11:魔族との戦闘
珍しく大き目の時系列スキップ。丸一日程度ですが。
王都を出発した翌々日、俺達を乗せた馬車は前線らしい辺りに辿り着いた。
水深はさほどでもないが中々に深く大地を抉る川があり、掛かっている橋の王都側にある関所が補強されて、砦として使われているらしい。
戦闘中というよりは厳重な警戒中といった様子だが、休まずに戦い続けるのはどちらの軍にとっても無茶なのだとか。
「元団長、よくぞお出でくださいました」
「ああ、状況は?」
とりあえず、エドワルドが代表として、この付近の軍の指揮官から話を聞いている。
「はっ。初めこそ随分と押されましたし、負傷者が多く未だに押されていますが、今は鹵獲に成功した武具もあるため……王都に攻め入られるまでの時間を一週間ほどは伸ばせそうな状況でした」
「俺が居ればもう少しは伸びるか」
「はっ。元団長のお力さえあれば倍まで伸ばせるやもしれません」
「そうか、不幸中の幸い……いや、よく戦ってくれた」
「ありがとう御座います。ところで……後ろの方々は? 見慣れない容姿ですが……もしや、アモリア殿下が召喚なさったというあの?」
「ああ、それがこの二人だな。鎧を着てるのがカケル、平服の方がユーリ、そしてユーリの奴隷だな」
エドワルドの紹介に合わせて目礼をしてみたが、俺を見る指揮官は怪訝な様子だ。
「……カケル殿の方はともかく、ユーリ殿は使い物になるんですか?」
「ユーリの方が強いぞ? 話にあった武具を無効化できる魔法の使い手だ」
「そ、それは! 失礼しました。ですが、鎧はどうなさるので? 杖を持っている様子もありませんし……」
「鎧……?」
「ユーリ殿の鎧です。流石に平服のまま剣だけで前線には行けないでしょう?」
「……ああ、ユーリの場合はそれで問題ないはずだ。そうだよな?」
「ええ、問題ありません。この子も私が魔法で守るので問題ありませんよ。杖も不要です」
「そ、そうですか……? しかしその見た目は……」
自分の姿とアニマの服を再確認してみる。……確かに、普段着に見える姿で前線に出てたら、舐めているようにしか見えないか。
「……流石に悪目立ちしますかね。少し、失礼します」
指揮官に一言断ってからアニマに触れて、【固定】の鎧を可視化する。視界を遮りそうな部分は透明なままなので、目出し帽のような怪しい風体。……俺は顔を出しておくか。うん。
磨き抜かれたような光沢はないが、全身が艶消しの銀色といった状態なので激しく目立つ。いや、色よりも留め具の見えない滑らかな形状が主な原因だろうか。
「これは……」
「見えなくしていた、というより見えない状態が普通なんですが、着ていた鎧を見えるようにしました。やたらと目立ちそうなのが欠点ですね」
「ということだ、行くぞ」
まだ驚いていた指揮官をエドワルドが促し、全員で前線へ向かった。
「しかし……思ったよりは攻められていないんだな?」
「武具をこちらに鹵獲されるのを嫌っているのか、奴らが取り始めた戦術です。防備を固め、こちらが隙を見せた時に攻めてくるという消極的なものですが……武具の性能を知る前に犠牲を強いられたため、こちら側としても打つ手が見出せずにいました。攻めてきている敵軍も補給路の整備や占領のためか減っているというのに、情けない話です」
「魔族の軍でその武具を装備している者はどの程度居る?」
「見分けがつかないのでわかりかねますが、敵軍全体、およそ四〇〇〇のうち半数未満ではあるかと」
エドワルドが指揮官と話をしているが……四〇〇〇の半数が【固定】製の武具持ち?
数日前まで出回ってなかったとしたら一人二人でできることではない。……何人あっちに居るんだか。
「ユーリ、どの程度無効化できる?」
「触れさえすればいくらでも。ただ、相手側の人数次第では追い付かない可能性はあります。その武具が使われ始めたのは何日前からですか?」
「五日前からという話だ。……五日で二〇〇〇だとすると、何人ぐらいだ?」
「無理をすれば四、五人といったところでしょうか。無理をしないなら、十人は欲しいです」
空気ぐらい【固定】を掛けやすい物ならまだしも、金属は力を通しにくいので地味に疲れる。単純な力の量だけなら問題ないのだが、一日に一〇〇人分の武具に【固定】を掛けたら疲れ果てそうだ。【固定】に使われている力を抜き取る場合はそこまで疲れもしないのだが。
「前々から準備していたという線が濃厚か?」
「恐らく。正直、十人居て時間が倍あっても、相当疲れるはずですけど」
「そうか……」
砦内の兵が集まっている一室で鼓舞をしたというかエドワルドに持ち上げられた後、前線が見える屋上まで案内された。
「矢や魔法で狙われることもありますが、大丈夫ですか?」
「ああ、俺は問題ないよ。防ぐのは得意だから」
「流石ですね、このまま奴らを血祭りにあげてやってください」
「ははは……」
あまり持ち上げられても困るんだが。というか案内してくれた兵の心の闇が漏れている。
「……まぁ、魔族側があれだから仕方ないかな?」
「っ! 奴ら、また!」
魔族の見た目は、何やらよくある角の生えた悪魔的なもの。角の形状や翼の有無などは魔族内でもそれなりに差があるようだが、翼があっても飛行能力まで備えている者は少ないらしい。
動物的な見た目が表に現れている、という点では獣人族と似たようなものだが、獣人族にそれを言うのはマナー的に良くないという話は(うっすらと)覚えていたので口走りはしなかった。
体質を変化させた精霊が善性だったか悪性だったかなど何代も前の今更な話だとは思うのだが、今言うことではないか。
屋上から見ると、橋とその向こう側の地面は所々が赤黒く染まっている。損壊の激しい人族の死体が晒されていたり、今まさに殺された人も居る。
要するに、残酷な性質が前面に出ている魔族が集まっているのは間違いない、と。
とりあえず、Z指定のゲームに触れてて良かったとは思う。いきなり実物を見るよりはいくらかマシというものだ。とはいえ──
「……実際に見るのは気分の良いもんじゃないな」
「そんな悠長な! ッ!」
「おっと」
多数の矢と魔法が飛んできたので、盾を作るようにして案内してくれた兵士を守った。
「まぁ、あれだ。案内ありがとう。アニマをエドワルドさん達の所まで連れていってくれ」
「ユーリ殿はどうなさるのですか?」
「俺はこのまま奴らに反撃しようと思う。それとアニマは、そうだな、本堂君の護衛を頼む。本堂君が突っ込み過ぎるようなら連れ戻す判断は任せる」
「はい。ご主人様、お気をつけて」
「おう」
兵士がアニマを連れて砦に入っていく姿を見ながら武装を整え、橋の上に飛び降りた。
飛んでくる矢や魔法を無視し、ゴツッと重く高い音を立てて着地する。魔族側もバリケードなんかを設置していたので、着地した時点で射線が通らなくなり攻撃が減った。
右手には【固定】で補強した鉄の剣を、左手には【固定】だけで作った細長い剣を持つ。
脚と腕にはいつも通りの補助具を展開してあって、『怪物の脚』は先程の着地で空気の圧縮もある程度できている。
手足どちらにも異常がない事を確認してから、魔族の下へ駆けだした。
「なんっ!?」
最前線の驚いている魔族に、駆け込んだ勢いのまま右手の鉄剣を突き刺す。この魔族の鎧は普通の鎧だったようで、普通に貫けた。
人扱いされる生命を終わらせたのは今回が初だが、動物とそう違うものでもない。……いや、人族が殺されるところを見ていなければ、どう思ったかはわからないか。
「うおおっ!」
叫び声と共に向かってきた魔族を、左手に持った剣で斬る。刃に魔法を纏わせていたためか、金属製らしい鎧ごと斬れた。
「俺が止める!」
三人目も同じように斬ろうとしたが、【固定】で補強されている鎧を着た魔族だったようだ。
「ははは! 鎧ごと切り裂く剣であろうとも、この鎧の前では……ッ!?」
「……は?」
剣だけだろうと【固定】同士での接触があれば、その鎧に接触した他の武具に対しても【固定】の力を奪う【反固定】は及ぶので、そいつの武具全てから力を奪い取って改めて斬った。近付いていた他の魔族が呆けていたので、そちらも斬り捨てる。
何を驚いているのかは知らないが、周囲の魔族も隙を晒しているので順に斬り捨てていく。
そのまま五、六人斬ったあたりで周囲の魔族の密度が増えてきた。更に【固定】で補強した鎧に当たったので、時間短縮を優先して無視すると、次々と弾かれる。随分と【固定】で補強した武具を装備した魔族が集中しているらしい。
「そうだ、さっきのは何かの間違いだ。押しつぶせ!」
「おおお!」
……おや、わざわざぶつかりに来てくれたか。ありがたい。
押さえ付けに掛かってきた魔族達の武具に【反固定】を掛け、普通の武具に戻していく。
腕力だけでは難しいので、高温の圧縮空気を動力源に身体を捻りながら周囲を一閃し、まとめて斬り裂く。
「ッ……!?」
「馬鹿なっ!?」
使用済みの圧縮空気を排出していると、耳障りな金属音と水音が周囲に響いた。排出した空気もまだ熱を持っているらしく、何かが焼ける不快な音も聞こえてくる。
思ったより温度が高かったので、後方へ跳び退る。
「ハッ、この程度できなきゃ突っ込むわけが……ゲッホゲッホ!? ゲホッ」
多少の熱気は覚悟していたが、喉の奥に変な刺激を感じたので更に後方へ。
回復魔法を掛けて治せるか試してみると、楽になってきた。何があったかはわからないが一応回復魔法は効いたらしい。
「ゲホ、ゲホッ……毒まで使うのか!」
「ゲホッ、お前らの方じゃ…………あ」
何をされたのかと見ると、ほんのりと褐色に色付いた空気が目についた。毒がどうのとわめいているのはその煙の周囲で咳き込んでいる魔族だ。
そういえば、圧縮空気を作る時にはそこらの空気をそのまま熱して圧縮したんだったか。
希ガスもあったとは思うが、化学的によく使われる空気中の主な成分は窒素と酸素と二酸化炭素だ。炭素の方が酸素と結びつきやすいにしても、既に二酸化炭素として酸素と結びついている上に量の桁が違う。
高温環境に窒素と酸素を置いておけば、窒素酸化物ぐらいできるのは道理。そして、窒素酸化物は大体が環境問題になるぐらいの毒性を持っていたはずだ。
前回常温の圧縮空気を作った時は排熱しながらゆっくり圧縮していたので、そこまで高温にもならなかったのだろう。
「化学は苦手なんだよなぁ畜生。……次作る時は二酸化炭素でいくかな? いや、量が足りないか。純粋な窒素だけを集められれば楽なんだが」
「何をごちゃごちゃと! 貴様に次の機会などあるものか、やれ、やってしまえ!」
「おおおおっ!」
「……今はこれを使うしかないか。ま、殺すには便利だけどさ」
気を取り直して、魔族への攻撃を再開した。
「なんでだ、なんで強化した武具がこんな、簡単に……っ」
「化け物めっ! ガッ……」
淡々と、魔族を斬り捨てていく。【固定】の掛かった武具には止められるが、【反固定】の分でせいぜい一、二秒程度増えるだけだ。
ずっと前に進んでいたからか、橋はもう渡り終えた。
「炎よ、奴を貫けえ!」
「風よ、大地よ! 奴を!」
強弱もよくわからない様々な魔法が飛んでくるが、パッと見吹き飛ばされるほど強力なものは含まれていないので無視して直進する。
「ゲブッ……」
「こんな、こんな馬鹿なっ!」
「矢も魔法も効かないなんて、まるで俺達の武具みたいな……」
ランクAの魔物相当の力があるならまだしも、魔族の腕力は人より少し強い程度。【固定】の鎧を身に着けているだけでも魔族の攻撃は無効化できる。
槍が胴体付近でガリガリと音を立てる時や顔に当たった時はそちらを意識してしまうが、この場の敵軍に【反固定】を使える者は居ないようなので、俺が負傷する要素はあまりない。
悲鳴の山にやる気を殺がれながら斬り続けていると、気になる声が耳に入ってきた。
「まさかあいつ、裏切ったのか!」
「いかに強力な武具とはいえ、一人に頼ったのが間違いだったか……っギャブアッ!」
「……ふうん?」
……そうか、魔族に【固定】で補強した武具を与えたのは一人か。
そのまま鵜呑みにするのは良くないとは思うが、【固定】を使える人間が相手側に何十人もいる、という可能性はないようなので一安心だ。
実際斬ってみれば【固定】で補強された武具の比率は、さほど高いものでもない。弓兵か何かは知らないが、明らかに軽装な連中の装備も普通の物と見て良いだろう。一人の作業量としてはやや多い気もするが、まだなんとか希望を持てる敵の数ではある。
……とはいえ、魔王は多分装備してるんだろうな。はぁ。
そんなことを考えていると、ガゴンというような音が砦の方から聞こえてきた。
「なんだ? と、出てきたか」
「は? ……っ、て、撤退、撤退だ! アギャッ……」
魔族の悲鳴は俺が上げさせたものだが、先程の音は砦の門が開く音で、兵達が準備を整えて出てきた。
俺だけなら問題ないからまずは俺がひと当てして、ある程度敵軍が崩れたら後詰を任せるといった作戦だったが、まぁ十分に敵軍は崩れたと判断されたのだろう。
実際、グリフォード王国軍の兵が姿を見せただけで魔族の軍は撤退を始めているので間違った判断というわけでもない。
「ユーリ、よくやってくれた」
「あいつらのやり口は気にくわなかったですしね」
エドワルドはそのまま追撃しに行った。
俺は鎧の表面に付いた血やらなにやらを、脱皮でもするように剥がして【反固定】で力だけ回収、同時に【固定】で鎧の表面をまた少し厚くする。これだけでも多少はさっぱりした。
残っている魔力の量は【固定】対策に近接攻撃しかしなかったのでほぼ満タンだ。
追撃の様子を見てみると、微妙に魔族の統制は取れているようなので、俺ももうひと当てしに行くか。
力を入れてしゃがみ込み、『怪物の脚』の空気を圧縮する。
足元の土を巻き上げつつ、重い足音を轟かせながら高速で回り込み、魔族軍の中央付近を狙って横から突っ込む。
「な、なんでっ!?」
「ぎゃああああっ!」
「うおお! ……グ……ゲプッ……」
剣で反撃を試みた相手はむしろ斬り易かった。しかし、かなり適当に突っ込んだせいか、即死させるに至らなかった連中がそこそこ多い。
魔族の一群を突き抜けたので反転し、加速しながらもう一度。
「く、来るな、来るなああっ!」
「ああああっ」
食い破るように集団を斬り捨てて、また突き抜ける。
ガリガリと大地を削りながら着地したところで矢と魔法が飛んできたが、それは無視。
両腕を掲げ、タイヤのような──内側に開いた半筒状の円を【固定】で作り、魔力を流しながら高速回転。【魔力操作】による魔力の消費を最小限に抑えた魔力の輪のようなものだ。
周囲の魔力をかき集め終えたら、回転を緩めながら【演算】を含めた全力で制御して、大量の魔法の矢を作っていく。使う属性は制御のしやすい火、水、土、風の四つ。
「……はあっ!?」
「ふざ、ふざけっ……ブアッ」
「助けて、助け……」
次々と飛んでいく魔法の矢が魔族を貫く。
人族の軍が近付いてきたあたりで集めた魔力を全て撃ち切ったので、一息ついてまた脱皮するように鎧の表面を綺麗にした。
「……なんっつうか、派手にやったな」
「手加減してじわじわいたぶるよりはマシでしょうよ。とりあえず、休みたいです」
エドワルドから声を掛けられたので、正直に答えた。
「ああ、あれだけ蹴散らしてくれれば後は俺達で十分だ。そうだよな! お前ら!」
『おおおお!』
「ってことだ。後でまた進軍するから、その時まで体を休めておけ」
「わかりました」
がんばれーと心の中で応援しながら、これからのことを考えてみる。
とりあえず、風呂にでも入ってのんびりしたい。……あ。どうせ高温にして使うのなら水で良いのか。便利だよな、水。
後は数分呼吸できる程度の圧縮空気は蓄えておきたい。その場合、多少冷却してから圧縮するのがベストかな?
砦へ歩きながら作業量の多さにげんなりしていると、アニマと駆が向かってきた。
「ご主人様、ご無事ですかっ?」
「大丈夫だよ、微妙に失敗したけど」
「えと、これは全部白井さんが……?」
「魔族の死体は大体そうだけど、人族の死体は魔族の仕業だぞ?」
「魔族が?」
「あれ、見てないのか? 見せしめなんだろうけど、砦に見せつけるように人族を殺してたんだよ」
「う……公開処刑とかいうあれですか……」
「表情までは見えなかったが、歓声は聞こえたし見ていたら攻撃も飛んできた。あれはちょっとなぁ……」
「酷い連中ですね」
「前線に居た奴らはな。また後で見極めるのも悪くないだろう」
「……そう、ですね」
個室を一室用意してもらったので、毒などが無いことを確認してから下の川の水を汲み上げた。
外から見えないようにしながら高温の圧縮水蒸気やら、少々暖かい程度の圧縮空気を個室の中で用意する。
その後、浴槽に湯を張るような真似は流石にしなかったが、湯で汗を流して疲れを癒した。
ちなみに駆は駆で負傷兵の治療をしていたらしい。……地味に重労働やってんなぁ、本堂君も。
しばらくすると砦付近の安全確保が終わったとのことで、戻ってきたそれなりの数の兵とともに、進軍をどうするかといった会議になった。
俺も一応参加はしていたが、特に無茶な扱いを考えている様子もなかったし、専門家ではないので言われたことができるかどうかを率直に言う程度にしておいた。