07:一区切り
バルダーが広場で行った演説によって兵達が戦いの終わりを実感した後。俺達はこの砦にある一室で休んでて良いとの言われたので、有難く従わせてもらう事にした。
兵の案内によって向かった部屋は、恐らくは高官の宿舎だと思われる部屋で、罠の類がないかを確かめた後、流石に鎧は外したが服のまま寝転んで仮眠をとった。
枕は部屋にあった小さな机の上に移動させてある。ベッドのシーツぐらいならまだしも、流石に魔族の高官が使ったと思われる枕をそのまま使う気にはなれなかったからだ。
寝る前の経緯を寝転がったまま思い出していると、アニマとアンナも目を覚ました。
おはようと挨拶を交わしてから、二人に話を振る。
「とりあえず、一番大きな仕事は終わった……かな?」
「そうですね」
「この後は、どうなるの?」
「人族の国の戦力は殆ど減らないまま、魔族の国は魔王が倒れてボロボロ。魔王の遺体はバルダー陛下に預けてあるからバルダー陛下が後はどうにかするとして……大きな戦いはなさそう、かな? 人族の国の王都に帰れるのはいつだろうなぁ」
「そんなもの、なのかしら。……私は大丈夫だと思う?」
「まぁ、アンナの事は知ってる人間も少ないだろうし、俺があれだけやったんだから大丈夫だろ。……多分」
アンナはやや不安そうにしながらも、納得したように頷いた。
「……じゃあ、無事に王都に帰った後は? 私はまだ行った事がないから、帰るっていうのも変な感じだけど」
「あまり深くは考えてないが……そうだなぁ。アンナの下着類は作る約束もしてたから、そこからか。アニマの分も早い内に改めて作っておきたいな」
「あ……あー、そうね、そうだったわね。ってアニマちゃんの分もすぐ作るの?」
「えと、そうなんですか? ご主人様」
アンナは顔を赤くしながら俺に質問を返し、アニマはやや不思議そうな様子だ。
アニマの下着類は、今のままでも良いといえば良いのだが、新調したい理由はちゃんとある。
「ズボンに隠れてわかり難いが、今の下着類は、アニマの体を治して間がない頃に作った物だからな」
「? どういう意味よ?」
「手の方はまだ良いんだけど、靴下がちょっと太ももに食い込んできつそうだから、今の体に合わせて改めて作ろうかと思ったんだよ」
「えうっ!?」
俺が理由を口にしたところで、アニマがショックを受けたような声を上げた。……何故だ?
「その、理由はわかったし、聞いた私が言うのもなんだけど、女の子にそういう事を言うのはどうなのよ……?」
理由を考えながら首を傾げていると、アンナからはそんな言葉と共に、咎めるような色を少し帯びた視線が──
「ってああ違う違う、太ったとかいう話じゃないぞ」
「そ、そうなんです?」
「……?」
「アニマは怪我で長年あまり運動できてなかったみたいだからな。体が治って運動したら筋肉がついて健康的になった、ってだけの話だ」
「なるほどっ」
「ああ、そんな頃の体格に合わせてたのね。納得したわ」
デリカシーのない奴みたいな評価は勘弁してほしいものだ。
いや、あると言い切れる程持ち合わせてもいないとは思うが、思いやる心の少しぐらいはある。
のんびり話をしていると、アニマが何かに対する反応を見せた。視線の先は入り口の扉。
「誰か来たみたいです」
「ふむ?」
一応軽く警戒しながらしばらく待つと、ノックと声が聞こえた。
「ユーリ様、起きておられますか?」
「起きてますよ、どうぞお入りください」
「失礼します。……?」
俺が答えた後で入ってきたのは人族の兵士だった。
微妙に緊張した様子で入ってきたと思ったら俺達三人を見て瞬きをしながら静止している。……なんだこの反応?
「どうかしましたか?」
「い、いえ、なんでも御座いません。戦後処理についての会議は進んでいるのですが、ユーリ様とアンナ様の関わる案件についてはご参加いただきたく、こうしてお伺いした次第でありますっ」
「わかりました。行きましょうか」
「はっ」
案内されたやや大きめの部屋で待っていたのは、先日人族の国の砦での会議に参加していた人員だけではなかった。
「だっ、どっ、どなたですかな?」
「……魔族?」
「よく来てくれたね、シライ殿。こちらは降伏したこの砦の責任者と、比較的高い地位に居た者たちだよ」
バルダーの紹介で魔族達が居る理由は納得できたため、意識から外して本題に入る。
「そうでしたか。それで、私やアンナに関わる案件の話があるとの事でしたか?」
「そうだ。……まずは、シライ殿と同郷のレイクだが、魔族の軍にて兵器開発を担当しており、シライ殿のお陰で死傷者の数は抑えられたが極刑に処す方向で纏まっている。それは構わないかな?」
「ええ、彼は殺す気で大砲を撃ってますし、白旗を掲げながら陛下に奇襲を仕掛けたのも事実でしょう。兵器の破壊を優先したため取り逃がしてしまいましたが、あそこで仕留められていればと後悔しているところです」
レイクと名乗っていた彼に対して思っていたことを正直に告げると、参加者達の表情は引きつったような気がする。
そんなに変な事を言っただろうか?
「はは……、まぁ、レイクというあの者についてはそれだけだ。次は、同じく魔族の軍に与していた凄腕の職人、といった立場だったアンナ殿の話だ」
「……どうなるんですか?」
「そう悪いものではないはずだ。アンナ殿は直接的な害意が薄く、シライ殿の戦功もある。よって、シライ殿の管理下にある限りは罪に問わないものとする」
「つまり、ええと……私と一緒ならアンナは普通に暮らせるという理解でよろしいのでしょうか」
「そういう事だね。そういえば、他に報酬について要望はあるかい? 地位や金銭等、ある程度は用意できるよ」
「ありがたいお言葉ですが、地位にはさして興味はありませんし、金銭も特に困ってはいないんですよね……あ、今頂いている通行証だと私はこの二人を連れて登城できませんよね? その点の解決をお願いできませんか?」
「……なんとも謙虚な話だが、わかった。連絡の兵を通じてになるが話は通しておくよ」
「ありがとうございます」
結果が概ね俺の望み通りになってくれて安堵していたが、ふと、魔族が何やら納得いかないような表情を浮かべているのが目に付いた。
俺が視線を向けると他の参加者の視線もその魔族へと向かい、口を開かざるを得ない状況に追い込んだような形になった。……なんか、すまん。
「何か、文句でもおありかな?」
「い、いえ、バルダー陛下は随分そちらの御仁を買われておいでなのだなと」
「それは当然だろう? 彼は……そうだ、シライ殿、あの鎧はどうしたんだい?」
「鎧? ああ、魔族はそちらの印象しかないんですかね。この場で装着してみた方が良いですか?」
「すぐできる事なのなら、頼むよ」
「わかりました」
「鎧? 一体どのような…………? 銀色? ぎ、ぎぎ銀鎧ッ!?」
バルダーの言葉に応じて【固定】の力で光を通さないように空気を固め、鎧のように身に纏った。光を通さないように【固定】で固めると光を反射するようになるらしく、銀の鎧といった雰囲気になるわけだ。
しかしまぁ、なんというか。魔族の怯え方が相変わらず尋常ではない。
「シライ殿と結びついていなかっただけだと思ったのだが……戦うわけでもないのにここまで怯えるのは、少々意外かな」
「私もです。『銀鎧の死神』なんて名前で、魔族には無茶苦茶怖がられてるみたいなんですよね」
「戦場でなら、わかるよ。剣も魔法も矢も、大砲すらも効果がない。それでいて攻撃に回れば鎧ごと断ち切る兵が居たら、それはねぇ」
「……まぁ、そうですね」
バルダーは自分で言いながら苦笑していたが、それを聞いて俺も納得した。
普通に戦っている時にそんな敵が現れたら──ゲームだったら負けイベントかと思うところだな。
そういえばああいう負けイベント用の敵が異常に強いのは、消費者からクレームでも入ったのか、あるいはゲーム機を開発した企業が設定する規制に従った結果なのか。
少なくとも、『真っ暗なまま音もない画面が一定時間以上続いてはいけない』、『操作キャラクターが一定時間以上静止してはいけない』というような規制の話はあった気がする。理由はたしか、ユーザーがバグだと思ってしまうからとかなんとか。
その規制も度々更新されるから対応するゲーム機と演出が同じソフトでも『〇月×日までに審査が終わっていればセーフ、〇月×日以降ならアウト』なんて話がどこかにあったような…………いや、俺は何を考えてるんだろう?
実用的な事を考えるなら、大層な二つ名を付けられた事であるし、大鎌でも武器にしてみるべきだろうか?
よく見る姿の死神が大きな鎌を持つ理由は『麦のように人の命を刈り取るから』だったはずだ。収穫用の機械であるコンバインが死神の武器としてあまり関連付けられる事がないのは、絵面の問題か。
ネタ武器の類のような気もするが、一五メートルほどの巨体を誇るサイクロプス等の相手をすると考えれば、案外剣より使い易いかもしれない。
特にあの太く硬い首を落とす際は剣より楽そうだ。腕が掛ける力の向きは逆になるが、脚力を斬る力に加え易いと考えれば…………アリだな。
現実逃避はそこまでとして。魔族が落ち着くまで多少の時間は掛かったが、無事に戦後処理の話が始まった。
戦後処理の話は、せっかく来たんだからという理由で、俺は本当に聞くばかりだが聞かせてもらえる事になった。
その結果まとまった話をざっくり言うなら、人族の国としては、ある程度の賠償と条約を結ぶ程度で済ませるつもりらしい。
魔王は俺が討ち取ってしまったものの、魔族の国の王族はまだ残っていて、ヴォールト以外の魔族の王族はそこまで好戦的ではないそうだ。その王族に統治を任せる事になりそうだとかなんとか。
属国化か植民地化かは知らないが、少なくとも王侯貴族を根絶やしにしてどうこうという話でないのは確かである。
そして、明日からは、魔族の国の王都まで、俺達を含む人族の国の軍を進める事になった。
俺達、召喚された日本人の仕事は魔王を倒すまでだったはずだが、魔族の国の最初の砦でいきなり魔王を撃破できるとは思わなかったからな。
人族の国の王都に帰るまで半月ほどかかる事にはなりそうだが、何かがあって戦争が終わらなくても困る。そんな事になるぐらいなら、その程度は必要経費というものだ。
王都まで足を運んで、きっちり戦争を終わらせる手伝いをするぐらいは良しとしよう。
軍全体の予定が決まった後は、俺が戦闘で魔族を斬りまくった際の理由を聞かれたので、それぞれの戦いを思い出しながら伝えていった。
最初は関所を補強した程度の砦の前で、魔族が人族を誘い出す為にあれこれとやらかしていたから。
それ以降で斬った相手はというと、先ほどの魔族の残りとアンナを地下牢に押し込んでいた魔族。そしてここでは、俺に攻撃した魔族と戦争を起こした魔王。
「要するに、私の前で外道な行いをしなければ、あるいは私や身内に殺意を向けたりしなければ、私としても殺しに行く理由はありません」
「それはその、そ、そういった行いをしたのが銀……シライ様と同じ種族であっても、でしょうか」
「お忘れですか? つい先ほど、私はレイクの処刑を認めましたよ?」
「し、しし失礼しましたっ」
「まぁ、貴方達が平和に暮らそうと思っているなら、敵対する事はないでしょう」
俺の言葉を聞いた魔族達はほっと息を吐いた。
この魔族達はおそらく温厚な気質なのだと思う。もし怯えるようなら、何かやましい自覚があるのかと疑うところである。
そんな流れで会議は進み、一通り終えた頃に見た空は日が沈んでいた。いや、昼に攻め入った砦で夜には戦後処理が一区切りというのは早過ぎる気もするが。
経過時間はともかく、平和的な方向に終わりそうで一安心だ。
「魔族の王国の王都まではこのまま軍を進める。道中の村や街で略奪をするつもりはないが、抵抗が大きければわざわざ避ける理由もない。魔族諸君らの努力が問われるものと思いたまえ」
「は、ははぁっ」
「では概ね方針も定まった事であるし、解散とする」
『はっ』
……さて、どんな形に落ち着くのやら。




