08:南の森の探索 後編
鳥の鳴き声が僅かに聞こて、目が覚めた。目を開くと広がっているのは、少しばかり白んだ空。
視線を下に向けると、腕に抱き着いていたアニマと目が合った。
「ふぁっ!? お、おはようございます」
「……おはよう」
太い枝に隠れて下から見え難い位置に作ったからか、とりあえず、なんの問題もなかったようだ。
ここまで便利だった【固定】だが、融通の利かない面倒なところもあるため、寝床を作るに際して少々手間をかけてある。
掛け具合によって【固定】の硬さを変えることはできるものの、弾力を持たせることができないため、基本的に硬すぎるのだ。アニマの防具は森から拝借した木材を内側に使って対処しているが、寝床を作るために大量に調達するのは気が引ける。
緩めに固めただけの空気のベッド、なんて物は残念ながら使えない。もし作ったとしても、比重の軽い底なし沼に寝転がるようなものである。【固定】、【反固定】を使える俺ならともかく、アニマの場合は誤って吸い込むと命の危険が付きまとう。……体内に掛ける分には、調整さえしていれば問題ないんだがな。
だから気筒とピストンを大量に作って並べて、大量の風船の上に寝るようなベッドを作ることになった。
個数が少なかったら単純な【固定】製ベッドと変わらないので、精密な機構を三桁程度は並べるはめにもなったのだが、安眠のために頑張った。
型を作って作業量は削減したものの、毛が巻き込まれないように、角が体に当たらないように面取りを行い、空気圧の調整も──少々ではない手間だったが、良く眠れたようなので良しとする。
……まぁ、今後は、厚手のマントでも用意しよう。
「んじゃ、朝食にでもするかな。水汲んでくるから」
「み、水なら私が……!」
「ここは魔物も居る森の中だよ? その恰好で連れてはいけないから、大人しく待っておくように」
「うっ! ……すみません」
水を汲んで戻ってくると、なんだかすごく落ち着かない雰囲気のアニマが待っていた。
「あのあの、ごめんなさい、ご主人様」
「……まぁ、なんだ。次にこういう機会があったら、寝る前に朝の分まで汲むようにするよ。いや、ポンプみたいなものを作った方が手っ取り早かったか」
「ポンプ……ですか? それはどのような物なんでしょう」
「あれ、水道はあるのにポンプはないのか? 水を汲み上げるための道具なんだけど」
「すみません……私はあんまり詳しくないんです……」
「ああいや良い良い、気にしない気にしない。魔物を見つける嗅覚だけでもアニマは十分役立っているし、一人で寝起きするよりは気分も良いからな」
「ありが、ございます……」
何やら落ち込んでしまったアニマを慰めつつ、朝食の準備を進めていく。
川魚の一夜漬けは上手く漬かっていたのか、火を通してみると味はそこそこだった。微妙に物足りない気はするが、それは仕方がないだろう。
アニマは、ぱくぱくと料理を食べている。時折笑顔にはなっていたので、不味くはなかったのだろうと思いたい。
他の狩人と縁があれば、食べ比べでもしてみたいところだ。
食後は若干魚臭くなってしまったので、改めて湯に浸かって匂いを落とし、装備を着込む。
ついでにといってはなんだが、俺が付けている走行補助装置『怪物の脚』を、出力を低く調整してアニマにも装着させてみた。アニマの防具もそれにあわせて、各関節部分を少し補強してある。
そういった諸々が終わり、寝床の後片付けが済む頃には完全に日が昇っていた。
「んじゃあ、今日はもうちょっと森の奥の方まで行ってみようかね」
「はいっ」
目標を伝えて歩き始める。……と、魚ばかりではなんだろうということで、注文を付けておく。
「匂いについてなんだけど、今日は、果物の匂いがしたら教えてくれるか?」
「果物、ですか?」
「ああ、人間が食べられそうな実のつく物があればそれでいい。毒がないのは当然として、ついでに言うなら、辛くない物が良いかな」
「ええと、はい、そういう条件であればなんとか」
「それじゃ、改めて。行こうか」
「はいっ」
「あはは、凄いです! 体が軽いですご主人様ー!」
「木にぶつかったりした時は余計に痛いからな、気を付けろよ?」
「はいっ!」
思っていた以上にはしゃぐアニマと共に、ゴブリンを狩っていく。
相変わらずオーガは現れないが、移動速度が上がった他、アニマも素材の安定化には慣れてきたようで、昨日よりは効率よく狩れている。
「ギッ、ギャッ!?」
……まぁ、身構えた直後に狩られるゴブリン達は、無念かもしれないが。
調子に乗っているように見えるアニマだが、矢や魔法はきっちり回避しつつ、危なげなく戦っている。
どうやら、身体能力は獣人として低めだったとしても、神経の働きについては人族の標準以上は備えていたようだ。身体能力の低さは俺が【固定】で補っているため、こうなったわけか。
俺がそんな考察をしているうちに、アニマは崩れていくゴブリンの残骸から魔石を掘り出し、安定させていた。
「魔力の操作も慣れてきたみたいだな。戦闘中の動きも悪くなかった」
「はい! えへへ」
遠慮なく可愛がる理由ができて、俺としても気分は良い。
そんなことを思いながらアニマの頭を撫でていると、何かに気付いたらしいアニマの耳がピクリと動き、俺の手をくすぐった。
「ん? 何か見つけたのか?」
「は、はい、あっちの方から、何か大きそうな物音が聞こえてきました。匂いは、ちょっとわかりません」
「行ってみるか。一応、慎重にな」
「はい」
途中で見かけたゴブリンは狩りながら少しずつ、アニマが示した方へ進んでいく。
「俺にわかるような音や匂いはまだないけど、こっちで合ってるんだよね?」
「はい、少しずつ匂いがわかるようになってきました。これは……血の匂いでしょうか?」
「む、人がやられたのか?」
前回オーガと戦った時を思い出す。あの時は、俺達が近付いたところでオーガに獣人五人のうち一人が大きく飛ばされて、そこから参戦した。
今回も既に誰かが戦っていたところで、負けてしまったのではないか、という可能性を考えてしまう。
「違うみたいです。人の匂いはなくて、動物のような匂いはあるので……」
「……なるほど、そっちの可能性は考えてなかった」
「多分、さっき私が感じた音も、その獲物を仕留めた時のだと思います」
「そっか」
そのまま更に森を進むと、オーガの食事風景に遭遇。アニマが予想していたように、食べられていたのは鹿だった。
まぁ、人じゃないからといって放置すると、人間の食える物が減っていって困…………あれ、そういう点だと鹿は別に良いのか? 森を結構食い荒らしてたはずだし。
「なんとなくはわかってましたけど、やっぱり大きいですね……」
「そうだな。魔法なしだとちょっと戦うのを躊躇するレベルだ。周囲に魔物は?」
「えっと、音でわかる範囲には居ないみたい、です」
「りょーかい。んじゃ行ってくるから、安全なところで待っててくれ。もしかしたら、何か飛んでくるかもしれないから気を付けてな」
「は、はい」
さて、何日ぶりになるか……四日ぶりか? まぁ、金になってもらおう。
やや目立つように足音を立てつつ、高さ二.五メートルほどの巨体を誇るオーガに近付いていく。
数メートルほどの距離まで近付いたところで俺が人間であることを認識したオーガは、殺意を剥き出しにして襲いかかってきた。
「ガアッ、ガアッ! ガアアッ!」
オーガの動きはそこまで速くもない。素手のまま攻撃を避け、間違いなく殺す気満々な攻撃であることを確認してから、『魔力式攻撃機』を作り、首を狙う。
「ガッ!? ガッッッ!」
俺の攻撃を避けきれず、断末魔も上げきれずにオーガの首が飛んだ。
刃には魔法を纏わせていたため切れ味に問題はなく、『魔力式攻撃機』内の魔力もまだまだ残っている。この調子なら『魔力式攻撃機』一つで、無補給で五、六体ぐらいは屠れそうだ。
「ひゃっ……!?」
何やら悲鳴が聞こえてきたのでそちらに顔を向けると、アニマの後方からガサガサと何かが来ているようだった。
アニマがこちらに逃げてきて、奥の茂みから出てきたのは……ゴブリンか。
少しでかい気はするが、ゴブリンはゴブリンだ。
オーガのおかわりが来るかと期待もしたが、そんなことはなかったようで……少しばかり残念だ。安全なのは良いことなんだがな。
「落ち着いてればゴブリンぐらい平気だっただろうけど、よく考えたら戦ったのは昨日が初めてだったんだし、気にしないようにね」
「しゅ、すみません……」
アニマの気が引けていたので、ゴブリン達はそのまま『魔力式攻撃機』の餌食になった。
「まぁ、オーガの動きは見えたろう? 力は強いが、それだけだ。ゴブリンが音に寄ってきたのは想定外だったけど」
「あうぅ……つ、次は大丈夫です……!」
「もしかしたら次はオーガが来るかもしれないよ?」
「ひっ……いえ、オーガだったらもっと遠くからでもわかり易いですからっ、大丈夫ですっ、……多分」
「そうだな。オーガが来た時までアニマが戦う必要はない。さっきの戦いを見てもわかるように、何匹か集まっても俺なら倒せるからね。俺の戦いを見て、少しずつ学んでいけばいい」
「はいっ……魔法はまだ使えませんけど」
「あー……自分だったらどう動くか、とか考えながら見てればいいよ。うん」
「わ、わかりましたっ」
オーガの死体が崩れる音に混じってピチャピチャという水音が聞こえてくるが、それは無視してオーガの素材を見極める。
魔石ぐらいしかわからなかったが、取り出して安定化し、水筒の水で洗う。
洗ってもまだやや血生臭いが……まぁ、川で洗えば大丈夫だろう。
「うん、次は……獲物を食べた直後の奴はもう少し生かしておこうかな。いや、吐き出させてから少し置いてやればいいのか?」
「そ、そうですね」
魔物達は食べた動物に繁殖している雑菌まできっちり消化しているようなので、出てきた動物の死体も割と清潔、という不思議な状況である。
あえて消化せず腹の中で腐敗させて、雑菌をまき散らす魔物とか居ないだろうな? ……居たら嫌だな。凄く。
こう考えると、魔物というのは随分と真っ当な脅威だ。尤も、対抗できなければ死ぬことに変わりはないのだが。
「えと、どうしました?」
「ああ、ちょっと良くないことを考えてしまってただけだよ。次行こうか」
「? はい」
それからも森を歩き回り、何体かのオーガを仕留めた。森の奥に来ただけあって、それなりに遭遇できるようだ。
全て『魔力式攻撃機』で、というのもあんまりなので、三体目はアニマに渡しているスコップもどきと同じ形状の武器で戦ってみた。
普通に倒せたので以降はこちらでも戦い、時々『魔力式攻撃機』で仕留め、とやっていたら背嚢がオーガの素材で埋まってきた。
大物の素材は換金額も高いのだが、それなりに高い確率で素材を残すらしい。まぁ、楽なのは良いことである。
「素材も結構集まったし、そろそろ帰ろうか」
アニマに声を掛けて帰ろうと思ったのだが、今までと比べて妙に返事が遅い。
何かあったかと目を向けると、何やら思い詰めているような雰囲気を漂わせている。
「……あの、私も戦ってみていいでしょうか」
「……………………攻撃はちゃんと避けろよ? 前にも言ったが、アニマが受けたら防具を付けてても大怪我するかもしれないからな。大怪我でも治してはやるが、死ぬのだけは駄目だからな」
「は、はいっ」
少し心配ではあったが、せっかくやる気を出しているようなので、認めることにした。
ただ、俺がオーガの一撃を受け止める場面を見せてしまったので、少し細かく注意しておく。
あまりにもアニマがはらはらと落ち着かない様子だったので、俺自身は安全であると示すために、ついやってしまったわけだ。
……反省はしている。
数分後、俺達は新たにまた別のオーガを見つけていた。オーガからは、まだ気付かれてはいない。
今回のオーガも棍棒を持っているが、今までと比べて、なんとなく細長い印象を受ける。
「では、行ってきますね」
「気を付けてな」
「はいっ……!」
タタタとアニマがオーガに向かって駆けてゆく。オーガもアニマに気付いて戦闘が始まった。
「ガアアアアアアアッ!」
「ッ!」
オーガが振り下ろした棍棒を、横に跳んで避けるアニマ。
「ガッ、ガッ、ガアッ!」
「ふっ、ふっ、はっ」
多少危なげではあるが、しっかり攻撃を見極めて回避しながら、少しずつ削っている。
俺が教えた通りに戦えているようだ。
「ゴアアアッ!!」
「!? ッ!」
オーガが武器を横に素早く振った。
アニマは体勢を崩しつつもなんとか避けられたようだが──見ている側としては、とても落ち着かない。
「ガアアッ!」
「ッ、せやっ!」
オーガの攻撃を回避し、棍棒を振り下ろした直後の手を切り付けて武器を落とさせる。
オーガが反対の側の手をアニマ目がけて振りぬいたところで……おっと。
「やっ!」
「ッ!!」
アニマの持つ槍もどきがオーガに致命傷を与え、決着が付いた。
戦闘にかかった時間自体は短かったが、随分長く感じた気がする。
やはりもっと、こう、しっかりと訓練を受けさせてからにしたかった。しかし、経験としては上質ではあるのが……むぅ。
「えと、ご主人様……? 私の戦い方、だめでしたか……?」
「あ、いや違う違う、悩んでたのは別のことだよ。アニマは良く戦えていた」
「よかったです……えへへ」
悩みは後回しにして、今は可愛がることを優先させた。
アニマがオーガと戦った後は、アニマがオーガの素材を安定させている間に、俺はその戦いに乱入しかけたゴブリンの素材を安定させ、回収してからは森の外へ向かった。
オーガとはあれから遭遇することもなく、多少ゴブリンと遭遇した程度で森の外に出られたが、既に日は傾きかけていた。
後は、見た目にわかり易そうな鎧を解除し、脚力を水増しした状態で二人で走って王都まで帰ってきた。行きと比べて二割ほどは時間を短縮できていた気がする。




