04:ちょっとした訓練と初射撃
組織が所有する建物まで俺を乗せてくれた運転手に感謝を告げて、駐車場から続く地下道を歩く。
そのまま受付まで辿り着くと、同じ訓練を受けに来ていたと思われる人が数人居たが、話したことのある相手は居なかった。
訓練の予定時刻まではまだいくらか時間もあるが、特にここで済ませる用もない。受付は空いているようだったので、目礼だけ交わしつつ受付に向かい、話を通して演習場へと足を向けた。
向かう先の演習場は、この組織に入る前にも演習を行ったアスレチックな雰囲気の場所だ。幅一〇〇メートルほどの広さで、足元は土がむき出しであり、丸太やロープで作られた何やらが色々と設置されている。
演習場の扉から入ると、その直後に視線が集まってきたので、とりあえず視線を泳がせながら軽い会釈を数回。
室内に居る人の服装はこの組織の制服が大半で、神社で働いてそうな和服姿が数人ほど。明らかに私服姿の俺は一人だけ浮いている気もするが、残念ながら制服などは持っていないので仕方ない。
ある程度の金を出せば用意はしてくれるらしいが、戦力的には必要ないからと後回しにしていたのが裏目に出たようだ。
数人でそれぞれグループを作りながら話をしていたようで、俺が知り合いのいるグループの方に視線を定めると、視線の外れたグループはそれぞれの話に戻った。
ちらちらと視線は飛んでくるが、話し掛けてくる人も居ないようなので、そのまま知り合いの居る所へ移動して声を掛ける。
「や、こんちわ」
「こんにちは、白井さん」
「こんにちはです」
「こんにちは」
宮寺美奈子、畑茉莉、友木桜がそれぞれ挨拶を返してくれた。三人とも組織の制服を着込んでいる。
俺がこの組織に入るきっかけになった女子高校生三人組、で、周囲に他に誰かが居る様子もない。
…………。
二〇代半ばの男がまっすぐ女子高校生だけの集団に話し掛けに行った、という構図には目をつむる。ひそひそと聞こえる気もするが無視だ。
「と、とりあえず動き易い服では来たんだけど、私服の人は居ないんだね?」
「……私服での遭遇戦を想定したものもありますが、今日の訓練は、組織として出動する際の連携を目的としたものなので……」
俺の質問には美奈子が答えてくれた。
「……私服、駄目でしたか?」
「あ、いえ、絶対に駄目というわけでもありませんよ。戦闘に耐えうるスーツ等を着ている方も居ないわけではありませんから」
「あー、なら良かったです」
私服が駄目なよう困るところだったが、全くいないわけじゃないなら良いだろう。
「その場合でも漏れ出る魔力を抑える服装が多いので、半袖の方はあまり……通常は長袖長ズボンといった形態になりますよ?」
「……まぁ、俺の場合は皮膚辺りでも止められるんで、大丈夫です」
「…………本当にどうやってるんでしょうか」
「そこは秘伝というか、なんというか?」
誤魔化し方が適当すぎたせいか、美奈子からジト目で睨まれた。
「白井さんがその姿でやれるのは知ってるけど、やっぱりシュールですね……」
「この場だと俺の違和感が凄いのはわかるが……学校の制服姿で木刀を振り回してた畑さんほどじゃ、ないんじゃないかな?」
「うっ……あ、あれは、緊急だったから仕方ないんですよっ」
「確かに、あれがなかったら、俺も今はここに居なかっただろうしな。……シュールだったけど」
茉莉が戦っている場面に遭遇できていなければ、今頃は仕事探しをしていたか、バイトでもやっていたか。もしかしたら、やっぱりここに入っていた可能性もあるが。
「うー……桜ちゃんはどう思う?」
「……どっちもどっち?」
「うぅぅ…………やっぱりそうなのかなぁ……」
「ところで、私からも聞きたいことがあるんだけど、良い?」
「ん、構わないが……なんだ?」
「あの……背の低い方の人も一緒に来たの?」
「……うん? いや、家で大人しく待ってるはずだけど、なんでそんな事を?」
「……匂いがする」
「え、ほんとか? ……魔力は感じないが、何処から?」
「貴方から」
「俺から? …………あー…………」
……そっかー、友木さんにはわかるぐらい匂いが付いてたかー……。
「桜ちゃんの話からして、その、来てるんですか?」
「いや、来てないはずだよ。えーと、今朝……この服に着替えた後も一緒に座って寛いでたんだ。その時に付いた匂いだと思う」
「……あ、ああっ、なるほどです」
「その、三人とも、せめて訓練に向けた話をしませんか?」
「そ、そうだね」
美奈子の一言により、茉莉からの追及は止んだ。次にこういう訓練がある時は──もう少し気を付けよう、かな?
……さて、匂いの拡散を防ぐには…………。
「……白井さん?」
「あ、はい、そうですね。ええと、今着られてるその洋服系の制服じゃない和服も見た覚えがあるんですけど、ああいうのも魔力を外に漏らさないようにできてるんですか?」
「そう、ですね。和風の装備は古くから特に手間を掛けて作られていて、高い性能を誇る物が多くなっております」
「へぇー……」
「勿論、全てがそう、というわけではありませんよ? 洋風のものでも高性能な物はありますし、和風のものでも性能があまり高い水準にないものはあります」
「参考程度にしておくのが良いですかね。ありがとうございます」
「どういたしまして」
今日の訓練内容について色々聞いているうちに人も集まってきて、今日の訓練が始まる時刻になった。参加者は三〇名ほどである。
「集合ー」
教官らしき誰かの大きな声に合わせてぞろぞろと足音が集まる。
「では本日の訓練を始める。まずは外周の走り込みから」
そう言って駆け出した教官の後ろを、周囲に合わせててくてくと走り始めた。
まずは、全員で速さを揃えて屋内演習場の中を五周走った。走るのは多少歪んだ大きな円を描くような、障害物を避けるルート。
幅は一〇〇メートルほどの演習場内を五周なので、長さとしては一.五キロメートルぐらいだろうか。大した速さでも距離でもなかったので全員平然としていた。
続いて腕立て二〇、腹筋二〇、スクワット二〇──なんというか、中学高校ごろの体育を思い出すメニューである。回数的には男子向けがこのぐらいだったろうか。
腹筋の時点で少し自分の服装を後悔しかけたが、少しだけシャツの外側を保護していたので背中は汚れていない。
アキレス腱もしっかり伸ばしてから次に始まったのは五〇メートル走。二人ずつ、全員が二回走って記録を取ることになった。
一〇〇メートル走じゃない理由は、屋内だし障害物やらが置かれていてそこまでの直線がないので仕方ない。というより屋内でありながら五〇メートルの直線がある時点で、まぁ十分広いか。
魔力を使った加速をする人は全然いなかったので俺も普通に走り、二回とも六秒台後半。合わせれば一〇〇メートルが一三秒台だ。
……まぁ、静止状態が二回あったからな。うん。そう考えれば案外早い方な気がする。
参加者の中で言えば、上から一〇番目である。獣人族の血を引いているらしい桜が二位。一位は知らない男で、どちらも五秒を切れそうな記録だった。
この順位を基に、一位から五位までがA班からE班まで、六位から一〇位までがE班からA班まで、といった流れで五つの班に分けられた。
そうあることではないが同じ記録の場合は先着優先、同時なら五十音順だそうで、姓名とも同じ音の場合は同時に走らないように配慮されるとかなんとか。
今日この場に居た知り合い三人は全員俺とは違う班に行ってしまったが──まぁ、私語厳禁な雰囲気なのでむしろありがたいところだろうか?
俺と同じ班になった一位の男は洋風の制服を着ていて、身長は一八〇センチメートルの俺と同程度、年齢は俺の肉体と同程度の二〇代半ばに見える。
「チッ」
「……」
舌打ちを頂いたが、努めて無視した。
「では、端末と武装を貸与する。以降は端末からの指示に従ってA班から順に行動してもらう事になる。ルールは──」
訓練教官が述べたルールは前回と変わらず、指示通りに移動して狙うように言われた的を貫くか壊すかするだけだった。
前回との差を挙げるなら、挑戦する人数が俺一人から班の全員に変わった点だろうか。一人で突っ走って終わらせるのはダメだと思うので、今回はのんびり進めるつもりだ。
そういえば今まで誰も武装してなかったなと思いつつ、対象年齢一〇歳以上の拳銃型エアソフトガンの改造品を受け取って、直径六ミリメートルらしいBB弾を弾倉に装填し、エアソフトガン本体に挿入した。
それなりに魔力を漂わせている品なので気にはなるが、興味を抑えつつ次を待つ。
「では、オレが先頭を行く。遅れるなよ?」
『了解』
田平というらしい一位の男が仕切って、『遅れるな』の辺りで睨まれた気はするが、他の班員と共に声を出した。この程度の声出しは可であるらしい。
演習場のブザーが鳴り響くと端末からも指示が流れたので、班員六名全員で指示された地点まで短く、周囲に合わせながら走る。
指示された地点に辿り着くと的の方向と数が指定された。一列横隊に近い形で並び、射線が被らないように的を見る。
「構え」
田平の声に合わせて遊底を引き、薬室にBB弾を移動させながら照準器で的に狙いを付ける。的は二つで、右側に並んでいる俺が狙うのは右の的だ。
「撃てっ」
他の人がどの程度魔力を動かしているかを確認しながら魔石入りの照準器からBB弾に魔力を移動させ、引金を引く。
魔力の籠ったBB弾が銃身を通り抜けながら魔法陣的な何かを読み取り、銃口から出た後で魔法として形を変える。属性は、極々淡い火だろうか。
魔法になったBB弾は照準器の方も少しだけ参照してから、俺が狙いを付けた通りに加速して、六人中三人が狙っていた的の中心を貫いた。
初めてここの魔改造エアソフトガンを撃ってみたが、魔法の制御が自動で入るのは、加速する僅かな間だけらしい。命中までは制御されていない状態のようで、下手をすると自分が撃ったものでなくても干渉できそうだ。
……味方の妨害にしかならないからやらないけど。
丸太林を抜けて次の的を撃ち抜き、木の壁も周りに合わせてゆっくり乗り越え、水に浮いた足場もゆっくり跳び渡る。
可もなく不可もなく普通に演習を進めていき、最後の的を壊すとブザーが鳴って演習が終わった。
自分の番が終わったので端末と武装を返却し、後は黙って見学に集中する。
桜はチームで動くことを意識しているようで、周りを置いて行ったりはしていない。美奈子は普通。茉莉は、やや突っ込みすぎな印象。
そうこうしているうちに五つの班の演習が終わったので、教官の次の指示を待つ。
「では、本日の訓練課程はこれで終了だ。また、本日は一四時より駆除に出発する予定なので、遊撃の者にも参加を期待する。以上、解散」
『ありがとうございました』
……一四時からかぁ。
現在時刻は一二時を少し過ぎたところなので、微妙な時間である。
と、三人組が近付いてきたので、手を挙げて迎える。俺以外に向いてるわけじゃない、よな? うん、視線もちゃんとこっち向いてるし。
「白井さんはもっと無茶をするかと思ってたんですけど、普通でしたね?」
「いや、畑さん、そりゃあチームでやる訓練なんだから周りに合わせるぐらいはするよ。……畑さんは若干突っ走ってたように見えたけど」
「うっ……いや、あれはちょっと……あははは……」
「まぁ、いいや。君らはどうするんだ? 参加するのか?」
「あ、はい、そのつもりです。白井さんは違うんですか?」
「俺はまだ決めてないんだよな。半端に空くこの時間も特に何がしたいってのもないし……」
「今日の午後七時ごろはこちらまで帰って来られると思います。……スマートフォンからでも確認できますよ?」
俺の疑問には美奈子が答えてくれた。
「ありがとうございます。解散してすぐ三人が来たんで、調べる間がなかったんですよ」
「いえ、朝の時点でこの情報は確認できるようになっておりましたが……」
「……えー……と、ありがとうございました」
「……どういたしまして」
確かに、調べておくべきだったな。失敗失敗。
「ところで、何故白井さんは美奈子と話す時だけ敬語になるの?」
「んー……なんとなく? この組織についてもかなり深いところまで知ってるし、なんかこう、権力を持ってて色々と苦労してそうだろう?」
「納得した。……今からの予定は空いてる?」
「一四時までは空いてるよ。一四時からのに参加するなら小腹が空きそうだから、何か食べたいところだけど」
「丁度良かった。私達はこれから食堂に行くんだけど、一緒にどう?」
「……そりゃまぁ構わないけど、良いのかな?」
桜から誘われたのは良いとして、あとの二人も一緒にという内容だと思うのだが──
「元々それで誘いに来てたからね」
「ええ」
茉莉も美奈子も問題なし、と。
「わかった、お言葉に甘えさせてもらうよ」




