01:初仕事?
週が明けて、月曜日。
日本の魔物を狩っている組織の建物に向かうことにした。
今回の目的は換金で、土日のうちに狩っておいたオーガの魔石が二個ばかり、肩に掛けているマイバッグに入っている。別にスーツでなくてもいいという話は聞いていたので、服装はスーツではなく地味な私服である。
車を回してもらうことも可能ではあるものの、千円ほど必要になるそうなので今回は徒歩で向かっている。天気は良く、気候も完全に夏であるため、やや後悔しているところだ。
自転車が警察に証拠品として押収されていなければ、自転車を使ったとは思うのだが──まぁ、魔石がある程度高く売れたら買ってみるのもいいかもしれない。
……空間魔法で飛んでくれば一発だけど、流石にな。
自動だったガラスのドアを抜けて冷房の効いた建物内に入り、受付と挨拶を交わして、魔石を取り扱っているらしい地下の一室に移動。
入口の扉を開くと、ここの制服の上に白衣を着た女性が出迎えてくれた。
「こんにちはー」
「はい、こんにちはー。白井君だったよね、今日は何の用で?」
「魔石の持ち込みです。ここで良いんですよね?」
「そうだけど、本当に持ってきたんだね」
「何か問題でもありました?」
「いや、大丈夫だけどね。それで? ブツは?」
何やらいい笑顔の女性職員。名前はたしか、田沼だったか?
と、あまり待たせても悪いので、持ってきていたマイバッグから魔石を取り出し、受付のカウンターのような場所に置く。
「これです」
「…………んんん、普通のバッグから裸で出てくるのは少し想定外……っていうか大きいねこれ? どんな魔物から取ったの?」
「ここの資料の名称だと、鬼でしたかね?」
異世界でオーガと呼ばれていた魔物をこちらの資料に照らし合わせると、呼称は鬼で合っていたはずだ。
「鬼……って、ちょっ、ちょっと待って、何処で!?」
「何処かって聞かれると困りますけど、国外です。現地では合法な狩猟を行った結果のブツですよ」
「いやいや、どんな魔境に行ってたのさ!」
「魔境って、人口何万人かの街はあるとこですよ? 機械とかは全然無いですけど」
「!?」
ついでに言うなら飛行機や船じゃ辿り着けない場所ではあるけど、それは黙っておこう。
「で、どうです? 合法的な手段で入手した物ですが、これ、いくらぐらいになります?」
「ちょっっと待って。……室長! 持ち込みだけど私じゃどうにもならないから、ちょっと来てヘルプ!」
「……?」
俺が値段を聞いたところで田沼は内線の受話器を外し、繋がった相手に話し始めた。そんなに変な物だったんだろうか?
田沼が内線を取ってから二分ほど経ったところで奥の扉が開いて、制服の上に白衣を着た中年男性が現れた。
初めてみる気がするその男性は、やけに細身で、目の下にクマが見える気がする。話の流れから、ここの開発室の室長であるらしい。
向こうからも視線が飛んできた──と思ったら、首を傾げられた。
「田沼君、魔石の受け取りは君に任せてたと思うんだがね?」
「いやこれ現物見てくださいよ、私じゃ無理ですって!」
「んん……? ほぅ、これは大きな結晶だな。…………安定度も素晴らしい。見せかけでなく中までしっかり詰まっているね。良いじゃないか、これで何が問題なんだね?」
この部屋にある機器を使って何やら調べているらしいが、俺も何が問題なのかはさっぱりである。
「これ、鬼から取ったんですって」
「……鬼? 鬼というと、小鬼などではなく、鬼かね? あの?」
「え、ええ、多分。そうだよね? 白井君?」
小鬼というと、ゴブリンの事だったか。とりあえず質問に答えるべく、俺が狩ってきたオーガの特徴を述べる。
「二.五メートルぐらいで肌は青い、やたらと力の強い魔物でしたけど、あってますよね?」
「特徴は間違いないが……そんなのが現れたなんて話は覚えがないよ?」
「狩ったのは日本じゃありませんから。現地では合法な狩猟でしたし、持ち込むにあたって国家権力と衝突したりは一切してないのでご安心を」
室長と田沼には事実しか話していないのだが、言葉だけで納得はしてもらえなかったようだ。……まぁ、当然か?
「流石に、確認に時間が掛かるとは思いますが、わかりました。それで、これはどうします?」
「ええと、換金希望なんですけど、いくらぐらいになりますかね?」
「……換金? 装備の改良ぐらいなら請け負いますが……」
「いえ、装備の方は足りてるんで、欲しいのは金だけですね。これが有用だというのならここの人達の装備に充ててください」
「そうか? それは殊勝な…………ん? どこかで見たような気がするな。田沼君、彼は?」
「室長……彼ですよ、新人の白井です」
「白井? 白井……ああ! あの映像の彼か」
室長は驚いているが、田沼の表情は呆れているように見える。
「何でクマができるぐらい見た映像の本人を前にしても気付かないって……室長はもう少し人の顔を覚えられるようになった方が良いと思いますよ?」
「いや、もっと濃い魔力を漂わせているものだと思っていたからね……いや一体どんな方法で実現しているのやら……」
「そこは、門外不出の秘伝みたいなものだとでも思ってもらうしか……」
目を逸らしながら、言い訳を述べてみた。
どう誤魔化すか迷ったものの案外なんとかなるようで、問題ないことが確認できれば、連絡と共に俺の口座に金が振り込まれるそうだ。
いわゆる悪魔の証明のような難しさがあるかと思えばそうでもなく、劣化が起こり得る素材なので比較的簡単に確認できるとのことである。
室長は魔石を持って何やら作業を始めてしまったので、田沼に質問を投げかける。
「で、確認できたとして、金額はいくらぐらいになるんでしょう?」
「そ、そうですね……二〇〇万円ぐらいにはなると思いますよ」
「おぉ、そんなになるなら良かった。次からは車で来れそうです」
「車って……そんなに困ってたの? お金」
「まぁ、収入のアテがない時は、ケチりたくなるもんでしょう?」
「……わからなくはないけど、それならちゃんと所属してれば良かったんじゃない?」
「やー、そうすると時間が掛かるじゃないですか。家で寛ぐ時間は大事にしたいんですよねー」
田沼の冷たい視線が突き刺さってきている気がする。
まぁ、なんだ。俺の、白井悠理としての戸籍上の年齢は二六だが、主観で言えば一八年ほど余計に生きた経験がある。
合わせれば四四歳みたいなものだから、多少は多目に見てもらいたいところ……あれ? 田沼さんも案外そのぐらい行って──
「…………」
俺に突き刺さっていた視線が更に冷たく、鋭くなった気がする。とりあえず、触れぬが吉かな。
「……じゃ、その、今日の用はこれだけだったんで、失礼します」
「はい、振り込まれる前には連絡が行くと思われます」
「ありがとうございます」
スマートフォンでも確認はできるが、せっかくなのでと魔物の出現情報を一応確認してみたところ、出現したことが確認されている魔物は狩り尽くされていたので帰路に就いた。
魔石の換金は問題なく終わるとは思うのだが、まだ振り込まれたわけでもないので、帰りも徒歩だ。
とはいえ、多少は贅沢な気分に浸りたいとも思ったので、スーパーに寄って合い挽き肉とハンバーグヘルパーぐらいは買ってある。
買い物を終えたらまっすぐ帰宅し、いつものようにアニマとアンナに迎えられ──
「おかえりなさいませっ」
「おかえりなさい」
「……あ、あぁ、ただいま」
「何かありましたか、ご主人様?」
「いや、ちょっと驚いただけだよ」
部屋着だとばかり思っていたのだが、二人ともメイド服を着ていたのは意外だった。
とりあえずと冷蔵庫に食材を放り込み、俺だけではあるが楽な服装に着替えて寛ぎ始めた。
二人が着ているメイド服は、異世界で魔族から貰った物だ。コスプレ用ではない仕事用の服なので、しっかりとした作りである。
しかし魔族といっても、翼や尾の有無は人によって違うため、着る者に合わせて細かな細かな差は出てくる。
アンナはその褐色肌を翼も尾もない者用のメイド服に包んで、姿勢良く座ったまま本を読んでいる。読んでいる本が日本の少年漫画である点に目をつぶれば、絵になりそうな姿だ。
アニマは尻尾がある者用のメイド服を着ていて、その白い肌はほとんど晒されていない。デフォルメした猫の手のような丸いグローブを嵌めているから、アンナと違ってパッと見でもシュールではある。まぁ、自前の猫耳や尻尾と合わせて可愛いとも思えはするのだが。
いや、二人とも黒い革のチョーカーを着けている時点で、普通に見れば背徳感は強いか。見慣れていても時々目を引かれるからな。
そして、そのアニマに膝枕をされている、Tシャツに下だけジャージな俺。
……なんというか、客観視するとカオスだなぁ、この空間。居心地自体は、良いんだが。
季節柄普通なら暑苦しい体勢であり、部屋のエアコンも殆ど働いていないが、特に汗ばむほどでもない。
理由としては、俺とアンナで協力して【固定】を掛けて、やや非常識な断熱性能を持たせてることができているからだ。周辺が火事になっていても平気な程であり、このまま冬になっても快適に過ごせるだろう。
あまりしっかり【固定】で固めていると地震等の際に周囲が破損しそうなので一塊ではないが、外壁に大砲が直撃しても無事なぐらいには衝撃にも強い。まぁ、そんなことはまずないと思うが。
また、魔力の流出も抑えるようにしてあるため、魔力については部屋の外と比べてかなり濃い。エアコンや換気扇、排水口から外部に多少流れはするが、生成している魔力の方が軽く上回っているので問題はない。
魔力が薄い場合は何かと不便で、濃すぎると体調に影響も出るので、ちょくちょく行っている異世界の標準程度の濃さに整えてある。
「あれ? ……ご主人様、すまほ? が動いてませんか?」
「ん? ほんとだ。なんだろな?」
通話の着信で──表示されたのは、組織の回線だと教えられた番号だ。
とりあえず、スマートフォンのマイクに掛けてあった【固定】を解除しながら出てみる。
「もしもし?」
『あ、白井君?』
「はい、白井です」
『田沼です。確認はできたので、明日までには口座に振り込まれていると思います。後で確認しておいてください』
「そういえば、明細なんかは出るんですかね?」
『一か月分をまとめたものが、毎月末に端末から確認できるようになります』
「そうですか、わかりました。ありがとうございます」
『どういたしまして。それじゃあね』
「お疲れ様で……切れたか、早いな」
……結構、忙しいんだろうか?
可能性は低いと思うが、盗聴されている可能性も考えて、内蔵されているマイクにまた【固定】を掛けた。
組織でインストールしてきたアプリケーションが、どの程度の影響力を持っているかもわからないのがな。
アニマがグローブをはめたまま器用にマウスを操作する音を背景に、俺は適当に手に取った小説を読み続けて、しばらく経った頃。
窓から差し込む光に少し赤色が混じってきたなと思ったあたりで、耳のすぐ近くからぐぎゅるるという音が聞こえてきた。
音源に視線を向けると、すぐ近くにある布地の壁と天井がプルプルと震えている気がする。
「あー……そろそろ、夕食を作ろうか」
「そ、そうですね」
「……アンナも一緒に作ろうか」
「えっ、い、いいけど、いいの?」
「こっちに来てからだと初めて作る料理だし、アンナも作り方は気になるだろ?」
「それは、まぁ、そうだけど」
「じゃあ、決定で。付け合わせは後でいいとして、まずは種を作るところからかな」
「わかりましたっ……とっとっ、ふわきゃっ!?」
「アニマ? ……あー」
俺の頭がずっと乗っていたせいで、アニマの脚は痺れているようだ。
「すっ、みませっ……すぐいきま……す」
「急かしはしないから、ゆっくり落ち着きな。無理するようなら痺れてる脚を突き倒すよ?」
「ふぁ、ふぁい」
素直で結構。
アニマは猫の手グローブを長手袋に重ねて嵌めていたので更に少々時間は掛かったが、手を洗わせて三人でハンバーグの種を作り、短時間で意味があるのかはわからないが一応冷蔵庫に寝かせてみた。
ニンジンをじっくり炒めて付け合わせを作り、出来上がったらハンバーグも焼いて夕食に。
夕食後は後片付けを済ませ、風呂に入った後はまた夕食前と似たような流れで寛ぐ。
違いといえば、二人は流石にメイド服から寝間着に着替えており、今は後頭部に直接的な体温を感じている点か。
頭をぐりぐりと動かしてみたい衝動にも駆られるが、それは止めておこうかな。
「……」
「……」
丸いグローブを嵌めている手が止まった気はするが、俺はそのまま次のページをぱらりとめくった。




