11:姦しさの予感?
寝る前にやるべき事が無かったかを思い返していると、マンション入り口前の郵便物を確認していなかった事を思い出した。……異世界からこの部屋まで直接移動してきたからなぁ。
「明日でも良いんじゃない?」
「まぁなぁ。ただ、思い出したら気になってきたから、ちょっと行ってくる」
「そう? わかったわ」
「行ってらっしゃいませ」
背を向けて手を振りながら、鍵をポケットに突っ込んで、玄関を開いた。
階段を使って一階まで下りると住人らしき男性とすれ違ったので会釈しつつ、集合ポストの前まで移動。
自室のものを開くと、中からいくつかの郵便物があったので回収し──先ほどの男性がエレベーターで昇っていたので、階段から上りながら確認してみる。
「……何だこれ?」
チラシと宣伝の往復ハガキは良いとして、切手も貼られていない封筒が入っていた。
長辺側からくの字のフタが伸びている洋風の封筒で、宛名もない。まぁ流石に、フタを留めているのは封蝋ではなく市販ののりらしいが。振ってみても特に音はせず、厚みもないので危険物ではない気がする。
封筒の中身を考えているうちに上り過ぎるところだったので、引き返して部屋に帰った。
「うーん……花の香りと、女の人の香り? のようなものが付いていますけど、それ以外はよくわかりませんね」
「そうか……とりあえず、開けてみるかな」
「すみません……」
「気にしなくていいよ、ありがとうね」
危険物である可能性もあるため空間魔法の実験用に使っていた空き部屋で アニマに一応匂いを嗅いでみてもらったが、大した情報は得られなかった。
一応開ける前に粉末なんかが入っていないかも確認して、【固定】の箱で隔離しながら封筒を開く。
中に入っていたのは、日本語が書かれた普通の紙で、ぱらぱらと落ちるようなものは何もなかった。
肝心の文章はというと──
「電話番号と、お電話お待ちしてます、だけか?」
「裏にも何も書かれてないですね……あれ、何か少し魔力が籠められてませんか?」
「んん……? 言われてみれば確かにあるような……薄すぎてわからんな」
「ですね……どうします?」
「一応、掛けといてみるか」
「わかりました」
一応手等を洗ってから寝室に戻り、アンナとアニマには静かにしてもらって、手紙に書かれていた携帯のものと思われる電話番号を入力して通話を試みる。
『はい、宮寺です。どちら様でしょうか』
コール音が数回鳴った後で繋がり、スマートフォンのスピーカーから声が出てきた。応対に出たのはどうやら女性らしい。
「つい先ほど投函されていた手紙を拝見しました、白井です。私に何か御用件だったのでしょうか?」
『手紙……マンションの方でしょうか』
「はい、そうです。電話番号と『お電話お待ちしてます』とだけ書かれた手紙が入っていた部屋の住人ですよ」
『あ、あの部屋の方ですか! 大丈夫ですか!?』
「……? いきなりどうされました?」
『いえ……今、どちらに?』
「そりゃあ、部屋ですけど」
『え、入れたんですか……?』
「そりゃあ自分の部屋ですから入れましたけど、さっきから何の話です? 用が無いなら切りますよ?」
『すみません、今から伺ってもよろしいでしょうか』
「今からって、もう流石に遅い時間ですし……何か重要なお話でも?」
『それは、電話口では……でしたら、明日の朝、ご予定が大丈夫なら伺わせていただきたいと思います』
「……まぁ、わかりました。お待ちしてます」
『はい、それでは、失礼します』
「はい」
スマートフォンを操作して通話を終了させたが……何だったんだろ?
「えーと……明日誰かが来るの?」
「そうらしい」
「えと、何の用で来るんでしょう?」
「それは、さっぱりわからないんだよな。ただ……まぁ、気にはなるけど、明日に備えてそろそろ寝ておくべきかね?」
「ま、仕方ないわね」
「じゃ、明かりそろそろ消すぞー」
「はーい」
互いにおやすみと言い合いながら、三人並んで眠りに就いた。
………………
「えと、私たちはどうしてましょうか……?」
「まだ部屋に上げると決まったわけじゃないが、部屋で静かに待っててほしいかな? 必要そうなら呼ぶけど」
「ええ、いいわよ」
「ごめんな」
「好きでやってることだから、気にしないで」
「そうですよっ」
「ありがとう、アンナ、アニマ」
適当に話をしながら朝食を摂った後。
部屋着から外着に着替えて、テレビを点けて本を読みながら時間を潰していると、アニマが何かに気付いた。
「客か?」
「多分。ええと……女の子が三人ぐらい、です?」
「…………は?」
「ユーリにもそんな知り合いが……居たわけじゃなさそうね」
「そりゃそうだが、うちに用なのか?」
「……そうですね、玄関の前で何か話してるみたいです」
「昨日の電話の相手かな?」
「それはわかりませんけど……あ、一人は先週の金曜日に魔物と戦ってた人かもしれません」
「ああ、あの」
そんな話をしているうちにドアホンが鳴らされたので、応答するべく腰を上げた。
ドアホンを操作し、繋がって一秒ほど待ってから、口を開く。
「はい、どちら様でしょうか」
『あ、その、昨日お電話いただいた宮寺ですけど、白井さん、でしたか?』
「はい、そうですよ。今出ますね」
『は、はい』
通話を終了させてから玄関へ向かい、鍵を【固定】ごと解除しながらドアノブを回して、扉を押し開ける。アニマとアンナの靴は靴箱に収めてあるので、不自然でもないだろう。
開いた向こうには先日の子と、同年代の子が二人。合計三人の女の子が居て、何故か全員が驚いたような表情をこちらに向けていた。
三人とも私服ではあるが、先日の子は木刀が入っていそうな袋を持っていて、その中からは木刀らしき柄が覗いている。高校生ぐらいにしか見えないが……そういえば、夏休みには入ってる頃か。
ドアホンの前に立っているのは、長い黒髪の子。もう少し遠くには黒に近い茶髪の子も居て、どちらも何やら、鞄からすぐに物を取り出せそうな位置に手がある。
「……あー、ええと、木刀の子は二日ぶり? こんな所でそういう物をちらつかせるのはやめてもらいたいんだが」
「あ、あの時の人、ってああ、すみません!」
「ちょっ、茉莉さん、貴女が言ってたのはこの方なんですか!?」
声を上げたのは、先ほどドアホン越しに会話した子か。
「え、そ、そうだけど、その、白井さんとおっしゃるんですね。ええと」
「……重要な話ならこんな所で話すのもなんですし、上がっていきますか?」
「は、はい。良いよね? 二人とも」
「それは、構いませんが……」
やや後ろにいる茶髪の子がさっきからずっと無言なのは気になるが、まぁいいか。
「し、失礼します……」
「失礼します」
「む……?」
二人は普通に入ってきたが、一番後に入ってきた茶髪の子は鍵を開けたり閉めたりといじっている。
「……ええっと、ドアで遊ぶのもやめてくれないか?」
「そ、そうだよ桜ちゃん」
「……フン」
「……できれば、施錠もしておいてほしいかな」
「……」
渋々といった感じで、施錠はしてくれた。
リビングに招き入れると寝室の扉は閉まっていたので、リビングにある買い置きのクッキーを個包装ごと大皿に出し、プラスチックの使い捨てコップを袋ごと出してから話しかける。
「冷えた麦茶と浄水ぐらいしかないが、飲むかい?」
「い、頂きます」
「じゃあ、私も」
「貰う」
使い捨てコップの袋はコップの底面側から開いてあるので俺が並べ、浄水のリクエストはなかったので、冷蔵庫から出した麦茶を全員分注いだ。
「それで、電話ではダメだと言っていた宮寺さんは、君でいいのかな?」
「は、はい、宮寺 美奈子と申します」
長い黒髪を下ろした女の子に話しかけると、確かにそうだった模様。
「それで、俺に何の話があるんです?」
「まずは経緯から……先日、魔物を討伐した際に周辺の魔力を探ったところ、この地域周辺の魔力が高まっていることがわかりまして。その、こちらの部屋にたどり着いたわけです」
「なるほど? それで…………あー、土日はしっかり施錠して外出してましたからね。その間に来られたんでしょうか」
「はい、玄関のチャイムも鳴らず、ドアをノックしてみてもまるで響かなくて……」
「……まぁ、外出してましたからね?」
じろりと睨まれたような気もするが、気にしないでおく。
「……住人がいないわけでもない様子でしたので、ひとまず話だけでも、部屋に入れないようであれば保護も考えていたのですが…………住人自身が施したものだったというのは、その、予想外でした」
「わからなくもない話ですね。……それで?」
「住民であることも確認できたのは良いのですが、この部屋の魔力が異様に高まっている理由は……?」
「異様にって……そこまででもないでしょう? 高めてるのは俺ですが、何か問題でもありましたか?」
俺がそう言うと美奈子は頭を抱えてしまった。
本気で大した環境だと思っていないことは【伝達】経由でそれとなく伝わって──いや、地球人なら【伝達】がスキルとしての形を持っていない可能性もあるか?
魔力は濃度が高すぎると痛みを感じることもあるが、今この部屋に漂っている魔力は異世界よりやや薄い程度でしかないため、問題はないはずなのだが。
「……何か、代償でも支払ってるの?」
頭を抱えた美奈子に代わって質問を飛ばしてきたのは、茶髪の子。
「代償と言われても……ちゃんとご飯を食べてればこの程度の魔力は生めるんじゃないか? あとはまぁ、部屋に降り注いだ太陽光を色々経由させて変換してるくらいかな?」
俺がそう言ってみても、どこか納得いかない様子である。黒髪の二人も茶髪の子の意見を待っているようだ。
「嘘は言っていない気がする。でも、全部を喋っているわけでもない」
「……例えば?」
「……奥の部屋にも、二人居る」
「ふぅん? わかるのか」
「っ」
「あ、もしかして、先週後ろにいたお二人ですか?」
「……そうだよ、同棲してるんだ」
俺の微妙な敵意を感じたのか茶髪の子は軽く身構えたように見えたが、どこか会話に入りそびれていた木刀の子が質問をしたので、正直に答えた。
「たしかどちらも綺麗な女の人でしたね…………同棲? 二人とも?」
「「……」」
木刀の子の言葉に応じて、三人の視線から温度が失われていく気がする。いや、日本人の貞操観からしてみれば理解はできるがな。
「無理矢理ではない?」
三対の冷たい視線を受けて流していると、茶髪の子が沈黙を破った。回答は悩むまでもない。
「当然だ」
「見せられる?」
「……君らの立場によるかな?」
「何故?」
「俺が二人を保護しているからだ」
美奈子が最初は住人の保護を申し出たということは、権力なり財力なりをそれなりに持っている可能性がある。味方になる保証が不十分である以上、あまり細かく言えるものではない。
「私達三人ともが、その二人を害さないことを約束できるなら、どう?」
「口約束ではいまいち何とも言えないな」
「私達は魔物を倒せる戦力を持っている。それをここまで使っていない。それだけでは不十分?」
「君らの戦力がわからない以上は、不十分だ」
「三人揃っても丸腰の成人男性一人に劣ると?」
「俺がただの一般人じゃないのは、そっちの子から聞いてるだろう?」
しかし、口約束を否定した直後に口だけでは説得力が足りない気がする。何かないかと考えたところ、クッキーの個包装が目についた。
手を伸ばし、クッキーの個包装を一つ手に取ってから、反対の手の指先に小さな聖属性の魔法の刃を発生させる。
その小さな刃を飛ばして手に持ったクッキーの個包装を切り、中のクッキーを取り出して咥えると、木刀の子を除く二人は表情を引き締めた。
何だか興が乗ってきたので、俺の背後に魔法の矢を複数浮かせてみると、三人の表情が明確に引き攣った。
「……そんなことまでできるとは……聞いていない」
「この日本で、外で見せるようなもんじゃないからな」
「…………貴方、本当に日本人?」
「ああ。半年ほど行方不明になって、その間に技術を身に着けてきただけの一般人だよ」
せっかく出したものをそのまま消すのはつまらないので、魔法の矢を数本細かく操作して、クッキーをまた一つ口の中に放り込んだ。
魔法の矢をそのまま崩すと、落ち着くためだったのかもしれないが、三人からしっかりとした自己紹介を受けた。
黒髪を伸ばしているのが宮寺美奈子、木刀を持った短めの髪の子が畑茉莉、茶髪の子は友木桜と名乗った。三人とも同じ高校の生徒で、今は夏休み中だったらしい。
そして、三人の中で一番実力があるのは桜だったらしい。
「確かに、隠れてる二人に気付いたのも友木さんだったっけか。どうやって気付いたんだ?」
「先祖に、獣人が居たと聞いている。身体能力や聴覚は人より多少優れている」
「へえぇ…………え、本当に?」
桜は俺の質問にこくりと頷いた。
「私達は見たことないですけど、先日の人狼みたいな魔物とは違う、人種の一つとして存在してるそうですよ」
「言われてみれば、魔力がやや強めに宿ってるような……?」
よくよく見てみればまつ毛や眉毛も髪と同じ濃褐色である。いや、これは関係ないかもしれないが。
「……桜さんが自分から明かした話ですが、彼女が傷つくようなことをなさったら許しませんよ?」
「気をつけようとは思うけど……あ、ちょっとじろじろ見過ぎてたな、すまない」
「気にしてない」
「そうか? ならよかったが、獣人かぁ…………もしかして、何かの作戦か?」
「何の話です?」
三人とも俺の発言の意図は本気でわかっていないように見える。……偶然、か?
少しばかり自分の思考が正常かを悩み直してみた。
「まぁ、良いか。本気でその子を守ろうとはしてるみたいだし」
「……何の話?」
「君らの友情に免じておこうかな、という話だ。さて、ここであった話を他言無用で通すと約束できるか?」
「私達は、白井さんがさっき言ったとおりの、口約束しかできない」
「何かがあれば許さない、という気持ちは伝わってきたからな。こちらも似たようなものだと思ってくれればいい。どうだ?」
「……わかった。二人もそれでいい?」
「私もそれでいいです」
「私もですよ」
桜に続いて茉莉、美奈子も同意を口にした。嘘は含まれていないように感じる。ひとまず認めておくとして──
「アニマ、アンナ、出ておいで」
二人を呼ぶことにした。




