十七部
「お前が俺に会いに来るなんて珍しいじゃないか。よっぽど、黒木さんに何かあったとしか思えないよ。」
刑務所の面会室のガラスの向こうから穏やかな笑みでこちらを見ている男に向かって、坂本は苦笑する。
「大学の同期の友人に会いに来ただけでそこまで言われると思ってなかったよ。
塀の中にいてもさすがに情報は集めてるんだろ、五條?」
五條は穏やかに微笑みながら、
「毎日、新聞全紙を差し入れてくれる人がいるからね。暇なときは新聞を眺めて暮らしているようなもんだよ。」
刑務所の中に入ってから、五條は日に日に痩せている印象を坂本は持っていた。一時は会社の副社長としてバリバリ稼いでいて、美味しいものも食べまくっていただろうから太っていたが、それも落ち着いてきているようだ。
「黒木さんの置かれてる状況も今の日本がどうなってるかも全部知ってるんだろ。それなら、教えて欲しい。俺はどうしたらいいと思う?」
「いつになく弱気だな。
因縁があった叔父さんもこの世にはもういないわけだし、怖いものなんて何もないのかと思ってたよ。」
「明智のじじいには興味もなかったよ。ただ、国の改革に邪魔だと思ってただけだ。死んでくれて感謝してるけど、元々気にかけるほどでもなかった。
俺が今一番怖いのは黒木さんが暴発することだけだ。
友人が亡くなられて、辛い中で試練の場は刻々と近づいてきてる。
あの人の目標はもう叶わないかもしれない。」
「そう言えば、黒木さんと昔一緒に飲んだ時に、理想論を語っていたね。
山本さんや石田さんという方と昔語り合ったという理想論。
日本が日本であり続けるためには、諸外国につられるのではなく、日本がけん引する存在にならなければいけない。
国際化というきれいな言葉に騙されて、諸外国に日本が植民地化されていくのを防ぐ必要があるとかなんとか。
あの人達の考えは、僕たち凡人には理解できないところにあると思わないか?さしずめ、江戸幕府の終わりを予感しながら幕府の重鎮で居続けた勝海舟や江戸幕府に見切りをつけて討幕派になった坂本龍馬や西郷隆盛らのような、先見の明がありながら日本の改革を目指した人たちを思わせる存在だと僕は思ったよ。」
「あの人たちが特別過ぎるんだよ。俺らが山の6・7合目くらいから日本を見ているのに対して、あの人達は山頂から日本を見下ろしている。
石田さんも山本警部も見下ろした先で何かが起きていても、そのまま見守り続けてるだけだけど、黒木さんは違う。
何かが起きたならその対処をせずにはいられない。誰かが苦しんでいるのを見下ろしているだけなんてことはできない。
だから、山頂からその人のところまで降りて行って、一緒に苦しみながら問題を解決しようとしてる。
俺が心配なのは、黒木さんが下に降りすぎて全体を把握できなくなっている状態で改革に手を伸ばしてることなんだ。」
「坂本・・・・・・落ち着けよ。
黒木さんが降りすぎているのはなんでか、誰のせいなのかを考えろよ。
黒木さんが山頂に戻れるようにサポートするのがお前の役割だったんだろ?」
「誰のせい・・・・・・秀二のせいだ。」
坂本はポツリと呟いた。それまで穏やかな笑みを浮かばていた五條は、そのつぶやきを聞いて真剣な顔になり、
「やっぱり影山の弟が関わってたのか。
いつからだ、僕の事件の時には既に影山の弟は関わってたのか?
どうなんだ、坂本?」
「お前の事件は・・・・・・・・・・お前が起こしたものだ。俺も秀二も黒木さんも全く関係ないだろ。」
五條は後ろに刑務官の存在を思い出し、
「ああ。そうだったごめん。少し感情的になった。
黒木さんの今が辛いなら問題を解決するためにも現状の把握をと思って、重要なところを省いたのが誤解を生む発言になったな。
影山の弟が、黒木さんに悪影響を与えているなら近寄らせないことだ。」
「無理だ。あいつの存在を世間に出すために色々としてきた。あいつは怪物だ。
例え黒木さんや山本警部でも太刀打ちできないほどの怪物なんじゃないかと俺は思ってる。あいつの今までの行動が、思想が、全てが俺の予想の範囲にないんだ。俺ではあいつを排除することはできない。」
「何が言いたいんだ、坂本は?」
「もしもの時はお前が、黒木さんを救ってくれ。
お前の読んでいる新聞に少しでも黒木さんの危機を感じたなら、お前の判断で黒木さんを助けてくれ。
頼んだぞ、俺もいつまで自由に動けるかわからない。その意味で、お前に頼るのは不本意だが、もう黒木さんを守れる相手がお前しか思い浮かばないんだ。」
坂本はそう言って五條に背中を向けて、面会室から出て行った。




