12:ヒーローのように?
週は明けて、月曜日。
夕方になると、また魔物の駆除を頑張っていたらしい茉莉から上手くできたとメールが届いた。
郵便物や魔物の情報などは相変わらず目立つものは無く、特に何事もなくのんびり過ごして夕方になったところで、メールが届いた。
送り主は茉莉、件名は『先日教わったあれ』、本文は『上手くできました』と短いものだったので、とりあえずこちらからは『おめでとう』と返信しておく。
少し経つと、また茉莉から『白井さんの部屋とちがって、外のはちょっと扱いにくかったです』と返信のメールが届いた。
……どう返すかな? これ。…………おや?
悩んでいると『何か良い方法はありませんか』とアドバイス求める追加のメールが来たので、『慣れかな。ただし、悪いものは摂り過ぎないように』と返信。
魔物をような性質の悪い意思の宿る魔力が集まると、下手をすると魔族になりかねないからな。魔物については知っていたし、獣人と魔族についても前に説明したので大丈夫だとは思うが、一応念のためだ。
そのまま、どうということのない適当なメールのやり取りを数通交わしたところで、茉莉とのやりとりは終わった。
………………
金曜になり、ひとまず朝一で魔物の情報を調べてみたが、小さな魔物の、それも小規模な群れの情報しかなかった。
「今週は、大物なしですかねー」
「まぁ、そうほいほい出られても困るしな」
「ゲームみたいにはいかないものね」
「ああ、そのぐらいわかり易い現れ方をするなら楽なんだけどな。他の所は似てたら困るけど」
「……言われてみれば、それもそうね。いきなり全滅した時は驚いたもの」
「あったなぁ」
初めてゲームオーバーになって一時間ほどのプレイが無に消えた時の、涙目になっていたアンナを思い出した。
昼に軽いおやつを作り、三人で食べてからまた寛ぎ始めて、さらにしばらく。
二時を回り、特に気温が高くなってそうだと思った辺りでスマートフォンが警告染みた音を鳴らした。
「えっと、ご主人様、この音は何の音なんでしょう?」
「これは知らないかな。バッテリー切れはもう少し違う音だし……うん?」
メールや通話とも違う音の元が何かとおもったら、組織のアプリケーションだった。
画面には緊急性の高さを思わせる表示が多数出ていて、どうやら駆除中に想定外の魔物、鬼が現れたらしい。
場所は俺が訓練後に付いて行った森で、駆除の参加者の名簿もある。その中には──
「あれ、トモキさんたちが居るんですか?」
桜達三人の名前も書かれていて、アニマがそれに反応した。
「そうらしいな。……ちょっと遠いが、何とかならないか試してみるか」
「わかりましたっ」
腕の中に居たアニマを解放してから空き部屋に移動して、準備を整える。
バスで一時間も掛けてちんたら向かうわけにもいかないので、試してみるのは空間魔法だ。
まずは空間魔法用の『魔力容器』を左手首の甲に着け、マンションの上空に空間魔法で接続する。
接続した穴の大きさは針を刺したぐらいのものだが、【固定】で半透明に作った丸い板に投影させる。空間の穴ごと左手で包むように左目に押し付ければ、周りの光も遮断されて、片目の視界だけVRゲームでもやってそうな状態になった。
空間魔法の座標指定は現在地からの相対的なものしかできないようなので、スマートフォンに表示されている地図を見ながら目的地に近付けていく。視点だけなので移動速度は中々無茶が効くらしく、音速は軽く超えているようだ。結構楽しい。
目的の森まで一分程度で視点の移動を完了したので、今度は上空から魔物の姿を探す。発見した位置からは多少移動していたようで、参加者の座標から──すぐには発見できなかったので、奥の壁に投影した。
「アニマ、頼む」
「はいっ。……えーと、あっ、あそこじゃないですか?」
「……そうだな。他には居そうか?」
「ええっと……居ないみたい、です?」
アニマはこういう時に見つけるのが早く、【伝達】も使って伝えてくれるのですぐ把握できた。
装備的に厳しいはずなので早速倒しに行こうとは思うのだが、俺が空間魔法を使える事を知られると面倒そうなので、もうひと手間。
空間魔法越しの攻撃魔法はまだ慣れていないので、視界以外は不透明な銀色の鎧をさっと身に纏っておく。
「それじゃあ、倒しに行ってくる」
「……はい」
「……気を付けてね」
一緒に行きたいと言わんばかりの反応だが──今回は俺一人で十分だし、あまり遅れて犠牲者が出ても申し訳ない。
二人を安心させるべく映像は見える状態を維持できるようにして、空間魔法で現地に飛んだ。
移動した先は森のすぐ上、地上からは二〇メートルほどの地点。この辺りの杉だか桧だかの針葉樹より少し高い辺りだが、ひっかからない位置を選んだのでそのまま降りる。
鎧には空気を圧縮して動力に使いまわす機構が組み込んであり、骨や筋肉だけでなく血管なども含めた全身の強度は【固定】で高めてあるため、少々無茶をしてもどうということはない。
そして俺は自由落下により、足元にあった石を砕きながら鬼の背後、三メートルほどの地点に着地し、同時に四肢で空気を圧縮する。
参加者を追いかけていた鬼は勢いのまま数歩走った後、俺の敵意に気付いたのかこちらを向いて殺意を露わにした。
追い掛けられていた参加者は特に怪我も負っていないようだ。怯えたような表情で微妙に震えている気もするが、そこは上手く正体を隠せているのだと思っておく。スマートフォンは向こうに置いたままなので更にバレ難いとは思うが、普通に魔法を使うと流石にバレるだろうか。
「ガアアアアアアッ!」
「……」
鬼が叫びながら石をぶん投げてきたので、足元をしっかり踏みしめ、前傾しながら鎧の関節部を【固定】で固定し、受け止める。
飛んできた石はゴツ、ガリッという音が重なりまくったような音を響かせながら、俺の鎧との強度差によってあえなく砕け、周囲に散らばった。
……まぁ、あまり手を抜いているとアニマ達が心配しそうだし、さっさと仕留めるか。
右手に【固定】で剣を作りながら鬼がもう一度ぶん投げてきた石を殴り壊し、圧縮空気で脚力を水増ししながら、距離を詰めて斬り掛かる。
「グッ!?」
鬼は俺の剣を腕で防ごうとしたが、俺が作った【固定】の剣は薄く細長く、硬度は無駄に高い上に割れもしない。十分な速度も加わっていたので、鬼の腕ごと、首まで一気に斬り飛ばせた。
ついでに目についた小鬼をやってから剣を崩して周囲を見ると、遠巻きに俺を伺う陰が数人分。
まぁ、怪我人が倒れていたりはしないようなので、このまま帰──ると、土が部屋の床を汚してしまうか。
「……はぁ」
鎧の中で小さく溜息を吐き、ひとまず脱皮するように鎧の表面を薄く剥がして、鎧に着いた土汚れを綺麗に排除した。
後は【魔力操作】で自分の体をふわりと浮き上がらせながら、剥がした鎧の表面から【固定】に使った力を回収し、元の空気に戻す。
回収を終えたら足を地に着けないように浮かんだまま、空間魔法を使って手早く元の部屋まで戻る座標を確認──
と、先程鬼に追いかけられていた参加者と目が合った。見覚えはあるが、名前は憶えていない男性だ。俺の方は不透明な鎧を着たままなので見えないはずだが、あちらの視線はばっちり俺に合っている。
とりあえず、あまりこのままの状態を維持すると、魔力の消費量的に空間魔法では帰れなくなってしまうので、元居た部屋に向かって空間魔法で飛んだ。
「ただいま」
「おかえりなさいませっ」
「おかえりなさい」
部屋に戻るなり、二人が迎えてくれた。
「それで……と、まだ映ってるよな。どうだった?」
「かっこよかったです!」
「私も、同意見よ」
「お、おう、二人ともありがとう。……それで、他にオーガやらは居そうだったか?」
「あ、えっと、見えてる範囲では居なかったですね。ご主人様じゃないと視点は動かせないので、見えない所でどうなってるかはわかりませんけど……」
「んー……じゃあ、とりあえず三人で一緒に見てみようか。視点はアニマに任せるよ」
「はいっ」
鎧の【固定】を解除しながら空気に戻し、三人並んで投影される映像に集中した。
アニマから【伝達】で伝わってくる要求に応じて空間魔法を操作し、視点の向きを変えたり、移動させたり。
森を一通り見てまわったが鬼はもう居ないらしく、重い傷を負った人も居ないようだったので、空間魔法を終了させた。
空間魔法で森を見て回っている間にスマートフォンの方でも緊急らしい表示も消えていたので、今後について考えておく。
「とりあえず、今後ここから飛ぶ時は土足で帰っても大丈夫なように、何か敷いておくかな」
「そうね、あの浮くのって結構魔力を使うんでしょ?」
「俺の体重を支える力を維持しないと駄目だし、調整も地味に気を遣うからなぁ。一気に加速して跳ぶだけなら楽なんだけど」
「そうなると空間魔法を発動するのが難しい……って、よく一緒にやれたわね?」
「その場に留まるように調整した後は維持するだけだから、なんとかね」
「へぇぇ……」
今回使った魔力の量としては、浮くためだけに使った魔力でも、部屋から森に飛ぶ魔力の半分ぐらいは使ってしまっている。
そして、同じ世界の上で遠距離を対象に空間魔法を使ったのは初めてだが、やはり魔力の消費量は大差なかった。更に遠くなればどうなるかはわからないが、異世界に行くために使う魔力よりは遥かに少なくて済む気がする。
「それで、アニマはさっきから何を悩んでるんだ?」
「えっと……正体を隠しておくなら、私達も一緒に行くわけにはいきませんか? その方が現地で魔物を探すのも楽ですし」
「なるほど、そういう話か。んー……」
アニマの意見をじっくり考えてみる。
アニマにも鎧を纏わせておけば、正体を隠すという点でみれば、大丈夫ではある。ただ、アニマはまだ【固定】の力を使えるようにはなっていないので、個別に行動させるのは少し悩ましいところ。
いつぞやのように背負っていれば問題はないが、アンナを一人待たせるのはそれはそれで何やら気が引ける。
「ダメ、ですか?」
「……もう少し考えとくよ。この部屋から空間魔法越しに攻撃しても別に良いんだし」
「……はぁぃ」
ひとまずは遠隔攻撃をする方向で、夕方まで実戦を前提とした練習を続けた。
夕方になったところで練習は終わりにして、三人で夕食を摂って寛ぐ。
そのまま日が沈んだ後で、また何やらスマートフォンが鳴りだした。緊急っぽい音ではなく割と聞きなれた通話を知らせる音で、掛けてきたのは茉莉だ。
「もしもし?」
『こんばんはです』
「こんばんは」
『白井さんは、支部まで来てなかったんですか?』
「大物が出たのは知ってるけど、問題はなかったんだよね?」
『いやいや、大問題が起きましたよ!?』
「え、誰か亡くなった人とか居る? もしくは大怪我とか……」
『あ……いえ、そういう方向では、確かに問題なかったです』
「だよね。それで、問題って?」
『その、危害を加えられたわけじゃないんですけど、とんでもないものが出たというか……あ、話せない? ………………すみません、なんでもないです』
…………。
つまり大問題というのは、鎧を着て登場した俺の事、と見るべきなんだろうなぁ、これは。
「……まぁ、無事でよかったね。畑さん達はまだ支部に居るの?」
『そうなんですよ……さっきまで色々聞かれて、大変でした……』
「あー、それはお疲れ様だね」
『ありがとうございます。来週にはまた学校が始まるので私達はあんまり出られなくなりますけど、気を付けてくださいね』
「そっか、ありがとう」
俺が俺にどう気を付ければいいのかはわからないが、一応正体はバレないように注意しようと思う。
『それでは、おやすみなさい』
「おやすみ」




