10:原因
小食堂に着いてからは、とりあえず普通に食事を摂った。おおよそ食べ終えたところで使用人が案内を申し出てきたので、今はその案内で廊下を移動中である。
「何があったんですかね……白井さんはどう思います?」
「ランクSの魔物が出たか、予想より早くハインデックとやらの軍が攻めてきたか、あるいは両方か。パッと思いつくのはそのぐらいかな」
「ですよね……もうすぐ戦争に参加することになるんでしょうか……」
「そう思うが、まぁ、もうすぐわかることだな」
「……そうですね」
目的の部屋が近付いてきたと思われる辺りで、上着の裾を引かれたので視線を向けてみると、アニマが不安そうな表情でこちらを見ていた。
「血の臭いがします」
「……部屋の中からか?」
「はい、あまり新しくはないようですけど、一応」
「そっか、ありがとう。まぁ、入ってみないとわからないんだけどね」
通された部屋では、どことなく偉そうな面々が大きな机を囲んでいた。
人数は俺達を含めて十人ほどで、随分と焦っているような空気も感じるが、特に血生臭い事が起きている様子はない。
「来たか。ようこそ、ホンドー殿、シライ殿」
「はい」
「お久しぶりです陛下」
俺達が部屋入るなり声を掛けてきたのは、このグリフォード王国の国王であるバルダーだ。
その左右には第一王女であるアモリアと、バルダーに似た雰囲気の若い男が居る。
「其方がシライ殿か。実力の程は少なからず聞いている」
「ありがとうございます。初めましてですよね。ええと……」
「グリットだ。王太子であり、アモリアの兄でもある。期待しているぞ」
グリットの言葉に頭を下げて応じる。……そういえば、王族のことはよく知らなかったな。
城で食事を摂る際はアモリアと話はできるが、他の王族については国王のバルダーと一度会食をした程度だった。他の王族は名前も顔も知らないんだが、これは流石に不味いか?
「それでだ。其方らはどの程度状況を把握している?」
「全然ですね。戦力として求められているのかという予想は立てていますが、その程度です」
「ふむ、間違いではない。ラウディ団長、ここまででわかった事を改めて述べてくれ」
グリットの声にあわせてラウディに視線が集中する。上位魔法士訓練だかを担当していた人物だが、団長だったのか。
「はっ。……まず、魔族の装備の品質が急激に上がりました。それにより戦線が押し込まれ、抵抗も空しく数日以内には王都に及ぶ可能性があります」
「というわけだ。想定より早いが、其方らには戦闘に加わってもらうことになる。ここまでで質問は?」
「僕に……できるんでしょうか……」
「戦線を押し返せなければ、恐らくは諸共に死ぬだけだな。……正直、想定が甘かった。今なら逃げたところで責めはせん」
駆が早速質問をしているが、即座にそんな返答があった。こういう反応は想定済みだったのだろうか。
俺は、さて、どうしたものか。とりあえずもう少し情報は欲しい。
「その品質が上がった装備というのは、どういった物なんですか?」
「ここまで急激に押された、という事実がなければ眉唾物だったのだがな……特に魔力は感じないし、ありふれた品と見た目は変わらない」
「それで、何が違ったんですか?」
「固定して大剣を振り下ろしても折れない剣、そして圧倒的な硬さで魔法を含めた攻撃を弾く盾や鎧だな」
「……どうやって確認したんです? 攻城兵器でも当てましたか?」
「それに加えて戦闘でだな。衝撃を与えることで装備している者は倒せたので、鹵獲した。その装備が全員に行き渡っているわけでもないようだが、聖魔法すら弾く品だ。軽視はできん」
……なんだか、とても思い当たる節のある性能の武具だな。
そう思ってアニマに視線で問いかけると、アニマからも俺の思考を肯定するような意思が伝わってきた。【伝達】で頑張ってみたのだろうか?
「現物はあります? あるなら、……触ってみても良いでしょうか」
「? ああ、全てではないが、今あるのはこの兜だけだな」
バルダーの言葉に従って机の上に置かれたのは、見た目は普通の兜。アニマからもまた、血の臭いの元がこれであるという意思が伝わってくる。
とりあえず、手を伸ばして、触れてみる。…………。
「チッ、相手にも居やがるのか……」
「……な、何かご存知なのかな? シライ殿」
「あ、失礼しました。ええと、何と説明してよいやら」
兜の頑丈さを保証している力は、俺のよく使っている【固定】と同じものだった。干渉はできたのでそこは間違いない。
よって、少なくとも、俺と同じ力が使える相手が向こうに居るのは確実。あの世界の猛獣よりは精密な使い方だったので、恐らくは人。
少しばかり荒い気はするが、初心者というほど未熟でもない。特に何かが仕掛けてあるわけでもなく、単純に【固定】で固めただけの品。
固めにくい金属を直接固めているあたり、力自慢なのかどうか。使う力の量は少なかったはずだが、疲労が大きいので俺としてはあまり取りたい選択肢ではない。
魔族側に【固定】を使える人員が何人居るかはわからないが、装備していた兵自体は恐らく使い手ではないのだろう。
俺が【固定】で固めた盾を広めれば膠着状態には持ち込めそうだが後で面倒事に繋がりそうなので却下。
黙ってやりすごせれば…………ってなんか注目されてる!? いやそりゃそうだよな!
やり過ごしたいが、この世界は【伝達】の関係で嘘を吐くと即座にバレる可能性が高い。いやまぁ元から嘘を吐く気はないが──
「シライ殿は、そういった武具への対処が可能なのかね?」
「…………可能です。……はぁ」
「なんだとっ!?」
「本当かっ!?」
わかってはいたが、部屋の中が騒がしくなった。そしてそれらを代表するように、バルダーが問いかけてくる。
「それで、シライ殿であればどのような対処が可能なんだい?」
「ええと、この兜の頑丈さは皆さんご存知なんですよね?」
「あ、ああ、この部屋の中で確かめたからね」
「じゃあ──はい、左半分だけ無効化しました。試してみてください。音の出る側が無効化した方です」
掛かっていた【固定】を解除した所と、そのままだった所をそれぞれ軽く指で叩く。【固定】が掛かっている部分は叩いても机が音を立てるだけだ。
騒がしく検証は始まったが、結果は予想した通りのものだった。
俺が解除した側だけが凹み、工具に貫かれていて──反対側に穴をあけようとした工具類は全滅している。
「これは……どういう手順でできるのかね」
「年単位の時間を掛けて習得した異世界の魔法、といったものです。解除するには触れる必要があって、私なら解除できますが、私以外では、私が色々教え込んでいる奴隷にもできません」
バルダーは俺の言葉を受けて少しばかり悩んだ様子だったが、十数秒ほどで顔をこちらに向けた。
「……申し訳ないが、前線に向かってもらえるか?」
「ええ、向かわせていただきます。魔族も直接見ておきたかったですしね」
「そ、そうか。いつ向かうことができる?」
「一旦家に寄って取りたい物はありますが、その位ですね。前線付近までの案内と食料の準備はお願いできますか?」
「元よりそのつもりだ。では一時間後に、城の正門に馬車と案内は回しておくのでそちらまで頼む」
「畏まりました。それでは失礼します。アニマ」
俺の声を聞いたアニマはこくりと小さく頷き、共に退室した。
今日は風呂もまだだったが、仕方がないので拭く程度で済ませた。
その後は地下室へ行き、危険物を一通り回収する。高温の圧縮空気は収めたままだったが、期待通り問題は起こっていないようだ。
他には、アイスクリームが半端に入ったボウルに果物を放り込み、溶けないように覆ってから準備はひとまず完了。家を出て、施錠する。
予定の一時間より少し早く正門前に到着すると、門が開いていて幌馬車も見える。
幌馬車といっても幌の上部は平面に近く、トラックの荷台が馬で引かれているような印象だ。
同乗者との挨拶もそこそこに馬車に乗り込むと、間もなく前線へ向けて馬車が進み始めた。
中は電車のような、というと紛らわしいか。腰かけるための板が荷台の内側、両脇に取り付けてあった。
馬車に乗っていたのは元騎士団長のエドワルドと駆。御者は顔だけ覚えのある兵士が二人で、交代しながら進むらしい。四人とも鎧を着込んでいる。
「しかし、本堂君も来るのか。大丈夫か?」
「え、ええ。実力不足は感じてますけど、白井さんが駄目だった時に僕だけで勝てる気もしませんし、世話になった人たちを置いて逃げるのも気が引けるので、できる限り援護します」
「そっか。それで……エドワルドさんも本当に行くんですか?」
「引退した身だが、今回のような事態では仕方ない。地理は頭に入っているし、非常識に鎧が硬い相手なら俺が適任だろうってことだな」
どちらも、理由を聞けば納得はできるものだった。
「確かに……ぶっ叩く威力は俺の知る限り、エドワルドさんが一番強かったですし」
「まぁな。……ユーリがやったように俺の剣を止める奴も居ると思うか?」
「硬い鎧を着ているだけの奴なら大丈夫だと思います。でも、自分で鎧を硬くできる奴だったら止められそうですね」
「そうか。……なぁユーリ、お前も他人の鎧を硬くできるのか?」
……やっぱ、そこは聞かれるか。
「…………まぁ、そうですね」
「なんでそれをやらなかったのか、聞いていいか?」
「……どこまで通じるかわからなかった。広まってしまえば習得できる奴が出てくるかもしれなかった。とか、そんなところですね。広めてもいないのに敵方に現れてしまいましたけど」
「この国は信じられなかったか?」
俺がこの国を信じていたなら、その武具を広めていたのではないか、という話だろうか。まぁ、広めようと思わなかった一因ではある。
「俺がいつまでこの国に居るかもわからなかったので、見極めていた途中ってところです。まだ一か月も経ってませんし、掛けられる量にも限りはあります。それに……」
「それに?」
「一旦硬くした武具って、どのぐらい硬いままだと思います?」
「? そんなに長時間持続するのか?」
「使い手が一切触れなくても数年は持ちますよ。大量に作れば争いの種にしかならないでしょうね」
やはりエドワルドは知らなかったようで驚いている。……昨日今日知ったばかりで想像しろというのも無茶か。
「……相手方で使ってるのは、どんな奴だと思う?」
「わかりません。何も考えていないか、世界征服でも狙ったか、あるいは人質でも取られたか。ある程度実力はあるようですが、可能性なんて色々です」
「…………それもそうか」
カポカポと馬の足音が耳に届く。日は沈んでいるのであまり速度は出せないらしい。
いつ戦い始めるかもわからないので、アニマに【固定】で作った鎧を着せてからエドワルドに質問をした。
「あと、どのぐらいで着きます?」
「到着は明後日になるはずだ。仮眠でも取るか?」
「そうさせてもらって良いですか?」
「ああ。つっても、一応警戒は必要だから──」
「じゃあ、アニマ、悪いけど警戒頼んだよ。何かあれば……【伝達】でいけるかな? 叩き起こしてくれ」
「わかりました。お休みなさいませ、ご主人様」
「ごめんね」
謝りながら、アニマに体重を預ける。
「……聞いたのは俺だし納得もできるがよ、良いのか?」
「私でしたら、お昼過ぎに寝かせていただきましたから、問題ありません」
意外に大きな馬車の振動もあるし、アニマの柔らかさも感じられないので寂しいが、どうにか眠れそうだ。
………………
アニマのかなり間接的な体温と焦るような感情、そして何やら違う種類の振動を受けて目が覚めてきた。
目を開くとまだ周囲は暗いまま、戦闘が始まっている様子もないが……さて?
「おはようございますご主人様」
「おはよう、アニマ」
「起きたか。随分深く眠っていたな」
「おはようございます、エドワルドさん……今はどの辺りです?」
「問題なく通り進んでいる。明日には着くだろう」
「そうですか。……それで、アニマ? 何かあったのか」
「は、はいっ? あ、いえ、周囲は静かです」
アニマは明らかに挙動不審だが、周囲に異常がある感じではない。ただ何かもじもじとした様子で……あ。
「……エドワルドさん、用を足したいんですけどどうしましょう?」
「休憩は少し前に入れたばかりだから、次の休憩は日が昇った後になるだろう。それまで我慢できるか?」
「……」
アニマを見ると涙目になっている。
結論として、馬車の荷台で済ませることになった。
馬車を汚さないことを約束した上で、【固定】で用を足す場所を作り、終わった後は俺の持っていた水筒の水で綺麗にといった流れである。
アニマの心理的な負担を減らす配慮として音も光も漏れないように作っておいたが、休憩時に済ませておいた方が気分的に楽だったのは間違いないだろう。
「……休憩の時に起こしてくれて良かったんだよ?」
「いえ、私がご主人様を起こさないように済ませていれば済んだ話です」
「いや……その可能性を考えてなかったから、俺が起きてなきゃ脱げなかったんだ。すまん」
「!? あぅぅ……」
「悪かったよ、ごめんな?」
「はい……」
少々問題はあったものの、道程は概ね順調。空もやや白んできた。
「あー……その、なんだ。ここまで警戒してたその子を休ませるのも理解はできるんだが……」
「どうかしたんですか?」
エドワルドの視線は俺の腕の中で寝息を立てているアニマに向いている。……そんなに見つめてもあげないよ?
「……胸やけがしそうだ」
「……僕もです」
…………ほっとけ。




