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仕様違いの魔法使い  作者: 赤上紫下
第 5 章

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05:雑事と、半年分の処理

 今日も今日とて他所の目覚ましで目を覚まし、アンナが朝食の準備をする間に干していた洗濯物を畳んでいく。

 賃貸マンションの六階とはいえ、女物の着替えを外に干すのは何となく憚られたので、洗濯物を干していた場所はリビングの一部だ。

 乾燥機があれば多少楽そうな気もするが、高温も日光もよろしくないらしいポリウレタンを洗濯する機会も増えそうだし、手は空いているので保留、かなと。

 新品だからかは知らないが、さっそく洗濯する事になったアニマの水着も問題はなさそうなので、これからは安心して洗えるというものである。


 洗濯物を畳み終えて間もなく朝食の準備も終わっていたので、リビングのカーペットに座ったまま低い机で朝食を摂った。

 昨日購入した陶器だか磁器だかの茶碗は正解だったようで、ご飯がへばりついたりはしなかった。

「ファミレスではソファに座っての食事だったが、カーペットは比べてみてどうだ? 辛いようなら、背の高い机と椅子の用意ぐらいはするぞ?」

「うーん……慣れてはないですけど、問題はないですよ?」

「私も特に問題はないわね。それはそれとして、どう用意するつもりなの?」

「ん、そりゃあ、【固定】って言ってるあの力で板を浮かすつもりだよ?」

「……なるほど」

「便利ですねー……」

「本当になー」

 アニマの言葉に適当に応じながら、もう少し手の入れ方を考えてみる。

 まず思いつく問題点としては、重心が上がり易いところか。考えなしにそのまま作ると床が削れそうだから、その点もどうにかしないといけない。

 重りとしては元の机をそのまま再利用、食器を置く天板は【固定】で作ってマットなり何なりを敷けばいい。今のままだと少し小さいから、天板をやや大きく、それに合わせて机の脚も新しく作るとして──素材は木にするか。芯の辺りを【固定】で固めて作っておけば折れる事もないし、足が当たっても怪我はしないだろう。

 どれもホームセンターに行けば買えるはずなので、あとは……あ、机の高さに合う椅子がないな。

 まぁ、椅子も同様に用意するとして、大よその方針はこんなところでいいだろう。

 そして、買う物は決まったが、収入がない点もどうにかする必要がある。

 ひとまず、あちらの世界から持ち帰った金貨が多少あるので、数枚そのまま売ってみるべきだろうか。単純な重量以上の価値が付く可能性はあるからな。

 日本の硬貨を日本で破損させると違法だったはずだが、外国の硬貨を日本で破損させてもどうという事はないので、付加価値が薄いようなら鋳潰してインゴット化すればいい。金の相場を調べてみたところ一グラム五〇〇〇円程度はあるので、十分な価値にはなる。

 換金する場所は、面倒だし、質屋? ……というか、質屋で思い出した。俺は現状、独力で人工ダイヤモンドを作れるんだった。

 売値を調べてみたところ、一カラット、〇.二グラムで、一万円から五万円ほど。日本(こちら)の素材で作れるなら、異世界(あちら)で得た金を売るよりも良い気がする。

 とすると……どっちにしても、ホームセンターで木材を買う予定は変わらないわけか。


 まだ買い物に行くには早い時間帯だったからと、昨日途中まで読んでいた漫画を手に取り、気が付けばもう七冊目。

 時計を見ると、一〇時を過ぎたところだった。

「そろそろ良い時間だし、また買い物に──」

「お供しますっ」

「ああ、ホームセンターだからちょっと重くなるかもしれないけど、期待してるよ」

「私も行くわよ」

「そこまで大量に買う予定でもないんだが……まぁ、いいか」

 余裕があったら、そのままスーパーにも行けばいいだけだろう。

 話も決まったところで、買い物に行くための着替えを始めた。



『……さて、木材なんて買った事がないから、何処にあったかな……と……ぉぉう?』

『何があったんですか? ご主人様』

『木炭ががっつり並んでた。一キロあたり百円ちょっとか……やっすいなぁ』

 今まで必要な物の周辺しか見ていなかったし、少しばかり売り場からも離れているので気付かなかったのだと思うが、バーベキューやキャンプ用らしい木炭が大量に売られていた。

 少なくとも、持ち運べる大きさの木材から買うよりは圧倒的に安いので、ダイヤモンドを作る時はこっちを買おうと思う。

『……買わないんですか?』

『……買っとくか』



 ホームセンターでは木炭を二〇キログラムと木材を適当に購入した後は、一箱あたりの重量から出掛ける前の想定より荷物も増えていたので、一旦部屋に帰って荷物を置いた。

 それから改めてスーパーまで足を運び、今回はアイスクリーム、ラクトアイスの類も加えた適当な食品類を購入してから再度帰宅すると、既に一二時を回っていた。


 食材を適切な場所に保存したら、別に日曜大工というわけでもないが、机の加工に取り掛かる。

 まずは、天板。今日購入した一枚の板を二ミリほどの薄い板にして、空気を【固定】で固めた台の上に並べ、その上にテーブルマットを敷いた。

 机の脚は、長さが一メートル程の角材を四等分にして、足が当たっても大丈夫なように表面を整えただけ。元の机を重心を考えながら元の机を中央に置いて、机は完成だ。

 次に取り掛かったのは椅子の作成。机と似たような構造で、どちらも【固定】の力が前提ではあるものの、普通に作るよりはかなり少ない量の木材しか使っていない。

 それでもそれなりの金額は要したので、異世界からもう少し木材を持ってきていれば、と少しばかり思わなくもないが──とにかく、使われている材料を見ればひたすらにケチ臭いものの、一応見た目はしっかりとした机と椅子が完成した。

 ……引っ越しの可能性を考慮するなら、この方が重量的に楽だしな。


 机と椅子を作ってからは、忘れないうちにと木炭の処理に入った。

 木炭を細かく砕いて熱しながら、灰の元となる物質と炭素を選り分ける。木炭に含まれる物質のうちでは、炭素の融点が特に高いため、その辺りの性質を利用した形になる。空気とは触れさせてはいないので、炭素が酸素と反応してしまう恐れもない。

 多少の不純物は残るだろうがそこは無視して、選り分ける事に成功した炭素以外の物質は、熱を奪ってから不燃ゴミ用の袋にポイである。

 純度の高い炭素を取り終えてからは、気体になるまでひたすら加熱。気体に昇華したらもう少し加熱しながら圧縮後、圧力は緩めずに少しずつ冷却していく。

 そして、アニマとアンナに協力してもらいながら夕食頃まで時間をかけて、二キログラム程度の木炭から、一キログラム強のダイヤモンドの塊を作り上げた。


 ふと気になったので炭素がどの程度の温度で、どの程度の気圧で変化するかを確認してみたところ──図を見る限り、温度は五〇〇〇度前後、圧力は五〇万気圧に達していたと考えられる。

 温度も五〇〇〇度といえば相当高いのだが、それよりも圧力が普通ではない。

 一気圧が一平方センチメートル辺りに対して一キログラムの圧力。五〇万気圧なら、一平方センチメートル辺りに五〇万キログラム、五〇〇トンの圧力だ。

 これで歪まない【固定】の力にドン引きし、こんな高温、高圧を目の前で発生させていた自分にも改めてドン引きした。

 ……まぁ、それでも作るんだけどな。…………や、時々な。時々。

 とりあえず、一カラット、約〇.二グラムが最低でも一万円程度で売れるなら、一キログラム、五〇〇〇カラットの塊は最低でも五〇〇〇万円。

 値崩れを起こしそうだし、無茶苦茶に目立ちそうなのが困り物である。……何処かに伝手が転がってたりしないもんかね?

「夕御飯できたわよー」

「おう、今行くよー」

 何にせよ、物は作れたんだ。残りは、後でいいか。


 アンナが作った夕食では、世辞なのかどうか良くわからないが、作ったばかりのテーブルと椅子は好評ではあった。

 食後は食器の後片付けを終えてから、本を読み、テレビを見ながら少しずつ更けていく夜を過ごす。

 そして、今日の洗濯物にも昨日とは違う水着が一着。

 それをリビングに干す作業まで終えてから、眠りに就くべく布団に入った。



 ………………



 今日は起床他諸々と朝食を済ませたところで、ひたすらに面倒臭い気持ちを吐き出すために、大きく深い呼吸を一つ。

「ご、ご主人様……?」

「大丈夫? 何か失敗してたかしら……?」

「あぁ、いや、何もなかったし、大丈夫だよ、うん」

「? ……あ、何か沢山届いてたお手紙とかですか?」

「そういう事だな。しばらく集中したいけど、緊急の何かが起こったなら呼んでくれて構わないよ」

「わ、わかりました」

 やる気を奮い立たせ、部屋に届いていた郵便物の山と、PCのメール管理ソフト(メーラー)及び、スマートフォンに届いたメールと着信履歴の処理を始める事にした。


 …………。

 届いていた郵便物は広告、同窓会の案内、年金基金の案内などから、解雇通知、年金の納付書などなど。

 スマートフォンのメールは、電源が残っている期間中に受信したらしいものがそこそこ。その後は期間が一気に開いて、最近の日付はスパムメールばかりだった。メールサーバーの限界、というところだろう。

 ……まぁ、俺がエルヴァンになる前の夜は、スマートフォンは部屋に置いてあったからな。

 充電機を挿していればまた違ったとは思うが、今更だ。着信履歴は会社からだけのようなので、地元の家族や友人まで連絡が行く前にバッテリーが切れていたんだろう。

 PCもシャットダウンはしていたので似たような状態、というよりこちらの方が悪い。連絡手段としてはあまり使っていなかったので、届いているのはスパムメールばかりである。

 登録していたチャット用のソフトを起動してみると、こちらも何も無──オンライン状態の人から古いメッセージが届いた。心配はされていたらしい。この時間だと中の人は居ないはずなのでと、一通りメッセージを見てから終了させた。

 届いていた物の処理は終わったから、次は…………電話かなぁ。

「……はぁ」

 とりあえず、実家から。

 母は専業主婦なので、平日のこの時間でも電話は通じるだろう。


 コール音が数回繰り返された後でブツッとノイズが入り、母の携帯に電話が繋がった。

『はいもしもし、白井です』

「あ、母さん? 久しぶりー」

『……また偽物の悪戯?』

「いやいや、本物だよ。名前は表示されたでしょ?」

『オレオレ詐欺みたいなんは何本も掛かってきてるから、表示された名前ぐらいじゃ何とも言えないね。あんたはほんとに本物? 名前は言える?』

「悠理だよ。えーと、母さんとか父さんとかの名前も言ってった方がいい?」

『……その方が良いね。言えるだけ言ってみて』

「わかった。まず──」

 母の名前、父の名前、通ってた学校や好きだったものだとかを、思いつく端から話していく。


『あら? あの時はああじゃなかった?』

「いやいや、あの時のは俺のが先に待ってたし、迷って後から来たのは母さんだったよ?」

『えー、そうだっけかねえ?』

「えーじゃないよ、ったく。……で、証明はもういい?」

『あ、そんな話だった。本物っぽいねー』

「そりゃあ、本物だからね」

『本物なら、今まで何をしてたのよ。電話も何か色々掛かってくるし、心配したんだからね?』

「あー……うん、ごめん」

『で、半年も何処で何してたの?』

「やー、スマホは部屋に置きっぱなしのまま出かけて、気づいたら電話も通ってないようなトコに居たんよ。それで、何やかんやあって、帰ってきたばっかりなとこ」

『何やかんやって……何してたか全然わかんないじゃない』

「説明が難しいんだよ。無事に帰ってきたってだけじゃ、だめかな?」

『……病気とか、してないのね?』

「そのへんは大丈夫。健康そのものだよ」

『んなら、とりあえずは良いかな。頭おかしくなってたりもしない?』

「頭って……話してて変な感じがしてたかどうかで何となくわからない? むしろ健康になったぐらいだよ」

『そうねぇ。でもほら、今もテレビでおかしな事を言ってる人が映ってたからね。何か、異世界から帰ってきたーとか言ってる男子高校生が居るんだって』

「はっ!? え、名前は?」

『名前はイニシャルだけだったかな? ……K・Hって書いてある。年は一六歳だって』

「うええ!? ……うわぁ……」

 テレビを点けてチャンネルを回してみると、俺が巻き込まれた召喚の本来の対象だった高校生である本堂(ほんどう)(かける)が、画面の中では顔こそ隠されているが、テレビのインタビューを受けていた。映っている背景は、どこかのブロック塀だ。

 俺の実家は地方も県も違ってるから、これを母が見てるのなら全国放送だろうか。

 スタジオに映像が切り替わり、記憶に混乱が生じている可能性が、なんてコメントを評論家が入れている。

『もしかして、知り合いだったりしたの? 人付き合いはちゃんと考えないとだめよ?』

「あーうん、わかってるわかってる。っと、そろそろ切るよ? 無事は伝えたし」

『うん、気を付けてね?』

「はいはい、ありがとね」

 通話を終了し、点けたままだったテレビを見ながらリモコンを手に取る。

 …………しっかし、ホントに何やってんだろあいつ。いや、今はこっちが先か。

 駆のちょっとアレな姿を脳の片隅に追いやりつつ、テレビを消して溜まっていた物の整理を再開した。


 一通り部屋でできる整理が終わると、日は既に真上を通り過ぎていた。

 外出用の服に着替え、ついでに質屋にも寄ってみるかと、数グラム程度の人工ダイヤモンドをバッグに入れつつ、二人に声を掛ける。

「じゃあ、ちょっと役所まで出てくるよ」

「? 一人で行くの?」

「ああ、時間もどのぐらい掛かるか分かんないし、あんまり目立ちたくはないからな。今回は一人で行ってくる」

「うー……わかりました。待ってる間は、えと、どうしましょう?」

「……出かけられるのはちょっと不安があるから、テレビを見るか、本を読むか……まぁ、そんな感じで」

「うん……」

「まぁ、日が沈む前には戻れると思うから、それまで大人しく……と、そうそう、俺が出てる間に来客があっても無視していいからな」

「? はい、わかりました」


 二人が了承した事を確認しながら、スニーカーを履いて玄関のドアノブに手を掛ける。

「行ってらっしゃいませ」

「行ってらっしゃい」

「ああ、行ってきます」

 二人に言葉を返し、自分の鍵で外から施錠をして、【固定】による防犯体勢も整えてから、マンションの階段に足を向けた。



 慣れてはいないが覚えのある道を歩き、健康保険だのなんだのの処理を役所で済ませると、四時を回って日も傾いていた。

 ……俺は回復魔法が使えるから、医療機関の世話には多分ならないんだが……ま、これも税金みたいなもんか。

 微妙な不満を飲み込みながら、うろ覚えの記憶を元に看板を探り当てて、質屋にも辿り着いた。

 持ち込んだ人工ダイヤモンドの買取を頼んだところ、ダイヤモンドの塊は三グラム程度の重量だったそうで、評価はおよそ一〇〇万円。

 一五カラットの塊であると考えれば相当に買い叩かれている気もするが、一カラット一万円のラインは超えているので許容し、手放す事に。一括の現金で支払われた点には少し驚いたが、そのまま鞄に納めた。


 帰り道をぽつぽつ歩きながらこれからどうするかを考えていると、ふと一つの問題点に思い至った。

 大金を得られたのは確かであるにしても、何年も暮らせるほどの額ではない。これだけを収入源にするのは危うい気がする。

 同じ店に何十回、何百回と売れるわけでもないだろうから……どうしたもんかな、っと──

「……うん?」

 何か、一瞬だけ魔力を感じた気がした。

 その方向を確認してみると、そこには公園があった。遊具は小さな滑り台ぐらいだが、子供が走り回れそうなスペースはある。

 魔力は、もう感じ取れない。

 少し集中してみたが、結果は変わらなかった。



 空も随分色が変わってきたので寄り道は止めて帰路に就き、現状に溜息を漏らしながら、重くなった足で歩くことしばらく。

 マンションの自室が見えそうな場所まで来たので視線を向けてみると、窓の内側からこちらを覗く二つの頭が見えた。

 何となく、足が軽くなった気がした。

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