04:冷蔵庫と、探索の準備
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう、アニマ」
挨拶を交わしながら地下の物を確認してみたところ、特に問題は見当たらなかったので、今後も適度に利用していこうと思う。
作り過ぎても危ないだけだが、持ち運べる程度の重量なら──多分、大丈夫だろう。
そろそろ多少は自炊もしないとな、という理由からアニマには今日もまた地下室で頑張ってもらうことにした。
今回の動力の伝達先は危険物ではなく、製粉していない小麦を入れた臼。まぁ、指などが巻き込まれれば一応危険ではあるが、普通な物という意味で。
臼への小麦の追加操作はアニマが手元でできるようにしておき、徐々に注ぎながら全部挽いてしまうように頼んでおく。
部屋の換気自体はちょくちょくやっているので、窒息等の問題もないだろう。念のため、装置から外れる方法を説明してから、買い物に出た。
珍しい物を探すのであればアニマの鼻は役に立つが、一般に消費される物を買う程度であれば俺だけでも問題はない。
ひとまずは卵をいくつかと、パンと、鹿肉と、野菜、香辛料の他に、果物も。途中でミルクが目に付いたので、丁度良いかと蜂蜜と合わせて購入もしてある。
家に帰ってそのまま地下室のアニマに帰宅を告げに来たところ、小麦が挽き終わるまではもう少しだった。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいま」
横を通り、液体空気を多少確保してから、台所へ。
「終わったら台所までおいで。朝御飯にしよう」
「はいっ」
台所には恐らくは氷で冷やすのだろう冷蔵庫があったので、【固定】で保温性を高めて、腐り易そうな食料を収めてから冷やしていく。適温なんかは知らないので適当だ。
保管できそうな場所はいくつかに分かれていたので、氷点下の温度に設定する冷凍庫と、氷点下にならない程度に冷やす冷蔵庫というように分けてある。
ちょっとした物の出し入れで簡単に温度が変化する雑構造だし、追加で冷やせるのは俺ぐらいだから欠陥品ではあるのだが、無いよりはマシというべきか。
保冷剤としてはドライアイスも多少は考えたが、この家には地下室が存在しているので却下だ。換気には気を遣うつもりだが、質量の大きな二酸化炭素は地下に流れ込み易く、事故に繋がりかねない。
次に考えた保冷剤は、熱容量の大きそうな金属。
比熱容量だかだとアルミニウムの数字が大きく、鉄の倍程度はあった気もするが、あれはあくまで質量を基準にした比である。
アルミニウムの密度は鉄の三分の一より少し大きな程度なので、庫内全体の熱容量を増やす目的で使うなら、鉄の方が安価で高性能で場所も取らない。そもそも電気を自由に使えないので、アルミニウムの製造が難しいという問題もある。
一般的によくある物質でいえばガラスも鉄より高かったはずだが、比重はアルミニウム程度であるため、体積あたりで効率を考えれば鉄が妥当。表面にガラスでも張れば錆びもしないだろう。
……いや、よくよく考えてみれば水や氷の熱容量も十分に大きかったか。
体積あたりで計算すると水は鉄よりも熱容量が大きく、氷はアルミニウムよりやや小さいぐらい、だったはず。
運用する温度は氷点下だから氷で考えるとして……もう氷で良いか。マイナス一〇〇度以下まで冷やすことだってできるし、断熱もできるからな。
昇華だの金属イオンだのといった空気中に分子が溶け込む問題もあるので、やはり氷が適している。
熱伝導率は金属と比べれば低く、製造と冷却に時間が多少掛かりはするが、そこは問題になるほどでもない。急冷目的なら液体空気で冷やすだけだ。
色々考えたものの、本来想定されていた通り氷での運用が適している、なんて結論に至ったあたりは嘆かわしいが、良しとしよう。
そしてしょうもない話を考えている内に食料を冷やし終えたが、思ったより液体空気が余った。足りなければ地下に戻るつもりだったが、このまま作業を続けることにする。
ミルクをコップ二杯分ほど取り出して、蜂蜜を少量混ぜて甘くした後、冷やしながらかき混ぜる。固まってきたら小分けにして、洗って切った果物を挿してから、冷凍庫に放り込んだ。
それからはベーコンエッグ──ではないが、鹿肉を多少乗せた目玉焼きを焼いて、塩胡椒を少々。パンを置いて朝食の準備は完了だ。
調理し終えてもまだアニマは来なかったので、冷めないように包んでから地下室に降りた。
「アニマー、朝御飯できたぞー」
「はいっ!」
アニマの方も丁度作業が終わったところだったのか、こっちを見て元気に返事をする。俺についてきていた匂いに反応したのか、腹が可愛い音を立てているアニマを動力部から外してやり、一緒に台所へ向かった。
俺が用意した朝食は、パンと鹿肉エッグと、葉物野菜少々。
重ねればハンバーガーもどきになりそうな朝食の後、デザートとして先程作った物を出した。
「なんですか? これ」
「アイスクリーム、かな。あんまり甘くはないけど。冷たいお菓子だね」
「わぁ……あ、美味しい」
「それはよかった。あ、急いで食べると頭が痛くなったりするから、ゆっくりな」
アニマががつがつと食べ始めたので注意をしたが──少々手遅れだったようで、アニマは頭を抱えている。
「あ、あうぅ……」
「……遅かったか」
しょうがないなと小さく笑いながら、頭を抱えて定番の痛みを味わうアニマを撫でてやった。
「それで、これからやる事っていうと明確には思いつかないんだが、狩人組合にでも行ってみるか?」
「へ? はい、私は構いませんけど、どうしたんです?」
「ほら、昨日はアニマに頑張ってもらっただろ? あれでできた物が実際にどの程度使えるか試してみたくてね。といっても目的地は決めてないんだけど」
どの程度の威力になるかはやはり、人前で使う前に試しておきたい。……細かい物理の計算式を覚えていれば求められるとは思うが、そこまで覚えてはいないしな。
「わかりました。今回も泊まったりするんですか?」
「そうだな。特に予定も入ってないし」
「はいっ」
前回は一泊だったが、二泊か三泊ぐらいしてみたい気持ちもある。
予定が決まった後は冷蔵庫にどんな手を加えたかと使い方を説明し、準備を整えてから狩人組合へ向かった。
「ようこそ狩人組合へ。本日はなんの御用でしょうか、ユーリ様」
「狩場の情報を調べに来ました。そういえば、西の森ってあの後どうなりました?」
「はい、ええと、西の森は先日ユーリ様方が魔物をある程度殲滅してくださったお陰ですね。随分と被害が減って、落ち着いた状況になりました。ありがとうございます」
「いえいえ。では、南も西も落ち着いたということですか。……他に何か魔物の情報は? そもそも近くの狩場をあまり存じませんけど」
「そう…………ですね、東の方はハインデック王国と接しているので、現在の状況ではあまりお勧めできません」
「ああ、そういえばそんな位置にありましたね……」
複写してあった地図を、受付から聞いた話と照らし合わせてみると、確かにその通りだった。
目標である魔王が治めている国であるから、あまり近付かない方がいいだろう。むしろ……魔物が多ければ、攻め込ませない為の天然の壁として使えるのか?
「ですから、おすすめできるのはやはり西ですかね。被害が減ったとはいえ、深く潜れる方がそれほど居るわけでもないので……その、先日報告された巣までなら入り込めたのですが、それ以上となるとあまり無茶はできませんから」
「それもまぁ、仕方ないですかね」
西の森は二週間余りの王都生活で三度目になるが、目新しさを求めても仕方ない、か。……俺の方は今回駆とその護衛が居ない分無茶もできるしな。
「ですがその、ライカンスロープがまだ居る可能性もありますよ? そちらの、アニマ様と二人で入るのは厳しいのではありませんか?」
「無理をする気はないですし、前回と違って二人ですからね。一人を守りながら戦うぐらいはできます」
「そう、ですか?」
「はい。ついでに、大丈夫そうなら何泊かしてくるつもりです」
俺以外に七人も居た前回のような状況だと犠牲を出さずに済ませるのは厳しかったと思うが、アニマと二人ならそこまで気を張る必要もない。
木の上で寝るにしても、距離感の掴めなかった前回と違って、今ならベッド一つ分程度のスペースで十分だろうから負担も小さい。
敷布団として使える外套も用意してあるし、楽なものである。
「……あの、本当に気を付けてくださいね? これまでの戦果からして無謀ではないのでしょうけれど、死んだらそれまでですからね?」
「わかってますよ。ありがとうございます。それでは」
「お気をつけて」
予定も決まったので、アニマと一緒に西の森へと続く道をのんびり歩く。
「さて、西の森の魔物はどのぐらい残ってると思う?」
「どうでしょう……前回はあまり深くは入れなかったので、まだ居そうではありますね。が、がんばりますっ」
「よろしくね」
「はいっ。それで、えと、この杖は私が使うんですか?」
「そのつもりだよ。魔法を発動する練習もそろそろやっておいた方が良いだろうからね」
「わ、わかりましたっ……」
初めて魔法を使う時というのは、やはり怖いのだろうか? ……まぁ、魔法に憧れる地球人や、転生後の世界で慣らした俺と同列に考えるのは可哀想か。
「今までにも【魔力操作】で物を動かす練習も何度かやってるんだし、後は属性を付けられるようになればいいよ。失敗しても助られると思うし、怪我をしても治せるのは知ってるだろ?」
「は、はいっ」
俺が安心するため──もとい、アニマが落ち着いてやれるように、俺なりに注意している点や使い方などを改めて詳しく話しながら、西の森に到着した。
おさらいは済んだので早速実習として、アニマには持たせていた初心者用の杖を構えさせる。
訓練の手順は、俺がリケルから学んだ時と同じように進める。若干説明は多めにしてあるが、そのぐらいは良いだろう。
アニマが杖に魔力を注ぐと、その先に魔力の輪が浮かび、回転しながら周囲の魔力を集めていく。
唱えさせる文言は風属性の魔法の矢を飛ばすもの。狙いは、少し遠くの盛り上がった地面に俺が描いた円だ。
アニマが文言を唱えると、杖の先に集まっていた魔力が勝手に動き、矢の形を作る。
「そう、いい調子だ。前に進もうとしている力は感じるな?」
「は、はい」
「切り離せば狙い通りに飛んで行く。やってみろ」
「はいっ」
アニマの元気な返事と共に魔法の矢が飛び、ドフッと少しの土が散る。
「良くやった。次は……中断だったか。とりあえず、切り離す手前まで同じ手順で」
「はいっ。魔力を集中させて……。『風の力よ──』」
再びアニマの唱えた文言に従って、杖の先に魔法の矢が浮かんだ。
「良し。そこで止めて、その魔法の矢から魔力を奪うんだ」
「はい……っ」
少々ぎこちない印象は受けるが、アニマは魔法の中断にも成功した。
アニマが問題なく三度成功させたところで、次の訓練。
「次は、詠唱をせずに発動させてみよう。具体的には【魔力操作】だけで属性の変化までだ。杖の先に集めた魔力が、さっきと同じ状態になるように動かせばいい。……時間は掛けても良いから、落ち着いてな」
「はいっ」
そう言うなりアニマは杖の先に魔力を集め、風属性に変化させた。それから矢の形に変化させて、的へ向かって飛ばす。
スムーズにそこまで到達したことには驚いたが、余計なことを言って邪魔をするのも悪いので、そのまま次の指示を出す。
「良し。次は、中断だな」
「は、はいっ」
繰り返しやらせてみたが、問題なく終わった。
「加護のお陰、なのかな? 上手く操作できていたよ」
「ありがとうございますっ」
測定時の知力や精神といった魔法系の数値は低かったのに、当時の俺よりスムーズに動かせていたのは驚きである。
「一度に一気に進めても大変だろうし、今回の練習はここまでかな。ちょっと仮眠でも取ろうか」
「? はい」
アニマはまだやれると言いたげな様子ではあるが、口には出さずに付いてくる。
「……まぁ、なんだ。数学を教えてた時と同じだな。新しく覚えた内容を頭に馴染ませるには、仮眠でいいからすぐに睡眠をとるのが良い……と、聞いたことがある」
「……断言じゃないんですね?」
「俺が研究したわけじゃないからな」
ここらで良いかと場所を決めた後で、一応確認。
「魔物か何かの匂いや音はどうだ?」
「魔物や人の新しい匂いは、ないみたいですね。音もです」
「よかった。じゃあ……そこの木でいいか。上で仮眠を取ろう」
「水なんかは良いんですか?」
「水筒はあるし、目的は仮眠だしな。木登りはできるか?」
「だ、大丈夫です。きっと」
やや不安な返事だったが、ダメなら背負って登ればいいかと先に登り、ベッド程度の就寝スペースを作る。やや遅れてアニマも無事に登ってきた。
就寝スペースは多少風が通るようにもしてあるが、毒ガスを使う魔物でも居ない限りは大丈夫だろう。
空は雨雲か何かで黒く曇っているので、火事が起こったとしても多分大丈夫……だよな?
「じゃ、寝ようか。ちょっと狭いけど」
「はいっ」
外套を布団代わりにして、二人で並んで横になった。、
………………
「……雨か」
ざーざーと結構な勢いで雨が降っている。……上は開けてなくてよかった。
アニマは、まだ寝ている。
空気が湿っぽく、少しばかり肌寒さを感じはするが、自分以外の体温があるのでそこまで寒くはない。もう少し気温が高ければじっとりと汗をかきそうなぐらいだ。……エアコンを魔法で再現してみたいところだが、難しいんだよなぁ。
とりあえず今回はそのまま、アニマが起きるまでのんびりと過ごすことにした。




