にでもなるようなことになれば被害が出てからしか反撃できないというリスクを負っているので、相手国の方が選択肢は多くなるので、外交でどのような横暴な意見が出てくるかわからないということですよ。
戦力とは時に話し合いの場においても、その力を発揮するものですから、いつまでも戦力不保持をうたっていられる時代は終わってきているのかもしれませんね。」
片倉が冷たい声で言い、今川が
「憲法9条は改正するべきだっということですか?」
「憲法を『改正』というのが正しいかどうかはわかりませんね。
変えたことによって悪くなることもありますし、憲法改正とよく言われていますが正しくなるという保証はどこにもないということも考えなければいけませんよ。」
片倉が言い、三浦が
「えっ?それって結局どっちなんですか?」
「『改正』だったかどうかは未来の人が決めてくれることであって現在のわれわれが判断できることではありませんよ。
私の個人的な意見を言うなら、憲法は変えるべきでしょうね。
時代にそぐわない状態を維持すれば、今後も憲法という壁が日本の進歩を遅らせ続けることになります。
他国に追いつけない差ができる前に少しずつでも壁は壊して進むべきです。
今はその変革が起きようとしている段階、今変えなければおそらく日本は国際情勢で後れを取ったまま、発展途上国と揶揄していた国々に追い抜かれ、悲しい思いをするだけでしょう。」
「それやったら憲法を変えた方がええ、と思うのかどうかは人次第やな。
でも、俺も同感やな、憲法改正ってよく使われるけど、よくなるかどうかなんて実際に施行されてからしかわからんし、日本の国民のどんだけが憲法について考えて、理解してるんかって話やから、変化にも気づかん人だってきっとおるやろ。
そうなった時に怖いのは人の無関心が爆弾の起爆スイッチになって、自分を滅ぼさへんかってことになるんやろな。」
竹中がそうつぶやいたところで、三浦が
「でも、この事件って日本人が犯人かどうかもわかってないのに、国際問題に発展する可能性について議論がされるのっておかしくないですか?」
「どういう意味や?」
竹中が首をかしげる。三浦が
「だって、おかしいじゃないですか。船を攻撃していた手段は『銃撃』だったんですよね?
そうなると、日本人はほとんど銃を持ってませんし、日本人が持ってる銃なんて狩猟用の猟銃かクレー射撃とかで使う競技用とかじゃないですか。
そんな銃じゃ船を攻撃しても被害は知れたもんですし、密漁船はたくさんあったみたいですから短時間で全滅させられるような銃は日本では自衛隊くらいしか持ってないんじゃないですか?」
「それもそうやな・・・・・・・」
「それになんで相手国の名前を出さないんですかね?
別に密漁者がどこの国の人間かを公表しても、そこまで問題にはならないと思うんですけど。」
今川が言い、大谷が
「皆さん、興味があるのはいいですけどあまり時間を無駄にしないでくださいよ。どっちみち、海上で起こったことなので、僕たち警察が調べられることなんてないんですから。」
「そうでしょうか?」
片倉がニヤリと笑いながら言った。
「何か思い当たることでもあるんか?」
竹中が聞くと、片倉は
「皆さん、このやり取り少し前にもなかったですか?
それを思い出せば私が思い当たったことにも気づきますよ。」
片倉はそう言って、席を立って部屋から出て行った。
「あったかこんなこと?」
竹中が聞き、今川が
「無駄な話をしていて大谷君に怒られることはよくあるので、ちょっとどれのことかわからないですね。」
「いや、それ俺らがいつも怒られてるみたいで少し嫌だな。」
三浦が言う。
「僕もいつも怒ってる気がしますよ。
さあ、さっさと資料の整理を終わらせましょう。」
大谷はそう言って、片倉の消えていった方を見て、誰にも聞こえないくらいの小さな声で
「あの人はどこまで知ってるんだ?」
「大谷、なんかゆうたか?」
竹中に聞かれ、大谷は慌てたが落ち着いて、
「いえ、何もないです。」
「そうか・・・・・・」
竹中は大谷が何かを隠していることを悟った。




