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十六部

「石田君のことはとても残念でした。」

 足束教授は、アポなしで訪ねたにも関わらず快く研究室に招いてくれた。そして続けて、

「それで今日はどうされたんですか?」

「石田が殺される前まで何かを調べていたらしいんです。彼のゼミの生徒がそう証言しているのですが、調べていたことに関する資料が何も残っていないので、もしかしたらその調べていたことが原因で石田は殺されたのではないかと考えています。

 足束先生は、石田から何かそういった話を聞いていませんでしたか?」

「石田君はその・・・・、なんというか一つ論文を書くと二・三年は休養する人ですから、今から何かを調べていたとは思えませんね。

 何かプライベートなことなのかもしれませんよ?」

「そうですか・・・・・・・。

 それでは話が変わるのですが、先生は『無戸籍者の人権』についてお詳しいですか?」

「それはつまり出生届が出されていない子供の人権についてということでしょうか?」

「その場合も含むと思うんですが、他にも戸籍がなくなるような事象というのはあるんでしょうか?」

「そうですね・・・・・・・・例えば、事故で記憶喪失になり、身分を証明できるものや親族が見つけられない場合に、自分が誰かわからない人が出ますよね。

 そう言う人は、じゃあ名前も住所もわからないから戸籍がない状態になります。ただ、インターネットやマスコミが発達した現代ではその人の身元を特定するための情報は直ぐに見つけられると思いますから、無戸籍状態も長くは続きません。」

「あの、出生届が出されていない子供は具体的に何が困るんですか?」

 上田が聞き、足束教授が少し考えてから、

「これが全てではないですが、例えば出生届が出されていないと幼児検診や予防摂取を受けられないだけでなく、両親側としても子ども手当や扶養控除の値段が変わってきます。

 子供が成長すると、小学校からの義務教育を受けることも戸籍がなければ入学させるための手続きができません。

 なにより、出生届を出さないことが戸籍法に違反している行為ですので、子供のためだけでなく、母親のためにも事情があったとしても出生届だけは出さなければいけないと私は思います。」

「自分から無戸籍者になる場合というのはないのでしょうか?」

 山本が聞くと、足束教授は首をかしげて、

「ホームレスになると住所が不定になりますし、元の住居に他の人が入って、住民登録が二重になった場合、役所が住んでいるのが誰かを調べれば、ホームレスとなった人の方の住民登録が正規の物でなくなるので、無戸籍となる可能性はあると思います。でも、ホームレスの人もそうなりたくてなっているわけではないので、山本さんの質問の答えとして適切かはわからないですね。」

「他人になりすました場合はどうでしょうか?

例えば、整形で顔を変えて他の人の顔になったけど、指紋とか生体認証するような装置ではその人になれないから逃げてしまった場合とか?」

 伊達が聞き、足束はさらに首をかしげる。

「そんなことをして、その人に何の得があるのかということですよね?

整形しても、それを保つのも大変らしいですし、既存の人物になるなんてリスクを冒してまでする人がいるのでしょうか。

 銀行のATMなどで静脈認証を取り入れてるところもありますが、それもまだ一部の銀行だけですし、口座を作るだけなら身分証があれば作れる銀行はあると思います。携帯電話でも指紋認証の物が出ているらしいですが、変更してしまえばいいですし、そう言った機能を使わないという選択肢もあります。

 そういう人達は新しく戸籍を作り替えることもできるでしょうから、無戸籍者と言えるかどうかわからないですね。」

「こういうことを専門的に研究している学者の方でお知り合いはおられますか?」

 山本が聞き、足束教授は悩み、考え込む。

「ああ、少し違うかもしれませんが、不法滞在の外国人に関する人権をテーマに研究している学者がいますよ。かなり偏った考え方をしているので私はあまり好きになれなかったのですが、石田君は誰とでも仲良くする人でしたから面識もあったと思いますよ。」

「その方のお名前を教えて頂けますか?」

 上田が聞くと、石田は名刺入れを探して、一枚の名刺を取り出して、

「この人です。」そう言って、上田に渡した。上田が

「京泉大学法学部・大久保利典助教授ですか?」

「ええ、年は石田君より5つか6つ下だったと思います。」

「そうですか。ありがとうございました。」

 山本がそう言って研究室を出て行った。上田も挨拶をして山本の後を追う。

「随分とおとなしいんですね?少しは丸くなったということでしょうか?」

 足束教授は伊達に向かって話しかける。

「山本警部の前では大人しくしてることにしてるんです。

教授のように見て見ぬ振りができるような人ではないですから。」

「私の言うことなんて昔から何も聞かないのだから、『見て見ぬふり』というのは少し違うと思いますよ。」

「あなたと話すこともないのでこれで失礼します。」

 伊達が出て行くと足束教授は小さな声でつぶやいた。

「いつまでたってもガキですね、あの子は・・・・・・」

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