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仕様違いの魔法使い  作者: 赤上紫下
第 5 章

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01:まずは帰宅

 日本の夏の蒸し暑さに空を見上げれば、深夜の曇り空が広がっている。

 そんな空の下、俺、アニマ、アンナの三人で歩いている道は、舗装こそされているが車も人もあまり通らない裏道だ。

 俺は年が明けてすぐの日本で何故か死に、よくわからない空間に保存されていたと思われる俺の身体が別の日本人の召喚に巻き込まれる形で召喚され、それから二か月ほどの時間を掛けて問題を解決した。

 その異世界からつい先程帰ってきて、そのままこんな道をのんびり歩いている、というのは少々不思議な状況だが、送り帰してもらう地点を召喚された主体だった側に配慮した結果であるため、仕方なくはある。

 ふと、いくら入っていたか気になってポケットに入れていた財布を確認してみたところ、中身は二万円に届かないぐらいだった。クレジットカードは契約していないので、本格的に買い物をしようと思ったらキャッシュカードを使う必要がある。キャッシュカードの四桁の数字は、少し悩んだが、ちゃんと思い出せた。

 白井(しらい)悠理(ゆうり)と俺の名前が記された運転免許証もキャッシュカード隣に入っており、誕生日も載っている。

「……って俺、地球だと二六歳になるのか。忘れてた」

「え、そうなんですか? ご主人様」

「ああ、なんだか変な感じだけど、この国の法だと間違いないよ。……多分」

 アニマは俺と共に異世界から来た獣人族で、俺が購入した奴隷でもあるが──奴隷であることを証明する首輪を着けている必要はなくなったので、首には俺が作ったチョーカーを巻いていて、目立つのを避けるために獣耳と尻尾を隠す偽装もしている。

 チョーカーも十分珍しい装飾品であるし、体毛と目は緑色で、顔立ちも日本人とは違うため今更感は強く漂っているが、そこは仕方がないと諦めた。

「冬の始まりぐらいだと思ってたんだけど……ってこれはエルの誕生日だったわね」

「俺もそっちの感覚が強かったんだよな」

 アンナも異世界人だが、先程まで俺達が居たのとはまた別の異世界の人間で、現在はアニマと同じく俺の奴隷である。とは言ってもあくまで本人の希望を受け入れただけであり、奴隷である事を証明する機関などは存在しない。

 アンナも顔立ちはやはり日本人とそこそこ違うが、褐色肌と茶髪に瞳もブラウンと、アニマよりは目立ち難いだろう。外国人はそこそこ見かけるしな。

 しかし、アニマとお揃いのチョーカーを嬉しそうに巻いているのがまた、なんとも倒錯的な気分にさせてくれる。

 一度死んだ俺の意識が赤ん坊の身体に乗り移り、一八歳になるまで生きていた身体に付けられた名前がエルヴァンで、アンナは二歳ほど年下の幼馴染だった。

 まさか俺も死んだ体が蘇生して元の身体に戻るなどとは思っていなかったとか、エルヴァンとして生きていた世界は地球の一〇〇倍近い早さで時間が流れる世界だったとか、異世界において俺達の敵だった奴らがアンナも召喚していただとか。

 なんとも数奇な出来事が重なった結果、元妹分を自身の奴隷として地球に連れ帰っているという、わけがわからない状態になった。

 まぁ、二人とも俺の奴隷になりたいと望んだ結果であるため、俺としては嬉しいというのがまた悩ましい所でもあるのだが。

 俺がエルヴァンだった頃より身長差があるし、見た目にもあまり変化がないので忘れそうになるが、関連する注意点として。アンナは俺が蘇生されてからそのまま二年ほど過ごした後で召喚されたため、現在のアンナの年齢はアニマと同じく一八歳だ。



 しばらく同じような景色の裏道を歩いているが、二人にとっては地球の風景は珍しいらしく、あちらこちらに視線を向けている。仕方ないとは思うし、勝手に歩いていくほどではないが、少々危なっかしい。

 二人がはぐれないように意識を割きながら歩いていると、元々こちらではあまり感じられなかった魔力が、更に何やら段々と薄くなっている気が、する?

『ご、ご主人様?』

 アニマが声を掛けてきたので振り向いてみると、不安げな表情を浮かべている。

「どうした?」

『すみません、なんだかご主人様のことを感じらなくなってきて……』

『普段通りにしてたつもりだけど……というか、わざわざ【伝達】を切ってするような話なのか?』

『? その、私は普段通りに話してますよ?』

「?」

 ……どういう事だろう?

 アンナの方に目を向けてみると、こちらは頭に疑問符を浮かべてそうな表情だ。

「アンナ?」

『え、何? 内緒話?』

『いや、違うんだが……悪い、少し考えさせてくれ』

『う、うん』

 歩く速度を落としつつ、何が起こっているかを考えてみる。

 アニマとアンナ、どちらからの言葉も【伝達】スキルで魔力に意思を乗せていたようには感じられなかった。それが意図的なものではないとすれば──

「二人とも、今俺が喋ってる言葉はわかるか?」

『? えと、日本語、でしたっけ。まだあんまり詳しくは……ごめんなさい』

『うん、私もちょっと……』

「……そうか」

 いつものように【伝達】を使って日本語で話しかけたつもりだったのだが、伝わらなかったようだ。

 今までとの違いといえば、周囲の魔力か。【魔力知覚】を強く意識して使い、改めて周囲を漂う魔力を確認してみると、明らかに薄い。

『アニマ、ちょっとこっちに来て手を出して』

『はいっ、えと、こうですか?』

「これでどうだ? 俺が言ってる事はわかるか?」

「? あ、はい、いつも通りわかります。……どうしたんですか?」

『その前に、アンナもこっちに』

『? わかったけど』

 振り向いてからアニマとアンナを呼び寄せ、左右の手を二人とそれぞれ繋いだまま、改めて話しかける。

「これで、アンナも俺が言ってる事はわかるかな?」

「うん、わかるけど、さっきからどうしたの? ユーリ」

「ちょっとした実験中、ってとこだな。アニマ、今のアンナの言葉はわかったか?」

「はい、わかりましたけど……えと、【伝達】が上手く働いてないんですか?」

「そういう事だな。間接的にでも触ってれば伝わるみたいだが」

「へぇぇ……何なのかしら?」

「単純に魔力が少ないだけだと思うぞ。【伝達】は魔力を介して意思を伝えるスキルって話だからな」

「あっ」

 俺はそう言い終えてから手を離し、前を向いた。

 ボストンバッグを肩にかけ、繋ぎやすいように手を少しだけ体から離すと、二人とも俺の手をとった。

 日本語で魔力だなんだと話すのも恥ずかしいので、少し前まで過ごしていた異世界の言葉で、【伝達】を使いながら話してみる。

「しかし、地球の魔力が【伝達】で話せないぐらい薄いとは思わなかったな」

「そうですね。えと、直接じゃなくても、アンナさんと私の間で言葉が通じるのは、なんでです?」

「俺の中にある魔力を通して話してるんだと思うぞ? よくわからんが」

「ふうん? 魔力ってなんなのかしら……」

「仮説はそれなりに立ててるけど、確証までは持ててないからそれは待ってくれ。んで、色々実験したいところだが、流石に今すぐはちょっとな」

 少なくとも、手を繋いで歩きながら試すようなものでもないだろう。

 ただ、魔力の関係しない力、俺がエルヴァンとして得て【固定】と名付けた力は、今まで通りに扱える事はわかっている。

 …………?

 そういえ、ば。俺は今、腰の後ろに、かなりの高圧な圧縮空気を封入した『魔力容器(マナケース)』を付けているのだが、もし【固定】が上手く使えなくなっていたら、俺は爆死していたんだろうか。

 …………ッセエェェェフ!

「え、どど、どうしました? ご主人様」

「いや、なんでもないよ。うん。何もなかった」

「どうしたの?」

「ああ、アンナも使えるあの力がそのままこの世界でも使えてよかったなってだけ」

「? 確かに、使えなくなるよりはいいわね?」

「そうそう」

 確認はできているのだが、俺の心拍数はまだ上がったままだ。いやはや、無事に済んだとはいえ、恐ろしい。


「えと、このまま手を繋いで歩くにはちょっと細いわね、この道」

「そうだな。地球に居る間ずっと繋ぎっぱなしでいるわけにもいかないし……先頭は俺が歩くから、二人は後ろからついてきて」

「え、えと、どっちがご主人様の後ろを歩きます?」

「じゃ、じゃあ、私からでいい? 適度に交代しましょ」

「はいっ」



 日本に帰ってきてから二時間半ほどが経ち、ようやく俺が一人暮らしをしていた賃貸マンションに到着した。

「ここ、ですか?」

「そうだよ。予め言っておいたけど改めて注意、俺以外にも住んでる人はいるから、二人とも声は小さくね」

「うん」

「はい」

 二人の返事を聞いて、マンションの入口近くにある集合ポストに目を──

「……うわぁ」

「「?」」

 俺の住んでいた部屋向けの郵便受けには、あふれ出すほどに郵便物が突っ込まれていた。とてもわかり易い。

 鍵を開けて宛名を確認してみると、白井(しらい)悠理(ゆうり)となっている。間違いなく俺宛ての郵便物だろう。

 およそ半年分の郵便物を郵便受けから大雑把に掻き出し、【固定】で作った透明な箱に入れて片手で抱え、手を繋ぐ。

「わかってるとは思うけど、今のは俺宛てに届いてた奴だからな? 他の部屋のは触っちゃだめだぞ?」

「大丈夫です」

「へぇー……こんな風になってるのね……」

 二人とも興味深そうにまわりを見ている。

 エレベーターの前まで来たので上向きの三角形のボタンを押すと、すぐにポーンと音が鳴って一回に停まっていたエレベーターの扉が開いた。

「な、なんです? この部屋……?」

「エレベーター。たしか教えたよな?」

「これがそうなの? ふうん?」

「ほら、人は少ない時間帯だけど入った入った」

「は、はいっ」

「うん、ごめんなさい」

 二人を伴って中に入り、俺の部屋がある六階へ移動するようにボタンを操作した。


 エレベーターから降りる際にもボタン操作を俺が担当し、二人が降りたことを確認してから俺も降りる。

「ふぁああ……」

「結構高いわね……」

「そうだな。と、こっちだよ二人とも」

「は、はい」

「え、ええ」

 俺の住んでいた部屋の鍵を開け、玄関扉の隙間に挟まっていた紙を郵便物の一番上に重ね、仕事用の革靴を足で退けて、靴を脱ぐ。

 そして、半年前と変わっていない、一人暮らしには贅沢な3LDKの部屋の様子を──

『く、くしゃ……すみません』

『いや、普通に臭いな。食い物が腐ったにしてもこれは………………あ、水か』

『?』

 バッグから取り出したスリッパに履き替えて、手を繋いでから【伝達】を使い、確実に意図を伝える。

「とりあえず、あれだ。前もって言ってた通り靴は脱ぐ必要があるから、スリッパを出して履き替えてくれ」

 掃除はするつもりだが、日本の住宅を土足で歩くのはなんとなく嫌だからな。


 ひとまずはと、寝室にしていた部屋に荷物を置いて【固定】で隔離してから、最低限の掃除としてまずは水を注いで匂いの元を塞ぐ。

 日本の一般家庭にある下水に水を流す設備には、ほぼ確実に、アルファベットのNを描くような排水を貯め込む仕組みがある。その仕組みの中の水が無くなってしまえば、下水管内の空気と部屋の空気が直接繋がってしまうわけだ。

 釣り鐘のような形の蓋が乗っている台所はいくらかマシだが、排水管の形状だけで対処しているトイレや洗面台は厳しい事になる。

 普通に使っていれば問題もないのだが、長期間不在にしていれば溜まっている水も蒸発してしまうので、部屋が臭くなるのも道理だろう。

『ご主人様、小さな虫がいっぱ──』

『うん、それを言葉にするのはやめような?』

『ちょっと大きめの茶色──』

『アンナも、頼むからやめてくれ……』


 洗濯機の排水口まで忘れずに水を注ぎこみ、生ごみ類を封印し、生活圏を闊歩する害虫をあらかた殺傷、窓を開けて換気を済ませ、どうにか寝室だけは落ち着ける程度の状態になった。

 寝室では一人用こたつから布団をはぎ取って畳み、上にモニターが乗っているPCは、気が散りそうなので電源は抜いてある。カーペットの上に敷いてある布団はまだそのままだが、一応拭くぐらいはする予定だ。

『なんだかお水からも変な臭いがしてます……?』

塩素系の何か(カルキ)の臭いかな、浄水器も買わないとなぁ。あの力で作った容器なら密閉保存は結構簡単だろうし』

『すみません、ありがとうございます』

『まぁ、俺も水はきれいな方がいいからな。しかし…………しっかり掃除はしたいが、明日かな。とりあえず風呂にでも入って……って風呂もまだだめか。水道の蛇口も、少なくとも網を洗い直すぐらいはしておきたい。シャワーも少し試しておかないと……だめならノズルの交換かねぇ』

『あー……半年ほったらかしにされてたんだものね』

『来たばかりなのに、悪いな』

『いいわよ。色々驚かされてるけど、便利なだけじゃないのね、この世界』

『使い続けてたらまだ大丈夫なんだが、ま、そうだな。ああいや、風呂場の給湯器には追い焚きする機能がなくてよかったとは思うが』

 二人にはいまいち伝わらない話をしながら、持ってきた魔道具で水を沸騰させる。

 ……電気ケトルより大量の湯を沸かすには便利なんだよな、これ。

 その間に網戸やカーテンを【固定】で固めて、侵入者対策というか虫対策として窓の隙間を少し埋め、便所までの道を再確認。軽く休む分には問題ない程度には綺麗になった、と思う。

 そして時計の電池が切れていたので、買い置きの電池を突っ込む。時刻は未設定状態だが、電波式のデジタル時計だから、放っておけばそのうち時間も合うだろう。


 しばらく沸騰させたお湯を適温に冷まし、タオルを浸して体を拭く。そうこうしているうちに電波時計の調整が完了したらしく音が鳴り、液晶画面に日時が表示された。

「何々? あ、やっぱり七月。んでもって金曜日か……」

 〇時は回っているので今日は平日なのだが、半年も不在にしていた事であるし、というより会社は解雇されてそうだし──生活のための準備が整ってない状況なので、まずはこっちからだ。

 とりあえず、アニマ達が快適に暮らせるように掃除はしたい。浸食された風呂の蓋は交換するとして、掃除用の道具を買う必要もある。預金もどの程度引き落とされたかは確認しておきたい。だから日が昇ったら外に出る必要はあるのだが……まぁ、昼過ぎでも良いだろう。

 俺が使っていた布団の上にバッグから取り出したシーツと掛け布団を敷いて、枕を配置。窓に掛けてある【固定】は光を八割ほど防ぐように再調整し、三人並んで眠りに就いた。



 ………………



「ご主人様っ、なんかピピピピッとか鳴って……ジリリリとかいう音も聞こえてきました!? この音は何ですか? 危ないものだったりするんですかっ?」

「んあ……?」

「う……?」

 いきなりアニマに起こされた。

 時計が指す時間からすると、まだ朝になったばかり。

 アニマを落ち着かせてから耳を澄ませてみたところ、確かに、アニマが言っていたような音が小さく聞こえる。音は窓の外から聞こえてきているようだ。

「近所の、目覚まし時計だな。……まだ平日だし、そんな事もあるだろう……」

「め、目覚まし時計って言うと、あの、目を覚まさせるために時計が出す音なんですか?」

「あー……こんな音なの?」

「そうそう。火災報知器なんてのもあるけど、あっちは音量が違うから…………これはただの、目覚ましだな」

「……えと、その、すみません」

「いや、仕方ない。いつも通り問題が起こってそうだからと、報せてくれたのは良い事だよ。伝えてなかった俺も悪い。うん」

「は、はい」

「……ま、それはそれとして」

 アニマを引き寄せ、抱き締めたまま横になる。

「ひゃうっ!?」

「二人とも、おやすみぃ……」

「……そうね。おやすみなさい、ユーリ、アニマちゃん」

「え? え? このままですかっ?」

「ほら、アニマも。一二時頃まで大人しく寝てようなー……」

「は、はいっ……? え、えぇぇぇ……」

 困惑するような声は聞き流し、そのまま眠気に身を委ねた。

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