14:日本の……魔法使い?
扉二つに挟まれた短い廊下を抜けると、射撃場のような見た目のそこそこ広い部屋だった。魔法を使う部屋なら魔力も濃いかと思ったのだが、この部屋も他と大差ない程度には薄いようだ。
先程部屋の奥に向かって魔法を撃っていた四人は手ぶらになっており、こちらを──というより光明を見て頭を下げ、「お疲れ様です」とそれぞれが口にした。
「訓練お疲れ様。調子はどうですか?」
「スコアは、やや良いぐらいです」
「それはよかった。さて、今日はちょっと、新しい仲間になる、かもしれない方が見えてます。まだ決定ではありませんが、実力は見ておこうかということでお連れしました」
「そうだったんですか。……どのぐらいやれる人なんですか?」
「言葉通りなら、かなり。実際には見てみないとわからないかな。大言壮語でないことを願うよ、白井さん?」
「えっ、あ、はい」
「……」
何か部屋にいた四人からそれぞれ推し量るような視線が突き刺さってきた。
視線を返してみると、知っている顔はない。
俺が部屋の外から見ていたことに気付いたのは、眼鏡をしているやや細身の、高校生ぐらいの男子。あとは、大学生ぐらいの女性一人と、男性二人。
何故かその女性だけ巫女っぽい服を着ていて、あとは松林らと同様の警備員風の制服に身を包んでいる。
光明の隣にもこの制服を着た女性は居たから、ここの女性用の制服がこれというわけでもないと思うんだが? と、俺の視線から何かを感じ取ったのか、微妙に居心地が悪そうだ。
光明の方に視線を戻すと、大学生ぐらいの男性と小声で話しているようだった。
盗み聞きをするのもなんだなということで、今度はここの部屋で使われていた銃らしきものに視線を移す。少なくとも、拳銃型のものと小銃型のものは存在しているようだ。
台に置かれている物を見たところ、基本的にはTVゲームで見た覚えのある通常の銃と大差ない。ただ、どちらの形のものも本体の上部には照準器のようなものが付いていて、微かに魔力が漏れている。弾が通り抜ける辺りにも、薄く魔力を発する文字のような何かが書かれている。
他には何かないかと視線を巡らせてみると、おそらくBB弾であろう何かが入っている透明なボトルが見えた。BB弾からは魔力を感じないので、BB弾自体は市販されている通常の物、なんだろうと思う。奥にはボトルに入っているものと同じ色合いのBB弾が描かれたパッケージがあるからだ。……〇.二グラム? は良いとして、『生分解』ってなんだろう?
とりあえず、基本的にはノーマルなエアガンなのだと思う。…………ほんとに魔物と戦ってんだろうか、この人ら。
ああいや、普通に魔法を使ってたのは部屋の外から感じ取れたんだし、もう少し何かあるだろう。発射された後で弾そのものが魔法になって飛ぶ、何らかの仕組みが入っていると思うべきか。
一番怪しい文字のような何かを読み取れないかと、もし魔法陣的なものだったとしても魔法が発動されないように気を付けながら【魔力知覚】で──
「白井さん、白井さん?」
「っはい、すみません、なんでしょう?」
光明から声を掛けられていたらしい。
「とりあえず、まずは白井さんに実技を見せていただきたいと思うのですが、よろしいでしょうか」
「それは構いませんが、何をすれば良いんですか?」
「そこの台の前に立って、奥に見える的に魔法を当てれば大丈夫です。近距離が希望でしたらそちらでも構いませんよ」
「だったら、遠くからで大丈夫です」
「では、何か必要なものはありますか? あの銃のような道具については、まだ説明するわけにもいきませんが」
「道具も必要ないです。あの銃のような物の説明は、ある程度結果を出せれば聞けるんですよね?」
「はっ? は、はい」
「じゃあ、ささっとやっちゃいましょう」
多少ざわついた気配のある室内を歩き、台の前へ足を進めた。
台の前に立ってみると、多数の的が見える。形状は似ているものの距離にはかなりの差があり、遠いものは六〇メートルほど離れているようだ。……随分広いが、地下だよな? ここ。
まぁ、それはいいとして。手に持っていた鞄は足元に置いて、早速──と、確認を忘れていた。
「すみません、どの的を狙えば良いんですかね?」
何か操作を行えそうな台の前に立っている光明に問いかけた。
「で、ではまずはこの的を狙ってください。本当に道具は不要なんですか?」
「使い方がわからない道具を使っても仕方ないじゃないですか。光が当たったあれですね」
的までの距離は一五メートルほど。この程度の距離ならそこまで集中する必要もない。
…………。
何やら背後の、四人組が居た方から微妙に見下すような意思を感じる気がするので、前に集中。
右手を挙げ、人差し指だけを立てて、体内から集めた魔力を指先の更に少し先に魔法の矢を作る。属性はなんとなく火を選んだので、赤い矢である。
日本の屋外で使った経験はなかったが、魔力の薄い空間での維持は魔力消費が多いようだ。また少しだけ魔力を注ぎ足し、右手を振り下ろしながら手早く魔法を飛ばす。
俺が飛ばした魔法の矢は通常の矢と同じぐらいの速度で飛んで行き、【魔力知覚】で把握できている範囲なので狙い通り──というより、キーボードの狙ったキーを押すのと同じぐらい簡単に、的の中心を貫いた。
見たところ、的は紙を張った段ボールのようなものだったらしい。それをあっさり貫いた魔法の矢が俺の制御を離れ、内包していた魔力を使い果たして崩壊したところで、光明に問いかける。
「で、次はどうすればいいんです?」
「…………」
「高木さん?」
「……はっ!?」
振り返らずに指示を仰ごうとしてみたのだが、反応が妙だったので振り返ってみると、全員がひどく驚いた様子でこちらを見ていた。
「……? 材質的に貫いちゃダメな的ってわけじゃないですよね? もしかして、狙う的が違ったとか……?」
「い、いや、そんなことはないですよ。で、では、次はこの的を狙ってください」
「わかりました。……って、今度は随分遠い奴ですね」
次に示された的は俺から五〇メートルほど離れた場所にあった。
距離を伸ばすには──と、【固定】は使わずにやっておこうか。少し懐かしい気分になりながらも魔力の塊を二つ前に飛ばし、その魔力の塊を経由させて【魔力知覚】と【魔力操作】の効果範囲を延長。
素早く右手にまた矢を、今度はやや多めに魔力を込めて作り、魔力の塊を経由させてから示された的の中心を貫いた。
「…………」
次の指示がすぐ飛んでくるわけでもなかったので、飛ばした魔法は手元に戻して魔力を回収。振り向いて指示を仰ぐ。
「高木さん、次はどうします?」
「で、では、この三つの的を貫いてください。それで終わりです」
「わかりました」
的の方を振り向いてみると、それぞれの距離は二〇メートルほどと三〇メートルほど、そして六〇メートルほど離れた的が光で示されていた。
的のある方角はそれぞれ違っているが、魔力の塊は三つもあれば網羅できそうだったので、今回は三つ用意する。
そしてやや強めに一本の魔法の矢を作り、近い的から順番に貫いて──魔法の矢に魔力を込めすぎて余ったので、魔力の塊ごと手元に戻して回収した。
あれで終わりらしいので戻ってみると、全体的に何やら驚きが冷めない様子だった。美奈子だけはどこか納得した様子だが、微妙に乾いた笑い声を漏らしている。
「さ……さて、実力はわかった。君が協力してくれるというなら、組織としてはありがたい、と思います。何か、質問は?」
「とりあえず、こちらで働くにあたっての、勤務時間と給与ですかね?」
「ああ、それは……またこちらから連絡します。流石に、今すぐというわけにもいきませんが、後日、選択肢をいくつか提示させていただく形になるかと思います」
「そうですか、わかりました」
「他に質問はありませんか? ないなら、次は彼らの腕前を見ていただく番でしょうね」
「そうですね。あそこの、銃……かなにかは知りませんが、あれをどう使っているのかとか、仕組みとか、聞ける範囲で聞きたかったので」
視線を向けると、驚いた様子を見せる四人組。
「ちょっ! 支部長、あんなの見せられた後でオレらとか勘弁してくださいよ!」
「わからなくもないけど、元からそういう予定だったじゃないですか」
「確かに、それはそうですけど……」
「それにほら、彼にも、こちらの力を見ていただく必要はあります……し?」
「いやいやいや、この装備ではあんなパワー出せないですって」
「しかし、彼は何も使わずにやった結果でしょう?」
「それは……何か隠してたんじゃ?」
「いえ、何度かチェックはしてますよ。そういったものはないはずです」
「そんな馬鹿な!?」
先程の大学生ぐらいの男性が代表として光明と話しているが、中々に興奮してらっしゃる。
……ってか、高木さんは支部長だったのか。
光明と男性の話し始めて三分ほど経った頃。
その中で苗字が井上と判明した男性も粘りはしたが、結局やってみせてくれることになった。
井上が手に取ったのは拳銃の形状をした銃で、弾倉は外れている。
射撃用の台の前に移動した井上は一旦銃を台の上に置き、空の弾倉に装填用の道具を使って手早くBB弾を込め、弾倉を銃本体に挿入した。
「……ふむ」
意外に手馴れていて、様になっている。と、俺が感心したところでブザー音が鳴り、的の一つに光が当たった。
井上は右手で銃を撃つように構え、本体上部のスライドする部分の後部を左手で引いてから、光に照らされる的に狙いを付け、引金に指を乗せる。
本体の上部とは連動していないらしい照準器の一部から魔力が流れ、BB弾が装填されていそうな辺りに集まってゆく。
引金を引くと軽い音と共にBB弾が発射され、魔法になって加速しながら、段ボール製の的を容易く貫いた。まぁ、中心からは若干逸れていたが。……発射後の制御は殆どやってないのかな?
そのまま井上は引金に指を乗せたまま操作を行い、二秒ほどで次弾を放つ。三発目まで的を貫いたところで的が切り替わった。
たしか、いつものメニューだとか言っていたし、光明は操作していないようなので、これが本来の流れなのだと思う。
百発百中とまではいかなかったが、九割ほどの命中率を保ったまま的が切り替わるたびに狙いを変え、弾が尽きれば一〇秒程度の時間で弾倉に再装填する。
三分ほど撃ち続けたところでブザー音が鳴り、的を照らす光も消えた。
何発か当てればゴブリンぐらいなら倒せるかもしれないぐらいの威力だったが、実戦になればもう少し高威力な弾を撃つんだろう。きっと。
「と、こんなところですね。答えられない内容もありますが、質問があればどうぞ」
「そう、ですね……使ってるエアガンって、市販品なんですか?」
「……え、ええ、市販品をほぼそのまま使っていますが、もっとこう、魔法についての質問などは……?」
「いえ、そちらは見ていたら大体わかったので大丈夫です。エアガンを使ってる理由の方が気になるかなと」
「……そんなに面白い話ではありませんが。日本で実銃を使うわけにはいきませんから、ごく普通のものを、厳密にいうならエアソフトガンを使っています」
光明は多少渋い顔をしたものの、ちゃんと答えてくれた。
「それはまぁ、なんとなくわかりますけど、エアソフトガン? エアガンじゃないんですか?」
「火薬を使っていなくても、一定以上の威力がある銃は銃刀法で規制されていますからね。あれらは対象年齢が『一〇歳以上』のもので、威力については銃口から一メートル離れた時点で〇.一J程度しかありません。BB弾はバイオ弾と呼ばれる、放っておいても自然に還るものを使用しています」
「えと、詳しくどうもありがとうございます……っとそうだ、あのエアソフトガン、普通の人が撃ったらどうなるんです?」
「魔力を操作できる人でなければ、照準器から弾に魔力を移すことができませんので、通常のエアソフトガンと同程度の威力しか出ませんよ」
「へぇぇぇ……」
なんとも世知辛い事情があったものである。……Jって換算するとどのぐらいだったっけかな……?
まぁ、もしかしたら、もう少し深くこの組織を知れば火薬を使った実銃ぐらい出てくるかもしれないが、それを聞くのは今ではないだろう。
現状でも撃ち出した弾が魔法になれば加速はするし、何十メートルも離れた段ボールを貫けている。あまり突くと俺の方が危うい気もするので、積極的には触れないことにしよう。
「他にはありませんか?」
「あ、じゃあとりあえず、弾を入れるのは弾倉……でしたよね? あと引金と照準器ぐらいはわかるんですけど、他の部分の名前を聞きたいです」
「…………銃を構えるために握る部分が銃把、次の弾を装填するために操作する本体の上部分が遊底、遊底の操作で弾が収納されるのが薬室、発射時に弾が通り抜ける筒は銃身、先端の穴そのものは銃口。エアソフトガンでは見た目だけですが、遊底の後ろには弾を発射するための撃鉄もありますよ。実銃であれば実包と、それを構成する薬莢、発射薬、弾丸、雷管。ああ、弾丸の代わりに栓が詰められているものは空包と……こんな感じでよろしかったでしょうか」
「丁寧にありがとうございます」
「……どういたしまして」
今聞いた単語を使って流れをまとめると──薬室内のBB弾に照準器を兼ねる部品から魔力を充填。発射されると、銃身に刻まれた文言を読み取ってBB弾に籠った魔力が魔法になる、といったところかな。
小銃に似た方は、連射をするなら弾倉内の弾にまで魔力を充填するのだろうか?
「あ、エアガ……エアソフトガンといえば、下に向けた時に弾がポロっと落ちたりすることはないんですか?」
「それは、銃身で対処しているので問題なかったはずです」
「そうでしたか」
一通り疑問は解消できたかな。
そういえば、光明が「見学は自由だ」とか言っていた気がするものの周囲の魔力に変化はない。俺が感じ取れる範囲の外から見ているのか、モニター越しにでも見ているのか、あるいは単に見られていないのか。
…………まぁ、いいか。
質問を終えたあとは連絡先を聞かれたので、美奈子達に先日教えたものと同じ連絡先を、改めて俺から伝えておいた。
そして今日は送り帰してもらうことになり、来る時と同じく美奈子が付いて、俺が部屋を借りている賃貸マンションにたどり着いた。
「……送迎、ありがとうござい、ました」
「ええ。次にお迎えする際には、おそらく外が見える車になっていると思われますので、ご安心ください」
「それは、本当にありがたいですね……」
俺は行く時と同じく外が見えない後部座席だったので、また妙に酔ってしまった。何度か経験すれば慣れそうな気もするが、美奈子の言った内容は素直にありがたく思える。
「……それでは、失礼いたします」
「はい、ありがとうございました」
想定していたほど遅くはならなかったので、現在はまだ夕方といった頃合いだ。
特には郵便物が届いていないことを確認し、エレベーターは丁度一階に止まっていたので、エレベーターで六階まで移動。
「おかえりなさいませっ」
「おかえりなさい」
「ただいま」
自室の玄関扉を開くと、アニマとアンナが俺を迎えてくれた。




