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二十八部

「それでは井川さん、取り調べを始めましょうか。」

 片倉が鋭い目で井川を睨みつけながら言った。

「はじめに言っておきますが、この取調べの様子は全て録音録画されています。

これは警察官による違法な取り調べを行うことを抑止し、さらに被疑者の証言を正確に残すための措置です。

 供述を曲解するつもりはありませんが、自分が話すことには注意を払ってください。わかりましたか?」

 井川は怯えるように小さく「はい。」と言った。

「それではまず先週の金曜日、強盗の被害者の男性に路地裏で薬物を売りましたね?」

「はい。」

「その薬物が違法なものである認識もあったということですよね?」

「はい。」

「それでは、あなたが売っていた薬物に関して裏で糸を引いているのは誰ですか?」

「そ、それは言えません。」

「・・・・・・なるほど。それでは少し話を変えますがあの薬物はどこから輸入してきたものですか?」

「日本で製造したものだとは思わないんですか?」

「私はあらかじめ調べたうえであなたに確認を取っています。

言ってしまうなら、先ほどの質問の答えも私は知っています。

あなたが答えたとしても、答えなかったとしてもあなたのケツモチの事務所には既に捜索令状を請求しています。

 もうそろそろ準備が整った頃だと思います。」

「なぜあんたがそんなことを知ってるんだ?」

「なぜ?決まってるじゃないですか、あなたがここにいるのは保身のためにあなたを売った人間がこの世の中にいるからです。

 それと同じように、あなたのケツモチの情報を売った人間がこの世の中にいるからです。

 悪いことはできませんね。」

「そんな理由で大田組が捜索を受け入れるわけないだろ。バカなのか?」

「そうですか、あなたのケツモチは太田組でしたか。

あっ、ちょっと失礼しますよ。」

 片倉は胸ポケットから携帯を取り出し、

「今の証言で十分ですね。今から始めてください。」

片倉は電話を置き、

「今から太田組の捜索を始めます。

残念ながら太田組が薬物売買にかかわっていたことはかなり前からつかんでたんですよ。ただ、決定的な証拠がなかった。

 あなたが今証言してくれたことで証拠が固まりました。

ありがとうございます。」

「そんな簡単に関与を裏付ける証拠なんて出ないだろ。行き損だよ。」

「まあ、太田組のことよりあなたは自分の心配をした方がいいですよ。

捜索令状を見せたところで素直に太田組が協力するなんて思ってません。

でもあなたが証言したということだけはしっかりとその場で言うように指示しておきました。」

「な、何でそんなことを?」

「決まってるじゃないですか、あなたが組から恨まれるように仕向けたんですよ。これであなたがシャバに出た後、あなたの身の安全を保障してくれる存在は無くなったわけです。私以外にはね。」

 井川の顔が青色に変わっていく。

「それはそうですよね、組の悪事を警察にチクって組を壊滅に追い込んだような人間をたとえ組が無くなっていても組員だった人間はあなたを許さない。

 特に太田組は裏切られるのが嫌いな組ですから、あなたは警察から出た瞬間にドスで刺されるか、拳銃で撃たれるか、そんな未来しか待っていないでしょう。」

 片倉が一言を言うたびに井川の顔は色が無くなっていき、小刻みに揺れだした。片倉はそれを冷たい笑みで見た後、

「そこで私があなたを助けてあげましょう。これから聞くことに素直に答えてくれれば、あなたが刑期を終えた後で組の報復におびえる生活を送らなくて済むように手引きをしてあげますよ。

 どうですか、魅力的でしょう?」

「ほ・・・・・本当に・・・・・俺の身の安全をほ…保障してくれるのか?」

 井川はすがりつくように聞き、片倉が笑顔で

「私は警察官ですよ。嘘は言いません。あなたがこちらに協力するなら私もあなたのために全力で協力しますよ。」

「な・・・・何が聞きたい?」

「素直でいいですね、井川さん。

クスリは外国人を雇って売った直ぐ後に回収していた、違いますか?」

「何でそんなことをする必要があると思うんだ?」

「簡単なことです。輸入が禁止されてしまったため品薄になったからです。

あの薬は元々は違法薬物ではなかったから輸入に制限はなかったが、薬事法の改正で違法薬物に指定されてしまったため、中毒者が多いにもかかわらず品が無くなってきた。

 もう売れないとは言えないから、品を売り続ける手段を考えたんだろ?

売った品を強盗に見せかけて奪い返してまた違う客に売り、それを繰り返してたんじゃないのか?

 それを隠すために同じような方法でコンビニ強盗も起こして真の目的を隠蔽していた。違うか?」

 井川は目をキョロキョロさせて、何かを考えた後、

「そうだよ、そうやって在庫が減らないようにして、本当に売らないとやばい奴にだけ売ってたんだよ。」

「どんなやつだ?」

「暴力団繋がりのやつとか政治家のボンクラ息子とかそんな感じだよ。」

「そいつらのリストは作れるか?」

「もうここまで来たら断らないよ。でも全部知ってるわけじゃないからな。」

「まあいいでしょう。この手段を考えたのは誰ですか?

組長などの幹部ですか、それとも外部の人間ですか?」

「俺は売人の中ではそれなりに上の方だったけど、組の中では底辺の存在だからそこまでは俺にはわからない。」

「本当ですね?」

 片倉が鋭く睨みつけると井川は焦ったように、

「嘘はつかねえよ。こんだけ話したんだからもういいだろ。」

「そうですね・・・・・・最後に1つだけ。」

「何だよ?」

「雇った外国人の名前と今いる場所を教えてください。」

「名前までは俺も知らないけど、囲い部屋みたいなのを作って、そこで隠れさせてはいるよ。その場所なら俺も知ってる。」

「それではその場所を教えてください。」

「奥多摩の小さなアパートに分けて住まわせてるよ。」

「住所とか詳しい場所を書いてください。」

 片倉はそう言って、紙とペンを渡した。井川は大人しく場所の住所を書いて、

「ここだよ。」

「ありがとうございました。今日のところはここまでにしましょうか。」

 片倉は立ち上がって、ドアを開けて、

「すみません、取り調べを終わりますので被疑者を拘置所に戻して頂けますか。」

 制服の警官に両脇を固められ井川が連れていかれた。ここで初めて同行していた竹中が

「この部屋はまだ録音とか録画に対応してへんやろ?」

「ああ、そうなんですか?それは知りませんでした。」

「白々しいな。っていうかお前の取調べほとんど脅迫やんけ。

あんなん録画したら、違法捜査やって騒がれるで。」

「被疑者が私を訴えても何も利益はありませんよ。

私が警察官で無くなれば、彼を守る壁がなくなるわけですから。」

「あれはマジな話やったってことか?」

「少なくとも、太田組はそういう組ですから。」

「いつの段階でその組が関わってること知ったんや?」

「取引の情報と一緒に仕入れた話でしたが信ぴょう性にかけたので、裏付けを頼んでおいたのが取調べ前に報告を受けました。」

「お前ら怖い奴らやな」

「お褒めに預かり光栄ですよ。」

「誰も褒めてへんし。いつか怖い目にあうんと違うかって心配になるは。」

 竹中はそう言って取調室から出て行った。

「怖い目にあう段階は過ぎてるんですよ。私は私のやりたいように、そしてテルのために働くだけですから。」

 片倉は一人でそうつぶやいた。


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