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二十一部

「はじめまして、大久保利典です。

山本さんのお話は石田さんから何度か聞いたことがありますよ。」

 ニコリと笑った長身で肩くらいまで髪の毛がある男は言った。

「石田とは親しかったんですか?」

 山本が聞くと大久保は笑いながら、

「そうですね・・・・・あなたと光輝のような関係ですよ。」

「影山光輝ですか?」

 山本が聞き返すと何がおかしいのか大久保はニヤリと笑って、

「ええ、影山光輝ですよ。つまり私と石田さんはゼミの先輩と後輩の関係です。

 ただ、私は石田さんのように政府の在り方がどうだということよりも、日本人の主権であったり、人権に興味を持って研究しているので、あまり学会内では接点がなかったんですけどね。」

「色々とお聞きしたいことはあるんですが、まず影山光輝とはどのようなご関係ですか?」

 山本が聞くと、大久保は

「篠田君や佐々木さんのように私も彼の友人の一人だったというだけですよ。

まあ、佐々木さんは同じ学部ではありましたが話したこともない感じでした。

 光輝は誰とでも仲良くできる優れた人間でしたが、私は違います。人とうまく接することができないために、問題もあったのですが、その時に助けてくれたのが光輝でした。そんな関係ですよ。」

「なるほど、あなたは影山光輝の自殺に関してはどのように受け止められたんですか?」

 山本の問いに表情を変えることなく大久保は

「彼が彼のままでいられたなら、あんな選択はしなかったでしょう。

彼が投げた一石が、今の日本を作っているというのであれば彼の選択は正しかった、のかもしれませんね。」

「自殺したことが正しいと思うってことですか?」

 伊達が聞くと大久保は

「そう捉えることもできるということですよ。人の言葉とは常に多くの物を含んでいる。その内封したものが相手に伝わる時もあればそうでない時もある。

だから人と人はわかりあえないんですよ。」

「学者さんの考えることは僕みたいな凡人には理解できませんね。どういう意味ですか?」

 伊達が煽るように大久保に聞く。大久保はニコリと笑ったまま、

「私が学者だから、私の言っていることがあなたに伝わらないのではないのですよ。私の言っていることが理解できなかったということは、私とあなたが元々わかりえない人間だった、それだけのことです。」

「自殺したことを良い事とは絶対に言えませんが、腐り始めていた社会を立て直すためのきっかけに影山の自殺がなったとするなら、一人の命で多くの物が救われる結果になる。

 最大多数の最大幸福の理論で行くなら、影山の選択は間違ってなかった。

そういうことですか?」

 山本が聞くと大久保は山本を指さして、

「そうです、その通りですよ。

 世界のすべての人が幸せになれるなんてことはない。誰かが得をすれば誰かが損をする、そのように世界はできているんです。

 損をする人を最小限に抑え、得をする人を一人でも多く増やすことことが政府の役割りであり、そして目指すべき終着点なのです。

光輝の死が他の人に幸福を与えたのであれば、光輝の死は『尊い犠牲』と言えるでしょう。」

「友人を犠牲扱いにするんですか?先ほどの話では影山さんはあなたの恩人のような人のように聞こえましたけど。」

 上田が真剣な顔で聞くと、大久保は少し表情を曇らせて、

「友人の死とは、言葉で語るのもつらく悲しいものです。

特に自殺した友人というのは、なぜこんなことになるまで自分は何もできなかったのかと自問自答する日々が続きます。

 その中で、彼の死が何か意味を持っていたものだと考えることによって私は彼の死を受け止めました。それができなかった人たちの暴発が犯罪行為に繋がったんじゃなかったですか?」

 上田は何も言わずに後ろに下がった。山本は、これ以上この話をしていても意味がない上に、上田が気まずくなるだけだと思い、

「それでは、少し話を変えさせてもらいます。

石田が死ぬ少し前まで何かを調べていたようなんですよ。

 石田の交友関係をあたって、何を調べていたかを聞いているんですが、大久保さんは何か心当たりはありませんか?」

「石田さんが調べていたものですか?

さあ、石田さんとは研究分野が違いましたから、あまり意見交換とかもしなかったので、これと言えるものはないですね。」

「そうですか・・・・・・、ついでというのは失礼ですが、大久保さんはどのような研究をされているんですか?」

「おかしな質問ですね。足束先生の紹介で来られたなら大まかにでも私のことはお聞きになってると思ってました。」

「足束教授の話だけでは具体的にどのようなことを研究されてるのかわからなかったので。」

「まあ、いいですよ。

山本さんは、日本にどれだけの日本人が来ているかご存知ですか?」

「それは観光とかも併せてですか?」

「まあ、観光客でも犯罪をする人はいるでしょうから違うとも言えないんですけど、昨年末の統計データでは291万3314人が在留資格を持って、日本に来ていたとされています。短期滞在、つまり、ただの旅行の人を含めるともっとたくさんの外国人が来ていることになるんです。

 地域別でみると、アジアが236万9729人、ヨーロッパから11万3233人、アフリカから1万7197人、北米から11万9396人、南米から24万6978人、オセアニアから4万6155人と色んな地域からたくさんの外国人が正規の在留資格を持って日本に来ているわけです。

 じゃあ、日本にいる外国人はそれだけなのかと言うと、それは違うんですよ。

観光ビザで入国して、そのまま日本で就労ビザのないままに働いている不法滞在者もいる。

 それはかなりの危険をはらんだ人たちです。就労ビザがなければまともな職業に就くことはできません。まともな企業なら雇用すらしないでしょう。

 ブラック企業だったり、裏風俗店だったりと違法な職業でしか働けないわけです。働けないものが生きるために犯罪に手を染めてしまうことだってある。

昨年の刑務所入所者のうち、外国人は744人でした。年末の外国人収容者数は3041人です。

 朝鮮系の人が千人以上、中国人が500人以上、ブラジル人が250人くらい、

日本語だけでは刑務所内の秩序を守れないレベルに刑務所内は国際化しているんですよ。

 多国籍言語が必要になれば、その通訳を雇うなどの人件費もかかります。

何より国によって、宗教によって、文化によって生活様式が違う中で、刑務官がそれぞれの面倒を見なければいけない。更生させるための指導を行わなければいけない。

 言語も文化もわからないような人に日本人である刑務官がどこまでできるのかという問題がある。

 それなら、犯罪者を強制的に母国へ送還すしてしまえばいい。

でもそれは国際人権思想の観点からできないこともある。

 日本国内において、最重視するべきは日本人の人権であって外国人の物ではない。

日本人の人権を保護するために外国人を追放して何が悪いのか、という点を私は研究してる感じです。

人はみな平等なんて言いますが、本当はそうじゃない。

国が変われば正義も変わるし、文化が違えば英雄だって犯罪者になる。

日本においての正義は日本人を守ることだと私は思ってるわけですよ。」

山本は足束教授の言っていたことを思い出した。

『かなり偏った考え方をしているので私はあまり好きになれなかった』

 確かに教授の言う通りかなり偏った見方をしているようだ。

「なるほど、それで、研究の成果は出てますか?」

 山本がとりあえず何か言わなければと思い聞いた。

「何も成果と呼べるものはありませんよ。『人はみな平等』なんて希望論にすがりつくことしかできない人達には私の考えは理解されるわけがないんです。

 でも、私もこのままでいる気はありませんよ。いつか私の考えが正しかったのだときっと皆さんも思う日が来る、と私は思ってます。」

 大久保はニヤリと笑ってそう言った。山本には、その笑顔はどこか悪意を含んでいるように感じてしかたがなかった。


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