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仕様違いの魔法使い  作者: 赤上紫下
第 2 章

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12:上位魔法士訓練

 控えめに揺られるような感覚があり、少しずつ目が覚めてきた。

 部屋は明るくなっていて、目の前には、いつものTシャツよりやや細めの、体格に合わせた寝巻を着たアニマがいる。

 おはようとあいさつを口にしながら時計を見ると、いつもよりやや遅いが、朝食よりは少し早い時間だった。


 アニマが着ているのは、昨晩、部屋に戻ってから編み上げた寝巻である。

 昨日のワンピースに比べれば(そで)(すそ)も短めなので、編み上げるのにかかった時間も短い。

 編み上げたところでかなり良い時間になっていたので、さっと風呂に入って寝たのだが、いつもより若干多めに疲労が溜まっていたようだ。時計は見ていなかったが、日付は流石に変わっていなかったと思う。

 あとは、あのTシャツと同じぶかぶかサイズの寝巻もアニマ用に作っておきたいところだが、今はまだ予定が詰まっている。寝る前に作ればそれで良いだろう。……残念だが、本当に残念だが、後回しだ。


 朝食時にはまた糸を作ることになるのかと少しばかり身構えたが、特に何も言われなかったので聞いてみると──

「シライ様ほどの作業効率を出せるならまだしも、あの糸の細さですと、織機を使っても完成には多少時間が掛かります。糸は軽く作ってはおられましたが、頼ってばかりもいられませんし」

 ──と言われた。


「そういえば、アニマさんはずっと長袖ですけど、何か理由があるんですか?」

「ん? アニマ、ちょっと袖を捲って本堂君に見せてあげて」

「……わかりました」

 アニマは俺の指示に従って、二の腕辺りまで袖をまくる。

 それによって見えてきたのはいつも通り、毛で覆われた腕だ。

「まぁ、こういうことだな。毛の生えてる範囲が広いから、抜け毛があんまり散らないように長袖を着せてるんだ。剃らせるよりは良いだろう?」

「な、なるほど、そういう理由ですか。あの、三角巾みたいな?」

「そういうこと。もう戻していいよ、ありがとう」

「はいっ」

 しかし毛といえば、だ。

「そういえば……獣人族の毛って、夏近くなったら生え変わったりするの? アニマ」

 詳しくは知らないが、犬や猫の毛が夏用冬用で生え変わるという話は聞いた覚えがある。

 学生時代、冬服から夏服への衣替えは夏前だったし、似たような時期かな? という予想だ。

「えと、あの、どうなんでしょう?」

「あれ、自分のことなのに知らないんだ?」

「それなら私が知っておりますよ。獣人族の体毛は、普段の生活に応じた変化をするようで……暑いと感じていれば長い冬毛は抜け落ち、寒さを感じていれば生えてきます。あくまで、傾向ですけれど」

「そうなんですか、ありがとうございます。……となると、長袖長ズボンは脱毛を促進するだけ? 埃が毛に絡んだり、あちこちに毛をまき散らすよりは良いんだろうけど…………獣人族って、なんかこう、体毛に誇りを持ってたりする?」

「いえ、私は特に何もないですよ? 人によっては、何かあるようですけど」

「なるほど、個人差があるのか。……やっちゃう? 脱毛」

「できるんですか?」

「まぁね。痛みもないはずだけど……多少は時間もかけたいから今すぐってわけにもいかないし、今夜あたりに改めて話そうか」

「わかりました」



 アニマとそんな予定を立てたあたりで朝食が終わり、俺の部屋までアニマを送り届けた後で、俺は魔法訓練に向かった。

 部屋で待機させるにあたって、アニマのことはやはり心配になるのだが、いくらなんでも過保護だろうか?

 とりあえず、訓練中に気を散らしていてはいけないなと改めて、全力で取り組むことにする。


 訓練場の広さはいつもと同程度。今回はなんというか殺風景で、置かれている物がとても少ない。

 例えるなら、障害物がいくつか置かれた、屋外の射撃演習場のような感じだろうか。

「久しぶりだな、ユーリ。お前も来たのか」

「お久しぶりです、リケルさん。先日はどうもありがとうございました」

 最初に参加した訓練と、その後の実験──もとい、自主訓練を監督してくれたリケルから声を掛けられた。

「リケルさんは今回も監督ですか?」

「いや、私は訓練を受ける側だ。今回の監督を担当するのはあちらの……」

 りけるの視線を追うと、偉そうな服を着た細身のおっさんが居た。細身といってもガリガリではなく、最低限の筋肉はついているようだが。

「今回の参加者は、以上かな? ようこそ、上位魔法士訓練へ。今回指導を担当するラウディだ。初めての参加者も居るようだから改めて説明するが、この訓練は魔法士としての訓練である。初めに、遠方の的を破壊する訓練、次に、素早く移動する的を破壊する訓練。最後は、飛んできた魔法を防ぎながら的を破壊する訓練だ」

 ラウディと名乗ったおっさんが概要から説明してくれた。リケルはラウディが説明を始めた時点で発言を止めていた。

 確かに、必要な技能ではあると思うが……さて、こちらのレベルはどんなものか。


「まずは遠方の的を破壊する訓練からだ。これは一人ずつ行う。立つのはここだな。前方の演習場に、一〇個の的がランダムに配置される。これを、一分以内に全て破壊することを目標とする。一〇個全て破壊できた場合はその時間、一分以上経過した場合は個数がそれぞれカウントされるため、覚えておいて今後の励みにすると良い。まずは、私から手本を見せよう」

 そう言うとともにプァーンと、上位の模擬戦に参加した時に聞いた音が鳴り響き、前方の演習場に魔法で作った的が現れ…………九個?

 ラウディは杖を構え、魔力の輪を出して、火属性の魔法の球を一つずつ的に対して放っていき、九つの的を破壊した。そのまま少し時間を置いた後、もう一度魔法を放ち、軌道を曲げて、やや奥の砂山の裏にあったらしい的を破壊した。最後の的は見えない位置にあったようだ。

「以上だ。一〇個の的は毎回異なる場所に配置される他、射撃位置からでは見えない的も存在する。その場合は【魔力知覚】によって見極め、破壊するように。待機中の者も、訓練中の者の魔法を見て学べ。では、右並んでいる者から、順に進めていけ」

「はい!」


 一人ずつ前に出て、恐らく各々が得意なのだろう属性の魔法で的を破壊していく。

 的との距離は最長で、六〇メートルほどか。俺の【魔力知覚】では及ばない範囲であるため、何らかの手段で解消する必要がある。……魔法の訓練だし、どうするかなぁ。

「お前は、杖は持っていないのか?」

 どうしようかと悩んでいると、隣に座っていたリケルが小声で話しかけてきた。

「魔法の制御では特に問題なかったので……杖を持つ利点って何か、あるんですか?」

「初心者用の杖しか持たなかったせいか……。杖の機能は魔法の制御を補助するだけでない。基本的には倍程度だが、魔力や魔法を制御できる距離も伸びるのだ。隠れた的が遠くにある場合は、杖を持たねば不利といえる」

「そんな効果もあったんですか……。ありがとうございます。今度買っておきます」

「今回はどうする気だ?」

「このままでなんとかしますよ。いくつか手はありますので」

「ふん? そうか」

 教官のラウディからちらりと見られた気はするが、小声、かつ目線は訓練を見ていたため、問題視はされなかったようだ。


 そのまま見ていると、次に訓練を行うために並んだのは図書室の司書だった女の子だった。こんな所で見かけるのが意外で驚いた。

 実技は平たい矢のような魔法を使っていて、魔法を発動し始めてから発射するまでの時間が短い上に、一つの魔法で複数の的を貫いている。属性も、火、水、風の三つを使っているようだ。

「凄いですね、司書さん……」

「む、サーラを知っているのか?」

「名前は知りませんでした。図書室で本を探してもらったぐらいの縁ですよ」

「そうか。彼女は体を動かすのはあまり得意ではないが、魔法の技能は優秀だ。参考にするといい」

「はい」


 こそこそと話しながら見ているうちに、リケルの番になった。

 どんな壊し方をするのかと見ていると、矢というより、円錐状の砲弾のような魔法を放っている。

 属性は火だけだが、発動は司書、もとい、サーラと同程度か少し早いぐらい。 障害物の影に隠れた的を、障害物ごと貫いて壊したのには驚いた。

 破壊する的は一つずつだったため、サーラよりやや時間は遅かったが、見応えはあった。

 そして、隣に並んでいたリケルが終わったので、次は俺の番だ。

 称賛するような視線を送りながらリケルとすれ違い、定位置に立って合図を待った。


 合図が鳴ったところで、魔法の発動を始める。

 流石に今回のような訓練で【固定】を使うのは(はばか)られるので、三日前に作ったばかりの『魔力式偵察機(マナサーチャー)』は使わない。

 上から見ると、俺を交点にした大きなU字かV字が描かれるように、魔力の塊を前方へ六つ飛ばす。これで俺の【魔力知覚】と【魔力操作】はおおよそ演習場を覆い尽くせる。

 一〇個の的の位置を把握できたので、魔力の塊はそのまま、手元にやや多めの魔力を込めた風属性の魔法の輪を作り出す。

 後は、一〇個の的を順に斬り飛ばして行くだけ──だと思ったのだが、存外に的が硬い。一〇個破壊した時点で魔法の輪から魔力が尽きかけていた。

 最後は、魔力の球ごと手前に戻して、魔力を吸収して終了。

 ……やはり、『魔力式偵察機(マナサーチャー)』や『魔力式攻撃機(マナアタッカー)』と違い、非効率だな。


 やや不満はあるが、次の参加者に場所を譲る。

 元の場所に戻ると、なんというか、随分と(いぶか)しげな眼差しを向けてくるリケルが待っていた。

「……いつの間にそんな魔法を使えるようになったんだ?」

「的を斬り飛ばした魔法を思いついたのは、リケルさんに魔法を教わった次の日ですね。魔力の塊を飛ばして遠隔操作できる距離を伸ばすことを思いついたのは三日前です」

「そんなことをしていたのか……それなら確かに、杖は不要か?」

「飛ばした魔力の塊を維持するのにも魔力を結構使うんで、杖は多分あった方が楽ですよ。同じことをするにしても、同じ魔力でより遠くに攻撃できそうです」

「ふむ、そうだな」


 そんな会話の後は淡々と訓練が進み、ラウディも含めた各人が三回ずつ行って、ラウディも二回目はかなり早い時間で的を全て破壊した。

 俺は二回目ではリケルの使った砲弾型の魔法を操作しながら一発でまとめて貫いた。三回目では矢のような魔法を三本放ち、それぞれで三個ずつ貫いた後で、最後の的は三本全てで貫いてみた。

 二回目はともかく、三回目では賞賛混じりの驚くような声が各所で上がったようなので、成功といえば成功か。まぁ、戻った後でリケルに、調子に乗るなと窘められたが。

 次の訓練は的が動いているだけで、ほぼ同じような物を三回ずつ。

 最後は、的は少なくなっていたが、代わりに色のついた水が魔法で飛んできて、それが付かないように防ぎながら的を破壊する訓練。追加で円盤状の魔法を飛ばして盾に使った以外は、同じように終わらせた。



 訓練後はリケルに杖の情報の礼を改めて伝えて、寄り道はしないで部屋に戻った。訓練自体は割とすんなり進んだので、今はまだ昼過ぎといえる時間だ。

「うーぁぅー……」

「……」

 部屋の扉を開くと、中ではアニマが凄く、ぐったりとしていた。

 渡しておいた問題を見てみると、悩みつつも頑張って解いたらしい形跡は見て取れる。

 今回アニマが進めた範囲は、負の数と代数計算、簡単な立体の体積の計算だ。

 義務教育が進む早さから考えると数時間でこれというのは早すぎるぐらいだが、多少の下地はあったわけだし、それに加えて真剣に頑張ったということだろうか。


 特に汗をかくようなこともなかったので軽い手洗いとうがいだけで済ませ、アニマをベッドに寝かせてやってから、詳細に答え合わせを進めていく。

 素晴らしいことに、正答率は中々高い。負の数の扱いで落ち着いていれば修正できたと思える箇所は目立つが、概ね理解はできているようだった。


 アニマの寝巻をもう一着作りはじめ、三〇分ほど経ったところでアニマが起きてきた。俺が居なかった間の努力を褒めながら、何処で間違えていたかはしっかりわかるように、優しく話す。

 完成後はアニマを脚の間に座らせて可愛がりながら、数学の勉強を少しずつ進めていった。



「へぇ、杖ってそんな効果もあるんですか」

「らしいよ。最初の訓練以外では杖を使ってなかったのをちょっと後悔したね」

「……それでなんとかなっていたシライ様が普通ではないだけだと思いますよ。訓練自体はどうだったんですか?」

「魔法の発想は結構面白かったですね。障害物の向こうにある的を壊すにも個性が出てましたし」

「えと、白井さんはどうやって遠くの的を壊したんです?」

「魔法に変化させてない魔力の塊を飛ばしたんだよ。その魔力の塊を経由することで、間接的に遠くまで制御できることは知ってたから、それでなんとかした」

「複数制御、間接制御、どちらも本来は簡単な技術ではないはずですけど……。魔法士達には良い刺激には、なったのでしょうか?」

「なってるんじゃないですかね? 危険性は熟知してる方達でしょうから、あまり無茶もしないでしょうし」

 夕食では、俺が参加した訓練の話をしていた。

 模擬戦の時とは違って説教はしなかったが、形式が違うせいで目立ち難かっただけ、というわけではないと思いたい。

 制限時間を超えて個数がカウントされる例は稀だったので、大丈夫だろうとは思うが。

「ところで、本堂君は今日、何をしてたんだ?」

「高校の勉強です。元の世界に帰る選択肢をなくしたくはないので」

「なるほど?」


 前にバルダーからも聞いてはいたが、戻れる、という情報以上は聞いていなかったので詳しく聞いてみた。

 とりあえず、こちらで過ごした時間は地球でも同じだけ流れるらしい。だから戻れる前提で考えながら、必要な勉強もしているようだ。

 魔王と戦うまでの猶予と聞いたのは三か月だから、その間の行方不明ぐらいならなんとか……ならなくはない、ぐらいかな?

「まぁ、【伝達】が向こうでも使えるなら英語は、楽勝かな。体育も大丈夫だろうし……美術や音楽が科目に入ってるなら、そこは辛いか。あとはなんだろう?」

「化学も実験ができないと中々……教科書一式はありますけど、一番大変なのは数学です」

「ああうん、問題と答えがあっても詰まったら大変だよなぁ、あれ。……勉強は明日もやるの? たしか訓練は明後日だよね?」

「訓練の次の日にちょっとずつ進めようと思ってるんで、三日後ですね。どうしてです?」

「アニマにも……まだ中学の範囲だけど、丁度数学を教えてるところでね、なんなら見るよ? 高校の数学なら大体わかるし」

 俺の提案は意外だったのか、駆は驚いている。

「本当ですかっ!? 嬉しいですけど、良いんですか?」

「教科書はあるんだろう? 問題があれば解き方を答えられる自信ならあるけど、どんな問題があったかはあんまり覚えてないから……俺もちょっと教科書を見たいんだよ」

「なるほど、わかりました。じゃあ、三日後……でいいですかね。何処でやります?」

「図書室はちょっとあれだから、俺か本堂君の部屋でいいかな? どっちでもいいよ」

「じゃあ、白井さんの部屋に行ってみたいです」

「わかった」

 ……ひとまず本堂君に勉強を教える話はこれでいいとして、日本に帰る選択肢、か。

「……俺が死んだのは二〇××年の年明けだったし、今更戻ってもなぁ」

「ちょっと時期がずれてるぐらいじゃないですか? 僕も同じ年の春に来ましたし」

「…………なんだって?」

「どうかしたんですか? 白井さん」

 ……俺はエルヴァンとして一八年は生きたはずだぞ? その俺が蘇生されたのが、地球の時間では同じ年?

「……本当に、その年なのか?」

「え、はい。教科書にも発行された年は書かれてるはずですし。持ってきます?」

「いや、いい。もう少し時間が経ってるもんだと思ってて、驚いただけだ。三日後についでに見るだけでいいだろう」

「……そうですか?」

 問い返してくる駆には肯定を返した。……この話は、じっくり考えよう。

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