13:地下牢と仮眠室で
「牢に向かっている? 解放するつもりかっ!」
「扉を封じて閉じ込めてしまえば」
「だめだ! 奴は魔法の腕も相当だ、とにかく気絶させて拘束するか殺してしまわなければ、グッ」
何やらごちゃごちゃとうるさい魔族をなぎ倒して地下牢に入り、入口を一旦【固定】で封じてから中を順に見ていく。
この地下牢には換気口もあるので空気はさほど篭っていないし、魔道具の照明もあるので暗くもない。
「しかし空の牢ばっかだなっと、ここか? ッ!」
「ご主人様?」
「随分騒がしいけどまた手を加えろって話? 押し込めておいて聞くわけないでしょって……あら?」
「…………」
牢の中で鎖につながれていた相手には見覚えがあった。
「動物みたいな耳がある子を背負ってるけど……貴方は角が無いのね? 背は高い……」
「……あれ?」
茶色の髪と褐色肌。眼の虹彩も薄茶色で、緩く波打つ肩にかかる程度の髪。見た目の年齢も含め、ここまでは記憶にあるアンナの姿と大体同じ。
記憶にある姿と違う点としては、かなり背が低い気がする。……妹か娘ってところか?
鎖に繋がれている姿も記憶にはないが、それは当然というものだ。
「? 何よ、何か言いたい事でもあるの?」
「ええと……」
「あれ、貴方のその鎧? ……!」
牢に近付くと【固定】での接触があった。魔族の鎧を強化していたのはこの子で間違いないらしい。
「一応、確認したい。魔族の鎧を固めてたのは君かな?」
「え? ええ、そうだけど……その魔法を使えるって事は私の居た世界から来たの?」
ふむ、【伝達】による翻訳からして、俺が【固定】と呼んでいるあの世界の魔法をこの子も『魔法』と認識していたか。
とりあえず、会話を続けよう。
「ある意味では、そうだな。で、俺は人族の方に所属してる」
「そう……私をどうするの?」
「あー……牢に入れられてるって事は、君は魔族と敵対してるんだよな?」
「あいつら、私が必死に協力してたってのに急に裏切り者だなんだって言い出して押し込まれたのよ。今更手伝うのは癪ね」
「なんで協力してたんだ?」
「私の探してるものが人族の国にあるらしくて、そんなに信じてはなかったんだけど、協力すれば見つけてくれるっていうから……」
「ふうん?」
……この子が探しているものってのは、なんだろう?
「それで、貴方は人族の国に居るのよね?」
「ああ、こっちの世界にはこの魔法を使える人は居ないみたいだからね。裏切り者がどうのって言われた原因は、俺が人族の側に付いて暴れたからだと思うよ」
「……この魔法を使えるのは私以外だと貴方だけって事?」
「俺の知る限りではそうだよ。君が武具を固めただけで、人族の国の上層部は大慌てだったからね」
「……悪い事をしたわね」
「駆り出された俺が暴れた結果として君が捕まってるんだし、お相子かな」
ひと段落ついたところで、気になっていたことを聞いてみる。
「……ところで、君」
「何?」
「君の家族、お母さんかお姉ちゃんの名前が、アンナだったりしないか?」
「! 貴方、何か知ってるの? いえ、偶然だと思うけど、姓の方は?」
「あ、その様子だと知り合いかな? 今はどうか知らないけど、俺が知ってる名前はアンナ・ビニットだね。エクソルさんとデナさんの娘で、見た目は君と殆ど変わらな──」
「お父さんとお母さんの名前も知ってるの!?」
随分驚いた様子で立ち上がったが、やはり記憶にあるアンナの姿よりは小さい。アニマより少し高い程度だ。
「あれ? 妹さん?」
「違うわよ、私がアンナ。それで……」
「縮んだ?」
「縮むわけないでしょ!」
「いや、背はこの位なかったっけ?」
「私の背は昔からこのぐらいよ!」
あれ? たしか背は俺の方が少し高い程度だったはずで、ここまで見下ろすような身長差はなかったはずだ。
「……あ、そうか、エルヴァンの背はこの身体より低いのか」
「エルの事も知ってるの!? いえ、私の事をエルから聞いたって事……?」
「ん、まぁ、そんなところだね。じゃあ本当にアンナなんだ」
「いきなり馴れ馴れしい呼び方ね……。まあ今はいいわ、あの、エルの事で」
「ご主人様、上の騒々しさが変わりました」
「ん?」
アニマが声を掛けてきたので地上を意識してみると、戦闘音のようなものが聞こえてくる。
「ああ、もうエドワルドさん達が来たのか。アンナ、俺と来るか?」
「え、ええ。私が知りたい事は貴方が知ってそうだし、調子が良い事を言ってるのはわかってるけど……付いていかせて」
「じゃあ牢は開けるから、内側から固めてる魔法を退けてくれ」
「……うん」
素直に牢を内側から固めていた【固定】を解除してくれたので、鉄格子を聖属性の魔法で切り取ってこじ開けた。
「うわ……何その力?」
「この世界の魔法で、【聖魔法】って奴。金属を切る時には便利だね。怪我をしてるようなら治す魔法も使えるよ?」
「怪我は特にないわ。それで、私達の世界の魔法も切れるの?」
「いや、普通に弾かれるから身を守るにはあの世界の魔法があればいい。俺はちょっと戦わなきゃいけないけど、アンナは自分の身を守っててくれ」
「え? え、ええ」
アンナを繋いでいた鎖付きの枷も同様に聖属性の魔法で切り、牢の入り口を封じていた【固定】を解除して地上へ戻った。
「で、出てきやがった!」
「糞! って、あいつを連れてやがる……!?」
「やはり通じていたか!」
「時系列的には逆なんだけどなぁ……ま、アンナを牢に閉じ込めてた連中だ。ここからは遠慮なくぶちのめす!」
橋の近くで戦った時と同様に、【固定】の掛かった鎧からは力を奪いつつ斬り捨てていった。
しばらく戦闘を続けたところで魔族が逃げ出し、エドワルド達と合流できた。
「ふう……砦も無事取り戻せたな」
「あ、すみません、兵器を無力化できてませんでした……」
「いや、ユーリが砦を随分と混乱させてくれてたお陰で殆ど使われなかったからな。例の武具もあったから、死者もなく防ぎきれた」
「それなら、良かったです」
「それで、後ろの嬢ちゃんは……捕虜か?」
「そんなもんです。ちょっと落ち着いた所で話したいんで、一部屋借りていいですか?」
「あ、あぁ、仮眠室が丁度いいか、場所はあっちの階段から二階に上がってすぐだ」
「ありがとうございます」
「……じゃ、改めて。あぁ、名乗りもしてなかったが、俺は白井悠理という。いや、悠理・白井と言った方が良いか。姓が白井だ」
「わかった、ユーリね。私と同じ魔法を一人前以上に使えるのはさっきの戦いでわかったけど、貴方は何処で学んだの?」
「うーん……何処から説明するかで凄く悩むんだけど、学んだのは同じ所だよ」
「同じところって……ユーリ? 私は貴方の姿を見た事は無かったと思うけど?」
「それがまた、なんとも説明し辛いんだよなぁ……」
話してるうちにアンナ本人だという実感を得られてきたのは良い。
ただ、目の前の男は貴女の幼馴染でした、なんてどう説明すればいいのやら。
「えっと、私の名前や家族構成は知ってたみたいだけど、他に知ってる事は?」
「この世界とは違って虫や小動物まで魔法を使える事……は広すぎるか。アンナの家族と、エルヴァンの家族と、マルの……じゃなくてええと、マルプルの家族の……アルセイン家だっけ? そこの父親のダッドソンさんが門番をやってたとか」
「ほ、本当に知ってるみたいね。なんで貴方の名前を聞いた事が無いのかしら……偽名を使ってたとか?」
「あー、うん、それがね? ええと……」
「何よ、歯切れが悪いわね……?」
「いや、こう言い難い事なんだけど。もういいや。俺、エルヴァンだったんだよ」
「……貴方が、エル? どういう事?」
……そりゃ、あれだけじゃわからないよな。うん。何から説明しよう?
「転生って言ってわかるか?」
「ええっと……ごめんなさい」
「ん、まぁ、なんだ。ある日、気が付いたら自分が赤ん坊の体になってて、母さんの腹の中に居たんだよ。で、生まれてエルヴァンって名前を付けられて……」
「?」
「そのままエルヴァンとして一八年生きたわけだ」
「……は?」
「いや、言葉通りだよ。母さんの腹の中に居た頃から一八歳になるまで、エルヴァンとして、エルヴァンの体を動かし続けてたのが俺だって事」
「……はあっ!?」
随分驚かれているが、仕方ないか。俺が夢を見ていただけという可能性もまだ残ってなくはないのだが。
どう説明しようか考えていると、アンナの腰に目が行った。
「アンナが今その腰に差してるのは、エルヴァンがアンナの一五歳の誕生日にあげた短剣だろう?」
「え、うん、これは確かにエルにその時にもらった物だけど……」
「だよな。ところで、俺の悠理って名前はこう書くんだ」
「確かにそう読めるけど、それが何? ……!」
部屋にあった筆記具で字を書くと、アンナも記憶にあったらしく短剣を抜いた。
軽く反った包丁のような短剣であり、平たい部分には名前が彫ってある。……やはりあれは俺の夢ではなく、現実であったらしい。
俺が紙に書いた『悠理』の字と、短剣に彫られていた『悠理』という日本語の文字の間でアンナの視線が何度も往復する。どちらも漢字だが、【基本スキル】の【伝達】のお陰でアンナはそれを読めている。
短剣を抜いた事でアニマが少し警戒していたが、こちらはどうにか落ち着かせた。
「……え、え、ホントに? ホントに貴方がエルなの?」
「俺の名前と同じ文字がそこに彫られていて、彫られた文字は最初からその形だっただろう? 証拠として、不足か?」
「じゃあ、えと、なんでそんな姿でここにエルが居るの?」
「戻されたんだよ。こっちの身体に。一八歳の春ごろの、ちょっと遠出して獲物を狩ってきた次の日だな。皆と騒いだ後で寝て、起きたらこの身体に戻ってたんだ」
「あの日に、戻された?」
「そう、だからあれからあっちで何があったかは何も知らないんだ。できれば何があったかを聞かせてほしいところなんだけど」
「あの日は……あの日……? あの日までのエルとあの日からのエルは、別人……?」
「アンナ?」
「……ごめんなさい。少し、考えさせて」
「まぁ、急な話だったしな。っとそうだ、アニマ、アンナ。さっきここでした話は他言無用で頼む」
「はい!」
「ええ……」
「ねえ、エル……じゃなくて、今はユーリかしら?」
しばらく、沈黙が流れた後で、アンナがそう切り出した。
「そうだな、そっちで頼むよ。で、なんだ? アンナ」
「ううん、喋り方は似てるのに聞き慣れない声ってのも変な感じね。それで、その子はなんなの?」
「あー……保護してる女の子で、アニマって名前を付けた。エルヴァンだった頃の話はまだしてなかったんだよなぁ」
「それで、不安になって抱き着いてるの?」
「そんなとこだと思う。まぁ、悪い子じゃないんだよ?」
「だからってそんな子を戦場に連れてくるのはどうなのよ……」
「あれ、知らないか? こんな可愛い姿でも筋力は相当あるんだぞ? 目も耳も鼻もいいから周囲の状況はよくわかるしな」
「へぇ……獣人族だっけ? その首輪は、種族的な装飾品だったりするの?」
「奴隷である事を示すための物だから、獣人族の普通だなんて思ってると怒られるぞ?」
「う、わかった、それは気を付けるわ。でも、所有物って……」
「色々あったんだよ。詳しく話すと長くなるから、もう少し落ち着いてからにしたいね」
「で、戦力にはなるの? そのアニマちゃん」
「さっき言ったように感覚は鋭いから獲物を見つけるのと警戒は得意だよ。アンナの居た世界の魔法、俺は【固定】って呼んでるけど、これをアニマは使えないから戦力としてはちょっと物足りないけどね」
「【固定】、ね。まぁ、どっちも魔法だと手間だし、それでいいわ。その、【固定】で鎧を作っておいたらそれなりに戦えるの?」
「それなりかな。【固定】を使える奴が全然いないから……例えば、あっちの世界の熊あたりが一匹こっちの世界に現れたら、街の一個ぐらいは簡単に亡ぶぞ」
「そんなに酷いの……? ああいえ、酷いんでしょうね」
「酷いのはむしろあの世界の魔法の方だがな。ちょっと固めた武具を用意するだけで一気に魔族が侵攻できたのも、そこらの話が関係してる」
「……良くわからないわ」
「まぁ、あっちじゃあ戦争なんてなかったしな」
互いに認識してからは、アンナと少しずつ情報のすり合わせを進めていった。
ちなみに、熊とは言ったが熊に似た何かである。当然のように【固定】を使えるので、大砲を直撃させても恐らくは死なないし、この世界の魔法は弾けると思われる。
もし【固定】を使えない人間が撃退しようとするなら、金属の檻に閉じ込めるなりして毒ガスか火で攻めればどうにかといったところだ。
「白井さん? この部屋に居るって聞いたんですけど」
アンナと喋っている途中で、駆が部屋に入ってきた。
「何か用か?」
「僕は【蘇生魔法】も使えますし、ついでに話を聞ければと思ったんですけど……」
「あー…………うん」
……どうしよう、この状況。
「ユーリ、貴方の知り合いなのよね?」
「……俺が生まれたのと同じ国の出身で、俺と一緒に召喚されたんだ」
「はい、駆・本堂です。はじめまして」
「アンナ・ビニットよ。よろしくね……って、どうしたのユーリ? 随分難しい顔をしてるけど」
アンナだけでなくアニマも心配そうな目を向けてくるが、とりあえず、あれだ。
一時的に思ってる事が伝わってしまう【伝達】を無効化して、エルヴァンとして喋っていた言葉でアンナに話しかける。
『アンナ、その、俺がエルヴァンとして生きてたって話はこいつには内密に頼む』
『? なんだか良くわからないけど、わかったわ』
アンナも同じように【伝達】を無効化して返事をしてくれた。……【伝達】関係を口にせずに応じてくれたのは良いんだが、こういう察しが良いならアニマとの関係がバレるのは時間の問題かなぁ。
「……? ええと、なんて言ったんです? 今」
「気にしない気にしない」
「凄く気になりますけど……まぁ、いいです」




