10:晩餐と帰路
あれから城に戻ってすぐ、バルダーとオウルムの交渉は再開した。
俺は詳しい話に加わる気は無かったので護衛機能付きの置物と化したまま時間が経過し、交渉が大よそ終了したのは夕方になりかけたあたり。
それからハインデック国民への戦争終結の布告がひとまず行われる事となり、鐘を鳴らして兵を走らせるといった手法で民衆が集められた。
妨害も多少懸念されたがそういった事は無く、城前の広場で布告も無事終了したところで、日が沈んだ。
日没後、魔族達から城でもてなすとは言われたが、全員が泊まりきれるほど広い城でもない為、大半は先程の訓練場で野営(?)をする流れになった。それでも湯や飲み水や食料は提供されたため、実際の野営よりはいくらか楽だろう。
そして、全員が野営(?)をするのも流石にどうかという理由から、バルダーを初めとした残りの一部は城に泊まる事になった。警備の都合から四、五人で一室という分け方で、俺も城に泊まる側にカウントされている。馬車に乗っていた五人で一部屋だ。
「な、何かお嫌いな物でも含まれておりましてございましょうかっ……」
それから城に泊まる側の人員は料理を振舞われる事になったのだが……と、流石に現実逃避もここまでにするか。
給仕をしてくれている使用人が焦りながら、敬語なのか良くわからない言葉で、料理を食べる手が止まった俺に語りかけてきている。
「いや……えと、この料理はこれが完成形なのか?」
問題の料理が乗った皿を指し示しながら聞いてみた。
「は、はい。鮮度も味も人気の刺身でございます」
「刺身、ねぇ」
「……ユーリ? 私も前に食べたけど、思ったより美味しかったわよ?」
見覚えのある肉を前に戸惑っていると、俺の隣に座っているアンナからはそんな声が飛んできた。反対側に座っていたアニマも既に手を付けている。
まぁ、刺身といえば俺も日本では普通に食べていたし、寿司も嫌いではなかった。しかし、しかしだ。これは流石にないだろう。
もしかしたらこんな見た目でも魚だったりするかも知れないなと、確認を取るべく内心を抑えて聞いてみる。
「食材は、豚か猪、ってところかな?」
「は、お察しの通り豚で御座います。……その、苦手でしたら代わりの物をお持ちしますよ?」
間違いではなかったらしい。そして、この魔族の使用人が親切で言ってくれているのはわかるのだが、俺の懸念は伝わらないようだ。
豚というのは、簡単にいえば感染症等のリスクが一般的な家畜の中では特に高い。鳥から人へは直接感染しない病気でも豚を経由すれば人に感染する、という類の話は偶に耳にしていたものである。
しかしこの魔族の使用人は本当に不思議がっている様子。
「魔族は、消化能力や免疫力が人族より高いのかな?」
「? なんのお話でしょうか?」
「……悪気はないんだろうけど、人族に出すには不向きだよ。詳しくは後で教える」
「は、はぁ」
そう言いながら意を決して口に運ぶ。こういう場で出されるだけあって味は悪くないが、心から楽しむのは無理だ。日本ならこんな料理を出す店は法に触れているだろうし。
とりあえず皿に乗った分はどうにか食べきり、胃の中の肉に魔法で処理を加える。
……アンナが寄生虫を飼ってた理由はこれかなぁ。自分の体内なんて異常がなければあんまり意識しないし……。
俺に睨まれた使用人はわけもわからず泣きそうな顔で震えていたが、知らせずにおく方が大問題だろう。どう伝えるかを頭の中で考えながら、口の中に残る生肉の後味を酒で洗い流した。
後は安全そうな料理だったので口直しに食べきってしまったが、アンナに確認しておく必要がある可能性に思い至った。
「まぁ、話す前に一応、って話だけど。アンナ、自分で刺身を作ってみたりはしたか?」
「料理を作る暇はなかったわよ? 調理場には立ち入らせてもらえなかったし」
「出てきた生肉料理はそれぐらい?」
「え、ええ。他は火が通ってたはずだけど……」
「自分で肉を取って生のまま食べたりはしてないよな?」
「そりゃそうよ。さっきからなんの話?」
「寄生虫の話。覚えてないか?」
「……あー。あれ生肉が原因だったの?」
「十中八九な。誰かに仕込まれた可能性は無くもないが……って事で悪いけど使用人さん、調理に携わった人と話をしたいんだけど」
「は、はいっ」
という事で別室に移動し、容器に入れたままだった寄生虫の死体を調理担当者に見せたところ──
「え、ちょっとユーリ、貴方まだそんなの持ってたの!?」
アンナからは非難されたが、これは捨てる機会が中々なかったからだ。流石に生きたまま持ち歩きはしていないが、冷凍はしたので腐敗してもいない。
「これは確かに調理の際、稀に見かける虫でございます。ま、紛れておりましたか?」
「いえこれ、このアンナの腹から摘出したんですよ」
「そちらのお嬢様の……? 人族で御座います……よね?」
「? 異世界人だが人族で間違いないですよ? 体の構造も違う点は見当たらないし……」
「それではその、何故そのお嬢様の体から?」
「人族と比べて魔族の消化能力や免疫力が高いんだと思います。だから魔族なら安全な食べ物でも、人族が食べたら…………って、さっきの発言、アンナを家畜扱いしてたのか?」
「い、いえいえいえめっそうもございません」
とりあえず、人族と魔族の間にある消化能力や免疫力の差について考えられていなかった、というのは事実だったらしい。使用人共々顔を青ざめさせ、話が終わるなり慌ただしく会議を始めた。
「……軟弱な」
「何か言ったか?」
「ヒッ!?」
話を聞きに来ていたアンドリューがポツリと呟いたので、睨みつけると悲鳴を上げて震えた。
そのまま見ていると泣きそうな顔で縮こまり始めたので、さっきの言葉をそのまま返してやろうかと思ったが、止めておく。視線を逸らすとアンドリューはほっと息を吐いた。
「なんでそんなに怯えるんだ? お前ら」
「そっ、それは……父上の恐ろしさは皆の知るところだからな。その、父上を明らかに上回っている相手だと実感させられたら……普通の反応だろう」
「ふむ、そんなもん、か?」
魔王ヴォールトは暴君として恐怖政治を敷いていた、という事だろうか? 交渉する上では楽そうだから、今は気にしなくていいか。
話は聞いて満足したし、こちらの食に関する会議は長引きそうなので、皆の居る所へ戻った。
結局、今回食べたメンバーは意識的に処理できる程度には魔法に慣れた人員だったので、問題はなかったようだ。
後で何か問題が起こったとしても、回復魔法では恐らく最上位まで扱える【蘇生魔法】を習得している駆が居るので対処は可能、という点も大きい。
「で、お詫びにそんな物を貰ったんですか」
「いや、お詫びにって言われた件はきっちり断った上で、金銭はちゃんと払ってあるぞ?」
「なら良い、んですかね? いや、それでもどうなんでしょうか」
「高価なドレスをタダで貰ったりするよりは良いだろ?」
「まぁ、そうですね」
そんな会話をしている俺と駆の視線の先には、魔族の使用人の制服に身を包んだアニマとアンナの二人が居る。
勿論女性の使用人の制服であり、要するにメイド服を着ているわけだ。当然だが、アモリアは着ていない。
ついでにと、帰りの暇つぶし用に布や糸の類も多少は買ってある。
「その、どうですか?」
「似合ってる……ってのは誉め言葉としては微妙か。二人とも可愛いよ」
「ありがとうございますっ。えへへ」
「その……ありがと、ユーリ」
コスプレとしてならまだしも、実際に使用人が着る事を目的に作られた服である。そういった服が似合うと言うのは、相手次第ではかなり失礼な話だ。
実際、似合うと言うと不敬罪に当たりそうな相手が同じ部屋にも居るわけで。
「ホンドー様? 今何と仰いました?」
「え、え、僕何かまずい事言っちゃった!?」
「……私にあの服が、使用人の服が似合いそうだと仰いましたか?」
「あっ、いや、ほら、可愛いかなって、その、ね!?」
「うふふふふ……」
……丁度誰かさんが地雷を踏み抜いてやがるところだったか。
「はぁ……」
原因は俺なので仕方なく、アモリアを宥める手伝いをすることにした。
………………
賑やかだった夜も更けてきたら就寝し、無事に翌日の朝を迎えた。
済ませるべき話は済んでいたので、来たばかりだが俺達は帰国するための準備を進めている。
荷物は増え、魔族からも外交の為に十数人規模で付いてきてはいるが、何台か魔族側から馬車も提供されたので同程度の日数でグリフォードまで帰る事ができるだろう。つまり、グリフォードの王都に帰り着くのはおよそ半月後になる。
あまり関係ない話だが、昨晩の料理については消化促進系の魔道具を開発するほか、加熱済みの物と選択できるようにする方向で考えているらしい。
まぁ、それは良いとして。
国まで帰る俺達の一行には、何故かアンドリューも加わっていた。
「……お前も来るのか?」
「オレは王族だ。国の為に働くのは当然だろう。……なんだその目は」
「いや、意外でな。国同士の終戦交渉を潰そうとしただけでなく、力に屈した奴がなぁ」
「きっ、貴様の戦力を知らなかっただけだ。父上を上回る戦力を相手にすればどれだけ血が流れるかと考えれば、自然な行動だ」
言われてみれば筋は通っている、ような気はする。じゃあ、例外として──
「……例えば、俺が居なくなったらどうする? また仕掛けに来るか?」
「…………さぁな。ただ……少なくとも、条約の内容はまともだった。あれが守られるなら、わざわざ荒立てる事もない、だろう」
「ほへー……」
「なんだ、何か問題でもあったか?」
「いや、ないよ」
妙に割り切るのが早くて驚きはしたが、どうも本気で言っているように感じたので、問題というほどでもない、と思う。
アンドリューに背を向け、アンドリューがほっと息を吐く気配を感じながら自分の馬車へ向けて歩き始めた。
随分と座り慣れてきた荷台に腰を下ろし、やはり今から編んでおこうかと思い直して作業台を【固定】で作り上げた。
「んじゃぁ、アンナからかな。靴下の長さはどのぐらいが良い?」
「うーん……長めでお願いしてもいい?」
「りょーかい」
要望を聞きながら、疲れ過ぎない程度に作業を続ける。
「うえぇー……なんだか機械みたいな早さですね」
「スキルが成長した、のかな。とは言っても機械ならもっと早いぞ?」
「え、そうなんですか?」
「そりゃあ、一日に何十着、何百着と作られてるはずだからな。一、二着が精々な俺よりは明らかに早い」
「へー……」
馬車が動き始めてからも作業を続けていると、駆が何やら言い出したので、答えておいた。
振動を吸収できる作業台にしてあるので、それなりに揺れる馬車の荷台でも問題はない。といっても今日編むのは靴下ぐらいだ。
それ以上を一気にやると暇つぶしがなくなってしまうので、適度に加減しながらである。それでも材料は行程の半分で使いきってしまいそうな程度しかないのだが。
「よし、まずはアンナの分、一足完成」
「う、うん、ありがと」
「どういたしまして。ただ、アンナとアニマでサイズがあんまり変わらないから間違えないように……目立たない所に刺しゅうで名前でも入れておくか?」
「……ありがたいんだけど、貴方がそういう事を得意としてるってのは、なんだか変な感じよね?」
「まぁ……ちょっとは、自覚もある」
……でも、思い通りに手早く作れるから結構楽しいんだよな。
魔法等を一切使わない手編みでしか作れないなら、おそらくここまでやる気は起きなかっただろう。いや、魔法有りだとしても、見ず知らずの相手や男相手に作るのは御免蒙りたいところだ。
「えと、その」
そんな事を考えていると、アニマから少し申し訳なさそうな声を掛けてきた。視線の動きから、というより会話の流れから用件は言わずもがな。
「ああ、次はアニマの分を作るつもりだよ。いいよな?」
「ええ」
「はいっ」
という事で、俺は次の作業に取り掛かる事にした。
何事もなく馬車は進み、宿場町近くの野営に向いた場所に到着した。いや、一般的な問題は何もなかった、というべきか。
「その、色々作ってもらえたのは嬉しいんだけど……道中の暇つぶしにするんじゃなかったの? いえ、責めるわけじゃないんだけどね?」
「……つい、な」
「あ、あはは……」
囲んでいる明かりがアンナの顔を下から照らしていて、微妙に怖い。
いつの間にか【演算】スキルが成長していたらしく、以前より短い時間で作れて面白かったのでつい、手が進んでしまったわけだ。ハインデックの首都に行くときと比べて、そこまで警戒しなくても良い帰り道だった、という理由もある。
「ま、面倒な事は終わったんだ。多少つまらない時間があっても、先の事を考えるだけで楽しめる」
「そうですね」
「それもそうね」




