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十九部

「お待たせしました。ハンと言います」

 20代半ばくらいの男が汚れた作業着で現れた。高山がもう一度名乗り、藤堂と加藤のことも紹介した後で、

「ハンさんはグエンさんとは仲が良かったですか?」

「はい、グエンは一緒にここに来たので、国から一緒でした。」

「ハンさんは日本語がお上手ですね。どこかで習ってから来たんですか?」

 加藤が聞くと、ハンは

「はい、というか、私の家はそれなりに裕福だったのでインターネットが使える環境で育ったんです。それで、日本のアニメや漫画などを見て覚えることができました。ただ、表現がおかしいといわれることがまだ多くて・・」

「ハンさんはなぜ技能実習生になったんですか?おうちが裕福ならわざわざ辛い思いをしなくてもよかったんじゃないですか?」

 藤堂が聞くと、ハンは少し悲しそうな顔になって

「技能実習生がみんなお金目的で日本に来ていると思われるのは心外です。

僕は日本の技術に興味がありましたし、うちの親が経営している工場に日本の技術を取り入れることができれば、親に楽をさせてあげられると思ったからです。」

「す、すみません。あまり技能実習生の方の事情を知らなかったものですから。

本当にすみません。」

 藤堂は勢い良く頭を下げた。ハンは笑って、

「いいです、いいです。そんなに謝られるとこっちも困りますし、さっき言ったことの他にも日本で直接アニメや漫画を見てみたかったというのもあるんで、自分の興味を満たすためでもある点では何も間違ってない気がします。」

「日本のアニメを見ることはできてるんですか?」

 加藤が聞き、ハンは満面の笑みで、

「はい。僕の部屋にはテレビがないですけど、職場の人が家に招いてくれて見せてくれたり、漫画を貸してくれたりと親切にしてもらってます。」

「それはグエンさんにはされてなかったことなんですか?」

 高山が聞くと、ハンは悲しそうな顔になり、

「いえ、グエンも同じように接してもらってたんですけど、言葉がわからないので僕が通訳に入る必要がありました。それでも、一生懸命にグエンと接してくれる人たちがいたんですけど、僕もいつでもグエンの横にはいられなかったので、それがグエンにとってストレスになってたのかもしれないです。」

「阪田さんはグエンさんにきつくあたってましたか?」

 高山の質問にハンは少し迷った感じを見せて、

「いいえ。シャチョウさんは、普段から怖い顔をされている方ですけど、本当は優しくていい人です。グエンがいなくなった時も仕事が終わってから駅とかに行ってグエンを見ていないかと探してくれました。

お金も持ってないのにどうするんだって怒ってました。

 社長さんはグエンがいなくなったことを怒ってたんじゃなくて、お金も生活に必要な物もない状態でいることを心配してくれたんです。

 でも、グエンは『シャチョウさんはいつも自分に怒っている、あの人は自分のことが嫌いなんだ』と言ってました。僕はそれは違うと言っていたんですけど、

『日本語の話せるお前にはわからない』と言って何も聞いてくれなかったので、その誤解を僕が解けていたら、グエンもあんなことにならなかったと思ってます。」

「ところで、ハンさん。どうして僕達がグエンさんの話を聞きに来たのかどうして聞かないんですか?

阪田さんが事情を話したにしては来るのが速かったし、阪田さんは電話を取りに行ったのだから、その事情を説明している時間はなかったはずですよね?」

藤堂が聞くと、ハンは戸惑った感じになり何も答えなかった。

「本当は、僕達がなぜ来たのかも知っているということですよね?」

 藤堂が詰め寄って聞くと、ハンは黙ってうなずいて、

「すみません、昨日の夜にグエンから電話があって、『空港で荷物を運ぶ仕事をしてたら、何か怪しい仕事だった。日本製の電化製品をトイレの前から空港の入り口まで運ぶだけの仕事に高額の報酬が貰えて不思議に思ってたけど、どう考えてもおかしい。』って言って、僕にどうしたらいいかと聞いてきたんです。」

「それでハンさんはなんて答えたんですか?」

 高山が聞く。

「僕には状況もわかりませんでしたし、雇い主にもう一度どういう仕事か聞いてみればと言ったんです。するとグエンが『ダメだ。中国語で話してる人の話を聞く限り、盗品を運んでいるようだった。そんなこと聞いたら殺されるかもしれない』っていったので、警察に行くべきだといったんですけど、『警察は信用できない』と言って電話を切られたんです。」

「警察が信用できないと言ったことに心当たりはありますか?」

 加藤が聞き、ハンが

「たぶん、職務質問されたときに、少し強引な感じで荷物を調べられたのがグエンは嫌だったみたいでした。グエンは日本語もわからない中で無理やり荷物を奪われて調べられたと思ってるみたいだったので仕方ないかと。」

高山が頭を抱えて、

「ああ、もしかするとあれやな。」

「何か心当たりがあるんですか?」

 藤堂が聞き、高山が申し訳なさそうに

「いや、大阪市内で覚せい剤の売人が逃げてるって情報があって、それを府警をあげて調べてたんです。そん時の情報が外国人やってことだけで、他に外見的な特徴もわからんかったんで、外国人風の人に手当たり次第に職質かけた時があったんですよ。

 でも結局、その売人が捕まったんは神戸で、大阪の職質が無関係な外国人とかハーフの人達に不快な思いをさせたっていうので、後に府警の本部長がテレビで謝罪したんですよ。」

「とんでもないことしてるじゃないですか。」

 藤堂が呆れ気味に言うと、高山が肩を落として、

「そうなんですよ。あそこで竹中さんが『外国人見つけたら全員調べればええねん』とか言わなければ、あんなことにはならなかったと思うんですよ。」

「ああ、竹中さんのせいだったんですか・・・・・・」

 加藤が少し不憫そうに高山を見て言った。

「それで、その後グエンから連絡はありましたか?」

 藤堂が話を戻してハンに聞いた。ハンは首を横に振り、

「いえ、公衆電話からかけているようでしたから、こちらからは連絡ができないかったので。」

「それでは、グエンから何か連絡がありましたら、『警察に行け』と言ってください。

『藤堂という刑事を出せ』と言わせれば、僕が対応できます。

 あと、もし連絡があれば僕の携帯番号を教えておきますので僕に連絡してください。」

  藤堂はそう言って、メモ用紙に番号を書いて、ハンに渡した。

「わかりました。そう伝えます。グエンは何の罪に問われるんでしょうか?」

「窃盗罪の共同正犯かあるいは幇助犯ということになると思います。

まだ事件の全容が解明できていないですけど、もし知らずに手伝っていただけであれば、酌量の余地はあると思いますので重い罪にはならないと思います。」

 ハンはメモ用紙をズボンにしまって、

「わかりました。グエンから連絡があったら伝えておきます。それでは仕事がまだ残ってますから僕もこれで失礼します。」

 そう言ってハンは工場の奥に消えていった。三人はその背中を見送っていた。


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