08:王都の視察
『エーールーーー、どーーこーー』
『……うん? どうしたのさ、アンナ』
『エル、こんな所に居たのね。何してたの?』
『あー、……蜘蛛ごっこかな?』
『私に聞かれても困るんだけど。また何かの『じっけん』?』
『そうだね。思いついた手は色々あるんだけど、いきなり実戦で使うわけにもいかないし』
『うーん……色々思いつくのは凄いし、実際色々役にも経ってるけど……それは止めない?』
『? ……何か問題でもあった?』
『獣と間違えて撃っちゃいそう』
『はは、それは怖いな。わかった、気を付けるよ』
『むー』
………………
…………
……
…………。
「………………はぁ」
また今日も、エルヴァンだった頃の夢。
俺にとってあの人生は、思っていた以上に楽しかったらしい。
が、今の俺は白井悠理の体に意識があり、そして、生きている。
寝ても覚めても現実は変わらないし、死んでまたあっちに行ける保証もない。
今日も外はまだ暗いようだが、未練を忘れるように布団から抜け出した。
さて、気分はともかく体調は良好。筋肉痛は、少し。筋は伸ばす時に結構ぶちぶち音を立てていたが、きっちり対処したので問題はなさそうだ。
【固定】も昨日よりはかなり最適化が進んだので、あの訓練程度の動きであればもう筋肉痛も起こさないと思う。
筋肉痛といえば、駆に注意しておく必要があることを思い出したが……飯時でいいか。
平服に着替えてから、体調を把握しつつ『属性魔力』の純度を上げる手遊びを始めた。
魔力は『実験用聖属性魔力(薄)』が若干濃くなっているのと、『純粋魔力』が回復した以外の変化は特になさそうだ。
良い時間になってきたので、昨日のうちに用意されていた剣を佩き、鞄を腰に着ける。視察の予定を決めた日のうちにこういう装備を整えてきたあたり、王城の使用人も仕事が早い。在庫があっただけかもしれないが。
それでも、今日外に出られるのは幸いだった。今日は訓練もないので、部屋に閉じこもっていると滅入りそうだったからな。
あとは、水筒を鞄に入れて準備は完了。水筒の構造は内側が金属、外側は革製の水筒であり、魔法瓶ではない。魔法瓶の場合、空気の薄い層を作る必要があるからな。
昨日と同じく俺、駆、アモリアの三人での朝食中、駆に謝りながら俺の剣の振り方について注意点を伝えた。
俺の剣の振り方で何が問題かというと、初速が速いことそのものである。
当たるまでの時間が短いために対処が難しいという利点はあるが、負担も大きいという欠点がある。衝撃力の計算式である程度求められるので、頭に浮かべられれば楽なんだが、まあ割愛する。
重要な要素は『質量』と『加速度』の二つ。簡単に言えば、『質量』が大きく、『加速度』が高くなればなるほど衝撃力は大きくなる。
『質量』は文字通りの質量。重力の強さに関わらず一定である量の話。
『加速度』は一定の時間(普通は一秒)同じ加速が続いた時の、速度の変化量で表す。速度の落差が大きく、時間が短くなれば『加速度』は大きくなる。なお、減速も力学的には逆方向に発生する『加速』である。
剣が当たった瞬間の衝撃は、受けた側が衝撃を受け止めてくれるので、振るった側はあまり受ける必要がない。ただ、正面から剣同士でかち合ったり完全に弾かれたりすると、振るった側でも受ける衝撃は大きく、中々に痛い。
また、空振った際は、多少の空気抵抗を除いた力を腕で受け止める必要がある。具体例としては、寸止めや素振りを重い剣でやると、剣を振るための筋肉より、剣を止めるための筋肉が付きやすいから注意が必要だ。
そして俺の剣の振り方は、予備動作をできるだけ削り、短い時間で最高速に達することを目標とするものである。
『てこの原理』も関わるので武器の種類によって差はあるが──加速に掛ける時間が短ければ短いほど、使う武器が重ければ重いほど、腕にかかる負担は当然大きくなる。
「──要するに、当て易い代わりに筋肉痛やらも起こし易いから、ある程度筋力が付くまでは無茶しちゃいかんよ?」
「その一言だけでよかったんじゃ……いえ、わかりました」
そんな注意を伝え終えた後、朝食を終え、俺と駆の二人は使用人の案内で移動した。
その先では──
「「おはようございます」」
「おう、昨日ぶりだな、お二人さん」
「おはよう」
昨日の訓練を見てくれたバクスターと、同じ訓練に参加していたイーリアの二人が待っていた。
二人は剣以外にも弓や杖を背につけている。弓は何やら、折りたたむための機構が組み込まれているようだ。杖も持ち歩きに適していそうな、あまり大きくない物を持っている。……弓はなんだか恰好良いな。
「今日はバクスターさんとイーリアさんが案内してくださるんですか?」
「ああ、表の案内だけなら別の奴らでもよかったんだがな」
「案内できる範囲が広くて手が空いてて、多少なり面識があるって条件を並べると私達になるわけよ。今日はよろしくね」
「なるほど……こちらこそ、よろしく」
「よろしくお願いしますね」
「よろしくなっと、んじゃまぁ、ここで喋ってても仕方がないし、そろそろ移動するか」
バクスターの案内で、城の使用人向けの通用門から城の外に出た後は、とりあえずと近くの市場を見てまわることになった。
装飾品、武具、衣類に、食料など、様々な物が売られている。しかし、今の俺と駆は無一文なので冷やかしぐらいしかできない。
本を扱う店もあったが、バクスター達に聞いてみていると大体の本は城にも置かれているとのこと。城に戻れば読めるそうなので、今は行く必要もないだろう。
そんな感じで市場を回り、一通り回り終えたかなというところで、バクスターがこちらを向いて口を開いた。
「とまぁ、市場の商店はこんなもんだな。今すぐどうしても欲しいってもんがあるなら買ってやってもいいが、ないだろ?」
「そうですね。剣も渡されたコレがあれば十分そうですし」
「だよな。じゃあ次はどこに行くか……イーリア、なんか良い場所はないか?」
「え、そこで私に振るんですか? ……狩人組合ですかね」
「狩人組合……? どんな所なんです?」
「行けばわかると思うけど、次の目的地はそこでいい?」
「他の候補なんて俺には思いつきませんし?」
「あはは、僕もです」
「じゃあ、そこだな。街の外を案内するのにも都合が良いしな」
「あれ、王都の視察なのに外に出て良いんですか?」
「そういう名目だが、主体はお前ら二人に物を教えることだからな。問題ない」
バクスターがそこまで言ったあたりでイーリアを伴って目的地に向かい始めたので、俺と駆もついて行く。
しばらくすると空気が少し生臭くなり、さらに進むと大きな建物がいくつか見えてきた。大きさを例えるなら……ちょっとしたショッピングセンターぐらいだろうか?
縦はそれほどでもないが、水平方向の広さは中々だ。
「……なんですか? あの大きな建物」
「あれは狩人組合の施設の一つ。主な用途は獲物の解体と素材の分類と保存、かな?」
駆の質問にイーリアが答えている。
行けばわかると言われ、狩人組合がこの大きさの施設で解体する大物が存在しているということはだ。
「この世界の獲物って、結構でかいんですかね?」
「何を基準に言ってるのかがわからないけど、でかい奴はかなりでかいね」
「この建物にすっぽり入るぐらいのかな、と」
「あっははは、いや、いないとは言わないけどね。私が知る限りで一番でかかった奴は、直立した時に、建物の高さに届くぐらいさ」
「ああ、そんなもんなんで……って十分でかいですけど」
横と比べれば高さはそれほどでもないが、一〇メートル以上の高さはある。
「攻城兵器の類を持ち出すぐらいには強いから、甘く見るなよ? この王都の壁はかなり頑丈だが、それを破壊できる連中だからな。と、用がある建物はほら、あれだ」
そう言ってバクスターが示す先には、先程のものよりは少しばかり小さめの建物があった。小さめとはいっても、それなりには大きな建物だが。
人の出入りはそれなりにあるようで、市場と比べて鎧を身に着けている人が多い。
なんの建物かは気になるが、入ればわかるかと、そのまま付いて行くことにする。
そのままバクスター達に続いて中に入ると、中は普通の(?)役所を思わせるような間取りだった。
透明なカバーが付いた掲示板も置かれていて、内側には紙が貼られている。内容は気になるが、バクスター達がさっと受付に向かってしまったのでまた付いて行く。
「ようこそ狩人組合へ。本日はなんの御用でしょうか」
「狩場の確認だ。新人にちょっと見学させてやろうかと思ってな。……日帰りできそうな範囲で手頃な奴はいないか?」
「バクスター様……と、新人を連れているのであれば、南の森でしょうか。鹿の目撃情報が増えているものの、処理の手が足りない状況です」
「……そうだな。じゃあ──」
しかし、話が決まるまでは暇だなぁと、先程の掲示板に目を向ける。視力はさほど高くないので細かい字は読めないが、見出しは──
『南部の森を中心に鹿が大発生』『アル草高価買取中』『東北部山岳地帯における大規模ゴブリン殲滅作戦『実行中』』
──というような内容だった。横線で文字を消して別の文字が書き加えられていたり、小さな紙を上に貼って訂正している物もあるらしい。
しかし…………ゴブリン?
ゲーム等で有名な例の奴の名前を見つけ、どういうことかと首を傾げているとバクスターが戻ってきた。
「今日の南の森に向かう。馬車も一台回してもらえることになったから、乗ってくぞ」
「はい。と、詳しい話は馬車で聞けるんですかね?」
「そうだが、まぁ、簡単になら今でも言えるな。ここに集まった情報を元にどの辺りで狩るかを決めて、必要があれば馬車を借りて行くってだけだ」
俺達に説明しながら歩き始めたバクスターと共に建物を出る。
「今回は何を狩るんです?」
「主な目標は鹿だな、何頭かは狩りたい。ついでにゴブリンぐらいとは戦わせておきたいな」
「わかりました」
イーリアも目的は気になるようで、バクスターに質問していた。
建物の裏手から続く道の先には駅前のロータリーのような大きな広場、更に先には街と外とを隔てる壁があり、大きな門が口を開けていた。
遅れないように後ろを歩きながら見ていたが、その間に広場を通ったのは仕留めた鹿を数頭乗せているらしい幌馬車一台と、それよりはいくらか小さな人力の荷車が数台。あとは、受付と似た雰囲気の服に身を包んだ人が数人か。
バクスターが向かっていた建物は馬車の管理をしているらく、バクスターが受付から預かってきた紙を見せると馬車に案内された。御者は二人付いてくれた。
今は、その馬車に乗り込み、壁の外へ出たところ。思ったより揺れるが、まぁ耐えられないほどではない。
しばらく移動に時間が掛かるらしいので、バクスターに質問を投げかける。
「じゃあ、馬車にも乗りましたし、詳しい説明ってのを聞きたいです」
「そうだな、まずどこから説明してほしい?」
「でしたら……狩人組合がなんなのかってところからお願いします」
「ふむ。狩人組合は元々は狩猟をしてた、あー、野生の鳥や鹿なんかを狩ってた人らの作った組合だな。狩り場の情報を集めたり、解体が不慣れな奴から獲物の解体を請け負ったりしていたらしい」
「へぇ……それにしては随分大きかったですけど」
「元々は、って言ったろ? 街の規模が大きくなって、有用性が認められていき、徐々に業務内容が拡大していったってことだな。狩人本人が狩った獲物を小さないくつもの店に、部位別に売りに行くよりは……解体から換金までまとめてやってくれる団体があった方が円滑にことが進んだってのもある。実際、流通する量も増えたらしいからな」
「なるほど……」
地球の例で考えてみると、卸売り業者を通した方が鮮度が高いままの商品を各地に流通させ易い、という話だろうか。
畜産農家や野菜農家、漁業なんかの第一次産業従事者全てが小売店などの……三次産業だったか? とにかくそこまでを担当するのは少し無茶であるし、直売店しかない状況よりは、小売店で買う方が消費者の手間は少ない。
街の規模次第かもしれないが、人口がそれなりに多いなら、確かに卸売業者が居た方が円滑に進みやすいだろう。
「あと、登録する狩人に重要な話としては、ランク制度ってのがある。個人、あるいは集団の戦力を表したもので、同じランクの獲物を狩れるであろう戦力を持っている、という目安だ。相性の問題もあるから中々難しいがな」
「同じランクの獲物といわれても……どんな感じなんでしょう」
「そうだな……と、その前に魔物の話をしておかないとな」
「……魔族とはまた違うんですかね?」
「似ているような、違うような、微妙なとこだな。精霊はわかるか?」
「はい。魔力が意思を持つことで発生する何かでしたっけ」
「まぁ、そうだな。……では、その精霊が人を害する意思を持ったらどうなると思う?」
人を害する意思を持った精霊……? というとなんだろう。精霊が宿ると魔法への適正を得られるという話であるし──
「攻撃的な魔法が使いやすくなる?」
「…………まぁ、間違ってはないか。ただ、人が怯える姿、恐怖する心を求める悪意の塊のような精霊が発生することもあるんだ。その精霊が肉体を得て動くようになった奴らを魔物と言う」
「そんなのが居るんですか……」
「でだ。魔物の方は精霊が肉体を得た物だが、魔族は少し違う。こっちはその精霊が人に宿って、肉体が変化したのが始まりだと言われている」
「始まり……っていうと、今は違うんですか?」
「人、というより生命を基本にしてるだけあって、性質が変化しやすいんだ。で、身体的特徴はともかく、加護は必ず遺伝するわけじゃないし、生きてる間にも増えたり減ったりするもんなんだ。初めは血生臭い話も色々あったらしいが、結果として、人と交流できる見た目の違う種族って形で落ち着いていったんだな」
「なんかすごいざっくり感ですけど、それで国になってるんですね。魔王ってのはどうなんです?」
「そこもまぁ、人らしさというのかな。王位を継承したヴォールトって奴はかなり好戦的な性格をしてて、実力も魔族の中では相当高いそうだ」
「へぇ……」
「で、ランクの話だな。野生動物だけなら別にランクを分ける必要もなかったんだが、必ずしも見た目通りではない魔物が居るせいで、ある程度わかり易い基準が求められて制定されたって流れだな」
「確かに、そういうことなら必要でしょうね」
「んでまぁ、今回行く南の森に居るであろう奴ら、鹿とゴブリンのランクはD相当だ。ちなみにランクはEから始まって、D、C、B、A、Sという順に強くなっていく」
「それぞれ、どんなのが居るんですか?」
「目安程度のもんだが、各ランクの代表的な奴らを挙げていくと……
Eは兎なんかの小動物が該当する。魔物はいない。
Dは今言ったように、鹿やゴブリンが該当する。
Cは野生動物だと狼、魔物では上位種ゴブリンやコボルド。
Bは野生動物だと熊や虎、魔物ではオーガだな。野生動物はここまでだ。
Aはトロル等の大型の奴らと、亜竜。
Sはサイクロプスやドラゴンと言われる奴らになる」
「なんか名前は凄そうなのが並んでますけど、倒せる人もいるんです……よね?」
「個人ランクがSの狩人ってのはいなかったはずだ。いや、強いて言うなら……魔王を個人ランクで評価するならSかな」
「あぁ、そのぐらい強いんですね……集団でのランクがSってのはどのぐらいいるんです?」
「集団のことをパーティーとも言うんだが、パーティーランクがSに届く狩人のパーティーは、国ごとに一つ二つあるかどうかだ。さっきも少し触れたが、このランクになると兵器を持ち出して軍で対処する。それでも多少の犠牲は出るが、倒せるだけマシだな」
「その人たちに魔王討伐を依頼とかしなかったんですか?」
「個人だけならそれでいいが、魔族にも軍はあるからな。協力を得て、こちらの軍にも犠牲を出しながらなんとか痛み分けって感じだったんだ」
「そうですか……俺達ってどの位やれるんですかね?」
「一応俺の見立てで、魔法抜きならお前はC、カケルがDだ。本格的に魔法を学べば上がるだろうが、まだ使える魔法は少ないだろう?」
「……そうですね」
魔族には【聖魔法】が高い威力を発揮するという話だから、魔法抜きの個人ランクは多少低くてもなんとかなるとは思うが……。
そんな話をしていると、目的地が近付いたことを御者が知らせてくれた。
ひとまず、狩れるだけ狩りますかね。