13:勧誘と交渉
ある日はアンナとくっついたまま【伝達】で連携しつつ【固定】を掛ける実験をやってみて、俺が一人でやるよりも効率よくできたので喜び合った。
別の日には俺の腕は抱え込んだアニマの胴体に回したまま、【伝達】で互いにやりとりしつつ食事を摂ってみるという二人羽織もどきもやってみた。意外に、ちゃんと食べることができた。
他には、アンナに改めてしっかり魔法を教えてみたり、アニマに【固定】の力を使う訓練をさせてみたりもしたし、地球で活動するにあたって、いくつか備えたものもある。
片目を手で覆い隠すだけで、肉眼で捉えながら空間魔法の座標指定もできるようになったし、同世界上での空間魔法なら、発動するための重要な情報は角砂糖ぐらいのブロック状の『魔力容器』で管理できるようにもなった。
他には、最適化した形状の『魔力容器』を胃袋の中に仕込む実験もやってみた。流石に体内用なので空気は一気圧程度だが、魔力自体はそれなりに詰め込めた。
そんなことをしている内に金曜の朝が来て、次はどんなことを試してみようか、異世界に行くと電波が届かなくなるから日曜は日本で過ごそうか──なんて考えていると、スマートフォンが受信を報せてきた。
画面に表示された名前は『宮寺 美奈子』だったので、早速通話を試みる。
「はい、白井です」
『宮寺です。おはようございます』
スマートフォンから届く声は前回と同じだと思えるものだから、別人ではないだろう。
「おはようございます。月曜の話の結果でも出ましたか?」
『はい。私共の上も一度話を聞いてみたいとのことで、近々お迎えに伺うことになるかと思います。ご予定は空いておられますか?』
「ええ、特に何も予定は入ってませんよ」
『……では、本日のお昼前でよろしいでしょうか』
思ってたより早かった! ……もう少し猶予を作るべきじゃありませんかね宮寺さんや。
「まぁ、特に問題があるわけでも……あ、拘束時間はどのぐらいになるかわかります?」
『本日中にはお帰り頂けるかと思われます』
何日もかかるようなら嫌だなとは思ったが、ホッとした。
「そうですか。ええと、何か必要なものはありますか?」
『特にありません。あ、スマートフォンを持ち込まれるのは構いませんが、こちらの施設にいる間はお預かりすることになるかと』
「そうですか……じゃあ、スマホは置いていきますかね。迎えが来たら特に何も持たず、身一つで……財布と鍵ぐらいは良いですよね?」
『そのぐらいでしたら大丈夫です。迎えの車には私も同乗して伺いますので、到着する頃にまたご連絡させて頂こうと思います』
「わかりました。それでは」
『はい、また後程』
スマートフォンを操作して通話を終了させた。
「ミヤデラさんだったんですか?」
「ああ、今日迎えに来るってさ。帰りは何時ごろになるかわからないから、遅いようなら夕食は食べてていいよ。ほんとに、無理して待たなくてもいいからね?」
「……そう?」
二人とも不満そうな反応を見せているが、そこは譲れない。
「あんまり遅くなるようなら、向こうで夕食を食べてくるかもしれないからな。連絡を入れられればいいんだが、家用の電話はもう少し収入のあてがないとなぁ」
「うー……」
「わかったわ。……そうね、午後の八時ごろになったら、食べておくわよ」
「了解。アニマもそれでいいね?」
「はぁぃ……」
やや不服そうなアニマにも納得してもらったので、一安心かな。
昼前になると美奈子が言っていた通りに連絡があり、一階まで下りて出迎えることにした。
エレベーターの近くで待っていると、入口の方から男女二人組が歩いてきていた。美奈子と中年ぐらいの男性で、男性の方は、何かの運転手のような制服姿だ。
「こんにちは」
「こんにちは。……そこまでしっかりした服でなくても良かったのですが……」
「……そうなんですか?」
シンプルな黒系ではあるものの、今俺が着ているのは就活時にも着ていたリクルートスーツなんだが。上半身の筋肉が以前より付いたので肩が少しだけキツい気はするが、問題ない程度だ。
バンドまで金属になっている腕時計も着けてはいるが、こちらもスーツとセットで購入した、太陽光充電式の安物だ。文字盤はシンプルで数字も少なく、ローマ数字だけで統一されているあたりが気に入っている。
まぁ、外すことを求められたら、手に下げている空の鞄に突っ込むつもりではあるが。
「その、汚れたり破れたりするような可能性もありますよ?」
「多分大丈夫だと思いますが、まぁ、その時はその時で」
「……警告はしましたからね。車はあちらです」
「わかりました。……そういえば、先日一緒にいたお二人は?」
「今日は別件で動いてます。詳しい話は、また後で」
「そうですか」
結局一言も喋らなかった運転手が運転するタクシーのような車に乗り込み、移動が始まった。
運転席と後部座席の間は仕切りがしっかりしていて、窓はスモークというより、不透明なフィルムがしっかり張られていて、外部が見えない。
ルームミラーでの後方確認もできない状態だが、カメラが設置されているし、サイドミラーはあるので車検は通るらしい。
目隠しを付けられるよりは良いが中々に退屈だが……目隠しをされるよりはマシか?
一応、到着までの時間は聞かされたものの、それ以外は守秘義務に抵触するとかなんとかで大した会話はできないままだった。
坂道や曲がり角が意識できないまま揺られ続けて一時間ほど経った頃、ようやくどこかの地下駐車場に到着し──
「……大丈夫ですか?」
「……あと、ちょっとだけ待って」
吐くほどではないが、俺は車酔いに困らされていた。
数分掛かったものの気分は改善したので、美奈子の案内に従って通路を歩き、ボディチェックを経てどこかの一室へ通された。
ちょっとした机とホワイトボードが置かれている会議室といった雰囲気の部屋で、その中で待っていたのは、スーツの男と、警備員風の制服を着た男女が一人ずつ。
美奈子はそのまま、その部屋の中で待っていた偉そうな、ギリギリで青年と言えそうなスーツの男に報告をしに行くようだ。
しかし、そこらで見かけた人達と比べれば多少なり高いものの、先の運転手も含めて宿っている魔力は誰も大して高くない。日本で遭遇した中で最も高い魔力が宿っていたのは、獣人族の血を引いていたらしい桜だと思う。
その分というか、一応、三人とも多少は体を鍛えてあるようだ。
「宮寺嬢、彼が例の?」
「はい」
「わかった。では早速面接を始めましょうか。白井悠理さん?」
「どうも、初めまして。白井悠理です」
「こちらこそ初めまして。高木光明と申します。そちらの椅子にお掛けください」
「どうも」
流されるまま光明と名乗ったスーツの男の言葉に従い、椅子に座った。
「……まず、白井さんは、こちらの事情をどこまで存じているか、伺ってもよろしいですか?」
「丁度一週間前に、こちらの組織に属して……たんですかね? 魔物と戦闘していた女の子と遭遇したのが最初で、月曜にそちらの宮寺さんを含む三人から少し話を聞いたぐらいです。殆ど知らないようなものですよ」
「具体的には、どの程度の情報を?」
「具体的に……魔物を探す役割の人たちが居て、魔物を倒す人も居て、魔石を加工できる人が居て、良い魔石が取れればボーナスが出る、という程度です。名前や規模なんかは全く存じません」
頭の中を整理しながら答えてみた。一応知ってる情報はこのぐらいだと思う。
「そのぐらいですか。では、本日はなんの用向きで?」
「収入のアテが欲しいと思ってたところでして、給与がどの程度なのかとか、どんな人材が求められてるか、なんて情報を頂きたいなと……って、宮寺さんからこのぐらいは聞いてませんか?」
「確認も含めていると思ってください。また、詳細な情報については、秘密の多い組織ですから、詳しい話をすると組織に属していただく必要性も出てまいりますので、今は詳しい話ができない点はご了承ください」
「……それも、道理、ですかね?」
何故そこまで秘密にするのかはわからないが、詳しい話を聞いた時点で抜けられなくなるというのは、仕方ないのかな?
「白井さんは、どのような形での就職を希望しますか? 実現できるかどうかは別として」
「そういう話でしたら……魔物の情報を受け取って、適当に魔物を狩るような仕事ですかね?」
丁度、異世界でやっていた狩人のような感じで。
「……不可能ではありませんが、実戦を行っている部隊にいきなり加えるわけにもいきませんし、訓練中の部隊はそろそろ修了が近いので、少し難しいですね」
「ああいえ、一人で大丈夫なので平時の拘束時間が増えそうな訓練は遠慮したいかなと。……興味は、ないわけでもないですが」
「いや、実戦を行うなら連携は必要でしょう?」
「先程話に出した女の子は一人で戦ってましたよ? ああ、どんな魔物をどう言い表しているかとか、兵器を使うような際の指示についてでしょうか?」
「それもありますが、魔物を甘く見過ぎてはいませんか?」
「どうなんでしょうね? 中型の人狼だとか言われていた奴らぐらいなら、多少群れていても……私を狙ってくる分は狩れる自信がありますよ」
実際、中型の人狼と呼ばれているらしい上位種コボルドどころか、さらに上位のライカンスロープを複数含む群れを、アニマを背負ったまま狩った経験はある。
そう思いながらの発言だったが、事実であるかどうかを疑われているような気がする。まぁ、わからないでもないが。
「……今までに狩った魔物はどの程度の数になりますか?」
「ええと、強いのと弱いのを合わせれば、三〇〇は超えてたと思います。日本でなら一体だけですが」
「…………とても、そうは見えませんが……御一人で?」
「索敵は他者の力を頼ってましたが、戦闘はほぼ個人ですね。まぁ、筋力で狩ったわけじゃありませんし、同時にやったわけでもないですし?」
「……まぁ、それだけの経験が実際にあるというのなら、良いでしょう。松林、今手が空いている部隊と、室内訓練場の使用状況は?」
「部隊はこちらを……室内総合訓練場は未使用、室内特射場はMUの一班が訓練に使っています」
光明は後ろの男性に向かって指示を出し、松林と呼ばれた警備員風の制服を着た男は板状の情報端末を操作して応じている。
「どの班だ? ……と、ここか。丁度良い、競わせてみよう。IMは観測。残りは、見学は自由だと連絡を」
「承知しました」
「……なんの話をされてるんですか?」
一区切りは付いたようなので質問を差し込んでみた。
「貴方の実技を見せてもらおう、という話です。何か、体調を崩されたりはしてますか?」
「いえ、体調は大丈夫です。略称も気にはなりますが、力を示すのが先ですかね?」
「そうですね。予め開示しておける情報が少ないのは、ご了承ください」
「ま、わかり易いのはいいことですよ」
方針が決まってから間もなく、案内に従って外に繋がる窓のない廊下を徒歩で移動し始めた。
光明らの間に会話はほとんどないが、これはどちらかというと暫定部外者の俺が居るせいだろうか。美奈子も付いてきているが、残念ながら先日のように話せる雰囲気ではない。
現状では俺から話し掛けるわけにもいかないなと、そのまま歩くこと二、三分ほど。右斜め前方から、どこか攻撃的な魔力を感じる。
「……?」
発生源の方向とはややずれた前方に扉があり、今歩いている廊下は更に扉の先まで続いている。
と、廊下の先を見たところでそのまま魔力が固まりになり、俺達から離れるように飛んでいった。恐らくは、魔法だろうか。
「さて、この扉の先が……白井さん? どうかなさいましたか?」
「この壁の向こうで魔法を撃っていたようなので、気になりまして。ここですか? その、目的の場所は」
「はい、その通りですが……何故それが?」
「魔力を感じ取っただけですよ? この廊下とは反対の方向に何人かが魔法を撃っている、というぐらいならわかります。意外に連射は早い……?」
どうやらこの壁の向こうが目的地だったらしいので、立ち止まってもう少し強く意識を傾けてみる。
壁越しには若干魔力を感じ取り難いが、物理的には数十センチの壁二枚と、配線を通すためか人が余裕をもって通れそうな空間があるだけらしい。俺の住んでいる部屋ほどしっかり魔力は遮断されてはいないようで、気付いてしまえば十分に感じ取れた。
魔力の発生源は──四人かな。全員が魔力の塊を飛ばしているようだ。具体的には、加速後の魔力の塊を攻撃力のある属性魔法に変化しているような感覚であり、手元で属性魔法に変化させてから飛ばしている俺とは手順が違っている。
また、魔法を撃っていると思われる当人の魔力は大したことない割に、しっかりとした魔法が連続で飛んでいるように感じる。流石に、輪郭まではっきりわかるほどではないが、壁の向こうの四人は杖を使っているものの、形状がどこか杖というより銃に近いような気がする。
ふと、俺が見ていることに──かどうかはわからないが、訓練場に居る四人のうち一人が違和感を抱いたらしく、魔法を撃つ手を止めて視線を巡らせている、ように感じる。
「…………よろしいんですか?」
「……入ればわかる情報だ。案内しよう」
「承知しました」
松林と光明の内緒話のような雰囲気の会話だが、廊下は静かなので丸聞こえである。……まぁ、隠す必要のなさそうな話だからかな?
「では、行きましょうか」
「わかりました」
松林の操作で扉が開き、俺達は光明の言葉に従って扉に入った。




