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仕様違いの魔法使い  作者: 赤上紫下
第 5 章

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06:空間魔法の練習と……読書

 マンションの入り口に着くとエレベーターが昇って行くところが見えたので、階段から上る。

 ポケットから部屋の鍵を取り出し、扉に掛かっている【固定】を一部解除しながら鍵を開き、ドアノブを回して扉を開いた。

「お帰りなさいませっ」

「お帰りなさい」

「ただいま」

 迎えてくれた二人に応じて、玄関の鍵を閉め、鍵穴も【固定】で埋めておく。

 インターホンのボタン付近に掛けていた【固定】だけは解除して、一応ボタンを押せるようにしておいた。


 丁度夕食を作っていてくれたらしく、すぐ食べられる状態だったので、感謝を告げつつ食事を摂った。

「この後はどうしましょうか?」

「俺はちょっとばかり、空間魔法の練習をしておきたいかな」

「そういえば、こっちに来てからやってなかったわね」

「部屋掃除と色々で時間を食ったし、まだ三日半ぐらいしか経ってないからな、って事で悪いけど、また一人で部屋に籠るよ」

「わかったわ」

「はい」

 二人の了解も得られたので、荷物をあまり置いていなかった空き部屋に入った。


 空間魔法の練習、あるいは実験において今回用意するのは、直径一.五メートル程の円と、映像を映し出すための壁。

 用意した円の外周は魔力が通りやすい道にしており、内部も必要な個所に高濃度の魔力が無理なく留まれるように球状の器を、今回は等間隔に六個作る。道や器の材料は、勿論【固定】の力で固めた空気だ。

 先日まで居た異世界で学んだ、というより得て来た魔法は、空気かそれに含まれる物質に宿る、魔力という謎の力で動作するものだった。魔力は多機能な変換機でもあり、様々なエネルギーと相互にやり取りをしつつ、自身でもある程度思考ができるというトンデモ具合の何かである。

 更に人の意思を読み取る機能も存在しており、とりあえず集めて動作を頭に浮かべれば多少曖昧な指示でも動いてくれるという、至れり尽くせり具合でもある。

 そして、魔力が形を持った結果である、俺の中にもある『スキル』とは、それらを扱い易くするドライバやアプリケーションといったソフトウェアのようなものだ。俺の意思を読み取りながら、より俺の役に立てるようにと望む形への変化も度々起こるため、PCのものよりはやや複雑か。自己進化の果てにコンピューターウイルス的な機能を備えてしまわないように注意したい。

 また、今回は円を用意したが、創作物(フィクション)でよくある魔法陣のような、複雑な図形や文字は描かない。

 見た目はそういったものを描いた方がそれっぽい気もするのだが、現象を起こすのはあくまで魔力の方であり、図形や文字自体はただの情報でしかない。要するに、そんなものを描いたところで、紙テープなりバーコードなりを読み取らせているのと同程度でしかないわけだ。

 書き換えるまで同じ文字を読み取り続けるし、書き換える労力は大きいため、基本的には不要どころか邪魔なだけである。

 まぁ、それはともかくとして。

 魔力を貯める球状の器のうち、特に管理用の物には、内部にほぼ独立した魔力を持つ小部屋がいくつか作った。小部屋ではそれぞれ、稼働状態、座標の保存、計算用の一時記憶、空間の計測結果などなどを保存するようにしている。

 何故そんな事をしたかと言えば、空間魔法で扱う情報量は中々に多かったので、情報が混ざってしまわないようにと、魔力がより働きやすい形を目指した結果である。

 こうして用意した記憶領域は、書き換え易く、電力と違い魔力自体は消費が少なく、魔力を発生させる小道具だけでも魔力の供給は足りているため、PCの物理メモリよりはやや信頼できる。

 例えるなら、PCのUSBメモリにフォルダの管理をしながら保存するようなものだろうか。破棄したい際には簡単に破棄が可能で、明確な役割分担もできているので、魔法の制御はかなり楽になった。

 念のため、まっさらな管理用の器を作ればすぐ空間魔法を発動できる状態を理想として、特に重要な情報や座標は俺の中のスキル本体も保存しているので、万が一の時でも大丈夫だろう。

 スキルが俺の【固定】で作った器を使うように学習させるのは少々手間で時間も掛かったが、成果的には満足だ。

 このまま慣れてきたら、別の魔法にも応用できるように色々試してみたい所である。

「さて」

 意識を切り替えるように声を出し、空間魔法の発動を始めた。

 あちらの世界で研究した分と、つい先日こちらに送ってもらった際に得た情報を重ねて、座標を指定し、空間に小さな穴を開ける。これは現在地点からの相対的な座標であるため、送って貰った際に検出した異世界に向いている座標を使う。

 穴が開いたら空間魔法とは別に視覚用の魔法も発動し、穴から入る光を壁に拡大して映し出す。時差の影響か、映る景色はまだ明るい。繋がった場所は、街から離れた森の上だった。

 送って貰った際にコツを掴めていたのか、今までより少ない魔力で魔法が続いているが、それでも何時間も繋げられる程ではない。周囲を見渡し、数分掛けて王都まで視点を移動させただけでもかなりの魔力を消費した。

 そのまま自分の住んでいた家を視界に捉えたところで、異世界を覗いていた魔法から座標を取得し、魔法を終わらせる。

 ……もう少し、効率よく発動できるようにならないとな。


 部屋から出ると、本を読んでいた二人はすぐに気付いた。

「終わったの?」

「ああ、ひとまず王都の様子を見るだけなら成功したよ」

「おめでとうございますっ」

「……ありがとう」

 あまり大した成果ではないと思うのだが、純粋に褒められているのはわかるので、照れ臭いような感覚が残った。

「何か、手伝える事はない?」

「直接じゃないけど、十分手伝って貰ってるから大丈夫だよ。二人ともありがとうね」

「うん。どういたしまして」


 風呂を済ませて寝室に戻り、テレビのチャンネルを回してみたのだが、昼に映っていた駆の件は夜のニュースにはなっていなかったらしい。

 どこかにまとめられでもしていないかと探してみたが、そんな事もなかったようだ。


「む、これが最新巻か」

 楽な服装のアニマを抱えるように座って読んでいた漫画は、表紙を見れば先日買ったばかりの巻だった。

 同日に買った小説はやや長編で、少しずつ消化しようと思ってはいるが、これは今でなくてもいい。

 どうしようかと悩み、そわそわと少し落ち着かない様子のアニマに聞いてみることにした。

「何か、したい事なんかは、あるか?」

「ええと、ちょっと読んでみたい本があったんですけど、良いですか?」

「本棚に並んでる本は好きに読んで良いと言ってたはずだが……買ってほしい本でも見つけたのか?」

「いえ、その、あちらの、だんぼーる? の箱に入ってた本です」

「……うん?」

 アニマの視線の先には、潰した段ボールを上に載せて作業台のようにしていた段ボール箱があった。箱自体はホームセンターで買える、梱包用の無地のもの。上部の台代わりは、商品の梱包の裏面だ。

 しかし、あれの中身? 勉強用の書籍なんかは本棚に並べてなかった覚えもあるから、それだろうか?

 アニマが言っている段ボール箱の前まで行き、上に載っている段ボールをどけて、段ボール箱の中身を隠している四つの長方形(フラップ)を外に開──

「ほあっ!?」

「え、えと、表紙は見たんですけど、本棚に入ってない本だったので、読んではいないです。あと、中にあった絵が描かれてる箱も、開けずに見ただけなんですけど……どれも、ご主人様がお金を出して買った物なんですよね?」

「…………お、おう、そうだな」

 俺の主観で二〇年ほど前に買ったその手の(ブツ)達だが、存在をすっかり忘れていた。掃除をした時に触れた覚えもあるが、そのまま動かすだけで中は見ていなかった。

 いや、PCのショートカットを移動させた時に何故思い出さなかったんだ俺……終わった気になってたからか?

「ご主人様が好きな事が載ってるのなら、ええと、応えやすくなるかなって思ったんですけど……」

 アニマの発した言葉は何やら勇気を振り絞っているような、緊張が伝わってくるような声音だった。とりあえず、気付かなかった事への反省は後にしよう。

「……あー…………載ってる内容全部が好きってわけじゃないからな?」

「えっ? そそ、そうなんですか?」

「そうだよ。買う時には表紙ぐらいしか見れないから内容が予想外だった事もあるし、こう、アニマ達には遭わせたくない場面の描写も結構あるぞ?」

「えっ……えっ? じゃあ、えと、どうしましょう?」

 狼狽えるアニマから目を逸らし、改めて、箱の中の成年コミックや官能小説やアレなゲームの箱等を眺めてみる。読まずに表紙や箱を見るだけでも過激な内容であると、十分に伺える(ブツ)は多い。

 思わず、深いため息が漏れ出てきた。

「…………変に突っ走られても困るから、ちゃんと教えとこうか。ほら、アンナもちらちら見てないでこっちにおいで」

「えうっ!? う、うん……」

 二人に遭わせたくない描写がわかり易いように、成年コミックを数冊取り出してから、二人への教育を開始した。


 俺がページをペラペラとめくりながら、三人並んで男性向け成年コミックを読む。我ながら良くわからない流れだが、勢いというのは恐ろしいものである。

「……何ていうか……普通の内容のが全然ないわよね……?」

「それは……俺は、普通の恋愛は現実でしたかったからな。こういう本で疑似的にでも体験するのはどうかと思ったんだよ」

「そういう事なら、わからなくもない、のかしら?」

「本を読んでる時だけ、実在しない相手に、物語の中で後腐れなくやる。現実ときっちり区別をつけるのは大前提で、現実でやりたい事をできるだけ省いて、あとは絵に惹かれた物を買ってたら、な?」

「なるほどで……す? あれ、それじゃあ、私を買ったのはどうしてなんですか? 獣人族みたいな子や、奴隷について描かれてる本や箱も結構ありましたよね?」

「そりゃ日本じゃ、っていうか地球じゃ本物の獣人族を見る機会なんてそうそうないからな。アニマを買った時だって、アニマが俺を見つけなきゃ買う機会もなかったと思うし……」

「……そういえば、そうでした。えと、こっちの、こういうのはどうなんです?」

「それは、内容は好きじゃなかったけど、絵に惹かれて買った本だな」

 当然だろうと頷きつつ言ってみたのだが、二人には上手く伝わらなかったようだ。

「……結局、ユーリはどういうのがダメなの?」

「わ、私も聞きたいですっ」

「んー……アニマやアンナが本気で嫌がるようなのは論外として、俺以外の男が関わるのはダメかな。あとは、俺以外の誰かが二人に手を出すのも嫌だし、俺が何かこう、される側になるのも趣味じゃないね」

 考えながら言葉にしてみたところ、二人は最後の一つで困惑したような反応を見せた。最後は何か、わかり難い所でもあっただろうか?

「あの……その」

「えっ……と」

「……あ、勿論こういうアレな作品の中でやってるような事の話だからな。二人が俺のために色々考えて、頑張ってくれてる事は嬉しく思ってるよ?」

 自分の発言を思い返しながら答えてみると、二人が迷っていたのもそこだったらしい。二人からも安心したような感情が伝わってくる。

「じゃあ……今まで通り、かしらね?」

「私達が今みたいにご主人様の奴隷で居るのは、ご主人様としても一番好ましい状態なんですね?」

「………………まぁ、そういう事だな」

 あまり大きな声では肯定し難い話だが、苦笑しながら頷いておく。

「よかったですー……」

「ええ、ほっとしたわ……」

「混乱させて悪かったな。……っと、外では自分が奴隷だなんて言うんじゃないぞ?」

「はい、それは良いんですけど、そういえば地球では何で禁止されてるんですか?」

「古代ならいくらかマシな扱いの所もあるんだけど、要は人種差別や身分差別絡みでやり過ぎたから、かな」

「「?」」

「とりあえず、一言に奴隷と言っても色々あるって話だな。ネットでもある程度調べられるはずだよ。ええと──」


 地球において奴隷といえば、悪名高い制度である。古代であれば労働が恥辱であるなどと言われた場所もあり、マシな例も存在はするが、酷い例も少なくはない。

 先日までいた異世界ではどうかというと、所有者(しゅじん)所有物(どれい)の間における関係が強かった。奴隷に対する身分差別的な要素も少なかったため、俺としては、あの世界の奴隷制に対する忌避感は薄い。まぁ、いくらあの国の法の下でも、俺は奴隷になりたいとは思わないが。

 創作物(フィクション)の中の奴隷は、色々あるので一言では難しいか。

 そして、アニマとアンナが俺の奴隷であり、生殺与奪を俺が預かっているという関係を築いているのは、一応事実ではある。

 ただ、アニマは異世界の一国の法律の下において保証されているだけであり、アンナは口約束程度でしかない。

 地球では逆らおうとも法律的な拘束力は皆無であり、魔法の存在する異世界に居たとはいえ、魔法的な拘束力も存在しない。勿論、俺も多少の事で強く咎めるつもりはない。

 地球において、今の関係を誤解なく人に伝わる言葉で表すなら、『個人間でソフトなSMプレイが継続しているようなもの』だろうか。

 ギブアンドテイクとはよく言うが、公平なやりとりを意識するより、お互いに与える事(ギブ)を強く意識した上でちゃんと成り立っている関係というのは、気分が良いものだ。

 俺達の間では俺が一番多く貰っている気もするが、とりあえず、全員で楽しく生きられるようにしたいものである。


 時折脇道に逸れつつ、夜が更けるまで色々と話をした後。

 俺の奴隷で良かったと言う二人に感謝を告げて、眠りに就いた。



 ………………



 …………?

 ざーざーと、大きな音が聞こえてくる。

 ……雨、か。

 身体を起こし、窓から空を見てみると──外は暗いが、日は昇ってそうな明るさだった。

 時計を見ると七時を回っていたが、アニマもアンナもまだ眠っているらしい。

 珍しいなと思いつつ、俺は二人を起こさないように、静かに洗面所へ向かう事にした。


「あ、おはようございます、ご主人様っ」

「おはよう、アニマ。アンナは……まだ寝てるか。朝食の下準備だけしとこうかな」

「じゃあ、手伝いますよっ」

「や、手の混んだ物は作らないから大丈夫だよ」

「そ、そうですか……」

 冷蔵庫には何が入ってたかな、と部屋から出ようとしたところで、アンナの居た方から衣擦れの音が聞こえてきた。

「ん……? あれ……朝?」

「おはよう、アンナ」

「おはようございます」

「おは……よ……」

「何だか眠そうだな。朝食の事は気にしないで、寝てていいよ?」

「うん……ごめん、なさい……」

「気にしなくていいよ。おやすみ」

 謝罪の言葉から十数秒後、アンナの寝息が聞こえてきた。


「……しかし、アンナもそうだが、アニマも少し眠そうにしてるよな。どうしたんだ?」

 起きないとは思うが、アンナに配慮して小声で聞いてみた。

「えっと、昨日は中々寝付けなかったんです。えと……アンナさんも結構遅くまで眠れなかったみたいです」

「うん? ………………ちょっと、刺激が強かったか」

「その……はい」

 アニマはちらちらと、昨日の箱に視線を送っている。

「アニマも、まだ眠いなら寝ておくといいよ」

「うぅ……すみません……」

「元を正せば俺のせいだから、気にすんな」

「ありがとうございます……」

「……おやすみ」

 頭を軽く撫でてみたら、アニマは俺に体重を預けて寝入ってしまった。


 あまり動かすのも可哀想なのでとアニマをそっと布団に寝かせると、服の裾を掴まれていた。

 仕方がないので【固定】の力で釣り上げるように、先日最新巻を買った小説を一巻から三巻まで、傷つけないように注意しながらそっと取る。ほとんど音も立てずに、無事成功。

 そのまま二人の間に静かに体を横たえて、静かに小説を読み始めた。

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