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仕様違いの魔法使い  作者: 赤上紫下
第 4 章

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08:退屈な道程

「ふぁ……ぁぁ。あとどのぐらい掛かるんだったっけ、アモリアさん」

「この調子ですと、モーアに到着するのは七日後といったところですね」

「うぁー……遠いね」

「戦闘しながら進軍する場合と比べれば、早いものですよ」

「そう、だね。僕はそんなに長く移動した事はなかったけど、この世界の人達って凄いね……」

「それは……必要に駆られて鍛えられたから、ではないでしょうか」

「……確かに、僕の居た所は便利な物に溢れてた、かな」


 …………。

 覚醒しきれていない頭に、駆とアモリアの会話が入ってきた。

 今は、魔王を討った日の翌々日、の昼過ぎ。モーアというのは魔族の国の王都の名称だ。要するに、到着が七日後という事は、国境から九日掛かる程度には遠いわけだな。

 そんな長いのか短いのか良くわからない進軍の途中だが、警戒していた魔族からの襲撃は今のところない。魔物ならたまに襲ってくるが、ランクとしても精々がB程度。兵が二、三人で当たればすぐ終わってしまう。

 薄く目を開いてみると、映ったのは人族の国(グリフォード)との違いがわからない、自然あふれる道。下から時々来る振動は、俺達を乗せてのんびり進んでいる角ばった幌馬車からのものだ。

「あら?」

「あ、起きましたかご主人様」

「おはよう、アンナ、アニマ」

 一応軍事行動中ではあるため昼寝をしながら馬車に揺られているというのも変な話だが、そこは俺が戦力になるから許されているというか、しなければいけないというか。

 幹部も含めたグリフォード王国軍から『最後まで頼りきりでは情けなくて凱旋できない』だとか、『いざという時に戦えない状態だと困る』と悪意なく言われてしまっては納得するほかないだろう。

 というわけで、間違っても体力を使い果たして動けない状態には陥らないように、馬車に乗ったまま疲れが溜まり過ぎないように度々睡眠をとる、という流れでのんびり進んでいるところである。

 鎧を着たまま徒歩で進軍する兵や馬の足音、馬車の軋みなど騒がしい音にあふれているが、そんな中で眠るのには慣れてしまった。

 しかし…………退屈だな。

 襲撃があってほしいわけでもないが、半端に気を張ったまま移動するというのは、やはり中々に疲れるものである。


 今、同じ馬車に乗っているのは、人族の国(グリフォード)を出た時と同じ顔触れの五人。御者は時々交代しているようで、名前も覚えきれていないので数には含めないでおく。

 一人二人寝転がっても余裕をもって五人乗れる程度には大きめの馬車であり、俺は横になって、今日はアンナの膝枕で寝ていたところである。

 しかしハインデック内だけで往復一八日、グリフォードに入ってからも五日ほど掛かると考えて、グリフォードの王都に帰るのは最低でも二〇日以上後になるわけか。

 ……行きはともかく、帰りはもう少し運動したい。帰りもこんな感じだったら太りそうだからな。

「……!?」

「……」

「……」

 降ってくる二人の視線から目を背けると、アンナに頬を(つね)られた。


 しばらくするとアンナからの追及も止んだので、改めてこの長く退屈な道程について考えてみる。

 地球なら自動車で一日二日程度の距離だと思うのだが、遠いからこそ戦争がのんびり進むというか。まぁ、それで助かっているところも無くはない。

 まだ剣を使う戦いが主流な世界なので、というより石油等の燃料があまり発掘されていないのだろうか。

 あるいは、あまり採掘が進んでおらず鉄が大量に用意できないのか。

 昨今のエンジンはアルミニウム合金製だった気もするが、技術力的に、この世界で作るなら材料はやはり鉄を元にした合金だろう。

 自然に存在している鉄の材料といえば大体は採掘される鉄鉱石や砂鉄だが、どちらも酸化した鉄である。

 そこから酸素を含めた不純物を上手く取り除く事で鉄となるわけだが、とりわけ重要なのは酸素を吸着させつつ熱源としても扱える炭素だろうか。

 他の不純物を取り除くために鉄鉱石と砂鉄でそれぞれ違う手順があったとは思うが、よく憶えてはいない。

 炭素の方なら古くは木炭、近代であればコークスだ。

 コークスは石炭を蒸し焼きに、いや、外気から遮断された高温環境を用意して石炭から不純物を取り除いた物質で、木炭と比べて炭素の比率が高く、燃焼時の温度も高い。

 木炭を製造する場合の工程と似ているが、それもある意味では当然の話。どの程度一般的な知識かは知らないが、石炭は化石化した植物である。

 要するに、かなり雑な表現になるが『化石化した植物で木炭を作ろうとしたら、木炭より高温で燃えるコークスになった』というだけの話だったりする。実際の時系列や経緯は恐らく違うが、やっている事はそのままである。

 さて、それで純度の高い鉄を用意できたとして、次に問題になるのは燃料だろうか。

 ガソリンの原料となる石油の採掘がどの程度行われているかは知らないが、少なくともグリフォードでそれを必要とする設備は見当たらなかった。

 十分な量が埋蔵されている可能性はあるが、採掘するための設備がまず存在している必要もあるわけだから、実用化は遠いだろう。

 魔法や魔道具が発達している世界というのも中々不便なものである。石油からガソリンを抽出する方法を俺が覚えていないだけ、という理由もあるが。

 それはともかく、この世界で自動車が普及ための道は長いと見て間違いないだろう。

 ……まぁ、この世界では、だがな。

 俺が自分用に作るという話であれば、強度のある素材は大気から用意できるので、本体を作るために鉄を使う必要はない。つまり先程考えたものは大よそ不要である。

 燃料は、圧縮空気でも使えば良いだろうか? 【固定】があれば相当量の圧縮空気は持ち歩けるので、圧縮さえ楽にできればどうとでもなる。

 圧縮する際に使うエネルギーは、足でやると歩いてるのと変わらないから、川があったら水力でいいか。

 直接的には空気圧。間接的には水力と重力。かなり間接的だが根本的なところでいうなら、太陽光で動く自動車だ。

 しかし問題が一つある。

 常温の圧縮空気を動力源にすると走行中にどんどん発動機(エンジン)の温度は下がってしまうが、圧縮空気は温度が上がらないように作らないと窒素酸化物ができてしまうのだ。

 この世界に排気ガスの規制が無いとはいえ、知識がある以上はわざわざ大気を汚す気にもなれない。異世界に酸性雨を降らせる気など毛頭ないのだ。

 だから一番楽そうな方法といえば、動力源は常温の圧縮空気で、冷えた発動機(エンジン)は大気の熱で温めるか、加熱用の魔道具でも使うという手だろうか。

 最適解はじっくり探るとして、【固定】のお陰で本当に作れそうだ。やはり便利な力である。

「何か面白い事でも思いついたの?」

「まぁね。移動中の暇つぶしには丁度良さそうだよ」

「ふぅん? どんな事?」

「まだ考えてる途中だけど、自動車の事だな。忘れないうちにちょっと詳細に考えたいから、すぐに知りたいなら本堂君にでも聞いてみて」

「……気が向いたらそうしてみるわ」

 アンナとの会話が途切れたので、また自動車の構想を練り始めた。



 日が傾き始めたところで宿場町が見えてきたので、考えていた事は保留として、周囲に合わせて警戒する。

 先に街の様子を見に行った斥候は、少なくとも敵意を感じはしなかったらしいので、そのまま入る事になった。


 今日到着した宿場町は物資の行き来はあるものの、あまり栄えてはいない。とはいえ、昨日見かけた高速道路のサービスエリアと張り合えそうな宿場よりは、マシではあるか。

 今の軍は数百人程度の規模ではあるが、全軍が入るにはやや狭いので三〇人ほどが町に入り、残りは外で野営の準備と待機することに。

 馬車組は特に準備する事もなかったので、アモリアに一言断ってから町に入り、適当に見て回る。アニマとアンナも付いてきた。


「い、いらっしゃいませ。何をお求めで」

「何があるかを見に来た感じかな。これといって求める物はないよ」

「そそ、それは失礼を。ごゆっくり」

 雑貨店のような店の中に入ると魔族の店員が震えながら声を掛けてきたので、普通に返す。

 魔族が普通に店を営業している事には驚いたが、品ぞろえは珍しくもない消耗品ぐらいだった。

 アニマにも一応怪しげな品がないか、こっそり聞きながら商品を見ていく。少しばかり失礼だと思いはするが、一応は戦争中の敵国だからな。

 普通に買い物をしてる時点で変だ、という問題からは目を背けておく。

 アニマが問題なさそうだと判断した塩の入った小さな壺を手に取り、値札を見て購入の意思を伝える。

「とりあえず、塩をこれだけ。銀貨一枚だよな?」

「お安くしておきます、よ?」

「普段通りの値段で良いよ。普段から人族には高く売ってたーなんて話なら魔族向けの値段で頼みたいけどね」

「へ、へぇ。わかりました」

 店主の言葉を聞き、鞄から銀貨を取り出そうとして、ふと気付いた。

「……あ、人族の国(グリフォード)の通貨は使えるのかな?」

「へっ? と、昔は国交もありましたし、刻印ぐらいしか違わないのでそのまま使えますです」

「そうか。じゃあ……はい」

「確かに、頂戴いたしました」

 買う直前まで通貨の話を忘れていたが、買えてよかった。



「……では……の中では……燃えないのですか?」

「うん、蝋燭で……」

「そのような事が……」

 他に見る所も特には無かったので馬車に戻ると、駆とアモリアが二人で話しているところだった。

「ただいま。何か話してたのか?」

「はい、燃焼について、今は二酸化炭素の話をアモリアさんにしてました」

「なるほど。まぁ、基本だしな」

 今日丁度思い返したところだが、中々に懐かしい範囲の知識である。

「ですよね。中学でもやりますし。燃焼には酸素が必要だから、二酸化炭素しか無い所だと物は燃えないっていう」

「そうだなー。そのへんだと欲を言えばマグネシウムでの実験もしたいところだけど、それは流石に電気がないとな」

「燃焼にマグネシウムなんて関係してましたっけ?」

「…………ん?」

「……え?」

 疑問符で帰されるとは思わなかった。中学でそのあたりの実験をした覚えはあるのだが、駆は違ったのだろうか?

「シライ様? どういうお話なのでしょうか、その、マグネシウムというのは」

「地球ではよくある物質で、といっても純粋なマグネシウムは大体電気分解したものなんですけど……アルカリ土類金属だかには含まれないんだったかな?」

「えーと……周期表の左の方にある金属でしたっけ?」

「そうそう、右の方でも不安定な金属は不安定なんだけどな。と、マグネシウムはその辺の金属と似た性質を持ってて、二酸化炭素や水からでも酸素を奪って燃焼できるんですよ」

「そ、そのような物が……」

「…………あっ、確かにマグネシウムと二酸化炭素なら実験をしたような憶えが少し」

 俺がアモリアにした説明を聞いて、駆も少し思い出したようだ。しかし──

「本堂君……俺よりブランクは短いはずだよな?」

「あ、あははは……すみません」

「……まぁいいや。そういう不安定な金属は二酸化炭素から酸素を奪えて、水からでも酸素を奪えて、というか酸素が無くても窒素と結びついて燃焼したはずだ」

「うへぇ……え、じゃあ、どうすればいいんですか?」

「乾燥した砂だとか、鉄を加工する時に出た削りカスを使うとか、塩を主成分とした消火器もあったような……対処法としてはそんなところだな。化学的に安定した物質で温度を下げるんだよ」

「へぇぇ……」

「まぁ、あれです。そういう金属は自然界だとまず間違いなく他の物質とくっついてるんで、科学技術がもうちょっと発達しないとそういう状況は中々起こらないと思いますよ?」

「そうですか。……それはその、一安心と言って良いのでしょうか。他にはありませんよね?」

「他、他……細かくは覚えてないんですよね。この世界で身の回りにあって燃焼しやすい物質といえば炭素系の化合物でしょうから、二酸化炭素でってのは基本的に間違いじゃないです。あ、火薬の原料に使われる硝石は酸素を含む不安定な化合物なんで、火薬は酸素や窒素を含まないガスの中でも爆発します」

 偉そうに知識を披露したが、俺の知識はここらで打ち止めだ。……化学はこういう、覚える事が多すぎて苦手なんだよな。


 駆が頭を抱え、アモリアがそんな駆を慰めるような一幕もあったが、干し肉と野菜と塩のスープを味わい、パンで腹を満たした。

 それから更にしばらく時間が経ち、アモリアと駆とアンナは馬車で眠りに就いていて、俺とアニマは火の近くでのんびり過ごしているところ。

 暇つぶしにと薪を一個貰って、適当に手で玩んでみる。

 ちなみにというか、この薪の原料は襲撃してきたオーガが薙ぎ倒した木の一本である。……だから自然を破壊した上で遊んでるわけではない、と、誰に言い訳してるんだろうな、俺。

 自分の思考に苦笑しながら、この薪でどう楽しもうかを考える事にする。


 しばらく考えてそういえばと、中が透ける(スケルトン)仕様のコントローラーを見て知った仕組みを思い出した。

 半円状の重りをモーターで回して振動を発生させる、様々なところでよく使われるあの仕組みである。

 モーターそのものから発生する音の主な原因は、『軸と他の部位の摩擦』、『磁力の切り替わりで発生する細かな加速』、『コイルが掻き回す空気』といったところだろうか。

 モーターの加速は、内蔵された永久磁石との反発による直線的な力によって行われる。そのためどうしても歪みが発生し、回転数に比例するように音が高く、つまりは振動数が大きくなる。

 モーターを組み込んだ装置になれば、各部品の歪みや衝突など、音を発生させる原因は更に増えるわけだ。

 しかし魔力で回転させる場合なら軸との摩擦はともかく、加速時に発生する力の向きはモーターより無駄のないものにできる。コイルも不要なため凹凸も少なく、振動は小さくなる。

 重りはとりあえず水辺りで、【固定】で固めた円盤状の空気に注いで、重心を歪ませたものを軸の両端に。その表面を含めて各部品は空気を掻き回さないように滑らかに加工。

 あとは部品の精度を上げて摩擦やぶれを減らし、重りの回転によっても歪みが発生しにくいように軸や内側を【固定】で固めて剛性を上げれば、動作時の音はとても小さくできる。

 軸の両端にある重りの付け方は、方向を揃えるか互い違いにするか……両方作るか。うん。

 そして、回転(かいてん)楕円体(だえんたい)のカバーを作る。

 回転軸との接触部位は【固定】で一番硬く、グラデーションのように徐々に柔らかくして、外側は【固定】が一切掛かってない状態にする事で直接触れても大丈夫なようにできた。

 手の中に握り込んで動作確認してみると、一応ちゃんと動いたので息を吐き、目線を手元から上げ──

「……はっ!?」

 横からアニマがこちらを見ていた。

 俺は火の明かりで手元を確認しながら作っていたから、周囲から何を作っているかは見える状態だったわけで……うわぁ。

「?」

 小首を傾げるアニマは可愛いが、純粋な視線が痛い。


 進軍の予定は後七日。

 犠牲者を出さないように進めた方が魔族に対する圧力は強そうなので、常に気を抜くわけにはいかない。

 身体は休めていて良いとはいえ、二四時間全力で即応できる状態を維持するというのは想像以上に退屈なものだった。疲れる事ができやしない。

「早く戦争終わらせて帰りたいな……」

「……そうですね」

 パチパチと火が爆ぜる音を聞きながらアニマにぼやく。

 空を見上げると、俺の気分に反して綺麗な星空が広がっていた。

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