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仕様違いの魔法使い  作者: 赤上紫下
第 3 章

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09:穏やかな休み……?

『これで、終われっ!』

『ガル……ル……ッ! ……』

『……終わったか。やっぱり猛獣ってのは色々おっかないな』


『……あら、エル、お帰りなさい』

『やあアンナ。街には近いけど、ただいまって言うにはまだ遠いかな。こんな所でどうしたんだ?』

『たまたま散歩してただけよ。運ぶの、手伝いましょうか?』

『あとちょっとだから大丈夫だよ』

『……そう?』

『ああ、運び終えてからは頼らせてもらうけどね』

『……そうね。疲れが吹っ飛ぶぐらい美味しい物を作ってあげるわ』

『はは、楽しみだ』


『さ、今度こそただいまかな』

『うん、お帰りなさい、エル』

『お帰りなさいませ、ご主人様』

『ただいまアニ……マ?』



 ………………

 …………

 ……



 ………………ううむ。

 久しぶりにエルヴァンだった頃の夢を見た気がする。まぁ、最後は召喚された後の話も混じっていたが。

 あっちの皆はどうしてるんだろう。時間の流れ方が違うんだとしたら、もう皆は悠理の体(このからだ)と同じ年ぐらいになってるんだろうか。

 ……いや、もしかしたら子供もできてたり? 見たい気もするけど、ちょっと寂しいな。


 何か、こう──ざらざらというか、じゃりじゃりというか、暖かい感触があったので、そちらに目を向けてみる。原因はいつも通り、いや、いつもより布団の中でくっついている緑色の頭である。

 ベッドで寝る時は外していた首輪が今日はそのままだったり、他にもいつもと違う点はあるが、向けられている好意が大きくなっているように感じるのは嬉しいものだ。……方向性に少々思うところもなくはないが、まぁ大丈夫だろう。

「ふぁ……? おふぁや……んんっ。おはようございます」

「おはよう、アニマ」

「ひゃっ、ご主人様っ?」

「撫でるだけ撫でるだけ。アニマはいい子だね~」

「え、あ、ありがとうござ、ひゃぁぁ……」


 朝の挨拶を交わした後は、寝巻から着替えて、顔を洗ったり用を足したりといつも通りに身体を整えた。

 アニマには多分汗をかくことをお願いするので、Tシャツもどきのままで居てもらう。洗濯は終わってからだ。

 時折顔を赤くしたり小さく笑ったりするアニマとの朝食を済ませ、今はまた地下室に入ってアニマに動力として頑張ってもらっているところである。

「なんだかちょっと暑いです……」

「温度はそこまででもないけど、湿度は結構高いからねぇ。そろそろ加熱はもうちょっと間隔をあけるけど、何か問題があったらすぐに言ってくれ」

「はいっ」

 今回は今までよりもう少し危険なので、いざという時に守れるようにじっくり実験の経過を見ておく。


 この地下室が暑い原因は、以前作ってみた冷却装置の冷却する側が繋がっているお湯だ。湯沸かしにはこの世界の魔道具を使っている。

 最初はすぐ冷めていたが、何十分も続けているだけあって中々冷め難くなってきた。

 何をやっているかといえば、液体空気を作った時の逆で、光と熱を遮った一定区画内の空気を温めている。あと、今回対象にしている空気はまだ圧縮していない。

 火を使わない理由は安全面への配慮と、熱容量の関係で湯を使ったほうが早く温められるから。

 その結果として、現在温めている空気はかなりの高温になっていると思う。少なくとも、目で見ようという気が起きないぐらいには。

 ……と、そろそろ良いかな?

「アニマー、そろそろ一旦止まってー」

「は、はい」

 アニマが止まったのを確認してから冷却装置を外し、今まで温めていた空気を圧縮できるように接続しなおす。勿論、高温の空気が漏れないように慎重にだ。

「よし、今日最後の一仕事だ。重くなったら言ってね、繋ぎなおすから」

「えと? はいっ」

 ……? ああ、ギアの仕組みが想像し難いのかな。

「まぁ簡単に言えば、回す回数を増やす代わりに力が要らなくなる仕組みを使うんだよ。切り替える仕組みまではまだ作ってないから、一旦止まってもらう必要があるわけ」

「なるほどっ」


 アニマに説明してから何度かギア比の切り替えを繰り返し、おおよそ圧縮が完了した。常温の圧縮空気を作った上でなければやろうとも思わなかった実験だが、無事に終わって一安心である。

 念のためにと二重三重に覆った後で、すぐに暴発するような事はないなとほっと一息。一応、しばらく経過を見ることにする。

「うん、お疲れ様。外すから休憩にしよ…………う?」

「はい! ……どうかしましたか?」

 アニマの方を見ると、結構な量の汗をかいていた。平然とはしているが、もう少し気を配るべきだったか。

「いや、思ったより汗をかいてて驚いたんだ。まだお昼だけどアイスも出すよ。頑張ってくれてありがとう」

「わぁ……はいっ」


 塩を少し混ぜた水とアイスをあげてから、一緒に風呂場へ向かう。

 アニマはしっとりと汗で張り付いた服に苦戦していたので、【固定】で小型の浴槽を作り、服を着たまま浸からせた。乾いた服よりは脱ぎ難いだろうが、元から濡れているなら水中の方が脱ぎ易いい、かもしれないという予想から。

 大して変わらなかったようだが、まぁ、良いものは見れた。


 しばらくのんびり寛いだ後は、外出しようにも特に用がなかったので、アニマに魔力操作の練習をさせることにした。

 準備する物は特に無し。自分の中にある魔力を認識して混ざらないように制御するだけなので、視覚的にはただ座っているだけである。

 そんなアニマをじっくり見つめているだけというのもあれなので、俺も自分のスキルを確認してみると──なんとなくだが、不安定で形を成していなかったスキルがもう少しで形を持ちそうなところだった。

 効果はやはり作業を並列的に進める際に役立つものだが、魔力や魔法の複雑な制御を補助する効果もある。魔力関係だけに限定されているわけでもなく、普通の数値計算もできるようだ。

 要するに、俺の中に演算装置が実装されたようなものだと──

「うん?」

「……?」

 俺の思考がきっかけになったのかどうかはよくわからないが、徐々に形が定まっていき、【演算】という名前のスキルになった。

 俺に宿っている魔力そのものに意思があるというのは、自我はかなり弱いとはいえ少々思うところもあるわけだが、普通に動かしていてもエラーを起こしまくる古いPCよりはマシだろうか。

 外部から接触されると割と致命的な場所なので、セキュリティには気を付けようと思う。…………反乱なんかはしないよな?

 スキルから肯定的な意思が返されたような気がする。

「……まぁ、よし」

「えと、どうかされたんですか?」

「自分の中の魔力を見てたら丁度スキルになるところだったみたいでな。どんなスキルかを確認してたんだ」

「なるほどっ」

「それで、アニマはどうなんだ?」

「うっ……その、目立った進展はありません……」

「ふうん……? ちょっと見ていいか?」

「は、はい」

 了承も得たので、アニマのスキルを以前【測定】で見た時と同様、脚の上に座らせ腕を回して抱え込む。

「……えと、ちょっと、このまま集中するのは難しいかもです」

「ん? まぁ、集中力を高める訓練も兼ねてると思って我慢してね」

「わかりました……」


 アニマの魔力を見てみると、魔力的な空白地帯はあるものの、回復してくる魔力が最初から風属性に染まっているような感じだ。

 より具体的には、あらゆる所に風属性の魔力が浸透し過ぎていて、すぐに染まっているような雰囲気だな。

 使い込まれ過ぎたカップを洗った後、ただのお湯を注いだだけなのに薄いお茶になっているような──

「……なんだか、酷いことを考えてませんか?」

「はっはっは。さて、いっそ風属性だけで行っても良さそうなぐらい染まり切ってるみたいだが、どうする?」

「むぅ……。ええと、どうしましょう?」

「回復魔法なんかには属性のない魔力の方が相性は良さそうだったし、いざという時の為に属性のない魔力だけはあった方がいいかな?」

「わかりました。それで、ええと」

「ああうん、手伝う……というか俺が手を加えても大丈夫?」

「はいっ」

「じゃあ、何か痛かったりしたらすぐ言ってね」

「は、はいっ」

 特に魔力の回復量が多そうな辺りを探し、先程の例のように風属性に染まらないように、染み付いた風属性魔力をしっかりと(こそ)ぎ取る。

 作業中びくびくとアニマが動いていた気もするが、痛がってはいないようだったので問題ないと判断して続行。

 回復魔法用の魔力置き場は染まりさえしなければいいので、適当に周囲の魔力をどかしながら作っていく。


 アニマがその付近の魔力を安定させて、混ざらないようにしっかり管理できていると確信した頃には、結構な時間が経っていた。

「あれ、そういえば」

「うん?」

「今日って、ご主人様は訓練の日じゃありませんでしたっけ?」

「…………あっ」

 外を見るともう空の色が変わっている。俺が参加する予定だった訓練は終わっている時間である。

「え、えと、その、気付くのが遅れてすみません」

「あー……いや、絶対に参加しなきゃいけないってものでもなかったし、行っても特に珍しいことをやるわけじゃないからね。明日城に行って謝りつつ、今後の参加はキャンセルかな」

「ええと、そんなのでいいんですか?」

「うん……それで済んだらいいなぁ」

「あ、あははは……」

 訓練は適当なところで区切りをつけ、アニマと一緒に夕飯作り。エプロンを用意する必要にも気付いたが、それはまた後日だ。



 明日の予定もあるので戸締りをしっかりして、街灯に照らされる王都を城へ向かって歩く。

「……元々夜にはあまり出歩いてないが、今日は随分と明るい気がするな」

「えーと、ああ、月が出てますね。それもかなり満ちてます」

「うん? おや本当だ。というかこの世界にも月はあったんだなぁ、今更だけど」

「それは……この世界に来てまだそんなに時間が経ってないんでしたっけ」

「二〇日ちょっとだね。『何か月』って単位が通じる時点で想定しておくべきだったか……」

 ぼやきながらも、空に浮かぶ月を見上げてみると、綺麗な月が浮かんでいた。

 地球から見える月のクレーターがどうだったかはよく思い出せないが、なんとなく似ている気はする。

「好きなんですか? 月」

「さあ、どうだろうな」

 しっかりと月を見るのは、地球で死んだらしいあの日以来だ。

 エルヴァンとして生きたあの世界に月はなかったので、主観では一八年ぶりになる。

「アニマはどうだ?」

「綺麗だな、とは思います」

「そっか」



 ………………



 昨晩、問題なく城に到着した後はそのまま就寝して、予定通りアモリアに謝罪した。

「──すみませんでした」

「ええ、今後は気を付けてくださいね、シライ様」

「白井さんがそういう失敗をするのは、なんだか珍しい気がしますね」

「今回はちょっと、色々有り過ぎて忘れてた」

「聞き及んでいますし、仕方ないと思えるような経緯でもあるので納得はしておりますよ」

 アモリアは知っていて、駆は知らないのか。

「ええと、何があったんです?」

「俺が家を買ってたのは知ってるか?」

「はい、金貨何十枚かで買って、アニマさんと二人で住んでるんでしたよね?」

「そうそう。で、空き巣に入られて荒らされてたのがわかったのが三日前。狙いはアニマだったらしくて、一昨日はその空き巣に直接襲われた。その過程でランクAの狩人(ハンター)とそのパーティーと知り合ったり、捕まえた空き巣を詰所に突き出したり、色々だ」

「うわぁ……」

「まぁ、済んだ話だよ。そういえば本堂君、そろそろまたどうだ、勉強は」

「そうですね、後でお願いしていいですか?」

「おう」

「……ところで、アニマさんっていつもあんまり喋らないです……ね?」

「普段はそうでもないんだが、城で食べている時は確かにそんな感じかな。なんでだ?」

「えっ? ご主人様と同じ席に着かせていただいてますけど、ご主人様がなさっている会話を邪魔するのも悪いですし……?」

「そんなもんかな? まぁ……何かこう、言いたいことがあるけど気が引けるって時は、どうにかして俺に教えてくれ」

「わかりました」


 食事を終えてからはまた勉強、というより数学を教えることになった。他にも教えられれば良いのだが、俺の知識はあまり多くないので仕方ない。

「n乗根……ううん……色々あるんですね」

「まぁな。基本は平方根と同じだから、後は概念として覚えるぐらいでいいよ。何乗になったら外に出るかが違うだけだし」

「でも指数が分数表記になるって、ええと……」

「ああ、そこの証明がまだだっけ。……グラフにするとわかり易いかな? 用意しておくからその間に、自分なりに色々やってみて。アニマもね」

「はい」

「はいっ」

 ……aのn乗根のn乗がaの一乗と同じ、aのn乗根の二n乗がaの二乗と同じ、みたいな事がわかるグラフをかけば良いとして、式はこう。そして【演算】スキルはまだそういった計算方法を覚えていない、と。一個ずつかなぁ。


 勉強を進めているうちに昼になっていたので、今日の勉強は終わりとして、駆は部屋に帰っていった。

 眠そうになっていたアニマをベッドに寝かせ、俺は横に座って目を瞑る。忘れていた広い範囲を高速で復習したような前回とは違い、今回の勉強は比較的慣れた範囲を教えただけなので、俺はそこまで疲れなかった。

 アニマの寝息を背景に、頭の中で今まで教えた数学を思い返して【演算】スキルを少しずつ育てていく。


 スキルとして認識できるようになったからこそわかった事だが、糸を作ったり布を編む際にも、スキルになる前の【演算】が頑張っていたらしい。

 試しに【演算】を使わないように意識しながら糸を作ってみと、それだけでも結構大変だった。【演算】を使うように意識してみると、今までよりすんなりと作業が進む、という具合だ。

 この世界の魔法だけでなく、俺の【固定】の発動も少なからず補助できるらしく、固めるのに必要な時間が短くなった。硬さへの影響については、最初から割と狂った硬さだったので不明である。

 ついでに、というには重要な要素だが、俺の思考を少なからず加速させる効果もあるらしい。今なら先日の大男、ラック相手でも正面から殴り倒せそうである。

 そんなスキルを何故今試しているかというと、単純に忘れていただけだ。……【演算】ありでも失敗するという事実はしっかり受け止めておこうと思う。うん。

 念のため【演算】を使うかどうかで魔力を操作する感覚がどの程度変化するかを確かめると、やはり便利そうだったので成長を促し、より効率的な運用方法も考えてみる。


 しばらくするとアニマが起きてきて、体内の魔力がちゃんと混ざらず制御できていることも確認できたので、回復魔法の練習を糸でさせた。

 体に掛ける時の注意をしている内に夕食の時間が近付いてきて、扉の向こうから使用人のカツカツという足音が──

「うん? いつもと少し違うか?」

「言われてみれば、なんだかあちらこちらが騒がしい気がします」

「ふむ」

「シライ様、起きておられますか」

 いつもより若干力強いノックと、いつもの使用人のどこか焦りが混じったような声が聞こえてきた。

「はい、起きてますよどうぞ。何かあったんですね?」

 俺が促すと間を置かず、ガチャリと扉は開かれた。

「失礼します。まずはホンドー様、シライ様、アニマ様のお三方で夕食をお摂りになってください」

「アモリアさんは? ああいや今はアモリア殿下と言った方がいいのかな」

「アモリア殿下は緊急の案件で会議に参加しておられます。できれば、お早く」

「わかった」

 アニマをとりあえず城内向けの普段着に着替えさせてから、使用人の案内で小食堂へ向かった。

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