03:王国軍到着
今日もまた一日が始まった。
警戒以外は特にやることもないので、俺達は昨日と同じく朝食を摂って、今は地下牢で寛いでいる。
昨日やったことを思い出して改めて思う事だが、俺とアンナが使える、【固定】と名付けた力で固めた物の硬さは、やはり異常であるようだ。
具体的な硬度はダイヤモンドを一方的に削れるほどであり、衝撃によって割れや歪みが生じた事もない。
改めてこの力を評価するなら、『完全剛体に近い状態にまで対象物を変化させられる力』だろうか。
物質中の音速でも測れば硬度はそれとなくわかりそうなものだが、そんな機材は無いし測れる技能の持ち合わせもないので、現状での確認はまず不可能だろうというのが残念な……?
「……今度は何をしてるんですか? ご主人様」
「ちょっと思いついた事の実験、危ない事はないしすぐ済むよ」
中までしっかり【固定】で固めた水の球を二つ作り、目の前で衝突するように左右の手でそれぞれ投げる。
二つの球が空中で衝突すると、目でわかる程度には反発した。
やはり完全剛体ではないらしい。……たしか、完全剛体であれば反発しないという話だからな。よく覚えてないが。
しかし、便利だ便利だとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。
お陰でダイヤモンドから工具としての利用価値が薄れてしまったが、まだレンズとしては使えるし、宝石としての価値もいくらかはあるので良しとする。
まぁ、この世界で金銭に困る事はなさそうなのだが。
地下でじっとしているのも飽きてきたので、また屋上に出て景色を眺める事にした。今日の空は晴れていて、遠くまで明るく照らされた景色が広がっていた。
今日景色を見るために使う望遠鏡は、昨日作った人工ダイヤモンド製レンズによるもの。
水と比べてダイヤモンドの屈折率は高く、かなりの小型化もできたのだが、ギリギリまで小型化すると小さすぎるので、やや大きめにしてあったりする。
そんな望遠鏡をアンナとアニマに渡しながら、改めて注意を促す。
「前は曇りだったからいいけど、望遠鏡で太陽を見たらダメだからな?」
「はいっ」
「わかった……けど、なんで?」
「なんでってそりゃ……」
アンナの質問にどう答えようか迷ったが、見た方が早いだろうと望遠鏡の二枚のレンズのうち大きい方を取り外すことにした。
そして適当に自分の髪を引き抜いて、屋上の周囲にある壁の上で抑えながら、光を集中させてみる。
「一体何を……あら? 煙?」
「まぁ、こんな風に太陽の温かい光が集中して、高熱になるわけだ。……目が焼けるぞ?」
「……気を付けます」
「……うん。やる気はなかったけど、太陽を見るのは止めとくわ」
二人の反応を肯定するように大きく頷いてから、気を取り直して、望遠鏡で周囲を見始めた。
天気が良いぐらいでそうそう違う事があるわけでもないので、ただの暇つぶし目的だが。
「あら? ねえユーリ、人族の国のある方から何かが近付いてくるみたいよ?」
そのままのんびり周囲を眺めていると、アンナが何かを見つけたようだ。
俺も視線を向けてみると、王都の方から近付いてくる複数の影を程なく発見できた。
「伝令の兵か何かかな? アニマ、人族の国の方角に、馬車か何かは見えないか?」
「へ? とと、少しお待ちください……」
アニマに頼み事をした後も俺は迫ってくる影を見ておく。
徐々に近づいてくるのは馬に乗った兵で、装備から人族の国の軍であるらしいのもなんとなくわかった。三人組で軽装だ。
「あ、居ました、ええっと……それ以上はわからないです」
「そっか、ありがとう。魔族の国の方は何も見えないんだよな?」
「はい、さっきまで見てましたけど、何も」
「じゃあいいか。部屋に戻ろう」
「はいっ」
「うん」
地下牢に戻ってきた理由はといえば、何らかの動きがありそうだからだ。
あのまま屋上に居ても呼びに来たとは思うのだが、一応は自室扱いになっているこちらの方が探す手間も少ないだろうという判断である。
……別に、屋上の警備を微妙に邪魔してるような状態だったのを見られるのが嫌だったわけでは……。
「……」
誰に言うでもない言い訳を思い浮かべたら、アニマから視線だけが向いてきた。
許可はとっていたので問題はないはずだし、咎める風ではなく不思議な物を見つめるような視線だったが、この視線を受けて後ろめたい気持ちが少しばかり加速した。
……よし、後で弄……いや、俺が悪かったわけだし止めておくか。
「! ……」
一瞬ピンと立ったアニマの耳や尻尾が力を失って垂れ、アニマの眼差しには何かを期待するような色が混じった。
「……貴方達、さっきから黙ったまま何をしてるのよ」
俺とアニマの間で交わしていた無言のやり取りに対して、アンナから突っ込みが入った。
「ちょっとしたスキンシップというかなんというか。まぁ、放置してたのは悪かったよ」
「うぅ……」
「あー……うん、私も良いところで邪魔したのは悪かったわ。はぁ……」
そう言いながら、アンナは少し落ち込んでいるように見える。……ううむ。戦争とは関係無しに悩ましいところだけど、こればかりはなぁ。……よし。
とりあえずと、ベッドに横たわりながら──
「ご主人さ、みゃっ!?」
「ひゃっ、ユーリ?」
二人を引きずり込んだ。
二人に『お話』をして落ち着かせた後、そのまましばらく寛いでいると、階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
何故か反応しなかったアニマを見ると、顔を赤くしてぼんやりと呆けている様子。アンナも同様だったので、俺だけ布団から出て上着を着てから応対する。
階段を下りてきたのは、伝令と思われる兵だった。
「こちらでしたか、ユーリ様」
「はい。それで、なんの御用です?」
「はっ、後続部隊が到着しましたので、進軍の為の会議が行われます。ユーリ様とお二方にはご参加いただきたく」
「わかりました。会議室は以前と同じですかね?」
「はっ、その通りです。一応、私がご案内させていただきます」
「そうですか、じゃあ、二人を起こしてきますね。すみませんが、少しだけ待っててください」
「起きておられるようですが……?」
兵の視線を追って、死角になっているはずの地下牢の方を見てみると、顔だけ出してこちらを覗いている二人が居た。
「ありゃ、ほんとだ。まぁ、今は多分駄目な服装だと思うので、着替えるまで待っててもらえますか?」
「畏まりました」
二人を平服に着替えさせてから会議室に着いたが、既に少し会議が行われていた模様。
参加者は、この砦からは指揮官とエドワルドと駆など数名。今日この砦に到着したばかりだと思われる偉そうな面々もあらかた揃っている。
「来たか、シライ殿」
「バルダー陛下がお出ででしたか、アモリア殿下も……」
国王がこんな前線に出張ってきて良いのか疑問にも思うのだが、来ている以上は仕方ない、か?
王太子のグリットはいないようだが、王女であるアモリアはバルダーの横に並んでいる。
「よくぞこの砦を取り戻してくれた。この勢いで魔王を倒してもらえると有難い」
「尽力はします」
「そうか、期待している」
「はっ」
「ところでシライ殿……君の後方に控えている、アンナという女性が例の武具を強化していたという話だが、相違ないか?」
「……はい」
これからどう攻めるかについて話し始めるかと思ったのだが──まぁ、やっぱり聞かれるよなぁ、と思いつつバルダーの質問に正直に答える。
不安そうなアンナが俺の袖をそこそこ強い力で掴んでいたので、安心させるように頭を軽く撫でておく。
「一応聞いてはいるが、シライ殿がその女性を保護している理由を聞かせてもらっても良いかな?」
「ええ。まずご存知の範囲だと、こちらに対する敵意が薄く、魔族からは裏切り者扱いされて牢に入っていた。私の説得に応じており、今後敵対する事もないだろうというあたりですかね」
「そうだね。それだけだとシライ殿が保護する理由としては弱いと思うんだが、それ以上の理由もあるんだね?」
「それは、まぁ、はい」
「……気が多いのも程々にね?」
? ……あ、これ俺が色仕掛け食らったって思われてるのか?
「いや、違いますよ。事情としては複雑なんですけど、同じ場所で力の使い方を学んだ仲で、子供の頃から知ってる相手だったんです」
「……?」
俺の言った事をうまく呑み込めていない様子で、沈黙が流れた。
アンナの出身地が地球とは異なる世界だという情報はあるはずだから、そのあたりで違和感を持たれたんだろうか。
「……アモリア、事実だと思うかい?」
「私にもよくわかりませんが、少なくとも本気で言っているのは確かなようです、お父様……」
「……えっ? あれ、アンナさんは異世界人で、白井さんは日本から召喚されたんじゃ? あれ?」
駆が何やら色々と疑問点を口にしている……? あー、言いすぎてたかな。
まぁ、せっかくなのでと、俺が辿った大よその流れを伝えることにした。
この身体がこの歳になるまで地球で暮らしていた事と、理由は不明ながら一度死んで、アンナの幼馴染として二度目の生を得ていた事。
大雑把に一〇〇倍近い速さで時間が流れる世界だったと思われる事。恐らくは俺が蘇生される際にその世界との繋がりが強くなって、そこからアンナが魔族に召喚されたという可能性についても語っておく。
駆は声もなく大口を開けて驚いていたが、悪意がないのはわかっていたし、無事に済んだので今は特に怒ってはいないと教えておいた。
「筋は通っているし、そうでもなければ説明が付かないのもわかるが……なんという事だろうね……」
バルダーはアモリアの方に視線を向けて、アモリアはその視線に首を縦に振って答える。
本気で言ってるかどうかがわかる分、困惑も大きい、のだろうか。
「大よそは無効化しましたし、サイクロプスを撃破したりもしてるんで……見逃していただければと」
「わかっているよ。功績が軽いものでない事もね」
わかっていると言いながらも、バルダーは頭を抱えている。
しばらく時間をかけたところ、戦争について悩む方が先だという判断に至ったらしくバルダーも再起動し、普通に会議が始まった。
流れでついでに聞いてみたが、バルダー達が高ランクの魔物に襲われるような事はなかったらしい。
アンナ経由で得た情報として、魔族が高性能な銃を所持している可能性についても伝えてある。
そして会議の中では意見を求められる事はあったが、俺に答えられる事は特にない。
「私は軍事を学んだ経験など御座いませんので、指定された箇所の敵軍を食い破るだけですよ」
「ははは、過信でなさそうなのがまた頼もしいね」
「流石に、絶対と言えるほどの自信はありませんが」
「シライ殿が打開できない状況であれば、他の兵でもそう打開できる状況ではないだろう。そんな無茶な配置にはしないつもりだから安心してくれていい」
「ありがとうございます、陛下」
「いや、こちらこそだよ」
我ながらなんとも脳筋染みた解答だとは思うが、俺にできる事は実際そういう類であるわけだし、この世界の軍事を学ぶ気もないので仕方ない。
戦力の配置ぐらいはと一応聞いてはいるが、その程度だ。
「──では、明日より進軍を開始する。各自明日に備えよ」
バルダーの宣言で会議が終了した。
俺は戦う場所を確認した程度だが、他の参加者については有意義だったようには思えた。
「それで、シライ殿……いや、イルビデム殿と言った方が良いのか?」
「憶えていただけたのは光栄ですが、俺がエルヴァンでなくなってから向こうではかなりの日数が経ってますし、この身体に付けられた名前ではありません。今まで名乗った通りの名前で良いですよ。陛下」
「そうか。いやしかし、年齢は四〇代だと考えるべきかな……?」
「子供時代を二度経験しただけで三〇代は未経験ですから……肉体年齢相当の扱いだと有難いです」
子供は子供の時にしかできない経験があるように、大人も年齢によって得られる経験に差はあるだろう。その経験が無いまま四〇代扱いというのは、拭いきれない違和感がある、気がする。
「それもまた不思議な経験をしたものだね。原因はわからないんだろう?」
「ええ、俺にはわかりません。とはいえ、わかったとしても赤子からまたやり直すのは避けたいところですね。もっと年を重ねたら……また違う感想を抱くかもしれませんが」
「……ふむ、それもそうか……む?」
俺の後ろからぎゅるぎゅるという音が聞こえてきた。
俺とバルダーの視線がその音の発生源へと向かい、音の発生源は顔を赤らめる。
「……そろそろ夕食に良い時間でしょうかね?」
「……そうだね、明日に備えて休んでくると良いよ」
「では、失礼いたします」
「うむ」
会議室を出た後は夕食を摂り、地下牢へ戻って寝る準備をして、ベッドに並んで寝転がった。
「そういえばアンナ、レイクって奴の情報をもう少し詳しく聞けるか? 顔の特徴とか、大体の年齢とか、体格とか」
「うーん、まず顔は髭が生え散らかしてて……その、レンズだったかしら? ダイヤモンドじゃないとは思うけど、それが目の前にくる細工を顔に着けてたわね」
「……多分、眼鏡の事かな。それで?」
「年齢はよくわからないわ。カケルっていうあの子よりは年上だったと思うけど、大人っぽい雰囲気じゃなかったわね」
「あー……それは聞いた俺が悪かった。老人と子供ぐらいはわかるにしても、そうじゃないなら見慣れてないとわかり難いよな」
「うん、それで、後は体格? 背はアニマちゃんと同じぐらいで、手も足も鍛えてる感じじゃない細さね」
「……うーん、やっぱり日本人かなぁ。まぁ、これだけ聞ければ見たらわかるかな」
「魔族の軍の中でも結構目立つ見た目だったから、すぐわかると思うわよ」
「そっか、ありがとう」
「どういたしまして」
忘れかけていた【演算】についての話をアンナにも教え、とりとめのない事を話しながら眠気が来たところで眠りに就いた。




