08:街で買い物
三人で一緒に風呂を済ませて就寝して、明くる朝。今日の天候は──それなりに雲はあるが、晴れ模様だった。
元々の予定通り駅に向かうべく、朝食を摂ってから着替えを済ませて、一応マンションの近くにあるバス停に移動してみる。
バスの路線図と時刻表から駅方面へ向かう路線の番号を確認してみると、駅に向かうバスは数分待てば来るところだったらしい。運賃表もついでに見て、認められる範囲の出費だと思ったので、そのまま待つことにした。
しばらく待った後、先程調べた番号と一致するバスが目の前に停車した。到着したバスの座席は空いている。
『じゃ、乗っていこうか。あ、二人とも、この券は取り忘れないようにね』
『は、はいっ』
『え、ええ』
恐る恐るバスの整理券を引き抜く二人を笑わないように堪えながら、車体中央付近の乗車口から乗車する。
俺達が空いていた三つの一人席に並んで座ると乗車口が閉まり、バスが動き始めた。
何語と言うべきかも知らないままの異世界で使っていた言語で話しながら、時々止まるバスに揺られること十数分ほど。駅前の大きな商店街にもバス停はあるが、今回はやや手前のバス停で支払いを済ませて、バスから降りた。
目的地まではまだ少し距離もあるし、バスの方が徒歩よりは早いが、人も車も増えてきたし多少歩く程度は構わないかという判断だ。
『たくさん居るわねぇ』
『音も匂いも多くて……ちょっと……くらくらします……』
『そうだな。とりあえず二人とも、行くよ』
『ええ。……アニマちゃん?』
『は、はい、すみません、今行きます』
『まぁ、大通りだしな。店に入れば少しは人も減るだろうから移動しよう。一番近いのは……いや、とりあえず、嵩張らなさそうなスマホの周辺機器からかな』
『はいっ』
アニマの耳を保護してやりながら街に繰り出して、まずは家電量販店でスマートフォン関係の製品を色々と購入した。
そして次に来たのは、元々予定していた品揃えの良い本屋──の前に、同人誌も多数取り扱っているらしい店の方へ。漫画はこちらの方が品ぞろえは良い気がして先に来てみたのだが、大判のライトノベルも普通に売られていたので購入予定だった物は一通り揃ってしまった。
荷物が重くなってきたのでどうするか迷ったが、アニマが持つと言うので本屋の大型店舗にも足を運んでみることにした。先程の店では肌色の多さに驚いていた二人が、今度は本の多さに驚いている。
『実際に見てみると、広くて、凄いですね……』
『他のお店もそうだったけど、凄いわよねぇ……』
『そうだな』
俺は以前にも来た事はあるんだが、場所を取る物や種類が多い家電ならまだしも、本だけでこれというのは驚かされる規模である。
『えと、それで、ご主人様。何階から見ます?』
『興味のある階だけでいいかな。階ごとに置いてある本は、あそこに書かれてるから見てくるといいよ』
『……どの階がいいかしら? ……悩むわね』
『ええと……興味のある階、ですか……』
聞いてはみたものの、二人は興味のある階がないというよりは、どの階にも興味があって困っている雰囲気。……さっきの聞き方は失敗だったかな。
『じゃあ、上下どっちかから全階、見て回ろうか。立ち読みはできるけど、最低限でな?』
『はいっ』『ええ』
特に目を引いた本をぱらぱらと立ち読みしつつ、大体は表紙を見る程度で練り歩きながら何階分か移動した後、医学書が置いてある辺りで懐かしい顔を見つけた。
『あれは……アニマ、人違いじゃないよな?』
『へ? あ、はい、本人みたいです。すみません、気付いてませんでした……』
『いや、それは匂いも音も多いところだから仕方ないとは思うけどな』
『そうね。私でもちょっと鼻が変になりそうだったし……』
『あ、ありがとうございます』
比較的静かな店内で俺達が喋っていたからか、向こうも俺達に気付いたようだ。
向こうは男女の二人組で、俺に見覚えがあるのは一人だけ。同年代には見えるから、同級生だろうか?
「誰? 知り合い?」
「えっと、前お世話になった人なんだ。お久しぶりです、白井さん」
「久しぶり、本堂君」
アニマとアンナも俺の言葉に続いて目礼をした。
「それで、後の二人は? どっちかが駆君の元カノ?」
「いや待って止めて依川さ──」
「海治」
「み、海治さん、その、あっち全員怒らせると怖い人だから、ね?」
「怖いってことは、やっぱりどっちかが例の、アモリアさん?」
「いや、どっちも違うからっ」
何やら失礼な会話が聞こえるが、戦力的に見れば日本の一般人よりは確かにそうか。それよりも異世界の王女であるアモリアの名前が出ていた点を気にするべきか?
「……なあ、本堂君よ。どこまで話してるんだ?」
「いえ、人の名前はアモリアさんだけですよ。異世界に居たってところも話はしたんですけど、信じてもらえてないんですよね」
「そこまで? ってそういえば、イニシャルと字幕ぐらいだがちらっとテレビに出てるのは見たな。いつの間にか見なくなってたが」
「うっ、あれ、見られてましたか……」
「待ちなさいそこの貴方っ、彼が居なかった二か月の事を知ってるの?」
「あー……」
駆の連れの女の子に呼び止められた。
常に一緒に居たわけではないものの似た範囲で活動していただけあって、知っているかと言えばがっつり知っているが──どう答えるべきだろうか?
「待って、お願いだから待って依……海治さん。そういう話はするにしても僕の方からするから、ね? とりあえずこの場ではほら、他の客や店の迷惑になるでしょ?」
「……離れた方が良いかな、俺らも」
「すみません、基本的には良い人なんですけど……えと、よく言っておきますし、あんまり深い情報は出さないようにしておきますので」
「ちょっと駆君っ?」
「……まぁ、わかった。なんか、面倒掛けたみたいですまん」
「僕の方こそ、連れがすみませんでした」
「んじゃあ、そろそろ行くよ。邪魔したな」
「あ、そうだ白井さん、今度いつ会うかもわかりませんし、連絡先交換しておきませんか?」
「……しとくか?」
……本堂君の後ろからかなり鋭い視線が飛んできているんだが。
「頼りないかもしれませんけど、僕でもできることがあるかもしれませんから」
「んー……まぁ、良いか。携帯は持ってるよな?」
「持ってます」
異世界ではバッテリーも切れていて充電できる環境もなかったし、駆は卒業後は異世界で暮らす予定だった。俺が独力で異世界に行けるようにならなければ接点は生まれず、異世界ではどうせ通じないからと優先していなかったのだが、こちらでの接点も生まれたのならいいだろう。
今はあまり連絡先を交換するような流れでもない気はするが、もしかしたら、駆の世話になることもあるかもしれない。世話になっていないわけでもないので、見知らぬ他人よりはそれなりに優先して助けようという気にもなる。
三対の目が牽制し合っていた気がする中、連絡先の交換は無事終わった。
駆達とはその場で別れて俺達はそのまま店内を見ていき、しばらくしたところで漫画や小説が置かれている階に着いた。
目を引く読み易い本が多いせいか他の所よりやや客が多く、アニマ達も時間をかけて回っている気がする。俺もこの半年辺りで出た本は気になるので、手に取って軽く確認しながら少しずつ進んでいく。
時折視線を感じはするが、日本人風ではない二人の顔を見て視線が外れ、俺達が迷惑にならない程度の声で交わしている会話が日本語以外であることに気付くとややしぶといそれらも外れる。
「あっと、すみません」
「いえ」
あまり前を見ていなかったらしい誰かが謝りながら避けたので、短く言葉を返しておいた。三人で行動するのは微妙に邪魔だったりするかもしれない。
『……あの、ご主人様、今の方はお知り合いですか?』
『ぶつかりそうになったから謝られただけじゃないのか?』
『いえ、何かこちらを見てますけど』
『うん? ……おや?』
俺達を避けて行ったかと思った誰かは、数歩進んだ所で振り返っていた。なんというか、つい先日見た顔のような気がする。
「お、お前、白井、か?」
「……田平さん? こんなところで奇遇ですね」
「何をしてるんだ? こんな所で」
「こんな所って、普通に買い物に来ただけですよ。そちらもまた何やら色々と……」
「……オレはいいんだよ。それで……その……」
私服姿の田平はなんというか、やや活発そうな姿ではあるが、地味だった。アニマ達が気になるようで、泳ぐ視線は二人にもよく向いている。
「……とりあえず、買い物の途中なんで、失礼しますね?」
「あ、ああ」
そのまま知らないタイトルの漫画を手に取り、表紙と裏表紙、そして中身を軽く見る。
『……良いんですか?』
『一昨日知り合ったばかりだし、名前以上はよく知らないし、向こうもただ買い物に来ただけだろうからな』
『でも、まだ見てるわよ?』
『んん?』
アンナに言われてもう一度目を向けてみると、田平は視線を逸らして立ち去った。
『……続き、見て回ろうか』
『……そうね』
『はい。……あ、これは……』
『うん? たしか、部屋にある奴で、見逃してたか。何巻まであったっけアレ……』
『ええと、本棚になかったのはここからですね』
『じゃあ、そこから買おう』
他の知り合いには遭遇することもあるかとは思ったが、そんなことはなく──荷物の重量を本数冊分増やした後はファーストフード店で小腹を満たし、手芸用品店では染料とある程度の布を、スポーツ用品店では数着の水着を購入した。
やや街中から離れたバス停からバスに乗って、空の色が変わりかける頃にマンションの近くまで移動。車内との温度差に嫌気が差しながらもあと少しだと奮起しながら帰宅、荷物を下ろして一息ついた。
「いやー、暑かったなぁ」
「風が吹いても涼しくないのが、辛かったわね……」
「はい……すごく、むわっとしてました……」
二人を見てみれば汗の玉が額に浮いている。俺も汗が伝う感触は多少あるので、似たような状態だろうか。主な行動範囲は室内だからと甘く見ていたようだ。
「とりあえず……いつもよりは早いけど、今日はもう汗流しちゃおうか」
「はいっ」
「そうね」
二人と一緒に汗を流してさっぱりした後は、夕食を終えてから購入した物品の開封を始めた。




