08:帰宅からの騒動 後編
「何か仕込んでやがるのか。……お前ら、絶対に逃がすなよ!」
「おう!」「はい!」「獣人族を奴隷として虐げる凡人族なんかぶちのめしてやってください!」
俺に剣を弾かれた獣人族の大男は、追撃は仕掛けてこないまま、周囲に指示を出し始めた。
……しかし、強盗どもが随分な言い草だ。
「ご主人様……」
「アニマは連れ去られないように周囲を警戒していろ。剣や魔法は身を守るためだけに使え。俺は大丈夫だ」
「はいっ」
俺の方も指示を出しながら、脚力を増す為に『怪物の脚』を展開。空気圧の調整は不十分だが、多少飛び跳ねる程度なら問題はない。
腕には小型の『怪物の脚』。腕だから『怪物の腕』とでもいうべきか。気筒の空気圧は低めだが、先日のように高圧の圧縮空気を少量持ち歩いてはいたため、瞬発力も出そうと思えば出せる。
膝と足首を強化する『怪物の脚』に対して『怪物の腕』は肘のみといった違いもあるが、それはまあいい。
できればアニマも背負っておきたいところだったが、大男達が近すぎる。変なタイミングで引っ張られたらアニマに怪我をさせかねない。
仕方なく、睨み合ったまま剣を抜かずに構える。
「その剣は飾りか?」
「いくら強盗相手とはいえ、何人も斬り捨てていたら捕まりかねないからな。そもそもお前ら相手に抜く必要はない」
「まだ言うか!」
怒った大男が振るう剣を掴もうとしてみるが、大男の剣は俺の手は避けてくる。一旦腕で防いでも、俺が掴むより先に剣が引かれてしまう。
「チッ、反応が早いな」
「硬えな、何を仕込んでやがる……? 何を狙っている……?」
このままでは埒が明かないので、こちらから攻撃しに行く。……まぁ、多少乱暴でも死にはしないだろう。
「フンッ」
「ッ! 抜けねえっ!?」
飛び込んで手刀を叩き込むように見せつつ、防御に使われた剣を掴んだ。
そのまま鳩尾辺りを狙って殴り掛かったが、大男は剣を手放して回避した。……魔物相手とはずいぶん勝手が違う。
「さっさとぶちのめされていれば良いものを……」
「てめえはなんだ? 何故それだけの力があってこんな真似をしている?」
「ああ? 俺の奴隷を奪おうとしている強盗どもが何を偉そうに言ってやがる!」
「もっと真っ当な方向に力を使おうとは思わねえのか!」
「だから、強盗どもがなんで説教垂れてんだってんだ!」
「糞っ!」
見当外れな発言を繰り返されて苛立ってきた。……いっそ斬り捨てるか?
いや、武器は既に奪っているし、このままではこちらが犯罪者になりかねない。それはアニマの為にも良くないし、俺としても面倒だ。
「チッ!」
結局はこのまま制圧するしかない、か。
向こうが身軽になったせいか、俺の攻撃がある程度の余裕をもって防がれるようになった。
大男はそこそこ格闘技も扱えるらしく、出した手が掴まれて地面に叩きつけられたりもした。……まぁ脳震盪だかは起こらないように保護してあるんだが。
その接触も時間が短すぎて、【固定】で掴もうにも反応が間に合わない。緩く固めた空気のクッションで受け止めようとしても、散らされるだけで終わりそうだ。
さてこの状況をどう──
「エメリ!」
「ッ……! 来ないで!」
「さあほら帰ろう、母さんも説得してある。もうお前も奴隷なんかにならなくて良いんだ」
「僕達も一緒に守るよ、もう君を酷い目になんか遭わせない」
「来ないでってば!」
…………。
「エメリ、その腕はどうしたんだ? まさかあの凡人族にやられたのか?」
「あの黒髪の奴か、大丈夫、僕達が来たからにはもう──」
「私が良いって言ったの! 痛い事なんてなかったし、綺麗だって褒めてくれたんだから悪く言わないで!」
「エメリ!」
…………。
「お前の相手は俺だ、凡人族! こいつは得体が知れない、早く連れて逃げろ!」
「ありがとう! ほら行くぞエメリ!」
「ご主人様あっ!!」
アニマが、泣いている。……糞っタレどもめ。ぶち殺……いや、法的な説得力がまだ弱い。ただ、最低でも殴るぐらいはしておこう。
とりあえず、俺の首に腕を回して締め落とそうとしている大男は【固定】で拘束して地面に転がす。隙を晒したから早く終わったというのは、妙な気分だ。
「う……動けねえっ!? 何をした! いやそれより、早く逃げろ!」
「兄貴っ!?」
「アニマ! すぐ行くから安心していろ!」
「! ……はいっ!」
父親であるらしい方がアニマを肩に担いで走っていく。捕まえている側も獣人族なだけあって、足は中々に速い。
追いかけるのは少し大変だが、『怪物の脚』があるので、見逃さなければ追いつける。
「よくも兄貴をブッ」
幸い、周囲の道を塞いでいた連中は腰が引けているようだが、今の奴を殴った隙に横の路地に入ったらしく、見えなくなった。
手近な建物の屋根に駆け上がり、【魔力知覚】でアニマの位置を探る。普通に使って知覚できる半径三〇メートル圏内からは離れかかっていたが、いつぞやのように範囲を伸ばす杖の仕組みを【固定】で模して、【魔力知覚】の範囲を伸ばした。
人の反応が多すぎて少々キツいがどうにか選り分け、アニマの反応を見逃さないように屋根を飛び移りながら追いかける。
連中は人通りの少ない路地を駆け抜けていくが、屋根の上を移動している俺と比べれば遅い。
どのあたりまで行けば逃がさずに取り戻せるかを考えていると、やや静かな路地だけあってアニマと空き巣ども──もとい、父親とアニマの知り合い二人の声も聞こえてきた。
「……エメリ、もうお前を奴隷扱いさせたりなんかしないよ」
「ご主人様は来てくれるって言ってくれたもの……すぐに来てくれるんだから……」
「あんな凡人族如きに何ができる。多少強くても、あれだけの獣人族に囲まれてたんだ。追いかけてこれるはずがないさ」
「……そうでもないぞ?」
「!」
「ご主人様っ……!」
進もうとしていた道を塞ぐように屋根の上から着地する。『怪物の脚』で衝撃は受け止めたが、ビキリと石畳の表面にヒビが…………後回しだ。うん。
「さあ、俺の奴隷を返してもらうぞ」
「もう追ってきたのか! だが僕はエメリを二度と悲しませないと決めたんだ!」
「ハッ、今まさに泣かせている奴が何を言う」
「ッ、だからって奴隷として扱う奴になんか任せられるか!」
知り合いらしい奴が剣を抜いてから変な主張を始めたので、速攻で取り戻すつもりがつい応じてしまった。
今日はつくづく変な言いがかりをつけられる日だ。……いや、まぁ、一般的に奴隷というのがあまり良くない扱いであるのは確かだと思うんだが、な。
とりあえず、改めて──
「グッ……」
「ッ……エメリッ……!」
接近してアニマを空き巣どもから取り返した。反射神経はさっきの大男ほどではなかったらしく、簡単だった。
「ご主人様、ご主人様っ……」
「遅れてごめんね、もう大丈夫だよ」
「はいっ、はいっ……!」
「あぁあぁ、こんなに泣いちゃって……? 叩かれたのか?」
「はい……ひゃっ」
「そのタオルを当てておきな。回復魔法も掛けておくけど、落ち着いてからまた診よう」
「ありがとうごじゃいましゅ……」
水筒の水で少し湿らせたタオルをアニマに渡し、背負ってから空き巣どもの方を向きなおすと、丁度、強盗どもも追い付いてきた。
「この、凡人族め、エメリを返せ……!」
「奪われていたかっ……糞っ」
……ああ、全く。
「いい加減にしろよ? 空き巣どもと強盗ども」
「いい加減にするのはお前だ、薄汚い凡人族め! 俺の娘を奴隷にするなど許せるものか!」
「そうだ! 親の元で暮らさせてやろうという思いはないのか!」
「ハッ、そいつが普通の親だったらそう思わなくもないが、そいつらは論外だぞ、強盗ども。そもそもこの子が奴隷になった経緯はそこの空き巣どもから聞いているのか?」
「凡人族の奴隷にされた娘を救い出したいという思いに、なんの問題があるってんだ」
「どんな想定をしているのかは知らんが、この子を奴隷として店に売っぱらったのはこの子の母親だ。いや、元母親か。そのぐらいの経緯は知ってるよな?」
「……何?」
「お前が奴隷として扱っているのは事実だろうが!」
空き巣どもの反応はともかくとして、強盗どもはそれすら知らなかったようだ。
「何故元母親が奴隷として売るに至ったのかといえば、そこの元父親が酒に酔った末、性的に襲い掛かったからだと聞いている。襲われたこの子からそこの元父親を引き離したまではいいが、この子を引っ叩いてそのまま奴隷商まで売りに行ったんだとよ」
「そ、そんな事まで話したのかエメリ……! いや、あれは畑が魔物に潰されてやけになって飲み過ぎたから起きた過ちだ。反省もしているし、二度と深酒なんかしない。妻にも言い聞かせてある」
「…………」
……伝聞だったが、これは事実か。
「深酒をしないから、なんだ? 運動が苦手だったこの子を働かせて、作業が遅れたらまたきつく叱るのか?」
「もう、そんな事は──」
「僕達がさせないに決まってる」
……こちらも事実、と。
「信用できると思うか? そもそも、この子が子供だった頃、意地悪をされて木から落ちたという話も聞いている。それもお前らのどっちかがやったんだろう?」
「それは……僕だけど……でも」
「この子が上手く働けず、親から叱られるようになった一番の原因はその時の怪我だぞ? 他にも全身至る所に古い骨折の痕があった。失敗して骨を折った事もあったのかもしれないが、力の強い男親の折檻が原因の骨折もあったんだろうなぁ」
「! そ、それは……」
ここが現代の日本でない以上、体罰であるというだけで全否定するつもりはない。だが──
「お前らが働き辛くしておいて、働けないからと更に痛めつけてたのは事実だろう? そんな相手が口で反省したと言ったら、そのまま返してやるのが道理だってのか?」
俺が怒りを滲ませながら放った言葉を聞いて連中は静かになった。
空き巣どもはまだ微妙に納得がいかない様子だが、強盗どもから向けられる目は厳しく、勢いは弱まっている。
「親の元に帰さない理由はわかった。だが、そんな子を奴隷のままにしておくのか? 平民に戻してやろうとは思わないのか?」
「古いものも含めて骨折は治してあるから、今のこの子は普通に動けるさ。それに平民に戻るかどうかはこの子にちゃんと聞いた。その上で意思を尊重して、奴隷として扱っている」
「っ、自分から奴隷になりたいと思う奴が居るもんか! お前が奴隷として扱いたかったんだろう!」
空き巣どもにもまだ叫ぶ元気はあったか。……まぁ、今回は的外れではないな。
「確かにこの子は外見も中身も気に入っているし、このまま奴隷で居てくれればと思いもしたさ。その思いをこの子が汲んでくれたところもあるんだろうよ」
「それだけじゃない、脅して無理やり言う事を聞かせたに決まっている!」
「ハッ、確かに脅しもしたな」
「そうだろう、薄汚い凡人族め! お前なんかより──」
「だが俺は、平民になれと脅したんだ。平民になりたいなら生きる為の技能も身につけさせてやるし、金銭的な負担も負わせないと約束したさ」
「……!?」
「だがこの子は平民を選ぶように脅した上でなお、奴隷になりたいと言ったんだ。それだけやってもまだ俺の奴隷になりたいと言ってくれたんだぞ? よく知りもしない他人がどうこう言ったぐらいで、その覚悟を無下にするわけがないだろうが!」
「……そのタオルは?」
「そっちの空き巣三人の誰かは知らんが、この子の顔を腫れさせてくれたもんでな。冷やさせているだけだ」
「…………」
普通に聞けば正気を疑いそうな話だが、【伝達】スキルのお陰か本気で言っているのは伝わるらしく、空き巣どもは黙ってしまった。
そして大男は考え込むような顔をしているが……拘束されたままだからシュールだな。
ゆっくりと大男の近くまで歩いていき、正面から見据えて、質問する。
「で、まだやるか?」
「…………すまなかった」
「フン」
大男に触れて【固定】の拘束を解いてやると、大男は尻もちをついた。その様子を見て大男の仲間が駆け寄っていく。
空き巣どもはまだ諦めきれないらしく、情けなく声を上げているが、この状況で掴みかかってくる勇気まではないらしい。
「エメリ……」
「さっきから気になっていたが、それはお前達が奪った名前だろう? もう名乗るなと言われたと、震えながら話してくれたぞ?」
「っ……」
そのまま立ち去ろうとして、ふと思い出した事があったので、大男に話しかける。
「ところで、俺がそいつらを空き巣と呼んでいるのは何故かわかるか?」
「え、あ、なんでだ?」
「俺は今この王都に家を買ってこの子と二人で住んでるんだがな、遠出して数日開けていた間に荒らされてたんだよ。この子の鼻で犯人がそこの連中だって判明したから、空き巣と呼んでいる」
じろりと空き巣どもに視線を向けてみるが、もう反応する気力もないらしい。
「…………」
「手配は回ってるからそのうち捕まるだろうが、そうだな。悪かったと思うなら兵の詰所にでも突き出しておいてくれ。ああいや、これは俺も行かなきゃいけない流れか……」
「……俺達は?」
正直ぶん殴りたい気持ちはまだあるが、悪人ではなさそうなのがな。
今も大人しく従おうとしているようだし、唆されでもしない限り悪事を働くこともない気がする。王都の防衛力を下げるのも問題だ。
……遠慮なくぶちのめせる魔物とか出ないかなぁ……。まぁそれはともかく。
「はぁ…………思慮は浅いが、話は通じて戦力にもなるんだよな。そこの空き巣どもを詰所に突き出す手伝いさえしてくれれば、なかった事にしてもいい」
「手伝うのは構わないが……こんな状況予想がつくかよ……」
「……まぁ、俺も聞かされる側だったらそうだったかもな」
「その子はその、背負ったままで行くのか?」
「随分怖がらせたし、少なくともこいつらを突き出すまではこのままにしておきたい」
城よりは王都の外と通じる門の方が近かったので、そこへ向かう事にした。
門まで恙無く到着し、空き巣三人を突き出した。
残りはどうせ空き巣どもから協力者だったという話は聞くだろうし、状況が複雑だったのは俺も納得しているという事で弁護する。
少々行き違いこそあったが、話は通じるし戦力にもなるし、俺も問題にする気はないとしっかり明確に伝えると、兵士達からは注意を受けたぐらいで解放された。
アニマを追いかける前に俺が殴った相手が、どうにも痛がっている様子だったので回復魔法を掛けてやると、大男が声を掛けてきた。
「ラックだ」
「うん?」
「俺の名前だよ、個人ランクAの狩人だ。改めてになるが、迷惑を掛けて済まなかった」
大男が自己紹介とともに組合証を見せてきた。確かにランクがAであると刻まれている。
「へぇ、道理でなぁ」
「それでその、あんたはユーリで良いのか?」
「うん? そういえば兵士から名前も呼ばれてたっけ。まぁ、こっちからも見せておくかな。ほら」
個人ランクの刻印が見えるように俺の組合証も見せておく。
アニマも俺の視線を受けて小さく頷き、ランクがわかるように見せている。
「ユーリに、アニマか。その、アニマって名前は……?」
「ああ、名前が無いっていうから俺が付けたんだよ。名無しのままじゃ可哀想だろう?」
「まぁ、な。ところで……ユーリがランクAだってのは実力を見れば納得できたが、その、狩りなんかはどうしてるんだ?」
「さっきみたいに背負ったままでもライカンスロープは狩れたから、あとはランクSの魔物がどうなるかってぐらいかな」
「そりゃあ、金貨一〇枚ぐらいじゃ動じないわけだな……」
「家は買ったし、武器もこの剣で事足りてるから使い道もあまりない。大金貨を万単位で積まれてもってのは正直な感想だよ」
「は……ははは……はは……」
「さて、買い物を再開して帰らないと。んじゃあな」
「買い物?」
……何故そこで疑問形になるのやら。
「獣人族なら匂いでわかってたんじゃないか? 食料を買ってる途中だったんだよ。囲まれたから切り上げて移動したんだ」
「あ、ああ……そうだったのか、悪かったな」
「ま、面倒な問題が一つ片付いたからいいさ」
手を振って強盗ど──ラック達と別れた。
それから、市場で買い損ねていた食料を買い込んだ後、家に戻って冷蔵庫に食料を放り込み、風呂で体を洗ってじっくりと寛ぐ。
放置していた色付きの糸を解いて作り直したり、夕食を作っている間に日が暮れたので、アニマを可愛がりながら就寝した。




