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仕様違いの魔法使い  作者: 赤上紫下
第 4 章

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02:細氷……ではなく

 俺達が屋上に向けて階段を上り始めると、俺達が居ない地下牢に用はないらしく、エドワルドと駆も階段を上ってくる。

 そのまま屋上に向かう途中でエドワルドとは別れ、途中ですれ違う兵士とは簡単な挨拶を交わす。

 そして屋上に出ると、聞いていた通り雨が降っていた。雨脚も風もあまり激しくはないようで、周囲の景色はそれなりに遠くまで見える。

 凸凹とした壁が邪魔だったので、ちょっとした足場と屋根を【固定】で作り、周囲の風景を見ていくことにした。


「しっかし、なんだな。自然ばっかだな」

「普通はそういうものじゃないんですか? ご主人様」

「……まぁ、そうか」

 自分で言っておいてなんだが、アニマの言う通りだった。

「自然以外に見えるものって、何よ?」

「人工物。地球だと、ってより俺の住んでた国だと人の手の入った地形は結構多かったからな。これだけ高い位置から街が見えない場所なんて……北海道ならあり得るか?」

「ホッカイドー?」

「流石にそんな事はないんじゃないですかね……? 僕もあんまり知りませんけど」

「む……」

「あ、はは、まぁ、そうかもな」

 付いてきていた駆とやや不満げなアンナの様子につい苦笑を漏らしてしまった。


 雨を除けるべく【固定】で作った屋根は逆向きの傘状にしてあり、景色を見ている間に雨水がそれなりに集まってきた。

 元は別の使い方をする予定だったが、丁度良いのでレンズの形に整えた【固定】製の透明な容器に注いでいく。

 光が通過できる速度も【固定】である程度操作は可能だが、屈折率だけを操作するのは難しい。透明度にも影響が出易いので、レンズを作るには水を使った方が手っ取り早いわけだ。

 レンズを二つ組み合わせて、とりあえず遠くの景色が見えるようにはできたので、まずはアンナに一本目を渡す。

「アンナ、これを持って細い方から覗いてみて」

『……なんていうか、相変わらずよね。なんでこんな細かいのをあっさり作れるのよ』

 渡した途端、アンナの口から【伝達】スキルを介さない文句が零れた。

 ……なんでと言われても頑張ったからとしか……いや、【演算】スキルなんてのもできていたか。そのうち教えよう。

「……白井さん? アンナさんは今なんて言ったんです?」

「なんでもないわよ。ありがと、ユーリ」

「どういたしまして」

 寸法は把握できたので、そのまま水が溜まるのを待ちながら全員分を作っていく。


 全員に行き渡った後は周囲を望遠鏡で見てみるが、魔族の国(ハインデック)の方角も人族の国(グリフォード)の方角も、ただ道があるだけだ。

 そして昨日サイクロプスが攻めてきた方角はというと──

「サイクロプスはこの砦まで、一直線に向かってきたのか」

「……そうですね。最初からこの砦を目標にしてるみたいです」

「言われてみれば確かにそうね。……どこから来たのかしら?」

 俺の言葉を聞いて、アニマとアンナの二人も俺と同じ方に望遠鏡を向けた。

「それはわからないが、見えないぐらい遠くからほぼ一直線に来てたって事は、何かの切っ掛けはあったと思うべきだよな?」

「うーん……あると思いますけど、私は思いつかないです」

「私もよ。貴方はどうなの? ユーリ」

「ふむ……単純に人が居て騒いでたから、とか?」

「どういう意味です? 白井さん」

 俺達の話に駆も加わってきた。

 三人とも理解が及んでいないようなので、もう少し詳しく説明してみることにする。

「人に対して悪意を持った精霊が肉体を得た存在を、魔物って呼ぶんだったよな? たしか」

「はい、そうです」

「で、この砦は占領されて奪い返してと色々な動きがあり、人も集まりつつあるわけだ。魔物が何らかの方法でそれを感知できたとしたら、そりゃあ寄ってきそうだよなって」

「まぁ、ありそうね……ユーリ? 貴方は、別の所でも戦ったって言ってなかったかしら?」

「あー……関所を補強した砦もどきだな。無事だと良いなぁ」

 アンナに言われて気付いたが、確かに今俺が言った通りの理由で狙われたのなら、向こうにも少なからず魔物が現れている可能性がある。



 微妙に暗い話になってしまったが、そのまましばらく雨の降る周囲を見て、やや日が傾いてきたあたりで砦に入った。

 地下に戻ったら、屋上でそれなりに確保しておいた雨水を大雑把にろ過し、沸騰する程度まで温度を上げてから夕食を摂る。

 夕食を終えたら、また地下へ戻って雨水だった物の処理を再開。一部は動力源として熱を集中させ、一部は飲食用に確保するなど用途に応じて手を加えていった。


「景色は微妙だったけど、雨が降って助かったな」

「ご主人様と会うまではたまにしか入れませんでしたけど、気持ち良いですよねー」

「そうだなー」

「……まぁ、そうね」

 水量の関係であまり深くは作れなかった湯船にしばらく浸かっていると、良い具合に力が抜けてきた。

「地下牢を部屋として確保できたのも良かったなー」

「そこそこ広くて、人目もないですからねー」

「当たり前よっ。もう」

 当然だが、湯船に浸かっているのは俺、アニマ、アンナの三人だけである。

 アンナからは微妙に睨まれている気もするが、文句を言う程でもないようだったので放置して寛ぐ。


 風呂を終えてからは、砦で何か騒ぎが起きている様子もなかったので、寝た。



 ………………



「えと、その……昨日はすみませんでした」

「……いいわよ。元は私が割り込んだようなものだし」

 三人で起きた後は、アニマとアンナがそんな会話を交わしていた。

 二人とも顔が赤くなっていたりはするが──まぁ、なんだ。ひとまずは良い感じに収まってくれたようだ。うむ。

「「……」」

 二人から微妙に()ねたような視線を感じるが、必要経費だと思っておく。

「さあ、ほら、そろそろ良い時間だし着替えて朝御飯を食べに行こうか」

「……はい」

「……はぁ……そうね。そうしましょ」

 ぼやく二人と一緒に、平服に着替え始めた。



 砦の食堂で出た今日の朝食は、いつもと同じ保存性の高い食材に少々手を加えた程度のもの。強いて特徴を挙げるなら、付近で狩ったと思われる肉が入っているぐらい。

 それでも空腹が調味料になって多少美味くは感じられるが、少し物足りない。

「ところで、食べ終えたら今日は何をしようかねぇ……?」

「うーん……何かを作る、とか? そういうのは好きだったでしょ? ユーリ」

「好きではあるけど、素材がな。ああいや、近くの木でも使って試してみたいものはあったか」

「木というと……何かを彫ったりするんですか?」

「うん? それもいいかもな」

「つまり、元の予定は別の事なんですね。うーん……?」

「アニマもアンナも多分わからないよ。地球の化学の知識があればわかりそうだけど、まだ教えてないところだからね」

「むー……? 勿体ぶらずに教えてくれても良いんじゃないの?」

「残念ながら、作れると断言できる程じゃないから内緒。作れたら良い物だから、まぁ、楽しみにしておいて」

「はいっ」

「仕方ないわね」

 予定も決まったので、朝食に伸ばす手をやや早めた。



 まず下準備として、サイクロプスが先日現れた辺りで適当な倒木を見繕い、切り出して、皮を剥がして地下牢まで運び込んだ。

 多少の熱は使う予定だが、換気口から下水へ向かう気流の流れはあるので、二酸化炭素関係の問題は恐らく大丈夫である。

「いつも通りで悪いけど、今日もまたお願いね」

「はいっ、頑張りますっ!」

「その、私は何をすればいいのかしら?」

「んー……すぐ頼む事はないな。アニマが疲れてきたら交代してもらう感じかな?」

「……それだけ?」

「それだけ。あ、仕上げはちょっと頼むかも」

「そう。なら、それでいいわ」

 ハムスターが走る車輪のような設備の中でアニマが歩いて動力を生み出し、その動力が断熱過程を応用した熱交換装置を作動させる。

 一定範囲に閉じ込めた地下室内の空気を冷やして、最初に水分を奪い取り、二酸化炭素も選り分けていく。液体空気までは作らないで、液体の二酸化炭素をある程度集めたらこの作業は終了だ。


 ある程度二酸化炭素を集められたら、次は木材を一〇〇度ぐらいまで加熱しながら乾燥させた。

 それなりに乾いたところで、木材のうち半分ほどを彫り物用として切り分ける。残りの木材は細かくして、今度は赤熱まではしない程度に加熱していく。

 多少の燃焼は起こったが、加熱している範囲は密閉空間であるため酸素はすぐに失われ、後は炭化しながら様々な不純物が排出されていき、木炭になった。

 不純物は臭そうなので隔離。この不純物は後で、適当なところで破棄するつもりである。

「手順が多いわねぇ……」

「そりゃぁ、色々やってるからなぁ」

 暇そうなアンナの声に応えながら、木炭の周囲を高濃度の二酸化炭素で埋め尽くして圧縮する。

 そうする事で二酸化炭素は『超臨界流体』という、液体と気体の中間のような状態になり、様々な物質を溶かせる媒体として利用できる。

 超臨界流体の二酸化炭素で木炭を洗浄し、まとめて常圧の空間に移動させれば、二酸化炭素は気化して溶けていた物質が排出される。気化した二酸化炭素は回収・圧縮して再利用だ。


 こんな作業でどれだけ炭と灰を分離できるかはわからなかったが、色々やってみたところ炭素の純度は上手く高められたので、次の手順へ。

 炭素側の温度を高めていき、赤熱し始めたあたりで熱伝導と光の通過を遮断して、あとは単純に加熱していく。

「見えなくしちゃうの?」

「このままやると相当強く光るから、目に悪いんだ」

「そう、なの?」

「そうなの。だから干渉しちゃだめだよ? 本当に危ないから」

「わ、わかったわ」

 便利な事に、【固定】で固めた空気は熱や光の移動を制限できる。この性質を利用して、放射熱を抑え込んで安全に作業するわけだ。

 極々緩く【固定】で固めておけば、融けたかどうかを形状で把握できるセンサー代わりにも使えるので、中が見えないままのそれに熱を加えていく。

「温度がもっと手っ取り早くわかればなぁ……」

「ハッ、ハッ、どうか、したんで、すか? ご主人様」

「いや、何でもないよ、っと変化してきたか。もう少しやったら繋ぎなおすよ」

「ハッ、はいっ」

 温度を維持できる環境はあるので、固体から変化した後は圧縮していくだけである。

 融ける前に固体から気体に昇華したのには驚いたが、やる事は変わらない。


 しばらく加熱を続けた後は、その温度を維持させたまま、今度は徐々に圧力を増していく。

 何度かアニマが歩く動力部と圧力を掛ける部分とのギア比を調節しているのだが──十万分の一を下回る回転量の箇所から動力を伝えても、【固定】製の装置は歪む気配がなかった、という事実には自分でもドン引きした。

 ドン引きはしたが作業を止めるとアニマに申し訳ないので、今はこのまま圧縮できるだけ圧縮してもらう。


 加圧によって液体から固体に変化した事を確認したら、加圧している装置に今度は水を注ぐ。

 対象物のすぐ上には対象物と同程度の体積の水を注ぎ、圧力を加えている蓋と装置を分離。ただし、圧力が緩まないように蓋は上から抑え続ける。

 更に上には冷却用の水が通れる道を用意して、水漏れがない事を確認したら、最後の工程の準備は完了だ。

 対象物を抑える蓋の熱伝導だけが行われるようにして、蒸発した水ごと抑え込む。

 その蒸発した水から更に上の水までの熱伝導も、こちらは少しずつ行われるようにして間接的に冷やしていく。


 上の層の水が沸騰しないところまで冷却を行ったので、これで完成、だと思う。

 対象物付近だけ【固定】の制御を行って取り出し、常温の水に放り込んでから息を吐いた。

「ようやくできたのね?」

「多分ね。気にはなるけど一応じっくり冷やしたいから、もう少し待っててもらえるかな?」

「それは構わないけど……木の板、なのよね?」

「いや、もう違う物になってるはずだよ。いい時間だし、夕食を終えてから続きをしようか。アニマは汗かいちゃってるし、お風呂からかな」

「はいっ」

「……? まぁ、そうね」


 風呂と夕食を済ませて地下牢に戻ってきた。

 しっかり冷めていることを確認して、それを包んでいた空気を元に戻していく。

「これは……透明な、板、ですか?」

「無事に作れてて安心したよ。このままだとちょっと割れ易いはずだから、アンナ、これ固めてくれるか?」

「え? ええ、その位なら構わないわよ。……冷たっ?」

「ああ、そんな性質もあったっけ。まずはいいからやっちゃって」

 ……こんな塊に触った事はないが、熱伝導率は高いんだよなぁ、これ。

「う、うん……何これ、力が随分通りにくいわね? ……むむむ……」

「終わったら教えるよ。通せないって事はないだろ?」

「まぁ、ね……っ……」

 状態を見る為に軽く力を通すだけなら大して疲れもしないが、固体に【固定】の力を掛けてしっかり固めるのは中々に疲れる作業なので、ありがたい。


「はー……できた」

 アンナが【固定】の力を掛け始めてから一分ほど、ようやく板全体に力が掛かりきったようだ。

「ありがとう。じゃあ二人にも教え……あ、一応防音しとくか」

「?」

 俺達三人が寝ている部屋と外との間の空気を固め、音が漏れ難いようにした。

「それで、これは何なの?」

「これは、ダイヤモンドだよ」

「「……?」」

「……あれ、伝わらないか?」

 もう少し驚くと思ったのだが、二人は首を傾げている。この反応の乏しさは予想外だ。

「今、何て言ったの?」

「ダイヤモンド。多分この世界でも、アンナが居た世界でも存在してたと思うけど……」

「えと、ちょっと待って? 宝石を指してる言葉に聞こえるんだけど、ユーリの元居た世界だと違う物を指してるのよね? アニマちゃんはどう?」

「わ、私も宝石の名前でしか知りませんよ?」

「ん、宝石のダイヤモンドで合ってるよ?」

「……はっ!? こ、これがっ!?」

「ええええっっ!?」

 驚く二人の視線の先にあるのは、A4のコピー用紙より少し小さなサイズで、厚みのある透明な板。

 ……宝石というには大きすぎて、というか形が普通すぎて? あまり貴重そうな雰囲気ではないか。


「色がどうなるか不安だったけど、透明度はしっかりしてて安心したよ。それでもちょっとはムラがあるけどね」

「え、ええっとその、えぇぇええっ!?」

「冗談じゃない、のよね? うん、その、エルが、っとと、ユーリがそういう冗談をしつこく言わないのは知ってるけど」

「本当だよ。人工ダイヤモンドって言って、かなり広い分野で使われてるんだよ? 実際に採用されてる作り方は知らないし、多分完成品の大きさも違うけど」

「へ、へぇぇぇ……」

「不純物も結構混じってると思うし、硬さも現状だと正直そこまで有用じゃないから……見た目だけだねぇ、これの価値は」

「うぅ……何だか価値観がまたおかしな事になりそうです……」

「余計な問題が起こりそうだからこの事は内緒だよ。いいね?」

「は、はいっ」

「わ、わかったわ」

「よろしい」


 実際、【固定】で固めた空気の方が硬度ですら勝っていたという頭の痛い現実があったりして、今も普通にダイヤモンドを削れている。

 逆に【固定】の刃の方は歪みも曲がりもしないため、加工の難度がさほど高くないという事実に驚いた。

 この板自体に【固定】が掛かっているため加工部分の【固定】だけ上手く解除するという手間はあるが、解除する方は楽なので問題はない。

「わ、わわ、そんな……」

「ちょっ、そんな無造作に刃を入れちゃうの……!?」

 アニマとアンナが大げさな反応を見せるせいで難度はある意味高かったが、それは置いておく。


 加工する途中で切削屑、のこぎり状の加工具で斬り分けているので鋸屑(のこくず)か? とにかくそういう破片がよく出てきた。

 その破片を見て『これが本当のダイヤモンドダストだ』なんて言葉が頭を(よぎ)りはしたものの、アニマにもアンナにも伝わらなさそうなのが悲しいところだ。一応研磨剤として再利用はできなくもなさそうなので、確保しておく。

 切り出した分はアンナが固めたお陰で割れ易いという問題も解決できたので、屈折具合を確かめながら望遠鏡のレンズとしての加工も済ませる。

 加工を終えると中々良い時間になっていたので、今日はもう寝てしまう事にした。

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