三十七部
「どうぞ、直ぐにお茶をお持ちしますのでおかけになってお待ちください。」
黒木が言うと桂は笑顔で「お構いなく。」と言って、ソファーに腰を下ろした。
黒木がお茶を入れて戻ってくると、桂が
「このお部屋は盗聴対策とかはしてるんですか?」
「ええ、もちらろんですよ。
あまり人に聞かれてはいけないことや国防上の情報をやり取りすることもありますので、毎日チェックはしてますし、部屋をあけている間に誰かが忍び込んでいればわかるように色々と仕掛けがしてありますし、今も少し調べましたが盗聴されている危険性はゼロですね。」
桂は黒木の手渡したお茶を一口飲み、
「西郷君から連絡が来ましたよ。
あまりにうまく行きすぎたので、少しつまらなかったと言ってました。
予定通り、今日・明日中には計画を遂行してくれるでしょう。」
「坂本の建てた計画ですので、私はあまり関われていない部分があり、詳細の報告が来ていない状況ですので、私のご報告を頂いても・・・・・・・・・・・」
桂の顔から笑みが消え、突き刺すような視線を黒木に向けて
「そう。それなんですよ。
私は君が石田君という友人を失くしたことで、心が折れてしまったのではないかと心配しているんです。
先ほどの質問もそうですが、あなたが疲れているのは勉強ではなく、心労なんじゃないですか?
私も乗り掛かった舟ですから、途中で降りたくはない。
だが、肝心の君が途中で降りてしまうのではないかと私は危惧しているわけですよ。大丈夫でしょうね?」
「ご心配をおかけしてすみません。
ただ、私も降りる気はありませんよ。
私は例え船が沈むことになったとしても一緒に沈む覚悟を持ってます。
船長として、乗組員の避難は徹底して行います。ただ、沈む責任を取って私は逃げないし、船とともに沈むつもりです。
とは言っても、沈ませるつもりなんてこれぽっちもありません。
桂先生にも坂本にもその他の協力して頂いているすべての人と、航海の先に待つ、新しい日本を見ることを夢見て出港してますから。」
桂は笑顔に戻り、
「すみませんね、坂本君から君のネガティブな情報ばかりが入って来るので、少し発破をかけてみたんですよ。そんな必要はありませんでしたが。」
「何から何までご心配ばかりおかけしてすみません。
ただ、私を取り巻く状況が芳しくないのも確かです。
山本勘二という計画の要が予想以上に活躍していること、今後も必要としていた人材を数人失ってしまっているという事、そして最も厄介なのが影山秀二という危険分子です。
あいつは何を考えているのかわからないし、本当に兄の思い描いた日本を作るために協力しているのかどうかも疑わしい。
あいつの息のかかった者がメンバーにどれほどいるのかわからない状況では人に頼ることもできなくなってきているんです。
こんなことをお話しできるのも桂先生ぐらいですよ。」
「坂本君がいるじゃないですか?」
「坂本は・・・・・・・・・。
話過ぎると心配して無茶をしそうなので、できるだけ元気ですべて予想通りみたいな感じを見せておかないと彼自身が危ない気がするんです。」
「信頼しているのに、彼の身の安全を考えて信頼できない。
まさに矛盾しているということですね。
信頼とは何か、また信用とは何か言葉として辞典に載っているものばかりでは測れないのが人間関係です。
坂本君のことを思うなら、坂本君にありのままを見せたうえで無茶をするなと伝えればいいんじゃないですか?」
「それができない不器用さが、私を今の状況に追い込んだのかもしれませんよ。
少し考えます・・・・・・・・・・・・」
「君は熟考しすぎる傾向にありますから、もう少し楽に考えた方がいいですね。
そういえば、山本君にも最近は会ってないですね。
彼の成長も私としてはとても喜んで見ているので、ぜひ一度会って話してみたいものですよ。」
「ハハハ、あいつのことだから事件の捜査で嗅ぎつけて先生に自分から会いに来るかもしれませんよ。」
「それは、それは、楽しみにしておきましょう。
とにかく、計画はもう次の段階に入ります。黒木大先生は全てを知り、そしてすべてを上から見下ろしておいてもらわないと困りますよ。
船のかじ取りは最終的に船長に決めてもらわなければいけませんからね。」
「わかりました。坂本に色々と聞いて状況の把握と、予期せぬ事態に備えての対策は考えておきます。」
「ああ、あと本題に入りますが、来週の講義は学会が入ったので休ませてもらいますよ。他の講師を用立てるなりして対策をお願いします。」
「本当に勉強会の日程のお話があったとは思いませんでしたよ。」
「嘘は嫌いですからね。ついでに君にお説教をして、日程の相談もしたかった、それだけですよ。
頑張りましょう、諸々と。」
桂はそう言って、手を差し出す。黒木はその手を握りながら
「先生のそういう所は昔からあまり変わりませんね。」
「新しいことを始めるのも大変ですが、変わらないでいることも、これまた大変なものです。
ただ何かを新しくするときには痛みが伴う。
もうすぐ平成も終わってしまいますし、次は何という時代になるのかわかりませんが、私達の起こす『維新』が後世に良い意味で教科書に載るように、計画を成功させていきましょう。」
「犯罪者がいい意味で教科書に載せた日には、日本の終わりを感じずにはいられませんけどね。」
黒木がそう言って笑うと桂も同じように思い至ったのか苦笑していた。




