15:日本への転移
あれこれと実験を重ねたり、地球での暮らしについて考えたりして日々を過ごし、気が付けば地球に送ってもらう日の夕方になっていた。
例の地下室の魔法陣の外で、俺達はアモリアと向かい合っている。
俺の空間魔法の習熟度については、【固定】の力で簡易的な儀式場を作る手順こそ踏むが、覗き魔ほ──もとい、空間に小規模な穴を開ける魔法には成功した。後は経験を重ねて魔力を用意するだけで、転移もできるように、なれば良いなと思っているところである。
そして魔力の用意については、液体空気をそのまま常温にしたレベルの圧力下であれば、圧力を魔力に変換できるようにはなった。効率化も手ごたえを感じる程度には進んでいるので問題はない。要するに、『魔力容器』には半自動充填機能が付いたわけだ。
ただ、肝心の空間の穴については、現状は覗き穴程度でも十数秒間しか開けられないので、どれだけ経験を積めば数人で転移できるようになるかはわからない。まぁ、そのへんは徐々に経験を積んでいけばどうにかなるかと楽観視しているのだが。
同時に実験していた重力を魔力に変換する方はまだ完全には上手くいっていない。ほんの少し軽くなる程度の成果は得たから成功していると言えなくもないが、実用的とは言い難い。
荷物は修学旅行に持って行くような大きさの鞄、いわゆるボストンバッグ三つに収めてあり、一人一つ持ち運ぶ予定だ。勿論というか、中身の大半は衣類で、一番重い荷物はアニマが持っている。……俺より力はあるからな。
武器類については、一応全て荷物に入っている。杖はそのままだが、刃物は周囲の空気ごと直方体状に【固定】で固め、薄い木で作った箱に入れている。まぁ、念のため程度の銃刀法対策だな。
俺の服装は召喚された際に着ていたジーンズとトレーナーで、ダウンジャケットは折りたたんでバッグの中に入れてある。駆は召喚された時と同じ私服だ。
アニマとアンナは木綿の服だが、そこまで目立つ服装ではない、と思う。目立つかどうかという点で言うなら、ナイロン製ではないボストンバッグもどきの方が恐らくは目立つし、アニマ達の見た目の方が問題だ。
地球での暮らし方について、一番深く皆で悩んだのは、やはりアニマの耳と尻尾だろうか。
緑色の毛と目という時点で日本では相当目立つのに、更に耳や尻尾を揺らしていたら相当数の目を引くのは間違いない。
耳はまだいい。人の部分は付け耳で、付け毛付きヘッドフォン、のような感じで猫耳ごと抑え付ける方向でまとまり、実際に作成もできた。というか今まさに装着中である。
問題は、尻尾。
いくら俺が【固定】で長期間保存できて回復魔法で繋げる事も可能だからといって、普通に切り離す方向で考えられていた時は焦ったものである。
数日かけて悩んだ結果、まずは腰に巻き付けて済む状況ならそれで。次点では足に巻き付け、その二つで誤魔化せない場合は仕方ないので一時的に切り離すという方向で決まった。
細い棒に巻き付けられる程度の柔軟性がある事が発覚し、変な方向に煮詰まった結果、腰や足に巻くより目立ち難く切り離さずに済ませる案も出るには出た。
デメリットとしては歩行が困難になり、椅子に座ったり便所に行く度に悶え、尻尾が何やら液体に塗れてしまう点が挙げられる。色々とぶっ飛んだ案であり、半日ばかり実験して周囲への影響も大きいと判断できたため、結局没となった。
そんな実験を色々とやっていたせいか、俺とアンナ用に少しだけ感覚のある付け尻尾が一本ずつ作れてしまったりもしたのだが、それは置いておく。
夕方に送ってもらう理由は、日中だと目立ちすぎるだろうという理由からだ。何時間かの時差があるので、日本の深夜はこちらで言えば丁度夕方ごろの時間になる。
対象が俺達だけなら、俺が住んでいた部屋にでも送ってもらえば一番手っ取り早いのだが──
「カケル様……」
「アモリアさん……」
…………。
何やら二人で雰囲気を作りながら、互いに名前を呼び見つめあっているが、駆は地球に帰る事を選択した。
アモリアから駆に対する呼び方がいつの間にか名前になっていたりするあたり、俺達が城に居なかった間に仲が進展したのだと思う。
思い出作りの邪魔をするのは無粋だろうとは思うので、一応静かに、意識を逸らして気にしないように考え事をしているのだが、ぽつぽつと話し始めてから今は一〇分ほど経っている。
まぁ、予定時刻までもうしばらく時間もあるのだが……そろそろ、何か動きを見せるべきだろうか?
…………。
「じゃあ、困った事があったら呼んでくれ。僕だけだとあまり役には立てないかもしれないけど」
「いえ、そう言っていただけるだけで私は……」
「……ありがとう。僕もしっかり知識を身に付けてくるよ」
「はい、その時をお待ちしております」
「うん。また、ね」
……盛り上がってんなぁ。
流石に欠伸をかくのは失礼だろうと我慢しながら目を背け──結局我慢しきれずに背を向けたまま欠伸をかく。
音はできるだけ出さないように気をつけただけあって、盛り上がっていた二人からは気付かれなかったようだ。
駆はどうやら、高校か大学を卒業したらこの世界に戻ってきて、そのまま暮らすつもりであるらしい。
駆とアモリアが結婚するかどうかは不明だが、そこはあの二人の問題だからな。
「で、では、そろそろ、送還のため空間魔法を発動し始めますね」
「うん、よろしく」
「はい、お願いします。魔法陣の上に立てば良いんですよね?」
「はい。それではまず、場所の確認から……」
アモリアの言葉を聞きながら、四人で魔法陣の中心付近へ歩く。
前方の壁に前回とほぼ同じ場所が映り、人目も監視カメラもなさそうな地点へ向けて視点が移動する。
俺も日に一回程度はこちらから地球を覗けるようになったので、実際に見ながら簡単な地図を作って、予めアモリアに伝えてあった場所だ。
建物の屋上は出入り口が通れるか不明、駅近くの夜の公園はホームレスが居そう、というか居た。
なので移動先は、視線が通り難いもののそれなりに広い道路から近い、監視カメラがなく、居酒屋なども近くにはないという条件を満たした住宅地とオフィス街の境目付近のとある路地。
人影がない事を無事確認できたので、アモリアが転移のための操作を始めた。……ふむ、広げ方はこう……か。
「それでは皆様、お元気で」
「アモリアさんも」
視線は駆に向いているが、俺からも別れの挨拶を口にして、改めて映像に目を向ける。そして光が強くなり──
「うわっ」「っとと」
少しばかりの浮遊感──落下感? の後、駆と俺の日本人二人はやや無様な着地をしたが、四人全員が無事、日本に到着したようだ。
後ろを振り返ると、空中に先程の部屋と通じていそうな光点がある。……こちらからでは本当に淡く光っているだけだな。
全員で空中の光点を見つめ、手を振ってみせたりしたところで、光点も消えた。見えるのは、薄暗い曇り空だけだ。
「帰って、これたんですね」
「そうだな。……本堂君は駅の方に行くんだったか?」
「はい、まだ電車は残ってる時間だと思うんで……定期券も半年分だったんでまだ使えます。白井さん達は?」
「俺達は歩きだな。電車はちょっと目立ちすぎるだろうし、二時間は掛からないぐらいだろうからな」
「二時間……なんていうか、体力付きましたよね、僕ら」
「はは、そうだな。それじゃ」
「はい、ありがとうございました」
歩いていく駆を見送る。
「さて、それじゃあ……アニマ、アンナ、俺達も行くよ?」
「あっ、は、はい」
「ごめんなさい、ちょっと珍しくて」
「わからなくもないけどな」
珍し気に周囲を見ていたアニマとアンナを促し、俺達も俺の住んでいた家へ向けて歩き始めた。




