09:帰路での遭遇
今日もまた、日が昇った。
特に意味もなくテレビにニュースを垂れ流させながら、昨日見つかった問題点をもう少し深く考えてみる。
……入国管理局に見つかると、面倒そうなんだよな。
アニマ達は空路も海路も使っていないので日本国に上陸──というのもおかしな話だが、入国審査官とやらの許可は得ていないため、国外退去を強制される対象ではあると思う。
旅券なども当然所持していないため、その辺りも厳しい。
そして、海も空も繋がってはいないと思われるため、一般人がアニマ達二人を送還するのはまず不可能である。
地球において認められる国籍を持たず、送る手段が存在せず、送る先が不明となれば、待っているのは無期限の拘束か、どこかで国元を詐称でもされて連れていかれるか? いずれにせよ、悪い未来を辿りそうな予感しかしない。
少なくとも一般的な手段で合法的な住所は有しえないし、合法的な住所が無ければ帰化して国籍を取得するためも時間が掛かる。
まぁ、波風をわざわざ立てる気はないし、俺が【固定】で出入り口を固めていれば部屋への侵入はまず不可能なので、生活費さえ稼げれば問題はまず起こらないないだろう。俺も含め三人とも、人を自主的に害しに行くような性格ではないからな。
とすると必要なのは、地球上で移動できる空間魔法だろうか。いや、異世界への移動も考慮に──
「とりあえず、朝食を食べ終えたら、今日もまた、空間魔法の練習をするよ」
「うん。良い成果が出たらいいわね」
「何かあったら言って下さいねっ」
「おう」
応援してくれる二人に笑顔で返し、また箸を進めた。
二日間貯めた魔力を使い、前回保存した座標に対して穴を開けると、狙い通りに異世界の、先日まで暮らしていた王都の様子が奥の壁に浮かび上がる。
そのまま、視点を俺の家の屋内に移動──しようとしたら屋根を通過することはなく、穴が壊れて魔法が途切れた。
「……」
視点を戻してみると、通過しようとした瓦に変化はない。もう一度突っ込むと、またもや魔法が途切れた。天井の瓦や木材の中の座標を指定してみると、空間魔法の発動自体がしないようだった。
案外融通が効かないというか、攻撃手段にならなさそうで安心したというか。
差分を取得しながら何度か空間魔法を発動しなおし、自宅内の空間に穴を開ける事に成功。置いてある家具を確認した所で座標も保存し、空間魔法を中断した。
そして、実験用の道具を忘れていたので一旦リビングまで戻ると、寝室から二人が顔を出してきた。
「あら、もう終わったの?」
「いや、まだだよ。向こうに送る実験対象を考えてなくて……銅貨と、卵でいいか」
「食べ物を使うんですか?」
「いきなり生き物を送るよりはいいだろ? あとはこれで……じゃあ、また後でな」
二人の返事を聞きながら、また空き部屋へ。
用意したのは、銅貨五枚、ハンカチと卵を一つずつ、水を半分ほど注いだ二リットルサイズのペットボトルも一つ。
銅貨一枚を円の中心に置き、向こうのテーブルの上にまず転移──ぱっと大きく銅貨が映り、テーブルの上で音を立てて大きく跳ねた。魔法を中断する。
また銅貨一枚を円の中心に起き、座標を意識しながらもう一度転移──小さく跳ねたが、ほぼ狙った位置に飛んだ。また魔法を中断。
次は、三枚まとめて並べ、異世界に転移──また小さく跳ねるが、三枚とも見える範囲に留まっている。魔法を中断して、一息。
テーブルの上に散らばる五枚の銅貨を狙い、今度は地球に召喚──
「って、どうやるんだ? ええと……」
……送り出す魔法は見たが、引き寄せる方は見ていないんだよな。
俺の中にある【空間魔法】のスキルからそれとなく伝わってくるやり方を読み解きながら、意識を集中する。
「…………こう?」
四回目の試行でコツッと、一枚の銅貨が円の中心に落ちてきた。慣れないだけあって少し無駄な消費もあったが、今までの経験も役立っているのか消費した魔力はそれほどでもない。
無駄を削減するように、頭の中で手順を反芻し、もう一度。もう一度。
魔力もそこそこ残っていたので、そのままいくらか発動を試した。
ハンカチを送ってから卵を送り、銅貨を五枚乗せて一緒に戻す。
ペットボトルを送って、ペットボトル内の空中に卵を送り、水中に落ちた卵だけを召喚──しようとしたら、ペットボトルごと戻ってきた。
…………。
近くの座標を指定する方法を【空間魔法】のスキルから聞き出しながら、ペットボトルごと移動する失敗を数回繰り返し、集中に時間をかけてから、どうにか卵だけ取り出せた。少々床に水が垂れたが、そのぐらいは仕方ない。
ハンカチの上に置いた銅貨、縦に並べた銅貨等の場合などを試してみる。そして、銅貨の一部だけを千切るように転移させようと試して、大よそできることがわかってきた。
まず、転移の対象について。
・気体の繋がりは楽に断てる。
・液体の繋がりは断てるが、抵抗と魔力消費が大きい。
・固体の繋がりを断つのは難しい。
・質量や体積に応じて魔力消費は大きくなるらしく、アスファルトやコンクリートの地面を選択すると、相当な魔力を用意しない限り失敗しそう。
そして、転移先、転移元の指定について。
・気体の中であればどちらの対象にもし易い。
・液体の中の場合は、抵抗と魔力消費が大きい。流れが強ければ抵抗が増す模様。
・固体の中は今のところ成功していない。
・繋げている空間の穴に固体がぶつかると、抵抗が一気に増して失敗する。
最後に、失敗時の反応。
・覗き穴の場合は穴が消える。
・物質の転移時は魔力が不足していれば転移自体が行われない。
・一部だけが千切れるような失敗は狙わないと起こせそうにない。
要するに──とりあえず、生命体への攻撃手段としては成立し難そうなので、一安心。
後は転移先との距離の問題だが、手元程度の範囲なら、異世界と比べて百分の一程度の消費で発動できるようだ。距離によってどの程度増えるかは、要研究だろう。
そして、実験を繰り返したために魔力が心許なくなってきたので、本日最後の実験。
管理用の球以外の、空間魔法発動補助用の円と球は全て破棄し、管理用の球をペットボトルの近くに置いて、管理用の球を経由して空間魔法を発動する。
「……よし」
管理用の球とペットボトルは一メートル程上に現れ、ペットボトルはごとりと音を立てて落ちた。
ゆっくり落ちる管理用の球は手を伸ばして回収し、必要な情報が入った部分だけ取り出して、残りは崩す。
実験に使った物を回収して部屋を出ると二人の視線が飛んできたので、今度こそ終わったと伝えた。
実験に使った卵はそれとわかるように冷蔵庫に入れ、水は様子を少し見た後で排水口にだばだば流し、銅貨とペットボトルはそのまま片付けた。
「んじゃ今日はわらび餅でも作ってみるか」
「ええ、わかったわ。まず粉を袋から出して、お砂糖と、お水?」
「いや、お湯でいい。粉も一袋全部だと流石に多いから適度にね」
「はいっ。あ、昨日のサツマイモに似た香りが少しありますね」
「そうだな」
今回のわらび餅粉の主成分である甘藷澱粉の性質としては、水に溶かして八〇度を超えた辺りから粘りが増し、温度が下がる過程で固まる。
昔は電気ケトルで沸かした湯と水を用意し、どんぶりでわらび餅粉を水で溶き、湯を注ぎながら更に混ぜ、電子レンジで短時間の加熱とかき混ぜ作業を繰り返す──などという、手抜き手順で作っていた。最初に熱湯をいきなり加えて外側が透明なダマだらけになったのもいい思い出である。
わざわざ失敗作を作って食べさせる趣味はないので、失敗しないように。魔法のお陰で加熱や冷却の手間は省けるため、四角いトレーで直接作り、適度に冷やして切り分けた。
洗い物や無駄が少なく、完成品も好評だった。
………………
異世界へ転移させる空間魔法の実験に成功してから、今日で八日目。
先日警察署で行った検査は数日前に問題がなかった事を電話で聞いたので、最初は特に慎重に周囲を確認しながら、徐々に警戒度合いを下げつつ外出している。
溶融紡糸なる単語を見つけて色々と試してみたり、手芸用品店で各種の染料を買ってみたり、ホームセンターでまた色々と購入してみたり。
他には、【固定】の力で電気だけを遮断する感覚を覚え、室内とはいえ人を対象にした空間魔法での転移にも成功した。
ただ、日本でどうやって金を稼ぐかは今のところこれといった手段に至れていない。
「……日本じゃ狩猟はできないし、どうしたもんかなぁ」
「わ、私にできる事なら何でも言って下さいっ」
「私も当然、協力するわよ?」
「二人ともありがとうな」
二人に感謝しながら改めて内職辺りを調べてみたが、今一つパッとしない。ずっと日本を生活の拠点にするとは限らないので、一般職も難しい。
木彫りの小物なり、二人に着せてるようなTシャツでも作ってオークションで売り出してみようか、という案が頭の中で浮かびもしたが、まだ余裕はある上に面倒そうで手が伸びない。
……来週まで何も思いつかなかったら、また質屋に人工ダイヤでも持ち込むかな?
結局特に何も見つからないまま時間が過ぎ、夕方になってきたのでスーパーで食材と、ついでにやや高めの土産物を適当に購入した帰り。
アニマが唐突に足を止め、傾いた日に照らされる脇道に顔を向けた。
『女の人の声と、魔物……?』
『……うん? 確かか?』
視線の先には通ったことのない脇道があり、遠くには青く茂った木が見える。
『はい、魔物の大きさはそれほどでもないですけど、どうします?』
『一応、見に行こうか』
『わかりましたっ』
『ええ』
足を向けた先では、高校生ぐらいの少女と、異世界でなら見た覚えのある魔物が戦っているようだった。
魔物は人間に近い骨格で、犬の頭と毛深い全身。人間の大人に近い体格なので、上位種コボルドと言われていた種類だろうか。傷口から垂れた血が塵混じりの水に変化しているので、あの世界の魔物で間違いない模様。周囲の魔力を探ってみるが、俺にわかる範囲では一体だけだ。
もう一方の少女はどこかの制服を着ていて、手には何故か木刀。こちらは肉体的には無傷のようだが、スカートで走り回っているため、尊厳的な意味で少々傷を負ってそうな所。
そして、状況を分析している間に双方が俺達の存在に気付いた。
「グルルッ」
「民間人!? 離れて!」
「お、おう?」
「グルルルアッ!」
「くっ!」
思わず俺が後ろに下がると何故か魔物は俺を狙い、少女が俺と魔物の間に立ちふさがる事でそれを防いだが、少女の制服が少し破れてしまった。
「ありゃ、ええと、すまん」
「何を呑気な事言ってるの! 早く逃げなさい! 私は大丈夫だから!」
「いや、俺も大丈夫なんだけどな」
「そんなわけないでしょ!? ちょっと鍛えてたとしても民間人が戦えるわけないじゃない!」
「つっても、上位種コボルド一体だけだろう?」
アニマに視線を送ってみると、俺の言葉を肯定するように頷いた。やはり近くに他の魔物は居ないようだ。
「はっ? えっ?」
「ガルアアッ」
「きゃっ!? ……?」
「ッ! ガッ……!」
少女が呆けた隙を狙った上位種コボルドの左腕を左手で掴み、右手を上位種コボルドの口に突っ込んで、その左腕を背中に捻り上げた。
更に上位種コボルドの右手を踏みつけ、俺の腕が動かないように【固定】の力で支える。力の差はあるにはあるが、文字通り地に足が着いていない状態に追い込んだので、暴れられても大した事はない。
「で、こいつは……どうすればいいんだ?」
「えっ? っていうか腕! 大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫。それで? こいつは殺して大丈夫なのか?」
「え、は、はい、魔物は狩ってしまっても……え? 民間人じゃ……?」
「一般市民だが、戦う力はあるんだよ。まぁ、俺みたいなのはそんなに居ないと思うけどな、っと」
大丈夫だという話は聞けたので、右手の近くに魔法の刃を発生させ、内側から首を落とした。
上位種コボルドから力が抜け、その身体が力なく横たわる。俺の方は、【固定】で作った透明な鎧を纏っていたため、衣服への傷すらない。
俺としては当然の結果なのだが、少女は困惑した様子でこちらを見ている。
「悪かったな。俺達を守ろうとしなきゃ、制服は破れなかったろ?」
「このぐらいなら、すぐ直せるから問題ないけど……」
「そうか? じゃあ、怪我は?」
「あ、大丈夫です。中はなんともない……です」
「それは良かった。……お」
そんな話をしたところで、上位種コボルドの身体が崩れ、中から赤黒い結晶が零れ出てきた。
異世界に居た頃はよく換金していた魔石と呼ばれる結晶で、死んだ魔物の魔力を押し出して自身の魔力を注げば安定し、崩壊が止まる。
魔力の操作にあまり慣れていないと価値が下がる事もあるそうだが、俺はエルヴァンだった頃の経験を上手く応用したお陰か、魔力の操作は上手いらしいので問題はない。
……って、これ、つい安定させてしまったが、日本じゃ売れないよな。どうしよう?
異世界では金貨一〇枚近い価値はあったと思うが、あちらの金貨ならそれなりに持っている。
それに、異世界まで跳ぶ手段は用意できているので、あちらの金貨が欲しいならあちらで狩った方が効率はいい。
「……」
どうしようか悩んでいると、先程の少女も魔石を注視している事に気がついた。
「……ええと、要るか? これ」
「いえ、倒して貰ったのに魔石まで貰うのは申し訳ない、です」
「でも、俺が来なくても倒せたんだろ? それにこれは、価値がある物……って事でよかったのかな?」
「へっ? これだけ大粒で安定してれば当然でしょっ!?」
「いやいや、一般に流通してるようなもんじゃないだろ? 価値なんか知らないって」
「ちょっ、待って、ええっ!?」
「持ってたところで売り捌くルートも心当たりはないし……ほら」
「もらっ、貰うわけにはいかないってば!」
「元は君が戦ってた奴のだから、持ち主の手に戻っただけだって。俺達は……あんまり遅くなったら、スーパーで買った食材が痛みそうだし」
「食材って……こ、これ、ほんとに貰っちゃって良いの!? 貰っちゃうよ!?」
「ああ、それはもう君の物だよ。じゃあなー」
「ほんとに……? その、ありがとうございます!」
少し離れた所で待っていたアニマ達と合流した俺達が背を向けて帰り始めると、先程の少女はその場で、何やらスマートフォンの操作をした後、耳に当てたようだった。
盗み聞きするのもどうかと思うので、やや足を早めつつ離れる。
『こっちじゃ売る場所がわからないのはホントだしなぁ』
『……さっきの魔石の話? ま、そうよね。こっちで魔物に遭遇するなんて私も思わなかったし』
『俺もだよ。案外居る物なのかな、アニマ?』
『えっ、はい、地球での話ですよね? 私は今日見つけたのが初めてですよ』
『だよな。案外、知らない所で処理されてたのか……?』
『かもしれませんね。……ちゅーがたのじんろー?』
『……中型の、人狼? さっきの魔物の事か?』
『えと、多分?』
アニマはもう見えなくなった少女の方に意識を向けているようだ。
『……盗み聞きも程々にな。帰るぞ?』
『あ、はいっ、す、すみません』
少々駆け足で追いついてきたアニマの頭を撫で、街灯に照らされ始めた道を歩き始めた。




