11:二度目のステータスチェックと、特製綿糸
朝食を終えると、今日は初心者向けの訓練がある日だったので、駆はその訓練に向かった。
俺とアニマの二人はアモリア(と使用人)の案内で、再び能力を測定する魔道具の設置された部屋まで移動してしばらく後、魔道具の準備が整ったらしい。
「じゃあ、俺から測定してもらって良いですか?」
「ええ、どちらでも。アニマは、シライ様の後ですね。その台の前に立って、楽な姿勢で……始めてください」
「はっ」
演台のような台に置かれた魔道具の前に立ち、使用人が起動させるのを待つ。
相変わらずの、体内まで撫でられるような感覚が十数秒続き、結果が正面の石板に表示される。
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体力:127 / 128
魔力:130 / 130
筋力: 85 耐久: 72
敏捷: 90 精度:112
精神:135 知力:115
状態:正常
スキル:【基本スキル】【火魔法】【水魔法】【風魔法】【土魔法】【光魔法】【闇魔法】【聖魔法】【再生魔法】
加護:無し
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ちなみに、いつも身を守っている【固定】だが、すぐ掛けなおせるように解除したので、測定結果に影響は与えていないはずだ。
……しかし【再生魔法】か。【蘇生魔法】でないのは残念だ。純度を高めて、上手く読み解ければ変化するかな?
あとこの測定も、【基本スキル】に慣れてきただけあって再現できないかと思ったが、所有スキルへのアクセスぐらいしかできそうにない。数値化するには、魔道具を使うべきだろう。
この魔道具で【固定】が測定されないのと同じように、なんらかの変数を登録しておく必要がありそうだからな。
「これは……また、随分と伸びましたね……」
「そうですね、筋力と耐久はまだまだですけど」
「一週間の変化としては、十分すぎるでしょう」
「あの、ご主人様の数値ってそんなに凄いんですか?」
「ん、前に測った時の数値は後で教えてあげるよ。あとアニマ、この測定は結構変な感触もあるから……我慢してくれ」
「は、はい、がんばります……」
使用人が数値を控え終えたようなのでアニマに交代し、アニマの測定が始まった。
「う、うにゃう、が、がまん……ううう…………」
測定を始めた瞬間、全身の毛がぶわっと逆立っていたが、宣言通り、頑張って耐えているようだ。
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体力: 97 / 99
魔力: 80 / 80
筋力: 80 耐久:120
敏捷:113 精度:110
精神: 90 知力: 85
状態:正常
スキル:【基本スキル】【風魔法】
加護:風
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「もう少しそこで待っててくれなー。測定は終わってるから、あとは待つだけだよ」
「は、はいっ……うう……」
魔道具による測定が終わり、逆立っていた毛がゆっくり戻っていくアニマに声を掛けながら数値を見る。
使用人がこちらの数値も控え終えたところで、近くの談話室まで移動して、前と同じように説明となった。
再確認になるが、出てきた数値はについては──
体力:生命力。ゼロになったら死ぬ。
魔力:自身の魔力。ゼロになっても死にはしない。
筋力:全身の筋力の評価。出せる力の量。
耐久:力を出し続けられる時間の評価。雑に言えば、スタミナ。
敏捷:速く移動する力。体重が増えると、同程度の筋肉が残ってても多分下がる。
精度:どのぐらい思い通りに動けるか。
精神:魔力操作の力強さと持久力。
知力:魔力を早く的確に動かす力。
──といった感じ。アニマの精神と知力は平均より低いが、魔力の扱いに慣れていなければこんなものだろう。俺の数値も伸びていたし、頑張らせれば伸びるはず。
「筋力を除けば、獣人族の成人女性としては、高い水準ですね。……先程の話が事実なら、素晴らしい数値です」
「えと、そうなんですか?」
「この数字は、健康な成人の平均値を一〇〇として計算したって話だしね。身体能力に問題があった子が、健康な成人の平均以上に動けるって結果が出てたら、そりゃあね?」
「へぇ……ありがとうございます、ご主人様っ。えへへ」
なんとも可愛いことを言うので、撫でておく。
これまでの経験からして、知力が、魔力を早く的確に動かす力が低いなら、【伝達】によって伝わる感情は本音に近いものである可能性は高いはず。
そして、これまでアニマが俺にぶつけてきた好意からは、世辞染みた媚びるような感情は殆ど見て取れなかった。……つまり──
「コホン。それにしても、凄まじい習得速度ですね、シライ様」
「精神と知力が初めから高くて、良い見本が一杯あったので、こんなものでしょう。他の世界で得た経験を応用したから、という理由もあるでしょうけど」
「そう、ですね。見縊っておりました。申し訳ありません」
「いえ、よくしていただいてますし、気にしないでください。応用しきれない人だって多いでしょうし、若い子の方が最終的に力を付けやすいのは事実でしょうからね。俺は手持ちの力もありましたし、たまたま覆せただけです」
「そう言っていただけると有難いです」
「本堂君は多分、応用するための経験が不足していると思うので、少し長い目で見てあげてくださいね」
「一般の兵よりも十分に成長は早いのですが……そうですね、無理しすぎないように目を向けておきます」
「ええ、お願いします」
測定結果について話した後はアモリアと別れ、今度はアニマと二人で街に繰り出した。
そして、衣類を取り扱っている店を一通り見て回り、また何も買わずに退店し、ため息を一つ。
「ちゃんとした服ってのは、やっぱり高いなぁ」
「そうですね。寝るときに着せていただいたあの服は、銀貨二枚か三枚でしたっけ? おなじぐらいの値段の服も無くはないですけど……」
「だな。こうなると、ある程度の品質の服が欲しかったら、綿から紡ぐのが一番安上がりか……。さて、どこかに売ってないものか」
「えと、あっちで見かけました。なんていうか、ご主人様ってなんでもできるんですね?」
「いや、なんでもじゃないぞ? できないことだって結構あるし、他の誰より上手くできること、なんてのはそうそうないしな」
「えっ、そ、そうなんですか?」
「おう。だから、色んな経験を蓄えて、組み合わせて、応用できるところは応用して、いい結果を導けるように頑張るんだ。純粋な技術単品だけだと一流には遠く、拙いもんだよ」
「ふぇぇ……」
PCのような計算能力はないが、好きな形を作れて、即座に鋼鉄以上の硬度を発揮できる【固定】で固めた空気。薄く作っても十分硬いので、重さが欲しい時は水なり土なり適当に重りを入れれば済むという優れものだ。
糸と接触する部分に注意すれば、紡績も機織りも高い精度で行える。
考えるのは俺の脳なので当然機械より効率は劣るが──少なくとも、そこらの道具でやるよりは早いし、高品質に仕上がるだろう。
木綿の塊が思ったより大量に売られていたので、二キロほどの木綿を買って俺とアニマの背嚢に詰め込みつつ、今度はまた別の目的で市場を見て回る。
「香辛料は、意外と見当たらないな……わかるか?」
「ちょっと匂いが多いですけど、多分あっちです」
「そうか」
そんなアニマの案内により、塩と、少しばかりの胡椒等を購入。量あたりの価格が安かったので、製粉前の小麦も買っていく。
流石に背嚢にはもう入らないので袋も買う羽目になったが、まあいいだろう。
城の部屋に着き、作業スペースを作ったところで、昨日買っておいたパンとソーセージで腹を満たした。
紡績前にふと思いついたことを実験してみて、実行できたのでゆっくりと糸を作りながらアニマに話し掛ける。
「そういえば、明日はどうしようか。何か教材でも置いておこうか? 文字……は【伝達】でわかるから問題ないとして、算数や数学はどの程度できる?」
「えと、足し算、引き算、掛け算、割り算はわかります。生活で使ってたので」
「なるほど。となると、面積ぐらいならある程度わかるのかな?」
「四角と、三角ぐらいならわかります」
「じゃあ、そのへんを基準に問題を置いていこうかな。理科を教え込んでも良いんだが、物理関係は三角関数ぐらいできた方が楽だし……化学もそこまで詳しくは覚えてないし」
「……は、はい?」
「あ、うん、大丈夫大丈夫。一日じゃ覚え切れないぐらいには教えることも色々あるからね」
「ひぅ……お、おてやわらかにお願いします」
「おう。ちゃんと理解できるように、わかり易い資料にするつもりだから、安心してくれていい」
「あ、ありがとうございます」
明日の方針は決まったので、アニマに算数の問題を出しつつ、解いている間に片手間で糸を作る。
アニマはどうやら、二桁ぐらいなら計算は問題なくできるらしい。
小数点と分数まである程度理解できていたのは少し驚いたが、よく使う範囲であるし、少し怪しいところもあったので、重点的に復習させておいた。
その間にやっていた俺の作業はというと、魔法があるからこそできる作業だが、それほど難しいものでもない。
まず、今日購入した木綿。綿や綿、コットンともいうが、これは植物が作る組織の一種である。細長いストロー状に成長した細胞である繊維が集まってできていて、一般的にはこれを紡ぐことで糸にする。
紡ぐとは、この繊維を束ね、ばらけないように捩じりながら一本の太い塊にしていく作業のこと。繊維の終わりがくる前に、次の繊維を巻き込むように追加していくことで、長い一本の糸が紡がれてゆく。
木綿の繊維というのは案外短いもので、長さはせいぜいが二、三センチメートル程度である。繊維の始まりか終わりか、繊維の先端が糸の外に飛び出しすぎると、ざらざらとした、あるいはごわごわとした感触の元になってしまう。
解決法の一種としては、木綿にもより長く繊維が育つ高級な品種があったりするので、それを使うことが挙げられる。繊維が長い品種のものを使えば通常の糸と比べて外に飛び出る繊維の本数が減るため、すべすべとした肌触りの、高品質な木綿の糸が出来上がるわけだ。
といっても、糸の品質には繊維の長さだけでなく、上手く紡げたかどうかも関わってくる。道具を使うにしても、手作業で紡がれるこの世界の糸というのは地球と比べれば品質が悪い。少なくとも、素人が触ってわかるぐらいには悪かった。それを、綿の状態から機械的な作業によって紡ぐことで品質を上げよう、というのが俺のそもそもの意図である。
では何故、糸を紡ぐのではなく、作るのか。
ふとした思いつきだが、『回復魔法で細胞を繋げられるのなら、繊維だっていけるんじゃないか?』という軽い気持ちで繊維に極小範囲で魔法を掛けてみたところ、実験は成功。なんともまぁ簡単に、メートル単位のつるつるとした繊維ができてしまった。
いくらなんでも細すぎるので五〇〇本ほど束ねてはいるが、それでも太さが〇.四ミリ程度にしかならない事実と、思わぬ手触りの良さに乾いた笑いが出た。
一応この太さで使うことにして、紡ぐ代わりに回復魔法で繊維同士を所々、横方向にも繋いでおく。これで繊維はばらけ難くなった。
これだけの量であるにも関わらず魔力の消費量や、作業の難度としても大したことはなかったのだが…………他に試す人は居なかったのか? いや、綿が細胞だと認識できていなかったのかもしれないが。
とにかく、アニマに算数の復習をさせているうちに、二キログラム弱の極上の綿糸ができてしまった。微妙に少ないのは、混ざっていた不純物を取り除いたからだ。
そして、毛糸でもなんでもない細い糸で、布を織るのではなく、編む。
いきなりTシャツの編み方を読み取るのは中々難しかったが、トレーナーは糸が太かったので、そちらから基本的な編み方を読み取り、参考にしてTシャツまで読み取った。
編み棒二本程度で再現する方法は思いつかなかったが、糸を保持するための針は増やせるので、編み方の模倣はさして難しいものでもない。
糸が細いせいで途轍もない作業量にはなるが、そこは【固定】の、いや、【固定】様の出番である。──編み目の数をざっと計算したら絶望したので、編み目を一つずつ編んでいくような真似は断じてやらない。
最初は単純にひたすら裏から表に出すだけの編み方を数センチ分試してみたが、肌が透けたのでそのままの使用は却下。
表はそのまま単純な編み方に見えて、裏は網目を描くTシャツの編み方を、ああでもないこうでもないと必死で読み取りながら考えた。
ついでに糸を掴める仕組みを組み込んだ編み針を、千個以上用意する。その針をまとめて操作するための仕組みもまた作り上げて、準備はようやくひと段落。
折り返しや段の境目でできる縦の線は気にくわなかったので、ほんの少しだけ斜めにして、筒状に。ひたすら一方向に編んでいく。
必要以上に力を込めるとまた縮む原因になりそうなので、最低限の力で編めるように注意しながら進めた。
結果、日が沈みかけるまで時間をかけて、やや無謀な挑戦は終了。
最初の方は一段編むのに一分程度を掛けはしたが、終盤では編み目の調整を含めて平均三から四秒程度だった。
出来上がったのは若干伸縮する、スポーツ用でありそうな下着(体の線が出ないように一部は横糸や縦糸を追加で通した)、そして、下着が透けない程度の厚みを持つ、体格に合った長袖のワンピース。
注ぎ込んだ執念に自分自身でも少しばかり引いたものの、満足のゆく出来である。
首の部分は首を包むようなハイネック。下半身部分は脛丈のロングスカート状だが、内側にはいつもと同じ長ズボンを履かせてある。
着せてやったら、赤い顔をして喜んでいた。反応は少し大げさだった気もするが、喜ばれるのは悪い気はしない。
椅子に座ってぐったりしながら、満足のいった成果を見ながら休んでいると、使用人が夕食の時間だと呼びにきた。
「失礼します。そろそろ夕食のお時間で……す? …………ヒィッ!?」
まだ少し疲れてはいるが、夕食に向かうべく腰を上げると──使用人はアニマが着ている服に視線を合わせて十数秒停止した後、何故か悲鳴を上げた。
「……夕食に着せて行こうと思ってるんだが、何か、問題でもあったりするのか?」
「あの、社交界向けの上質なドレス……にしてはいささか地味ですが、どうなさったんですか? この質の良さそうな布でできた服……」
「昼前に買った綿から俺が編んだんだ。材料の価格だけで言うなら…………銀貨一枚ちょっとかな?」
「そ、そうですか。あの、アモリア殿下も興味を持たれると思うのですが、その、素材は余っておられますでしょうか……?」
「そこの机の上に置いてある糸がそうだよ。あと何着かは作りたいから、全部渡すのは…………いや、綿を買ってきてもらえば良いのかな?」
と机を指し示しながら言う。机の上には五百グラムほどの糸玉が三つ。少し減っている物もあるが。
「はい……あの、詳しい話は夕食の場でお願いします」
「じゃあ、案内よろしくね」
「承りましたっ」
道中で二度見三度見をされ、微妙に居心地が悪そうな、しかしなんだかんだで嬉しいような、複雑な表情をしたアニマを連れて、小食堂へやってきた。
二人と挨拶を交わして席に着くと、駆から早速質問が飛んできた。
「あの、アニマ……さんが着ているその服、どうしたんですか?」
「どうしたって言われても、市場で買える物で自作したとしか言えないんだが……悪目立ちするかなぁ、やっぱり」
「白い服に首輪が着いてますからね。どうしても視線が……」
「いえあの、ホンドー様? そもそも品質の良さが目立つと思いますよ?」
「……そんなに良い物なの? 僕にはちょっとわからないんだけど……」
「俺にもわからないな。余った材料を含めても、市場で払った金額は銀貨五枚ぐらいだし」
「金貨五枚はぐらいなんていう価格では…………銀貨ですかっ!?」
「そうですよ? 綿から買って作ったので。ほら、使用人さん、出番ですよ」
「は、はい、こちらがその、シライ様が綿から作ったと仰っている糸で御座います」
俺が声を掛けると、黙って後ろで待機してくれていた使用人が、俺が作った糸をアモリア達の前に差し出してくれた。
「買ってきた綿は全部糸にしちゃったんで、作るところは見せられませんけどね」
「そうですか……綿さえあれば可能なのですか?」
「ええ、可能ですし、見せることもできますが……夕食の用意はできてるんでしょうし、食後で良いですか?」
「そ、そうですね、配膳を。それと、綿の用意を」
「「はっ!」」
使用人の返事にも微妙に気合が入っている気がする。……なんとも、妙な流れになったもんだ。
「そんなに、良い物かねぇ……? いやまぁ、市場の糸や布の品質が悪かったから作ったんだけどさ」
「いや白井さん、糸から作るのは普通じゃないと思いますよ? 織り方とかよく知ってましたね?」
「そこはほら、召喚された時に着てた服から読み取って組み合わせたんだよ。冬物だから丁度色んな編み方が含まれてたんだ」
「なるほどです。……地球で買うとしたら、いくらぐらいになるんでしょう?」
「さあなぁ。木綿一〇〇パーなのは間違いないが、魔法がないなら地球じゃ再現できないしな? 繊維の質でいえば絹よりは安いだろうけど……って、売ってない物の価格を考えても仕方ないか」
「それも……そうですね?」
「そうそう」
そんな話から始まった夕食後。
糸の作成を実演し、回復魔法の応用だからということで駆にもやらせてみたら、やや非効率ながら駆にも再現はできた。
俺は結局使用人が持ってきた綿から五〇〇グラムほどの糸玉を八個作り、持ってきていた糸玉とおまけで一つ糸玉を貰って、部屋に帰った。
>単純にひたすら裏から表に出すだけの編み方
手作業の場合は『メリヤス編み』、機械編みの場合は『天竺編み』ともいいますが、機械でも『メリヤス編み』と呼ぶ場合はあります。
ちなみに、「布を編むとか正気?」と思う方は『 吊り編み機 』でググってみるとイメージしやすいかと。
約0.4mmの糸で作るとして、編み目一つは糸の太さに対して、横 3 倍、縦 2 倍ぐらい?
800(mm) ÷ (0.4(mm)×3) = 666.666... ≒ 667 ← 一周80cm程度で作る計算
1000(mm) ÷ (0.4(mm)×2) = 1250 ← 縦は1mで計算
667 × 1250 = 833,750
手作業で1つ1つ編んでいくのは無謀。
3秒1段ペースだと3750秒(約63分)。
使用人が最初に驚いた理由
異世界人が市場ではそうそう売っていないほど高品質な、女物の服を奴隷に着せている。
売っていたとしても購入できるほどの所持金はなかったはずだから、窃盗?
いや……まさか女装趣味で持ち込んでた!?




