16:幼馴染とのこれから
目が覚めるといつも通り、アニマの頭が目に映る。少し首を引いてみると、目を閉じたまま静かに息をしている。
ふと昨日の事を思い出し、思い切り可愛がろうとも思ったが、アニマとは別の寝息が聞こえてきたのでそれは我慢する。
……やるなら、寝てる間だけひっそりと、かな?
数日ぶりにしっかりと柔らかい感触を堪能していると、アニマの息が荒くなって体温や心拍数も上がってきたが、アニマの目は閉じたままだ。
……アニマの目が開いたら終わりにするかな。
「!? ぅぅ……」
アニマの目に若干力が籠った気はするが、開く様子はない。
……ああ、可愛いなぁ。
「っ! ……っ」
俺が頭の中で特に意識して考えたことは、声に出さなくても【伝達】経由でしっかり通じるらしい。
そのまま静かにアニマを可愛がる事にした。
「……ふあぁぁ……」
アニマが目を開けないまましばらく経った頃、ふとそんな小さな声が耳に入った。アニマもそれに気付いたらしく、体を硬直させている。
後ろを振り返ってみると、若干顔の赤いアンナと俺の視線が交差した。
「……おはよう」
「お、おはよう、エル」
「お、おはようございます、ご主人様、アンナさん」
「う、うん、アニマちゃんもおはよう」
時計を見ると、朝食の時間も近い。
「顔洗ってから、御飯食べに行こうか」
「そうね、そうしましょう。うん」
「はい……」
どことなく居心地の悪い朝食を終えた後、地下牢に戻って持ち込んでいたアイスクリームに凍らせた果実を乗せて振舞った。
「美味しい……これはどうしたの?」
「俺が【固定】の力を応用して作ったんだよ。ミルクに少し蜂蜜を溶かして、かき混ぜながら凍らせていっただけだけどね」
「へぇぇ……あっちの世界では作れるのかしら?」
「邪魔が多いからなぁ、こんなのを保存する気にもならないし」
「何それ?」
「液体空気」
「……良くわからないけど、危ない物?」
「掛かってる【固定】を解除したら爆発しかねないぐらいには危険だね。爆発しなくても触れたら結構深刻な怪我をするよ」
「なんでそんな物を持ち歩いてるのよ……」
「使い方によっては便利だし、俺以外に【固定】を使える奴は居なかったからな……あ、そうそう、俺の持ってる荷物ってこういう危ないのも結構あるから勝手に触っちゃだめだよ?」
「わかった、気を付けるわ」
「そうして」
「それで、どうしようかね? これから」
「うーん……エル達って、魔王様を倒すために来たんだっけ?」
「そうだな。って顔見知り?」
「私が召喚された時に居たからね。何度か顔も合わせたわよ?」
「なるほど。それで、ヴォールトって名前だっけ。どんな人?」
「えっと、なんだか偉そうな態度だったってぐらいで、それ以上はよく知らないの」
「……そんなもんかぁ。まぁ、俺もこっちの国王陛下についてはよくわからないしな」
「その、魔王を倒した後はどうなさるんですか?」
「あんまり考えてないんだよなぁ。地球に帰っても半年ぐらいは経ってるし、アンナが居た世界は今すぐ行っても五、六年ぐらい経ってそうだし……そもそも俺は体が違う」
この世界で暮らすのが一番楽そうなのが悩ましいところだ。
「どういうこと?」
「私もちょっとよくわからないです」
「あー……内密に頼むな」
「う、うん」
「はい」
コホンと咳払いをして、俺の今までの経緯を話していくことにした。
駆と同じ世界に生まれ、そこで一度目の人生を普通に過ごしてきた事。
科学的な事は中々上手く説明できなかったが、かなり発達した文明だった事はわかってくれた。
「で、山から下りて帰ろうとしたんだけど、そこで意識が途切れたんだよな。その後は気付いたら母さんの腹の中に居た……って、そこは話したか」
「あ、はい、それから一八年エルヴァンって名前の身体で生きてたんですよね?」
「そこなんだけどな、地球とこの世界の一日は大体同じぐらいの時間なんだ。アンナが居た世界も一日の時間は同じぐらいだったよな?」
「ええ、そうよ?」
「ただ、俺のこの身体がこの世界に召喚された時は、エルヴァンとして一八年生きたにも関わらず、季節一つ分ぐらいしか経ってなかったんだよ」
「……? え、ちょっと待って、どういうこと?」
信じがたい話だとは思うが、少なくとも俺の主観では事実である。
「地球かこの世界で一日を過ごすと、アンナの居た世界では一〇〇日ぐらいの時間が経つってことだな。俺がこの身体に戻されてからそろそろ三〇日ってぐらいなんだが、アンナは俺が戻された後にあっちの世界で一年は過ごしてたんだよな?」
「う、うん、私が召喚されてから二〇日は経ってるから、えっと……確かにそのぐらいね……」
「アンナの妹か娘かって聞いたのもその関係だよ。もうあの世界では子供もできてるのかなぁ、なんて思ってたのに当時とあまり変わらないアンナが居たから驚いたんだ」
「う……そうなると、あっちの世界のエルは……」
「まぁ、子供が生まれててもおかしくない頃だろうね」
「そっかぁ……まぁ、エルが居るだけマシなのかしらね」
「俺が関わらないまま、あの世界の知り合いが年老いていくだけだと思ってなかったから、アンナには悪いけど、この世界で会えて嬉しかったよ」
「あはは……私も、エルが変わっちゃったあっちの世界より、あっちの世界で一緒に居たエルと会えて嬉しいわ。姿は違うけどね」
「そっか、ありがとう」
「こちらこそ、よ」
ちょっとしんみりした空気にはなったが、アンナも俺がエルの中身だったことを認めてくれていたようだ。
「ところで……エルがその体に戻った理由ってなんなの? 召喚魔法の効果?」
「それはな、あー……」
「えと、ご主人様が召喚された時は、えっと、死んだ状態だったんでしたっけ?」
「……うん」
言い辛い話なんだよな、これ。
「? ……エルのその体が死んでた? じゃあ、生き返らせた……蘇生? そうだ、最近聞いた……【蘇生魔法】!?」
「……そういう事」
「え、じゃあ、あっちの世界のエルが変わった原因はあのカケル君ってこと!?」
「それもまぁ、そうだな。いやな? 俺の死体を見て助けようとしたのは善意なんだよ? 一応」
「それは……でも、エルが一八年生きる間に、その身体は死んだまま季節一つ分は経ってたのよね? 【蘇生魔法】ってそんなに凄いの?」
「召喚された時の俺の死体は綺麗だったらしいよ。理由はよくわからないけど」
空間魔法への理解が不足しているので確証は持てないが、時間が流れない空間に引っかかっていて、地球から駆が召喚される時に何かの流れができて俺の死体が巻き込まれてきた、というところだと思う。
「それで蘇生したらエルの意識が体に戻って、同じ世界に私が召喚されてって……どんな確率よ、本当に……」
「いや、全くだよね。……そういえば、アンナがこの世界に召喚された理由だけど、もしかしたら俺の意識が戻る時に通り道か何かができたのかもな。それで召喚魔法の対象になり易かったとか」
「うっ」
「……アンナ?」
「な、何かしらっ?」
なんだろう、この妙な反応。
俺の視線を受けたアンナは気まずそうに視線を逸らしている。
「……」
「……ち、違うのよ? ほら、エルの住んでた家って、一人暮らしには良いけど、家族で暮らすにはちょっと狭いでしょ?」
「何が違うのか知らないが……まぁ、あんまり広くはなかったな。うん」
「それに、エルに何か良くない事が起こった家だからって、エルとイーデは別の家に引っ越したのよ」
「うん、納得できる流れだな。それで?」
「……ほら、その、私もそろそろ家を出て一人暮らしをしてみるのもいいかなーって思う歳だったし、その、ね?」
「アンナが入居したわけか。家具を買い揃えるのは大変じゃなかったか?」
「いいえ。あっちの世界のエル達は家具を残して移ったから、私はほとんどそのまま移れたのよ」
「なるほど。布団と枕と着替えぐらいなら運ぶのもすぐだしな」
「えっ? そそ、そうね」
同じ家、同じベッドで寝ていたのなら対象にもなり易いだろうと納得しかけたが、アンナから微妙に嘘をついているような気配が漂ってきた。
「……アンナ? 本当の事を言ってみな?」
「うっ……その……着替えは持ち込んだわ。うん」
……さっき俺が並べた中で着替えしか肯定できない……?
「寝具は俺が使ってた奴をそのまま使ったのかぁ。いや、洗うぐらいはしたんだろうけど」
「……」
また視線を逸らすアンナ。え、本当に洗いもせずそのまま使ってたのか?
「……まぁ、戻りようもない世界の話だし、今更言っても仕方ないか」
「そうそう、大事なのはこれからよ、これから。これから……? ううぅ……」
アンナの視線が俺とアニマの間を行き来して──若干涙目になってきた。
俺としても気まずいところなのだが、フォローしようにも言葉が思い浮かばない。
アニマは少し申し訳なさそうな感じだ。まぁ、俺の横からは動かないのだが。
「その……その子ってエルにとって、なんなの?」
「……ええと、大事なもの? 一生手放す気はないし、いつまでも一緒に居たいとは思ってるけど」
「うっ……そうよね、昨日聞いたばかりだったわ……」
「えと、その、どうしましょう、ご主人様?」
「アンナのことはアンナが決めるしかないと思うし、今すぐ決めなきゃいけないことでもないから良いんだけど……どうしようね?」
アニマと視線を交わして首を捻っていると、アンナが顔を上げた。何か決意を固めたような表情だ。
「決めたっ、私もエルの奴隷になるっ」
「……はっ!? いや、ちょ、どういうことだっ!?」
「そそ、そうですよっ、半端な覚悟で言ってたらご主人様を悲しませちゃいますよっ」
「いやアニマもちょっとズレてるからな!」
「身も心も全部捧げるぐらいの覚悟はあるわよ! ほら、魔法……【固定】だっけ? 掛けてみなさいっ」
「なんでそこまで急に」
「エルと友達のままで居るなんて嫌っ……! エルからアニマちゃんを取り上げるような事はできないし、もっと深く繋がろうとしたらこの位しかないじゃないの。それとも、私は欲しくもなんともない?」
「あー……いや、要らないなんてことはないんだが……ええと、アニマ?」
「は、はい、なんですかご主人様?」
「俺が奴隷を増やすことについては、どう思う? 正直にな」
「えっと、ご主人様の奴隷が私だけじゃなくなるのは寂しいですけど……私も可愛がってもらえますよね?」
「それは勿論だ」
「それなら、良いです。欲を言えば、もっと遠慮なくぶつけてくれると嬉しいです」
「あー……あはは、ありがとう」
アニマとそんな話をしている間に、アンナが泣いていた。
「うう……」
「アンナ、君は君で、これから先に俺以外の良い相手が見つかる可能性もあるんだが、本当に俺でいいのかな? 俺はアニマを手放す気もないんだけど……」
「……うん」
「……奴隷になったら後戻りはできないというか、させないよ? 本当にいいのか?」
「いい……わよっ、わだ……私の覚悟、見せたげるわよ、やんなさいっ」
「……わかった」
ベッドに座るアンナの体に触れて、あの世界の魔法である【固定】をアンナに掛けていく。
あの世界において生物は殆ど無意識に防衛を行っている。
どこにどう干渉しているかがわかるし、心臓や脳などの臓器に干渉されれば死ぬこともある。よって、体内に干渉しようとすれば、大抵は激しい抵抗がある。
軽い干渉であれば無意識に弾いてしまうので、意識的に受け入れる必要もある。
ついでに、掌握してしまえば体内の構造まで全て認識できてしまうので、精神的な抵抗も大きい。
例えるなら、CT検査かMRI検査がかなり特殊になったようなものだ。
どう特殊かといえば、ちょっと力を込めればその部分が映らなくなるのに、全身が綺麗に映らなければ不合格という中々に理不尽な難度である。検査する者に悪意があれば傷つけられるあたりもまた特殊である。
とにかく、アンナのように【固定】を使える人間であれば、弱い力で致命的な部分を含めて干渉していけばどの程度の覚悟かはわかるわけだ。
結果、全身を綺麗に掌握できた。相当な覚悟があるのは間違いない。
これでも十分といえば十分なのだが、次は少し強めに【固定】を掛ける。
ゆっくり干渉するだけの場合よりも反射的に抵抗してしまい易いので、これもまた受け入れるのが難しいものである。とりあえず、これにも抵抗はなかった。
少々予定外だが、アンナの上着をめくってから声を掛ける。
「すまん、ちょっと切るぞ。抵抗はするなよ?」
「へっ? う、うん」
血管から出血しないように【固定】で保護しつつ、同じく【固定】の薄い刃を通す。
「引き抜くぞ」
「え、ええっ!? わわ、わかったけど」
ずるずると引きずり出した物を【固定】で作った瓶状の容器に放り込む。
「ご主人様、な、なんなんですかこれ?」
「多分この世界の寄生虫だな。想定外だよ全く。他にも居るから取り出すぞ」
「え、ええ。なんだか思ってたのと全然違う流れなんだけど……!?」
「寄生虫を飼ってるアンナが悪い」
「ご、ごめんなさい」
「何処でこんなのを仕入れたんだか」
愚痴りながらずるずる、ずるずると寄生虫を引き抜いていく。
全身を診たところ、腹部付近にしか存在していなかった。卵のような異物は特に見当たらなかったので、おそらくはこれで問題ないと思われる。
回復魔法を掛け、終わったことをアンナに伝えると、膝を抱えて落ち込み始めた。
「う、ううぅぅ……」
「まぁ、なんだ。覚悟は十分わかったし、あのまま放っといたらどうなったかもわからないしな」
「それはそうなんだけど……」
「アンナ」
「何よぅ……」
「これから、よろしくな?」
「う、うんっ」
「そういえば、アンナがこの世界で探してたものってなんだったんだ?」
「エルが昔みたいに戻れるもの……なんてのを探してたのよ。まさか本人がエルから出てるとは思わなかったけど」
「……お、おう」




