06:魔法の実験
FAQ
Q.今回何の話?
A.この世界の魔法の説明回(初級)。
Q.読まなきゃだめ?
A.説明が必要そうな分は、魔法を使う話の中にちゃんと入れます。
Q.空中に魔法陣とか出ないの?
A.【伝達】で魔力に直接命令を下せるので、わざわざ不安定な空中に命令文を描く必要はありません。魔道具等には彫り込まれていたりします。
Q.リケルさん怖くね?
A.暴走するとガチで怪我するのでピリピリしてます。
あれからすぐ頼みに行き、多少怒られはしたもののリケルに監督をしてもらえることになった。
なんでも、初心者がいきなり多くのことを覚えようとして、覚えきれずに失敗したという話がそれなりにあるんだとか。
その失敗談を聞いた上でやる気があるなら監督をしてやらんこともない、と言われたので、そのまま頼んだ形である。
魔力が枯渇して倒れそうな人や、明らかに制御能力が足りてない人など、失敗する姿しか想像できない相手の場合は止めるらしいとも聞いたので、俺達もある程度は認められているのだろう。
「全く。私もそこまで暇ではないんだがな」
「すみません、さっきの訓練で試したいことがいろいろできちゃったんですよ」
「わかっている。それと、質問があるなら聞いてやる」
「ありがとうございます。……早速いくつか良いですか?」
「構わないが、魔法は使わないのか?」
「魔力の使い道を決めたいと思いまして」
「ふん……? そうか」
そして俺はリケルに質問を始めた。
駆はもう少し基礎を繰り返したいそうだ。
Q.今日の訓練で使った火属性以外に、どんな属性がある?
A.火、水、土、風、光、闇、聖、無の八属性。
Q.唱える文言は同じ?
A.闇までの六つはほぼ同じ、残り二つは組み合わせ。
Q.属性の合わせ方は?
A.闇以外の五つで聖属性に、闇属性と他の属性を組み合わせると無属性になる。
Q.どの組み合わせの無属性でも同じ?
A.元の属性が多いほど威力は高いが、性質は同じ。ただし、どの組み合わせでも威力は微妙。
Q.加護が合わさると駆のように聖属性になったりするのか?
A.個別に残る。加護が聖属性のみという駆が特殊なだけ。
Q.召喚や蘇生といった魔法の属性は?
A.聖属性、あるいは無属性であると言われている。実例が少ないため詳しくは知らん。
Q.ところで、魔法の防ぎ方は?
A.相手の魔法以上の威力で消し飛ばす。あるいは闇属性で抑え込む。
Q.暴走を止めるというのも同じ?
A.消し飛びたかったのか? 上から干渉して安定させるか、闇属性の魔法で抑え込むかだ。
Q.リケルさんの加護は?
A.教える気はない。
最後の方は回答ではなかった気もするが、質問はここまでにしておく。
リケルの回答から怒りを感じて焦ったわけじゃ……いや、焦ったけど。
「質問に答えてくれてありがとうございました。監督よろしくお願いします」
「ある程度は抑えてやるが、暴走した瞬間に止められるほどではない。無茶をやるなら、最低でも指が飛ぶ程度の覚悟はしておけ」
「はい」
普通なら言いにくそうなことをズバズバ言う人だなぁ、とは思うが、必要な情報は集まった。
さあ、実験を開始しよう。……はて、はっちゃけるの語源は何だったか、張り裂ける? いや、どこかの方言だったかな。
まぁ、あまり何もしないとまた怒声が飛んできそうなので、実験開始だ。
いろんな属性を試してみたいので、魔力を注ぐ量はそれなりに絞っておく。
まずは火以外の五属性分の矢の詠唱を使ってみる。威力はほぼ同程度、光と闇は少し制御が難しかったが、六属性分までは属性の感覚を掴めた。
聞いた話と、変化した魔力から読み取れる多少の情報を合わせ、属性ごとの性質を簡単にまとめると──
火:物の温度を上げる。心を昂らせる。
水:物の温度を下げる。心を落ち着ける。
土:守りを固める。動きを阻害する。
風:守りを脆くする。敏捷を高める。
光:周囲を照らし、魔力を活性化させる。
闇:光を奪い、他の魔力を鎮静化させる。
聖:火・水・土・風・光の性質を少しずつ持ち合わせている。威力も高い。
無:属性としてはなんの性質も持たない。
──こう。『物理法則? 何それ』と言わんばかりの性質である。……いや、魔法にそんなことを言うのがおかしいのか?
聖属性と無属性は今のところ聞いただけだが、他の六属性は聞いた通りだったので、似たような物だろう。
何というか、こういうところだけを並べると全体的に記号化され過ぎていて、そこはかとなくゲームっぽい。ただエフェクトが違うだけという程でもないから、現実らしさもあるにはあるんだが。
そして、象徴とする自然現象自体を操る効果もなくはないらしい。自然現象を操作する場合は、操る対象の質量に応じて必要な魔力や制御の難度が上がる、とのこと。
光属性や闇属性は自然現象に関わる形でしか発動できない為に制御の難度は高いが、自然現象を操るという点でいえば最も易しい属性である、といった余談もある。
魔力の消費は多そうなので自然現象を操る実験は後回しかな。
次に手を出したのは、中断した時に感じた妙な魔力に関する実験だ。
ひとまず、詠唱せずに矢を作り、魔力を奪って中断する。最初に六属性分の矢を撃った時点で各属性に変化させる感覚は掴んでいたが、今回はなんとなく火属性を選んだ。
そのまま同様に何度か繰り返してみると、明らかに火属性に変化させやすい魔力になった。暫定的にその属性をつけて『○属性魔力』あるいは『属性魔力』とでも呼んでおく。
未変化の魔力の名称も必要だとして、こっちは処女材……いや、『純粋魔力』とでも呼ぶか。
この『属性魔力』だが、経験したことのある属性への変化を容易にするらしく、『火属性魔力』で火属性の矢を作ってみると『純粋魔力』の時より変化が楽だった。
繰り返す度に属性の純度か何かでも高まっているのか、さらに変化が容易になっていく。
ただ、純度の高い『属性魔力』に違う属性への変化をさせようとすると、『純粋魔力』を変化させるより強めの抵抗があるようで少々面倒臭い。
管理にひと手間必要なぐらいで、それを除けば便利そうなので六属性分の『属性魔力』は用意しておくことにする。
ある程度の純度を持つ『属性魔力』を闇属性まで作り終わったところで、循環とでもいうのか。魔法を維持できる程度に魔力を奪い、魔力を再度加えて維持する、という手順を思いついた。これを繰り返すと一回の魔法でガンガン純度を上げられるようなのだが……これはもう少し早く気付きたかった。数分無駄にした。
魔法の発動時には少々魔力が多めに使われるし、魔法の崩壊時にもそれなりに散る。そういう魔力消費量という面においても、こちらの方が効率は良い。
ちなみに、体の中から湧き出してくる、回復する際に増える魔力は『純粋魔力』だけだった。
しかし、この『純粋魔力』を『属性魔力』に混ぜると性質を模倣でもするのか、混ぜた属性の『属性魔力』になっていくようだ。
恐らくは量に応じて多少の時間を必要とするが、混ぜさえすれば放置していても変化する。ある程度の『純粋魔力』と『属性魔力』は常時蓄えておく方が良さそうなので、配分はじっくり考えたい。
『属性魔力』の管理が適当だと回復する魔力が即座に染まりそうなので、やはりきっちり管理したいと思う。PCのファイルをフォルダで管理するようにさほど難しくもなかったので、寝て起きたら混ざってた、なんてこともないだろう。
さて、『純粋魔力』も『属性魔力』も後から増やせるなら遠慮は不要。更に実験続行だ。
『火属性魔力』の一部で水属性を何度も使わせていると、両方ともそれなりに高純度な『火・水属性魔力』とでもいうようなものになった。一つしか純度を高められないわけではないらしい。
ただ、複数属性の純度を高めた『属性魔力』は、単一属性だけがしか純度を高めていない『属性魔力』より、純度を高めていない属性へ変化させる際の抵抗が強くなる、というデメリットもあるようだ。
『火属性魔力』と『水属性魔力』を体の中で混ぜても『火・水属性魔力』と同じようなものになったので、単一属性の『属性魔力』の純度を高めつつ量を増やす方向にしようと思う。
成果が『必要のない手順だったという証明ができた』だけ、というのは不満だが……【魔力操作】の練習になったと思って忘れよう。
一通り純度も高まってきてまだ余裕はあったので、そろそろ聖属性の実験もしてみようと思う。
五属性分の『属性魔力』を体の中で混ぜてみたが、結果としてはただ混ざっただけで、『聖属性魔力』にはならなかった。
もしかしたら、と『純粋魔力』に五属性分の経験を積ませて『属性魔力』にしたが、手間がやたら多いだけで結果は変わらなかった。……また一〇分ほど時間を無駄にしたが、息抜きだったとでも思うか。
『発動状態で混ぜ合わせる必要があるなら、五つの魔法を同時に発動しなければいけないのか?』という疑問も沸いたが、二つ以上を同時に発動した経験がない俺では、今すぐには試せない手段だ。
同時に使える魔法を増やす実験も予定に含めつつ、とりあえず一つの魔法に五種類の変化をかけてみる。使う魔力は『五属性魔力』二つのうち、何となく経験を積ませて作った方で。
火属性の矢を緩く作り、解除しないまま上書きするように緩く水、土、風属性への変化を重ねていくと、徐々に制御も難しくなっていく。
最後に光属性への変化を加えると、随分と制御が難しくなった。しかしまだ、五属性が混ざっているだけで聖属性という感じではない。しばらく触れないようにして見ていると属性が薄まり、薄い光属性として安定した。
変化を中断し、魔力を取り込んでみても、やはり闇属性を除いた『五属性魔力』から特に変わった様子はない。
改めて『五属性魔力』を集め、火から順に変化させていく。今度は更に、属性が弱まるたびに弱まった属性への変化をかけ、バランスがいいようなら光属性への変化をかける。
そんな制御を一分ほど続けていると、今までとは違う属性が中心部分に発生した。その時点で変化を加える手を止め、様子を見る。
周囲の魔力を徐々に取り込んで一つの属性に安定していくが、これが聖属性なんだろうか?
試しに少しだけ魔法から『属性魔力』に戻して取り込んでみると、他の魔力と同じように扱えた。
他と混ざらないように気を付けながら、魔法の矢が壊れない程度に魔力を取り込んでみる。取り込んだ魔力から受ける感覚からすると──確かに、原料になった五属性の性質を少しずつ併せ持っているようだ。……これで威力が高ければ……?
取り込まなかった残りで小さな矢を整え、的に向かって撃ってみる。小さな矢だったのに、金属製の的を容易く貫通してしまった。その分、といっていいのかはわからないが、維持するだけでも消費されていく魔力は多かった気がする。
威力に関しては聞いた情報とは一致しているので、『聖(仮)属性魔力』とでも仮称しておくことにする。聖属性を知っている人に確認したいが、せっかくの訓練の機会を棒に振りたくはない。
ちなみに、制御の難度は四属性を混ぜた時点で光か闇属性並。光属性を加えた後が極端に難しく、安定した後は光か闇属性より一段階上という程度だった。
人によって精神、魔力を扱う力強さが違うらしいから難しいが、精神が一〇〇ぐらいだと感覚を覚えていても光属性を加えた時点で暴発しそうな気がする。全力を振り絞る前提でも、この属性に到達できるのは一一〇ぐらいからだろうか。
……実験するわけにもいかないし、実際にどの程度違うのかもよくわからないがな。
もう一つ残してあった『五属性魔力』も同じ手順で聖(仮)属性に変化させられるかを試してみる。
各属性への変化を繰り返して、一分半ほどの時間で完成。こちらからでも問題なく作れた。
続けて、もっと少ない量の魔力で同じ手順をすると、三〇秒ほどで完成。
五種類の『属性魔力』から混ぜた直後の『五属性魔力』でも同じことはできたので、『五属性魔力』はもう不要だろうか?
念のためにと、『五属性魔力』と『聖(仮)属性魔力』を少量ずつ小分けして、混ぜてみる。少しすると全体が『聖(仮)属性魔力』に変化したので、残りの『五属性魔力』は全部『聖(仮)属性魔力』に混ぜておいた。
これだけ様々な魔力を扱っていると、わざわざ名付けた『魔力素子』の存在が怪しくなるんだが……まぁ、単純なエネルギーではなく、【伝達】によって情報を伝え、本体を次々に乗り換えるナノマシンのようなものの集合体とでも考えれば……あり得る…………か?
そのあたりの考察は時間がかかりそうなので、また後に回す。
次に、聖(仮)属性に直接変化させられるか実験してみる。
まずは『聖(仮)属性魔力』ではなく『純粋魔力』からやってみたが…………なんというか、制御がとても面倒臭い。
例えるなら、数秒で一滴垂れる水がマグカップ一杯分溜まるまで待つような感覚だろうか。二分ほどかけた時点で直接変化させるのは諦め、魔力を全部引っ込めた。
改めて『聖(仮)属性魔力』から聖(仮)属性への変化をさせると、薬缶から注ぐようにあっさり終わる。
そのまま的に放ってみると、小さな矢でも相変わらず容易く的を貫通した。続けて三発ほど、少しずつ小さくしながら撃ち込んでみると、かなり小さな矢でも的を貫くことがわかった。
正直、聖(仮)属性を舐めていた。それほど魔力を込めたわけでもないのに簡単に金属製と思しき的を貫通してしまうのは予想外だった。
まぁ、聖(仮)属性は維持するだけでも結構な魔力が減るので、特定の瞬間だけ発動するような使い方をする方が良いと思われる。
『純粋魔力』から直接聖(仮)属性への変化だけをかけた魔力、というのも作って実験したいが、時間が掛かり過ぎるので最後か、それでも溜まっていなければ明日以降だろう。
といっても実験の準備は、さっき引っ込めた魔力を放置して様子を見るだけ。気分は、寒天培地で菌を培養する研究者……いや、適当な野菜を栽培しているような感じか?
その後は色々と別方向の実験を繰り返してみた。
杖を使わずに魔力の輪を作るところから自前で魔法を撃ってみたり、魔力の輪を作らずに魔法を撃ってみたり、複数の魔法を制御してみたり。
それぞれの実験結果はこう。
・杖未使用、魔力の輪有り。
利点:杖が要らない。制御が容易(体との距離が近い為?)。
欠点:魔力の輪を自分で作る手間がかかる。
・杖未使用、魔力の輪無し。
利点:杖が要らない。制御が容易。
欠点:魔力の輪で周囲から魔力を集めない分、消費が大きい。
・杖未使用、複数制御。
利点:杖が要らない。制御が容易。瞬間的な火力が高そう。
欠点:魔力の輪が出し難い(複数出すと干渉しあう)。制御の難度は案外高い。
複数制御は何となく、もう少し研究する余地がありそうだった。この欠点は単純に完成した魔法の矢を増やした場合の物である。
魔法の矢しか知らないので断言まではできないが、今のところは属性に変化させる瞬間の制御が一番難しい。逆に維持するだけならさほど苦労もしないので、一個ずつ作れば余裕をもって制御できる。
制御にもう少し慣れてくれば二個ずつ、三個ずつと増やしていけそうな気もするが──そろそろ魔力も随分と減ってきたので、この実験はまた別の機会に回すことにした。
最後に一つ実験ということで、パチンコ玉サイズの魔法の球を五属性分、一個ずつ作ってみる。まぁ、形状を変えただけだな。
それを前に出した手の上でくっつけると、ギリギリという音が聞こえてくるような気はしたが、無視して操作を続けた。
一分ほど掛けて完全に重ねると、『ポン』という音と、上に向かって小さな風が起こり、手元には聖(仮)属性の、パチンコ玉より若干大きな球ができていた。
矢の形にしてみると、さっき作った聖(仮)属性の矢と同じぐらいの大きさで、的に当ててみるとやはり同程度の威力だった。
……これが本当に聖属性だとしたら、案外色んな手順で作れるんだな。
一通りやりたいことをやり終えたところで肉体的にか精神的にか、かなりの疲労を感じる。
魔力だけならまだ若干の余裕もあるが、部屋に戻って休むことにした。
今日の実験で使った時間は全てあわせて一時間半ほど。その間ずっと監督をしてくれていたリケルに礼を言いつつ、片付け方を聞く。
若干反応が薄かった気はするが、それだけ初心者が怪我しないように注意するのが大変なんだろうなと納得しておいた。
言われた通りに片付けを済ませて訓練場を後にする直前、ちらっと駆の様子を見てみると、駆はまだ頑張っていた。
……魔力の量と元気さが羨ましいというか、良くやるねぇ。
なんかやたら簡単に成功させてますが──
・使ってる魔力が少ない(暴走の危険が少ない、性質を見極めやすい等)。
・属性間の差が少なくて応用が利かせ易い。
・細かな変化も見逃さないように集中してる(感覚の繊細さはエルヴァンだった頃に鍛えた成果)。
・必要な命令だけをきっちり送っている(これも【固定】を使う上でよくやる事)。
・使用済み魔力を属性ごとにちゃんと分けて管理してる(これも【固定】でよくやる事の応用)。
──と、成功しやすい要素が揃ってたり。
普通の人だと取り込んだ魔力が体内で混じるので、使う属性が増えると辛かったりします。
下手な人の失敗例
「火になれ、火になれ(でもあんまり大きな火はやめてね)」←使った魔力の量と比べて威力が低い。
「よ、よしじゃあ飛んでけ(俺の方に来たりしないよな……? 来ないよな……?)」←自分の場所を意識しすぎて自爆。
「火よっ!(燃え上れー)」←属性魔法ではなく、自然現象を意識して制御難度上昇。
初心者に火属性を使わせる理由
・文言を唱えるだけで使えるような属性は、威力も比較的似通っている。つまり、暴走後のリスクの差は小さい。
・火は危険な物というイメージが強いため、意識が集中しやすく、結果的に、暴走し難くなる。
・逆に、注意が甘くなりがちな属性であれば、初心者は暴走させてしまいやすい。