06:森での駆除
出発時間が近付いてくると点呼が行われ、参加者は二台に分かれて乗車した。
座席は思ったより低い。観光用の大型バスの座席が高いのは、タイヤの大きさの問題だったか? 荷物を置く空間も特にはないようで、荷物が入ったバッグを各自で抱えている。
バスに乗っている人数は多いが、私服を着ているのは俺一人で場違い感が酷い。仕方ないので、スマートフォンで今日の詳細を確認することにした。
地図を見る限り森の中だが、到着時刻を見る限りバスで一時間もあれば着くらしい。そんなに広い森ではなく、確認できている魔物は、小鬼と小型の人狼。予想される規模は三〇程度だそうな。
中型の人狼等は確認できておらず、居ても一体程度だと思えば、大した規模ではない。いやまぁ、こちらでは大規模な群れなんだとは思うが。
大した時間も掛けずに情報を見終えてしまったので、動き出したバスの窓から外に目を向けてみることにした。
「そういえば、白井さんは班、どうします?」
「ん、どうって?」
通路を挟んだ反対側の席に座っていた茉莉から声を掛けられた。
「目的地での行動です。流石に単独だと……あれ、問題ない?」
「あー、あんまりしっかり考えてなかった。アプリを起動してれば周囲の味方の位置も確認できるんだよね?」
「はい。かなり大雑把なものですけど、誤射が減るだけでも随分違いますからね」
「まぁ、そうだね。……ありゃ?」
「どうしたんで……? あー」
スマートフォンに目を向けると、電池の残量が二〇パーセントを切っていた。画面を見せながら指で示すと、茉莉もすぐ理解した模様。
「……充電、どうしよう」
「えっと、確か、窓際の席はコンセントが付いてませんでしたっけ」
「あ、ほんとだ。結構設備は充実してるんだな」
「いや、そこは、ほんとに命に関わることなんで、優先したんだと思いますよ」
「なるほど………………ケーブル、持ってる?」
「…………どうぞ」
「ごめん、ありがとう」
「どういたしまして」
変換アダプタ付きのUSBケーブルを借りてスマートフォンを接続すると、無事に充電が始まった。
「……まぁ、次はちゃんと持ってくるよ」
「そうですね。……それで、どうします?」
「んー……単独でも多分問題はないし、迷惑掛けっぱなしでなんだけど……そっちが良ければ一緒に動けたらいいなぁ、と」
「はい。それじゃあ、現地ではよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
実際に戦ってるところはまだ見た事もないし、活動に慣れている人からの情報はありがたいしな。前情報と違う強い魔物が出たとしても、近くに居た方が守り易いだろうし。
「チッ、オレ達は遊びに行くんじゃねえんだぞ? もう少し真面目にやりやがれ」
「あ、はい、現地ではちゃんとやります。申し訳ない」
前の席からお叱りを受けた。というかなんとなく聞き覚えがある声だと思ったら、訓練の時の五〇メートル走で一位だった田平だ。
「……」
田平は荒々しく背もたれに体重を掛ける。
とりあえず俺は無言のまま茉莉に謝罪をすると、気にしていないという風のジェスチャーが返ってきたので、もう一度頭を下げてから窓の外に意識を向けた。
改造品とはいえ対象年齢一〇歳以上のエアソフトガンを大真面目に取り扱う二〇代男性から『真面目にやれ』と怒られるのは少しばかり思うところもあったが、性能や戦力的に考えたら、真面目なんだよな。当人は。
目的地に付近に到着し、バスも止まったので茉莉にUSBケーブルを返しながら礼を言う。
「ありがとう」
「どのぐらい充電できました?」
「五〇パーぐらいだね。まぁ、森の中に居る間ぐらいはもつんじゃないかな?」
「……そうですね」
茉莉は微妙な反応。これは、交換用のバッテリーでも買っておくべきだろうか? いや、他機種での利用も考慮すると、持ち歩ける充電器の方がいいか。
そういえば手動の、手回し式だかがあったような覚えもあるので、そちらを買ってみるのも面白いかもしれない。
磁石は買ってあるので発電機そのものは用意できるが、電流、電圧、配線なんかはまだわからないし……一般的な日本人と比べれば、体力は有り余ってるからな、うちの子らは。
マイクロバスから降りると周囲に組織以外の人気はなく、木々の茂った森が見える。針葉樹は随分と綺麗に立ち並んでいるが、人の手はあまり入っていないので、放置されている人工林だろうか?
また、異世界に比べれば流石に薄いが、周囲と比べればやや濃い魔力が漂っている。
全員がバスから降り終えると行動を共にする班ごとに並んで、作戦の最終確認が始まった。ちゃんと班ができているかの確認もしているらしく、班を組めていない数人が適当な班を組んでいたりもする。
そして茉莉達の班は俺が入るまではいつもの三人組だったようで、俺が加わって四人にはなった。他の班は五人や六人だったりする点を考えれば少ないが……まぁ、こんなもん、かな?
訓練とは違って自前の装備が許されているのか、拳銃型ではない小銃型のものにBB弾を込めている人も居る。結局はエアソフトガンなのだが、ガスを注入しているようなので、もしかしたら対象年齢一八歳以上のものかもしれない。
それでも、回収しなくても分解される生分解のBB弾を弾倉に詰めている真剣な姿は、俺からはシュールな光景にしか見えないが。
茉莉達三人は拳銃型のエアソフトガンを一つずつ持っていて、茉莉と桜は腰のベルトに木刀を差している。木刀自体は鍔が付いていない普通のものに見えるが、魔力を感じさせる手袋のようなものを嵌めているので、そちらと併用するのかもしれない。
俺も装備を整えるべきかと、厚めのスマホケースに偽装した『魔力容器』にスマートフォンを入れて左手に持ち、衣類の表面に透明な【固定】の防具を薄く展開する。
ついでにどうせだからと、異世界の【魔力知覚】の範囲を伸ばせる杖のような機能も持たせてみた。といっても、一部にそれ用の魔力を集中させて、流れ出ないように気をつけながら外の魔力と少し繋げただけである。
「その、本当に私が班長でよろしいのですか? 実力的にも年齢的にも白井さんの方が……」
「今はまだお互いにどこまでやれるか、いまいちわからないでしょう? 宮寺さんより俺の方が無茶な命令を下してしまいそうな気がするので、任せます」
俺が部下になったからといって、そこまで無茶な命令は下しはしないだろう。
「……わかりました。では、私達もそろそろ行きましょうか」
『了解』
美奈子が班長を務めることになり、他の班とは適度に離れて森へと足を踏み入れた。
森に入ったので歩きながら早速【魔力知覚】の範囲を伸ばすように『魔力容器』を使うと、美奈子が少し首を傾げた後で、こちらをちらりと振り向いた。
「白井、さん? 魔力を何かに使ってらっしゃいますか?」
「ええと、まぁ、少しだけ。気になりますか?」
「いえ、そこまで気になるほどではありませんが……」
「え、そうなんです?」
「? ……」
美奈子との会話を聴いて茉莉と桜も加わってきたが、確信までは持てない様子だ。結構な濃さの魔力の塊が外の魔力と繋がっているのだが、案外鈍いんだろうか?
それはともかく、手元に集中。伸ばした【魔力知覚】の範囲は、俺を中心にした六〇メートル強といったところ。日本の、というよりこの世界の魔力は全体的に薄いが、『魔力容器』の魔力の濃さと、俺が魔力の扱いに習熟したことによって丁度相殺しているようだ。
視界よりはやや狭いぐらいだが、周囲の魔物を探すには十分である。魔物からは身体の大きさに比例するように特有の、どこか不快な魔力を感じ取れるので、視覚によらずとも魔物かどうかは判別できる。
「えーと、魔物が一匹、正面、一一時方向ぐらい? コボルド、じゃなくて、小型の人狼でしたっけ。五〇メートルぐらいのところです。他にわかる魔物は居ません」
「えっ……桜さん?」
「…………見つけた。白井さんの報告と同じ、人狼小型一、気付かれてはいない様子」
「わかりました、周囲を警戒しつつ近付きましょう。先制攻撃は……」
言葉を途中で切った美奈子が俺の方を見た。
「俺は、とりあえず君らがいつもやってる戦い方を見せてもらいたいなぁ、と」
要求を述べてみると、茉莉が小さな苦笑を漏らす。
「この距離で気付けた時点でいつも通りとは言い難いんだけどね。……じゃあ、桜ちゃん、美奈子ちゃん、援護お願い」
「わかった」
「ええ」
三人は歩いて近付いていき、相手が何かに気付いたので美奈子が手振りで指示を出して、こちらからの攻撃が始まった。距離は三〇メートルほど。
パンパンと空気の弾ける軽い音が鳴り、射出されたBB弾を核にする魔法が一発だけ小型の人狼の足に当たり、もう一発は外れた。
続けて木刀を構えた茉莉が弧を描くように横から走り込み、桜達も遊底を引きながら徐々に近付きながらもう一発ずつ撃って、今度はどちらも当たった。
小型の人狼が倒れ込んだところに茉莉が辿り着いて、手袋に魔力を込め──手袋の効果か加速した木刀が、鈍い音を立てさせた。
止めにはなったようで、少ししたら小型の人狼の動きが止まった。よく見たら木刀が当たった辺りの皮が裂けている。
「……うわぁ」
「……魔物の死は見た事があったのでは?」
「いや、斬ると思ってたからちょっと予想外で驚いたんですよ」
俺自身やった事がないわけでもないし、斬る方が普通に酷い気もするのだが、やはりこれはこれで酷い。
「他に魔物は居る?」
「いや、半径六〇メートルぐらいの範囲に魔物は居ないな」
「そう。……お疲れ様、茉莉」
「うん、桜ちゃんも美奈子ちゃんも援護ありがと。見つけてくれた白井さんもお疲れ様です」
「ああ、ありがとう」
「……見つけた」
魔石等の素材は残らなかったのでそのまま進んで、三〇分ほど経った頃。
他の班が魔物を倒したという情報を組織のアプリケーションが何度も伝えてきて焦燥感に少しだけ駆られていたが、桜が何かを見つけたようだ。
「どの方向ですか?」
「二時方向、人狼小型一、距離は七〇メートルぐらい?」
「……おお? 確かに居るな」
アプリケーションからの情報を見る限りでは他の班も近くに居るが、先に俺達が当たれる位置だ。微妙に桜の鼻息が荒くなった気がする。
「ひとまずこのまま前進して、今度は白井さんがやってみますか?」
「俺は構わないけど……いいのかな?」
俺としては別に構わないのだがと三人の顔色を窺ってみると、桜も含めて頷き返してくれた。
「じゃあ、そんな感じで。もう少し歩いて…………このぐらいでいいか。行ってくる」
距離が五〇メートルほどになったところで、下草が鬱陶しいので魔力を使って跳びながら、針葉樹の幹を足場に距離を詰める。トントントンと、あまり大きくはないが足音も立つせいで、程なく向こうも俺に気付いた。
殺意を見せながら武器を構えようとしたので──とりあえずそのまま足先に魔法の刃を浮かべて、首を飛ばしながら着地する。
近くに他の魔物は居ないようなので、俺の戦闘はこれで終わりである。
「いきなり突っ込むからびっくりしましたよ」
「いやぁ、のんびり歩くのに飽きて、つい」
「わからなくもないですけど……あんな風に跳び回るのは楽しそうですね」
「まぁ、楽しいよ。うちの子も結構好きだしな」
「……私達にもできると思う?」
近付いてきた茉莉と話していると、桜も会話に加わってきた。
「魔力の制御に慣れてて、ある程度反射神経があればできるとは思うけど……一歩間違えば怪我はするからね? 肌を出してたら木の枝で引っ掻かれる程度でも怪我しそうだし」
「……言われてみればその通りだけど、それならもう少し説得力のある服を着てほしい」
「……あー、ご尤もで」
桜が指摘した通り、半袖のカジュアルシャツにジーンズ姿な奴からそんな事を言われても困るか。俺の事だけど。
こっそり【固定】を使って保護はしているのだが、そちらは明かす気がないので俺が何をしてるかはよくわからない、はず。……どう思われてるんだろうな?
次は三人でやるという話になってから、また森の中を一時間ほど練り歩いてようやく次の魔物を見つけたので、三人に向けて報告する。
「真正面、六〇メートルほど先に小型の人狼一、いや二匹か」
「……その辺りは陰になってて見えない。ずるい」
「ははは……鍛えれば伸びる部分だけど、否定はできないかな」
話しながらも移動を続け、距離が三〇メートルほどになったところで魔物が木の陰から顔を出した。どうやらこちらに気付いたらしい。
「見えた。美奈子、茉莉」
「はい、援護しますね」
「うん。白井さん、近くに他の魔物は居る?」
「あの二匹の後ろ三〇メートルぐらいまでは居ないね」
「わかったっ」
元気な声と共に、射線を避けながら桜が突っ込んだ。
四匹目以降は魔物と遭遇することもなく時間が経過し、終了の合図がアプリケーションから流れてきたのでバスの前まで帰還した。
木で引っ掻いたり足を挫いたりという怪我を負った人は合わせて数人居たが、重傷者はゼロ。全員でマイクロバスに乗って、組織の建物までまた一時間ほど揺られることになった。
「……とりあえず、お疲れ様。やっぱ暑いのかな、その制服」
「中には汗をよく吸ってすぐ乾くシャツを着てるのでそこまでではありませんけど、上も下も丈が長いですからね……」
「へぇ、それも何かこの組織の特殊な物だったり?」
「いえ、特殊な物を着てる人も居るそうですけど、私のは普通のです」
「そうなのか……っと」
「? ……あっ」
通路を挟んだ向こうに座っている茉莉のはだけられた制服から、伸縮性のありそうなインナーだかアンダーだかのシャツが覗いて目を引かれたが、何かを言われる前に目を瞑って視線を切った。
更に向こうでは制服を大きくはだけて首元からシャツの中に風を送っていた気も──いや、今は外を見よう。




