三十三部
『それでは続いてのニュースです。
先日、沖縄の尖閣諸島を巡回中だった海上自衛隊の巡視船が数隻行方がわからなくなっていることが判明しました。
海上自衛隊の発表では、通常の巡視任務に出港して、帰港する予定時間になっても帰港していなかったことを不審に思い連絡を入れたところ、連絡が取れず、あらゆる手段を用いて捜索を行ったところ、ある地点で船舶の反応が消えていたということで何かしらの事故に巻き込まれて沈没した可能性も含めて周辺海域を現在も捜索中ということです。』
強盗事件の捜査が一段落していた竹中達は捜査課の部屋で書類の整理や休憩を取っていた。何気なくつけていたテレビから流れてきたニュースも誰も真剣に聞いていたわけではなく、竹中が
「大変やな。海の上での仕事って何があるかわからんから怖いよな。
何より目印になるもんないからすぐに迷ってまうんちゃうか?」
今川が、
「レーダーとか地図は持ってますし、迷うことはないんじゃないですか?
大型の魚類なんかに船底に衝突されたり、波の影響で操舵を誤った巡視船同士でぶつかったなんてこともあるかもしれませんよ。」
大谷が呆れた感じで
「非常識ですよ。
巡視船に乗っていた自衛官の安否を心配している人がいるんですから、簡単にそんなこと言ってはいけませんよ。」
「そ、そうだよね、ごめん。」
今川が謝り、三浦が
「でも、今川の言ったことがもし起こっていたとしても事故の報告と救難信号は出るんじゃないか?
衝突したからと言ってすぐに沈むわけじゃないし、何か別の連絡をする余裕のない状況が起こったと考えるべきかもしれないよ。」
「なんや、外国船が攻撃して来たとかか?」
「竹中さん!」
大谷が怒声をあげる。竹中は
「冗談やんけ。領土問題がある以上は、色んな可能性があるんちゃうかってことを言いたかっただけやんか。
大谷もそんなに気をはらんくても、ここにいるんは俺らだけなんやし、もっと楽にしたらええやんか。」
「身内しかいない所で言ってたことが、何かの拍子で外部の人がいる時にも言ってしまうことがあるんですよ。
普段の生活態度が人前でも出るように、発言にも気を付けておいた方がいいですよ。」
「言いたいことも言わして貰えへんのやったら、何のための表現の自由やねん。」
竹中が言い、今川が
「竹中さん、公共の福祉に反するって大谷は言ってるんですよ。」
「そういうことです。」
「誰かの権利侵害してるんかって話やんけ。
誰かを侮辱してるわけやなし、名誉を棄損してるわけでもないで?」
「発言でも行きすぎれば傷害罪になることも最近はあるらしいですよ。
うつとか精神的な病気を引き起こす原因になれば、身体に傷害を与えたことになるとみなされるみたいですから。」
大谷が言い、竹中が
「ホンマに生きづらい世の中になってきたもんやな。」
「SNSでバカな発言したり行動したりして捕まってる人とかいるじゃないですか?
あんなのがいい例ですよ。
自分がバカだって世界に公表してるのと一緒なんですから。」
「その発言も危ないですよ、三浦さん。」
「そうなんだよな~、どこで何言ってもすぐにSNSで広がるから冗談も言えない社会になってきてるんですよ。
竹中さんの言う通り、生きづらい世の中ですよ。」
三浦が冗談ぽく笑いながら言う。
「思想・信条の自由と表現の自由はあまりうまいこと繋がらない権利になってきてるってことですね。」
今川が言い、大谷が
「それは学者さんが考えることですよ。」
「ちゃうやろ、国民が考えて、専門的な対処法を探すのが学者さんの仕事なんちゃうか?
それやったら一国民として、解決すべき問題を提起するんは当然の権利やと俺は思うで。」
「皆さん、国民の権利について議論していただくのは結構ですけど、口だけじゃなく手も動かしてください。
先ほどから資料整理が進んでません。まだまだ調べることも山積みなんですから、私語は仕事が終わってからにしてください。」
黒田が課長室から出てきて言ったので、全員が「はい。」と言って各自が持っている資料に目を戻した。その様子を見て黒田はまた課長室に戻り、竹中がのぞき込むようにした後で、
「授業中にしゃべってた生徒に注意する学校の先生みたいになってたな、黒田ちゃん。」
「いい大人になって子供と同じような注意をされている皆さんに問題があるんじゃないですか?」
それまで黙って資料を整理していた片倉に言われ、竹中は何も言い返せなかった。




