05:西の森の奥へ
「ふぁ……?」
「おはよう」
「! おはようございます」
雨の止まない森をのんびり見ていると、アニマも起きてきた。
「……雨がどのぐらいで止むかも分からないし、このまま雨宿りを続けるのもなんだから、狩りに行ってみようか」
「は、はいっ、その、この雨だと余りお役に立てないかもしれませんが」
「まぁ、匂いと音の両方が分かり辛くはなるんだろうけど、役には立つぞ?」
「そうなん……ですか?」
「俺の方がもっと利かなくなるからな、鼻も耳も」
当然だ、と大きく頷いてから申し訳なさそうな顔のアニマにそう言うと、やる気も出てきたようだ。
「がんばりますっ」
「おう」
仮眠に使っていた【固定】の寝床を崩しつつ、アニマを背負って木から降りる。
「じゃ、行こうか」
「えと、私はこのまま……なんです?」
「足元が結構泥だらけだからねぇ。この天気だと魔物を探すのも大変だろうから、そっちに集中してて」
「はいっ」
ということで、アニマを背負ったまま行くことにした。
ぱちゃぱちゃと歩きながら、時々は索敵を中断させて跳び進みながら、少しずつ森の探索を進めていく。大雨の中だが、俺が一人で探索していた時と比べれば随分と効率よく進んでいる。
「右に三〇メートルほど行った辺りにコボルドらしい音が一匹分、です」
「わかった……確かに」
いつもと同じ、『魔力式攻撃機』と名付けた空飛ぶ回転のこぎりもどきで斬り捨てる。
他にも試したい物はあるが、流石に普通のコボルド一匹相手に試すのもつまらない。
素材は残らなかったのでそのまま進み、また単体で居るコボルドを見つけた。
「次の奴はアニマがやってみるか?」
「はい、やってみたいです」
「じゃ、任せる。落ち着いてな」
「はいっ」
短く返事をしたアニマは前に出した手の先に風属性の魔法の輪を作り、コボルドを仕留めた。
「おぉ? 今のは……」
「ご主人様が良く使ってる魔法を真似てみましたっ」
「杖を使わずに発動するところもそうか?」
「はい、できそうな気がしたので。やってみると制御もあまり難しくはなかったですね……どうでした?」
「よくできていたよ」
「えへへ」
それからも狩りと探索を進めたが、前も来たコボルドの巣に到着してもまだ数匹程度としか遭遇できなかった。
巣の様子はというと、建物は壊されている。ここまでは狩人が調査に来たという話だったので、その時に壊したのだろう。
「コボルド、少なかったですね」
「そうだな。たまにはこんな日もある、ってことかね? 初日だし、明日は雨が上がることに期待して休んでおこう」
「はい」
このまま調査していても魔物の現れ方は微妙そうなので、少し手前に戻ってから、思い切ってまた休むことにした。
視界を強く妨げるほどの雨ではないが、そちらは元々木が邪魔であまり遠くない。そして聴覚と嗅覚を妨げる程度には強く、魔物を探せる範囲が狭い以上はどうしても緊張を強いられる。
とりあえず今言ったように天気が良くなることに期待して、明日はまた樹に登って前と同じように……前と、同じ?
「そういえばアニマ、目はどのぐらい遠くまで見える?」
「えと、あの……どのくらいと言われてもこう、どう説明すればいいのか……」
「それもそうか。じゃあ聞き方を変えるとして……人族と比べて視力は良いと思うか?」
「それなら、結構良い方だと思います」
「そうか。じゃあ、明日雨が上がったらまた頼らせてもらうよ」
「はいっ」
アニマを背負ったまま木を登り、改めて就寝スペースを木の上に作る。装備を外して寛ぎながら、今日の感想を口に出す。
「しかし案外、雨も止まないもんだねぇ」
「そうですね、最近は良く降ってますし……あれ、少し弱まってきました?」
「うん? ……言われてみれば」
確かにアニマの言う通り雨足は弱まっている気がする。
「……まぁ、日は傾いてるからな。今日は寝て、明日から動こう」
「わかりました」
もうじっくり休む体勢に入っているところなので、また出かけるというのは少し面倒だ。……今日はのんびりしてばかりな気もするが、明日に疲れを残しても仕方ないしな。
街から持ってきた食料を夕食にして、眠気が来るまで適当に時間を潰してから、眠りに就いた。
………………
緩やかに目が覚めてきた。
耳に入ってくるのは小鳥の鳴き声と、すぐ隣から聞こえる静かな呼吸。
目を開くと、空は徐々に明るくなってきているようだ。雨音は、無い。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう、アニマ。起きてたのか?」
「はい。といっても、ついさっき起きたばかりですけど」
「そうか。……雨は上がったみたいだが、今日はどうする? 背中に乗るか、自分の足で行くか」
寝たまま体を伸ばしつつ、アニマに聞いてみる。
「えとえと……どうしましょう?」
アニマは何やら悩んでいるようだ。
「昨日はずっと背中に居たんだし、ちょっとぐらいは動いた方が良いんじゃないかな? ……と、ライカンスロープかそれ以上に強い魔物が接近してきたら、ある程度遠くてもわかるよな?」
「はい、それはわかると思います」
「じゃあライカンスロープ以上の相手が近くに居そうなら、すぐ報告して俺の背中に。上位種コボルド以下の相手だけで少数なら、戦ってみようか」
「わかりました」
上位種コボルド相手ならギリギリ大丈夫だとは思うが、それ以上は厳しそうだからな。
アニマにも【固定】の装備を整えて、近くに魔物が居ない事をアニマに確認させて木から降りた。
靴というか具足もアニマを背負う時に泥ごと表面を剥がせるよう、心持ち厚めに作ってある。
そして、ぱちゃぱちゃと泥を踏みつつ森をしばらく進んだ所で、アニマが魔物の存在を感じ取った。
「コボルドですね。数は、二匹。他には居ないみたいです」
「んじゃ……武器でやってみようか」
「はいっ」
今回のアニマの武器は初めてアニマを狩りに連れてきた時と同じ、直剣とスコップもどき。
泥を重りに使うのはなんとなく嫌だったので軽いが、代わりに俺の魔力を注いであるので飛ばされても制御が届く距離なら呼び戻せる。
魔力が流れ出ないのに制御は届くという加減は難しかったが、多少漏れ出る現状でも何時間かは大丈夫なはずだ。
その武器で戦った結果はというと──
「…………えっと、凄い切れ味ですね?」
「まぁ、普通の鉄の剣と比べたらな」
強度については前回使わせた【固定】で補強した鉄の剣と同じだが、今回は剣身の接触する面積が違う。
振った勢いだけで切れるほどの力があるならまだしも、そうでないならミリ単位の太さの剣身で硬さと強度を保証できるこちらの方が斬り易い。
「じゃあ次は……ちょっとそこの木を登ろうか」
「はい? えと、寝るわけじゃないんですよね?」
「ああ、高い所から少し周囲を見てみたいんだ。より高い木があればそっちに向かうつもり」
「わかりました」
数本の木を経由して、周囲で特に高く頑丈そうな木の天辺に【固定】で足場を作り、更に上までやってきた。
「ここからだな。周囲は見やすいだろう?」
「そう……ですね、ちょっと、怖いですけど」
「まぁ、安全は俺が確保するよ。時間は掛けてもいいから何か見つけたら教えてくれ」
「はいっ」
空にある雲はやや薄い。雨は降らないか、降っても少量ぐらいですみそうだ。
森の様子は、正直良くわからない。先日のコボルドの巣付近に目を向けると、その辺りだけ木が少なくなっているのはわかる。勿論アニマにもその場所は伝えてあるので、そこを報せることはない。
他に似たような箇所は──あるようなないような。少なくとも煙は立っていないように見える。
「あっ」
「どうした?」
「あちらの方に何かがあります。家……?」
指し示されたのは、やや木が少なく見えなくもないところ。……望遠鏡でも先に作って置けばよかった。
水でレンズでも作れないかと思ったが、調整に時間がかかりそうだ。
「……進む方向を決める情報としては十分だし、行くか」
アニマが居るので前回のように飛び降りたりはせず、足場にしていた【固定】を解除しながら少しずつ降りた。
目的地に向かって歩く途中、またアニマが魔物の存在に気付いた。
「これは、左に上位種コボルドが一体居ます。気付かれています。わかる範囲で他には居ません」
「そうか、やってみるか?」
「はい、やってみたいです」
「慎重にな。覚えているだろうとは思うが、奴らは案外反応が速いから、気を付けろよ?」
「はいっ」
アニマが上位種コボルドに向かって走り、向こうもそれに気付いて──退いた?
「アニマ、戻れ!」
「へ、はい!」
「ガウッ……」
アニマを下がらせると、上位種コボルドは悔しそうにひと鳴きした後、遠吠えを始めた。
「良いんですか?」
「罠に突っ込んで囲まれるよりはマシだろ? 周囲の魔物は?」
「あ……上位種コボルドの後方にコボルドがたくさん……その中には上位種コボルドが一体います」
「合計二体か……悪いけど、俺がやるよ?」
「……すみません」
「見つけるところまではアニマの手柄だったんだし、大丈夫だよ」
アニマを背負いながらそんな話をしたところで、魔物達が襲い掛かってきた。
「ガルル……ッ!?」
アニマから受け取ったスコップもどきでコボルドを斬り捨てつつ、回転のこぎりもどきである『魔力式攻撃機』を作って飛ばす。
そのままコボルドを減らしていき、魔力を補給しなおして、上位種コボルドへ飛ばしてみる。
「ガウッ! ガルルルッ!」
弾かれた。そのまま何度か攻撃を続けてみるが、オーガが反応し損ねる程度の速さでは弾かれてしまうらしい。
切れ味と頑丈さはあるので何度もやれば終わるが、非効率。だからやるなら──
「……ガッ……!」
──回転させずに速さ優先で当てて、食い込んでから回して斬れば、上位種コボルドも反応できなかった。……今後あの辺りの奴らにはこれで行くか。
飛ばしていた『魔力式攻撃機』を手元に戻してから、アニマに尋ねる。
「他に強そうなのは居るか?」
「……居ないみたいです。わかる範囲ではコボルドだけです」
「そうか。引き続き頼むよ」
「はいっ」
流石にコボルドの素材を全て回収するのは面倒だったので、上位種コボルド以外の物は目に付いた分だけを回収して放置。
拾った物は順次安定化させていく。この作業をしない素材は時間経過で崩壊していくとのことなので、放置しても問題はない。
「あの、普通のコボルドの素材は良いんですか?」
「帰りにまだ残ってたら拾うかな。まずは木の上から見た巣らしい所が優先だ」
「わかりました」
アニマを背負ったまま巣に向かって駆け出した。
「ご主人様…………あの……」
「……多いなぁ……。人は居そうか?」
「…………匂いは、あります。血の匂いも。ですけど、生きてるかどうかまでは……わかりません」
「そうか。状況によっては激しく動くと思う。我慢できなくてもしてもらうしかないんだが──」
「が、がんばります」
「ごめんね。さてボスは……あれかな」
今度のコボルドの巣は小屋の数が多い。村と言われても信じられそうな数だ。
魔物の数は百以上。ライカンスロープも見えるだけで三体。上位種コボルドは六体。残りが普通のコボルドのようだが、数えるのは面倒だ。
さっきの会話で確認した通り、人がここでそれなりに死んだのは間違いなさそうなので、殲滅はしておきたい。
「ガルッ……!」
……気付かれたか。
一応どう扱われるかを見ていたが、ライカンスロープまで含めて、俺に気付いた魔物は全て殺意を向けてきているように感じる。
数匹のコボルド相手にのんびり戦っていると、奥からライカンスロープが出てきた。俺を攻撃するようにへ命令を下したらしいライカンスロープ目がけ、向かってくる上位種コボルドを無視して突撃。
武器は、刃を伸ばしておいた剣の刃先に魔法を纏わせたもの。剣を叩きつけた時点でライカンスロープは腕を犠牲にして防いだが、そのまま──
「ガッ……!?」
パン、という音と共に俺の腕から白煙が噴き出し、力が加わった俺の剣がライカンスロープの腕ごと胴体を両断した。
他の二体のライカンスロープは驚いているようだが、俺としては予想通りの効果に過ぎないのでそのままもう一度、近くにいた別のライカンスロープに剣を振る。今度は防がれる前に音と白煙が上がり、加速した剣がライカンスロープの腕ごと首をはねた。
三体目のライカンスロープはと目を向けると、剣を振り切った俺に噛みついてきた。
「グ、ガッ……」
「……装填が間に合わないな。もう少し考えないと」
噛みつかれても普通に防げるのは前からわかっていたことなので、押し倒されないように受け止めて、三体目も首をはねて終わらせた。
三体のライカンスロープの死体は一か所に纏めておき、残りの上位種コボルドを狩っていく。
激しく動きながら『魔力式攻撃機』を飛ばす余裕はなく、向かってくる上位種コボルドも居るのでスコップもどきと剣で一匹ずつ倒していく。
ライカンスロープの死体が崩れた頃には、見える魔物はコボルドだけになっていたので、深呼吸。
「アニマ、大丈夫? 酔ったりしてない?」
「はい、なんとなくですけど、ご主人様の動きが先にわかったからですかね。なんともないです」
「ふむ?」
意思を伝えるスキルであるらしい【伝達】の力、と見るべきか。
「ところで、あの、ご主人様の使っていたあの大きな音の出る力はなんだったんですか?」
「ああ、あれは地下室で作った奴だよ。もしかしてうるさかったか?」
「ちょっとびっくりしましたけど、大丈夫です」
「そうか? 何か異常があったらすぐ言うようにね」
「ありがとうございます……それで、あれはどんな……?」
「簡単に言えば、使ってるのは足のコレと同じ原理だね。詳しくは今日休む時にでも教えるよ。周囲の状況はどう? 強い奴優先で」
「は、はい、すみません。わかる範囲では、えと、あちらの小屋に上位種コボルドが居るぐらいで、あとはコボルドだけです」
「わかった、引き続き警戒よろしくね」
「はいっ」
俺が使ったのは、どうというものでもない。常温高圧の圧縮空気を持ち歩いておき、必要に応じて原動力として使用し、不要になった低圧の空気を破棄しただけである。
排出した気体は断熱膨張によって温度が下がり、周囲の空気中の水分が白い煙として現れはするが、それ以外は火薬を仕込んでいるのと変わらない。いや、燃焼により高温の気体を発する火薬と比べれば、解放した気体が低温になり圧力を失うため非効率でさえある。
携帯が容易で重量も皆無、それでいて暴発の危険のない頑丈な容器という、中々に狂った条件を満たせない限り利用できない、火薬以下の動力源。
その非常識な容器を一人分の食費だけで、圧縮する労力を更に一人分の食費だけで用意できる今だからこそ選んだ選択肢だ。
……まぁ圧縮まで俺がやれば更に安くは済むんだが、信頼できる労働力のアテはあるし、無駄が増えるだけだからな。
「どうかしましたか? ご主人様」
「いや、アニマが居て良かったなって思っただけだよ」
「?」
アニマは俺の言葉がよくわかっていない様子だったが、なんとなく撫でておく。
それから、巣のコボルドを全滅させながら確認してみたが、他の生存者は居なかった。
巣の周囲でコボルドを倒しつつ、ついでに食料を確保していたら日が暮れてきたので、巣にあった小屋の一つで眠ることにした。勿論寝床にする小屋の中は【固定】で保護してあるので、適当に寝るよりも安全である。
そして体を拭き、一旦周囲の索敵を注意深くさせてから、戦闘で使った力の説明を始める。
「──要は、アニマが歩いた力を集中させて斬る力として再利用したわけだな」
「ふぇぇ……」
空気圧関係の簡単な知識から話す必要があったので少しばかり説明も長くなったが、火薬の説明も含めて一通りは話した。
「さて、明日は王都まで帰るかな」
「そうですね。そろそろちょっと服をしっかり洗いたいです」
「俺もだ」
アニマの言葉に頷いてから、眠りに就いた。




