02:実演と構想
城で夕食を摂り、城内の俺の部屋に戻ってきた。
サーラとしていた夜の約束については、無着色の物だが糸玉の残りはあと二個、綿も帰りの道中でまた一キログラムほど買ったので、どちらを見せるにしても問題はない。
俺の方の準備に問題は、なかったのだが──
「その……ごめんなさい」
「いやまぁ、この時間に男が部屋に女の子を招くわけだし、わからなくもない、かな。他言無用は守れるの?」
「そこは言い含めてある。リケルはしっかりしてる人だから、大丈夫」
「ないとは思うが、知った以上は見逃すわけにもいかなくてな」
「仕方ないですね、どうぞ。聞いてるとは思いますが、他言無用に願いますよ?」
「サーラに手を出した場合、その点については守れないが、それでいいか?」
「…………そっちは隠した方が面倒そうなんで、それでいいです」
責任感があるのは良いし、道理でもあるんだが……なんだかなぁ。
で、俺の部屋に俺以外に三人の女性が居ることになったわけだが──
「奴隷だと……? お前はこの短期間で何をしているんだ、ユーリ」
「いや、ちょっと深い事情があるんですよ。アモリア王女も俺が奴隷としてこの子を所有していることはご存知です。俺同伴でならこの子用の食事も出ますし、図書室と訓練場の利用許可も出ています」
「……そこまで認められているのか? 今一つ解せんが…………わかった」
「はい」
リケルまで来るのは本当に予想外だった。
決して悪い事ばかりではないのだが、なんだかその、リケルの微妙に責めるような口調に対してアニマが暴発しそうなのがやや怖い。
さっさと進めよう。
「ってことなんでまずは、糸を作るところから実演してみますね、そんなに難しくもない……というか話しながらでも大丈夫なぐらいでしたけど」
「ふむ? 紡ぐのではないのか?」
「違いますよ、とりあえずは、作りながら」
端の方の繊維を摘み、引っ張り出して、木の棒に少しずつ絡めていく。
「…………すごい、細かい」
「回復魔法を小さく使えば細胞を繋ぐことができる。綿の繊維は植物の細胞そのもの。だから、その細胞を魔法で繋げば、繊維は紡がなくても一本の糸になる、と」
「…………」
「繊維自体はかなり細いので、五〇〇本ぐらい纏めてますけどね。普通に紡いだ場合は、この繊維の端が糸から飛び出すことで触った感覚が変わるわけです」
「なるほど」
「繊維自体も細かく見ると多少捻ってたりはするんですが、まぁ、人間にわからない程度なので、こんな風に作ると結構つるつるとした糸になります」
「……………………」
「後はひたすら繰り返すだけ……って、どうしました? リケルさん」
見えるように発動させているのだが、じっと発動部分を見たまま動かなかったので気になってきた。
「……あ、ああ、いや、相変わらずだなと思っただけだ」
「? どういうことです?」
「術者自身が認識できていたとしも、これだけ細かい制御は非常識」
「そうなんだ? 思いついてぱっとやったらできたんで、そんな認識はしてなかった。一応だけど、本堂君も教えたらできたよ? 若干効率は悪かったけど」
「そもそも回復系の魔法を使える人があまり多くない。居ても戦闘に関わらない技術は後回しにされる、はず」
「それは、確かに道理、かな。細かい怪我を治す時に無駄な魔力を減らせそうだから、効率化の練習には良さそうだけど」
「回復系の魔法はよくわからんが、大した負担もなくできているのは事実、か」
「そうですね」
まぁ、矢を飛ばすような攻撃用の魔法を主に使っている世界であれば、マイクロメートル単位の魔法を使おうなんて普通は考えないか。
そして今まで考えていなかったが、俺の脳だけでこの処理を、この速度で進めるのは難しいはずだから──俺の中にあって回復魔法を使えるようにしている【再生魔法】スキルは、その手の判断能力付きだと思うべきか?
案外、編む方についてもスキルが発生していたりするかもしれない。……後で再確認しようかな。
ほどなく全て糸になったので、【固定】で編み針を作る。今回は目に見えるように針だけ見えるようにしてある。
編み針は押し出すのではなく、真ん中に通した一本の糸を内外から掴んで引き抜いて、一段。
編み目を保持したままにするため、作る編み針の量は膨大になるが──【固定】にそういった個数の制限はない。糸を掴む仕組みを組み込むのが面倒なぐらいだ。
……でも、手を抜いて返しが付いただけの針なんかにすると、網み目に引っかかり易いんだよなぁ。
「ご主人様っていつもこれだけの数を制御してたんですね……」
「数える気が起こらないぐらい細かいな……」
「魔力を、感じない?」
「この世界の魔法とは違う、別の世界の力だからな。便利なのはいいんだけど、対処されると困るんで、できるだけ内密にっていうのはこの力のせいだね」
サーラの疑問に答えながら針を動かしていく。
「……目が、回る」
「ああ、あれを目で追うのは無茶だ」
「…………あぅぅ……」
「あー……、針が見えてると目が辛いかな。なんとなくはわかったと思うんで、針は見えなくしちゃいますね」
針を見えなくしてから作業を続けると、どうやら少しは楽になったようだ。
「これは、女物の服?」
「布より作るところを見たいって話だったんで、もう一着ぐらいあった方が良さそうだから、いつも通りアニマ用の服を作ってるよ。サーラさんの採寸をするわけにもいかないしね」
「……そうだな」
そして、編み始めから約一時間半後。
「完成、っと。同じ物で申し訳ないけど、着替えがあるのとないのでは安心感が違うからね」
「いえ、ありがとうございます、ご主人様っ」
「少し、羨ましい」
「奴隷としては、幸福な部類だろうな」
普通の奴隷の扱いはそこまで良いものではないのかな?
「ありがとう、良いものが見れた」
「どういたしまして。他言無用で頼むよ? あと、サーラさんがこの部屋に居た件で何かあった時は、説明お願いしますね、リケルさん」
「そうだな、疑って悪かった」
「出かける場面を見たなら仕方ないかと」
それから、挨拶をしてから二人は部屋へ帰っていき、手を振りながら見送った。
「……さて、微妙な時間だが……ちょっとやりたい事ができた」
「はい、わかりましたけど……何か手伝える事とか、ありますか?」
「んー、わからないけど、今はないかな。ほら、前に魔道具で能力を測定してもらっただろ?」
「ああ、あの……なんかすごくむずむずしたあれですね」
あの時の事を思い出したのか、アニマはぶるぶると小さく震えている。
「あの時に掴んだ感覚を試し損ねてたから、そろそろ試しておこうかと思ったんだ。使うとしてもスキルを見るだけだから、あの魔道具ほどじゃないはずだよ。そもそも自分に試すつもりだから……強いて言えば、静かにしておいてほしいぐらいかな?」
「そ、そうですか、わかりました」
椅子に座って楽な姿勢を取り、かなり前になるが【基本スキル】を読み取った時と同じように、体の中に意識を向ける。
随分慣れてきた気がする【基本スキル】を構成する、【伝達】、【魔力知覚】、【魔力吸収】、【魔力操作】、【魔力変換】、【魔力蓄積】。
意識して使うのは【魔力知覚】と【魔力操作】、【伝達】ぐらいだが、他も無意識的にかなり使っている。【基本スキル】側も俺の操作に慣れてくれたような感覚があり、最初の頃よりは随分動かし易くなっている。
そして、魔法スキル。【再生魔法】以外は種類こそ多いものの、どことなく地味である。必要な時に働いてはくれるので、構わないといえば構わないのだが。
ここまでで【基本スキル】はラベル付きというか、意識を向けるとどんなものであるかを自主的に教えてくれる感じだったが、魔法スキルはなんとなくといった感じで、明確にどんなものであるかは読み取り難い。
あの時に魔道具が検出しなかったもので形を成しているスキルは──【測定】か。今まさに使っているスキルで、自己紹介の苦手な魔法スキル達の判別が楽になっているのだが、ついでだから新しくスキルを得たときにアナウンスでもしてくれないものだろうか……いや、ないものは仕方ないが。
そして、明確な形はまだ得ていないものの、ある程度スキルとして形を成しかけている形跡もいくつかはあるようだ。
先程認識したばかりの【測定】スキルを介して、少しずつ、そのスキルになりかけている魔力がやりたがっている事は──曖昧な効果ぐらいしかわからないが、並列作業向け、か?
スキルを育てる方法なんて良くわからないが、魔力を注ぎながら、必要そうな力への線を繋げて、他の邪魔なものと混じらないように少しずつ導いてみる。
まぁ、そんなすぐ成長するものでもないとは思うが……いずれ、脳内パソコンみたいな感じで頑張ってくれたらいいな。
攻撃用のスキルだと【聖魔法】あたりが一番強そうなので、持ち合わせがあるそれよりも製造方面に役立つスキルの方が嬉しいものだ。
「こんなもんかな」
「あ、終わったんですか。……上手くいきました?」
「ああ、あの魔道具を使わなくてもスキルを自分で詳しく調べられるようになった、いや、なってたみたいだ」
「それは、おめでとうございます?」
「ありがとう」
「……あの? ご主人様?」
「うん? なんだいアニマ?」
「…………私も、お調べに、なります?」
「興味はあるんだよね。あの魔道具よりは感触も弱いとは思うんだけど、まだ覚えたばかりだから同意もなしに試すのは、ね?」
「……………………じゃあ、ど、どうぞ……」
「悪いね。まぁ、多分大丈夫だよ。駄目そうならすぐ止めるから」
「あ、ぁぅぅ……はい……」
じっと見つめた甲斐あって──いや、アニマが協力を申し出てくれたので、俺は椅子に座ったままアニマを脚の上に座らせて、手を回して抱き抱える。
「ご、ご主人様っ? あ、あの、この体勢は……?」
「こういう支え方の方が安定しそうだからね。集中するから、動かないでねー」
「は、はいっ」
内容としては、まぁ、回復魔法をアニマに掛ける際とも大差はない。
心臓付近の魔力が集中している箇所に俺の魔力を伸ばし、通した魔力で【測定】スキルを使う。
まず、【基本スキル】は俺のものと大差ない。所々微妙に淀んでいるような印象は受けるが、時間が経っていればこうなるのだろうか。
他は、風属性の魔力に似た何かがある、と、これが風属性の精霊かな? こちらを認識してはいるようだが……なんだか疲れ果ててるような?
餌でもやるような感覚で俺の中にある風属性の魔力を注いでやると、多少元気になったようだ。他人に魔力を注いで良いのかも良くわからないが、まぁ、悪くならないことを願っておこう。
できるだけ干渉しないように様子を見て──
「……あの? いつ始めるんです……か?」
「……うん? ずっとやってるけど?」
「えっ? ぜ、全然わかりませんでした」
「ん、そうなのか。慎重にやりすぎたかな? ……つんっと」
少しばかり強めにアニマの魔力を弾いてみる。
「ふぇぅ……? なんだか、ちょっとむずっときたような」
「…………もうちょっと雑にやっても大丈夫だったのかな? とりあえず、ここまで大丈夫だったのなら何か淀んでるところを調整してみるね」
「は、はい……っ」
多少は変な感触もあるようだが、かなり雑に扱ってもあまり強い反応はない。
とすると魔道具のあの変な感触の正体は……あれか。機械的に強引にやってるからダメなのか。
風属性の精霊(?)以外は【基本スキル】ぐらいしかなかったので、淀んでいた部分を調整して、結局、大した反応もないまま終了。
「おしまい」
「えと、ほ、本当に?」
「本当に。何を身構えてたんだろうなぁ。損した気分だ」
「あ、あはは……」
風呂は済ませていたので、少し話をしながらベッドに入り、そのまま就寝した。
………………
「……まー……ごしゅり……まー……えへ……」
……寝言か。
時刻は──日が昇るまではまだ時間があるようだ。
気温が高くなってきたせいか、室温がやや高くなってきているような気がする。抱き着かれているせいか、微妙に寝汗もかいている。
そろそろ放射冷却で冷えてくる時間帯だとは思うが、このまま夏になると厳しいかな?
エルヴァンのいた世界は大体年中快適だったが、熱源が布団の中にもう一人居る以上は、エアコンなんかも欲しい。
電気はないが、仕組みだけなら魔法がある今なら…………いやまて?
「……ああ、これがあったか」
「ふぇう…………?」
「よくやった、アニマ」
「わぁい……えへへ……」
起こしかけてしまったが、小声で褒めると再び寝入ったようだ。気を付けよう。
涼しく過ごすためではなく、攻撃のために冷気を使える可能性に思い至ったので、少しばかり興奮してしまった。
冷却するための原理というのは、いくつかはある。
電気抵抗の異なる金属に電気を流すことで熱の移動を行う電子部品も存在するが、電気が潤沢でない現状では却下というか、不可能だ。
魔法でも冷やせるが、魔力の消費量が案外大きい。だから俺が今考えているのは、気体を使った冷却システムの話だ。
詳しくは『比熱比』だとか『比熱容量』だとかの話も必要になるが、それは効率の話。重要なのは『断熱圧縮』および『断熱膨張』、あわせて『断熱過程』といわれる現象の方だ。……計算式を忘れただけともいうが。
分子の持つ熱というのは、温度が上がれば物体が膨張するように、周囲の分子と距離を置くためのエネルギーとしても働く。
外からの力によって圧縮された際には、この距離を置くためのエネルギーが熱として高まる。これが『断熱圧縮』。
外からの力によって膨張した際、熱は距離を置くためのエネルギーとなり、温度が下がる。これが『断熱膨張』。
液体が気体になる際の『気化熱』、気体が液体になる際の『凝縮熱』も、現象の方向としては同じもの。
大気圏突入時に温度が上がる現象も同じような原理である。圧倒的な速度で前方の空気が圧縮されて高温になり、その熱が突入した物体に伝わり、熱を伝えた空気はすぐに次の空気と入れ替わる。そのサイクルで大気圏に高速で突入した物体の前方が高温になるわけだ。
これを雑に例えるなら、スポンジで水を移動させるようなものだろうか。
水を捨てたい所でスポンジを絞り、水を吸いたい所でスポンジから手を離す。これを繰り返せば水の移動はできる。
熱も同様に捨てたい所で気体を圧縮し、吸いたい所で気体を膨張させる。これを繰り返せば熱が移動し、冷却したい物を冷却できるわけだ。
スポンジの場合は水が少なくなったら、熱の場合は温度が低くなったらこれを繰り返し難くなるのも似たような話である。
……雑すぎるか? まぁ、やる内容に大差はないはずだ。
更にいうなら、ドライアイスの製法もある。
俺が覚えているのは圧縮した二酸化炭素から熱を放出させて液化させた後、気圧を下げれば気化することを利用して気化熱で更に冷やし、固体の二酸化炭素に変化させる方法だ。
沸点に近い気体を、沸点を飛び越えて冷やす方法として使えそうである。
まぁ、その状態の変化を起こすのは手間なので、同じ手順で冷やし続けられる沸点の低い気体の方が楽だったりはする。
欲を言えば、沸点が絶対零度に近いヘリウムがあれば冷却用の媒体、冷媒として理想的だが、この世界での確保は絶望的なので残念ながら却下。……地球ではジョークグッズですらあるのが理不尽だ。
沸点が絶対零度から二〇度ほどしか離れていない水素でも扱えれば、と思わなくもないが、水素を使うのは事故が怖い。
窒素を冷媒として液体窒素が作れるほどに温度を下げるのは大変だが、その近くまで下げさえすれば、水素が無くても液体窒素までは作れるだろう。
勿論、頑丈な容器と、『熱伝導』の無駄を削減する設備があればより効率よく作業を行えるのだが──幸いな事に、俺にはどちらもアテがある。というより、どちらも【固定】で用意できる。
……いや、液体窒素? そうだ、試してみるのもいいな。
とにかく、動力源を確保さえすればいくらでも試せるとして動力は……水力は人目に付くから、人力かなぁ。
「がんばり……ましゅー」
なんともまぁ、素晴らしいタイミングの寝言である。
「……頼りにしてるよ?」
「はぁい……えへ……」
頼もしい寝言を聞きながら、大よその構想をメモして、布団を掛けなおして眠りに就いた。
悠理が考えたもの:スターリング冷凍機もどき
通常の物との主な相違点は下の通り。
・冷媒がヘリウムではなく、そこらの空気。
・頑丈な素材を用意出来るので、冷却対象物が高圧でも問題ない。
・熱伝導が制御できるので、冷却の速度が遅くても大丈夫。
・冷却後にその温度を維持させるのも容易。
・ただし、動力は人力。




