十八部
「ここですか?」
藤堂と加藤は高山刑事に連れられて、大阪市のある町工場を訪れていた。
一見普通の工場だったために藤堂が高山に向かって聞いたのだ。
「はい。例の空港で顔が写っていた男は、技能実習生として来日したグエン・ディン・デゥックというベトナム人だったみたいです。
僕もあまりベトナム人の名前について詳しくないので、とりあえず、グエンさんという感じで聞いてみましょう。」
そう言って、高山さんは先頭を切って、工場に入っていった。
「私がこの工場の経営者の阪田です。警察の方が何の用でしょうか?」
忙しそうに、人が右から左へ、左から右へと移動している工場内でいかにも不機嫌そうな阪田は高山を睨みつけるように見ている。
「お忙しいとこすみません、大阪府警の高山です。後ろのジャケット来てるのが藤堂で、袖まくってるんが加藤です。
今日はこちらで技能実習をしていたグエンさんについてお話をお聞きしたいんです。」
「なんだ、あいつなんかやったんですか?これやから技能実習生は面倒なんや。」
「と申されますと?」
「グエンはうちで受け入れた技能実習生なんですけど、言葉もわからんし、やり方教えてもうまくできひんし、ちょっときつめにあたったら次の日には失踪しよったんですよ。
職場に堪えられんくて逃げる実習生は多いって聞いてたけどホンマに逃げよると思ってへんかったから受け入れたんですよ。
でも、給料も何ももらう前に逃げよったから金なんてないし、日本語話せへんかったら、他の仕事も見つからんやろうし、どこかで野垂れ死んでんちゅうかと思ってましたけど、まさか警察のご厄介になることしてるとは・・・」
「いえ、まだ犯罪にかかわったと言い切れるほどではないんです。
ただ関与していることはわかっているので、どういう人だったとか頼れる人がいないかとかを聞きたかったんです。」
高山が言うと、阪田は、
「俺も英語とかできへんし、日本語しゃべられへん外国人のことなんか詳しくはないですよ。」
「技能実習生の逃亡ってよくあることなんですか?」
加藤が聞くと、めんどくさそうな顔で阪田が
「技能実習制度ってのは、国の都合で行われてる部分が多いんですよ。
先進国の技術を発展途上国に広げるためやとか、国同士で相互協力して経済を発展させるやとか、きれい事ぬかしとるだけなんですよ。
実際にうちみたいな町工場は人手が足らへんからどんな人材でも来てもらうには結構なんやけど、言葉も通じんくて、文化も違うとなかなか定着することが難しいんです。そら中には頑張って技術を学んで実習期間を終えて帰国した人もいましたよ。今でも手紙くれたりするいい奴もいます。
でも、中には金稼ぎだけが目的で、日本に滞在して就労ビザを得るためだけに技能実習制度を使う奴もいるんで、そういうやつはつらい工場の仕事よりも接客業とか他の仕事に逃げよることもあるらしいんです。
うちもまだ5・6人くらいしか受け入れてませんでしたし、最初に来た子がまじめで優秀だったからその後も受け入れてたんですけど、他の同業者とか他の受け入れ先の中では逃げる実習生の話は聞いてたんです。
グエンがうちで初めて逃げた奴やったわけです。」
「それって不法滞在になるんですよね?」
藤堂が聞くと、
「なるやろ。ここで働いてるから『日本にで働いていいで』ってなってる奴らなんやから。でも、そういう奴らを作り出して儲けてる組織みたいなんもあるらしいし、入国管理局もそんなに見張ってるわけやないから厳しくは取締ってへんのが現状や。」
「受け入れ先が管理局に届けるとかはしないんですか?」
「あんな兄ちゃん、うちはまっとうに仕事してるし、時間と暇があったら探したり、届出したりもできるけど、時間がない上に、逃げられた受け入れ先っていうのは次回から実習生の受け入れが難しくなるんだよ。
わざわざ、面倒事を増やしたくはないんだよ。だから届け出もしてないわけだ。
それに実習生に無茶な仕事ばかりさせるブラック企業だってある。
実習生が逃げたとしても、自社がブラック企業だとバレたくないところは一人や二人外国人が消えても黙ってた方が得なんだよ。」
藤堂が聞いたことに対して、阪田はまじめな顔で答えた。高山が
「グエンさんと仲が良かった社員の人とか、あるいは別に技能実習生の方とかはおられないですか?」
「ああいるよ、実習生がな。おい、ハンを呼んでくれ。」
阪田が工場の奥に向かって叫ぶ。それに対して、奥から、
「社長、中村さんからお電話です。」
「わかった、すぐ行く。すみません、用ができたのこれで失礼します。
ハンっていうグエンと同じベトナム人です。日本語が話せるんでグエンよりは使える実習生ですよ。すぐに来させますんで少し待っててください。」
阪田はそう言って工場の奥に消えていった。




