06:南の森の探索……の準備
「手足に違和感は、ないよな?」
「へ? ……あ、はい。手足は大丈夫みたいです。ただ、口の中がちょっと……」
「口の中については、慣れろとしか言えんよ。元よりは噛み合わせも……あー、口を閉じた時に、しっかり噛めそうだろう?」
「それは、まぁ、はい」
俺は【固定】の力によって『後遺症は皆無』、『範囲は自在』、『回復も任意』という麻酔の上位互換のような真似ができて、傷を治す魔法も使える。また、これも【固定】になるが、一本の歯に腕全体の力を掛けるようなことも可能。
そして、目の前に若干歯並びの悪い所有物が居たわけだ。俺も自分の身には既に多少なり施していることだし……そりゃあ、やるだろう?
ただ、アニマからは終わった後で、手足が動かなくなった時と同じぐらい怖かったとは言われた。まぁ、俺が回復魔法を使える関係もあって、やや駆け足で進めたからな。わからなくもない。
「よし、そろそろ着替えて外に出ようか。色々やることがあるからな」
「はい、えと、私は……」
「アニマが昨日着ていた服は洗ってあるから、これに着替えておいて。…………俺は異世界人であると言いふらして回る気はないし、まともな服は買う予定だからそんな顔はしないでくれないか?」
「! すみません、すぐ着替えます」
アニマは少し慌てた様子で着替え始めた。俺はそれを視界に入れないように、顔を背けながら平服に着替える。
首輪については俺の手で付けてほしいと言われたので、その通りにした。
「で、外に出たら朝食にしようと思うんだが……そういえば、奴隷を連れて飲食店に入るのはどうなんだ?」
「お店によると思いますけど、綺麗にしていれば問題ないはずですよ?」
「そういうもんか」
話しながらちらりと時計に目を向ける。日は昇っているが、まだあまり城が賑やかではない時間のはずだ。
通用門の門番にアニマの腕の魔道具を外してもらい、今日もまた王都を歩く。
「そうだ、聞いておくのを忘れてたが、どんな服を着たい?」
「どんなと言われても……動きやすい服、とかですか?」
「袖の長い服でも大丈夫?」
「暑いのが籠りそうなのと、着る時がちょっと苦手です」
「なら、ある程度袖の太い服にしとこうか。一般的じゃないってことはないよね?」
「え、と、はい」
アニマの手足には、肌が見えない程度にはふさふさと毛が生えている。その毛の流れは基本的に、腕の付け根から手先に向いたものだ。横の流れは複雑なので置いておく。
まぁ長袖でも、ワイシャツの袖まくりのように先に袖をまくっておいて腕を通し、後で戻すような手順を踏むなら、この毛並みでも着る際の問題はないだろう。
長袖の服を着た獣人については、今までにも見た覚えはあるので問題はないはずだ。下は、獣人用の尻尾を通すための穴が開けてあるズボンがあったのでそれを選んだ。
半袖やスカートの類も考えはしたのだが、森に入ることを考えると論外である。着飾るための服は、せめてもっと稼いでからだ。
体格の関係で鞄は買わなかったが、アニマに持たせる背嚢を買い、小麦粉やパンや干し肉などの食料品と塩など、色々と買っていたら残金が金貨一枚を割り込んだ。
……適当な店で朝食を取ったら、狩人組合でまた稼がないとな。
まぁ、一通りの買い物は終わったので食事を摂ろうと思ったら、昨日の夕飯を食べた飲食店が丁度目に付いた。今の時刻は九時頃だが、普通に営業しているらしいので扉を開く。
「いらっしゃいませ、おや?」
「やあ、半日ぶり。なんとなく目に付いたもんで朝食をと思ったんですが……」
「ありがとうございます。では──」
「いえ、今日は獣人の奴隷を一人連れているんです。このまま入って大丈夫ですか? 当然、清潔にはしていますよ」
「でしたら問題は御座いません。どうぞカウンターへ」
「それはよかった。アニマ、おいで」
「は、はい」
無事入店できたので、そのまま勧められた席に着く。この時間帯の利用客はあまり多くないらしい。
「ご注文は?」
「そうだな……。おすすめの料理を二人分頼みます。酒は不要です」
「銀貨二枚と大銅貨三枚になりますが、よろしいでしょうか」
「はい、問題ありません」
「かしこまりました」
「んで、この後の予定なんだけど、狩人組合に顔を出して、南の森に向かうつもりだ。アニマにも付いてきてもらうが、どの程度走れる?」
「これでも獣人族ですから、人族の方よりは走れますよ。……獣人族の中では、多分、遅い方ですけど」
「そうか、じゃあ期待しておこう」
「それで、南の森まで、何をしに行くんです?」
「うん? そりゃあ当然、狩りに行くんだよ? 徒歩の予定だから、狩るのは魔物だね」
目的まで話したところでぴたりと止まった。……怖いんだろうか?
「…………が、がんばりま、す」
「あー、まぁ、アニマの安全を確保した上で、俺一人で狩れる相手しか狙う気はないから、大丈夫だよ?」
そう言って頭を撫でながら宥めると、少しは落ち着いてくれたらしい。この店の、素材の旨味を丁寧に引き出した料理が美味かったのも理由の一つだろうか。とりあえず、感謝である。
料理を食べ終えてから、予定通り狩人組合の受付にやってきた。
「こんにちはー」
「あ、ユーリ様、と、ようこそ狩人組合へ。本日はなんの御用でしょうか」
「今回は南の森まで狩りに行くつもりですが、何か新しい情報はありますか?」
「新しい情報と言いましても、調査隊を編成中という話はご存知でしたよね? でしたら、新しい情報は御座いません」
「そうですか、ありがとうございます」
「ところで、後ろの獣人族の方はお仲間でしょうか?」
「ええ、戦力になるかはわかりませんけど、荷物持ちで連れて行くつもりですよ」
受付にそこまで話してから──ふと、とある可能性に思い至ったので、アニマに質問をする。
「……そういえばアニマ、狩人組合に登録したことはあるか?」
「え、いえ、ないです」
アニマから必要なことは聞けたので、今度は受付に向き直って話を進めていく。
「ということで、登録したことのない新人、戦力不明。身分としては俺の奴隷ですが、組合証は作ってもらった方が良いですかね?」
「ランクによる特典はユーリ様と共に行動する場合であれば同様に受けられますので、不要と言えば不要です。ただ、ユーリ様にその子を売却する予定や、使い潰す気がないのであれば、関係者であることを示す組合証を作っておくのは良いことであると思いますよ」
「そりゃまぁ、売る気も潰す気もないですけど……すらっとそういう例えが出てくるのはどうなんだか……」
「受付で働いていれば、そういう例の一つや二つは見るものですよ。どうなさいます?」
「そうですね……アニマ、君の分の組合証を作ってもらおうと思うんだが、構わないか?」
「はい、ご主人様にお任せします」
「わかった。……じゃ、組合証の作成、お願いします」
「承りました。それでは、登録名は先程からお呼びになっている『アニマ』でよろしいでしょうか」
「はい、それで。登録料はこれでよかったですかね?」
「はい、丁度ですね。それでは組合証を作成して参りますので、少々お待ちください」
そのまま、アニマも狩人としての登録は無事完了。ついでにパーティーとしても登録しておいた。
パーティーは、前にも確認した気はするが、組合員が団体で行動することを組合に登録する制度だ。
パーティーにも登録証があり、組合証に取り付けられる、番号とパーティーランクが刻印された小さなカードだった。発行の手数料は一人当たり銀貨一枚、二人で銀貨二枚だ。
番号で管理しているため、パーティーの名前を決める必要はないらしい。無名の状態から設定するだけなら金は不要だが、改名には再発行と別途料金が掛かるらしいので、パーティー名は保留にしてある。
貰ったパーティーの登録証を組合証に取り付けると、パーティー名はケースに入れたまま確認できるようになっているようだ。……パーティー名は空欄なので、少し寂しい。
残金がいくらなんでも乏しいため、アニマの個人ランクは未試験、E扱いのままである。どの試験を受けさせるかは後で考えることにした。……まぁ、未試験状態のままでも困りそうにないしな?
狩人組合から出た後は、寄り道もせずに門を抜け、王都の外に出た。……一応まだ農村部は広がっているので、王都と言えるのだろうか?
とりあえず、南の森へ続く道を進むことに。
「馬車が通ることもあるから、その時は大きめに道から離れてね」
「はい、えと、走って行くんですか?」
「畑を抜けるまでぐらいは歩こうか。森に着くまで分岐点はいくつかあるけど、道はわかる?」
「……ごめんなさい、わからないです」
「じゃあ、分岐が見えたら指示するよ」
「はい、お願いします」
しばらくは畑が続くので、のんびり歩きながらアニマと色々な話をしてみようと思う。話題としては──
「この辺の畑は、何が植えてあるんだろ?」
「これはブドウですけど、知りませんか?」
「実が生ってればわかるけど、花が咲くかどうかって時期だと俺には見分けがつかないね」
「へー……」
地図はあるが、単に畑と書かれていたからな。
「多少はわかる植物もなくはないが、自信を持って言い切れる程じゃない。アニマも、この辺で育てられてない植物はわからないんじゃないか?」
「うっ……そうですね」
そのまま適当な話をしながら歩き続け、農村部を抜けた。
「…………? ご主人様のそれは、魔道具ですか?」
「ん、見えたか。これは魔道具じゃなくて、魔法だよ。この世界の魔法じゃないけど、燃費はいいからね」
アニマに見抜かれたのは、前回も使った『怪物の脚』と名付けた走行補助装置だ。圧縮空気入りの気筒とピストン部分は歩きながら作っていた。
【固定】で固めただけなら透明なのだが、気筒内の空気は圧縮されているため、視覚で捉えることもできなくはないわけだな。
とはいえ、結構しっかり見ないとわからない程度のはずなのだが──すぐ見抜けたということは、アニマの目は随分と良いんだろうか。
「アニマにも使えはするんだが、人に施すにはちょっと調整が要る。アニマがどのぐらい走れるかもまだわからないから、今回は普通に走ってもらうよ?」
「わかりました!」
「良い返事だ。じゃ、行こうか。……あとは、手足に違和感があったらすぐ言うようにね」
「はい!」
腕まで毛で覆われた獣人とはいえ、骨格は人間とほぼ同じだけあって、走るのは四足ではない。タタタタッと二本の脚で軽快に走っている。
その速さは、この世界で初めて訓練を受けた頃の俺の、全力疾走ぐらいだろうか?
「次の分岐は右なー」
「ハッ、ハッ、はいっ!」
多少喋り辛そうなのは、人体の構造上仕方ないか。
俺はアニマに比べれば足を動かす間隔がかなり遅い。アニマの二歩か三歩に対して俺は一歩というペースである。
それでいて『怪物の脚』のお陰であまり力を必要とはしないため、俺の疲労は自転車で走るのと大差ない程度だ。
「あ、疲れたらちゃんと言うようにな?」
「ハヒッ、ヒッ、はいっ!」
「…………森で狩りもやるんだから、これだけで疲れ果てるなよ?」
「ハッ、ハッ、ハッ、すみま、せん、ペース、落とし……」
「……うん、まぁ、速かったよな」
走り始めた時は、どの程度の速度が出せるか互いにわからなかったので、ジョギング程度の速度だった。しかし、互いにどの確認しながら徐々に加速して、先ほどの速度で安定。五分ほど走って今に至る、と。
アニマがいくら獣人だとはいっても、流石にこの速度、スポーツはしていない成人男性の全力疾走並の速度で走り続けるのは厳しかったようだ。
多少ペースを落としたものの走り続け、無事に森の入り口に着いた。
そして今俺達は、以前この南の森まで来た時と同じ場所の近く、御者が馬を休ませたと思われる水場に居る。
他の利用者はいなかったので、随分と汗をかいていたアニマには、狩りをする前に水浴びをさせることにした。
俺はというと、アニマが着ていた服を洗った後、乾燥機のような機構を作って乾かしているところだ。パシャパシャと水音を立てているアニマが流されたり溺れたりしないように見守ってもいる。
どうやって乾燥させているかは単純。まずは【固定】で気密を保てる空間を作る。対象物付近ではやや気圧を下げながら空気を循環させ、少しだけ加熱。循環するルートに水分を除去する低温の箇所も設ければ、短時間で乾くわけだ。加熱以外の動力は、人力だが。
「アニマ、そろそろ服が乾く頃だから、上がっておいで」
「はいっ!」
尻尾まで振って随分元気だが、猫の獣人だよな? どちらかといえば犬っぽいような──いや、遠吠えはまだ見てないか。
俺がそんなことを考えているうちに、アニマが近くまで来ていたのでタオルを渡す。砂が付かないように足場も作っておいたので、あとは拭くだけだ。
「んー……。もっとこう、手足を露出するような服も用意した方が良いのかな?」
「……なんでです?」
「この服で今日みたいな移動をすると、暑いだろ? まぁ、俺がアニマ用の調整を覚えれば済む話なんだが」
「う……すみません……」
「そこは俺のせいだから気にするな。さて、思い切り動いて、多少なり泳いで体温が下がったと思うが、体に違和感はなかったか?」
「えと、はい。あ、いえ、あると言えばあるんですけど」
「うん? どこだ?」
「どこかが悪いんじゃないんです。私、前は、あんなに走れなかったんです」
「んん……? ……あー、アニマと初めて会った時に結構色々やったからなぁ」
「はい、ご主人様に治してもらってから凄く調子が良かったのは知ってたんですけど、ここまでとは思ってなかったです」
「まぁ……背骨もちょっとびっくりするぐらい歪んでたからね。とりあえず、悪いところがないなら良かった。拭き終わったら服を着て、狩りに行こう」
「は、はいっ」
アニマの背骨の歪みは、『ヘビ背』などと言われる類の、背骨の大きな歪みだった。
神経も少なからず圧迫されていて、治ったら動けるようになったという話だから、運動が苦手だった理由はそれだけだったんだろう。
問題が解消されたので、あとは筋肉量と肺機能と──まぁ、慣れていけばもっと動けるようになるだろう。
「あ、あれ……なんだか、少し縮みました……?」
「…………む?」
そうか、木綿だと縮むこともあるのか。大き目のものを買っておいてよかった。……買った意味は今、俺の失敗と相殺したが。
「……次からは気を付けるよ、昨日の服は大丈夫だったから、時間をかけてゆっくり乾燥させるかな」
「すみません」
「これは俺のミスだよ、悪かったね」
「い、いえ」
服を着せた後。少し緊張した様子のアニマを見て、改めてこの子にはどんな武器を持たせるのが良いかを考えてみる。
「アニマは確か、戦闘経験はなかったんだよな。何か武器を使った訓練の経験はあるか?」
「……いえ、ないです」
「……喧嘩の経験とかは?」
「ない、です」
今後もアニマを連れ歩くなら、アニマが戦闘に参加しないにしても自衛はできた方が良いはずだ。何か──
「ええと……魔法は使えるか?」
「点火用の魔道具なら使った事はありますけど……杖を使ったことはないです……」
ふむ、魔道具はそのうち作りたいからサンプルにいくつか買うとして、杖もアニマの練習用に今度買うかな。
それはともかく、今必要なのは即戦力になり得る手段。……戦闘ではなく、日常生活で培った経験があれば流用できるか?
「……包丁、斧、鍬とか、他に農具で使ったことがあるのは?」
「包丁は料理で、鍬はあんまり大きくない物で、えと、麦を刈るための大きな鎌や、あと、スコップやピッチフォークも使ったことがあります」
「ピッチフォークっていうと、両手で持つあのでかい奴か。……鉈とかはどう?」
「あ、鉈はあります」
「んじゃあー……片手用の剣と、槍かな。突き刺す動作で切れるように刃を広くするとして、なんだっけ。……月牙?」
「……あの、何を?」
「ん、アニマに持たせる武器をどうしようか考えてたんだ。基本的に俺が狩るつもりだが、その間アニマを丸腰で待たせておくのもちょっと、ね?」
正直なところを述べたのだが、アニマとしては不服だったらしい。
「ぶ、武器さえあれば私だって、獣人ですしっ」
「といっても、戦闘経験はないんだろ? 怪我しないように気を付けてればいいよ」
「うぅ……はい……」
持たせる武器も決まったので、アニマ用の武器を【固定】で作っていく。基本素材はやはり、一番力が通り易く固め易い空気だ。
作ったのは、拳の保護付きの諸刃の直剣と、スコップもどき。スコップもどきは取っ手付きである。
刃は、輪郭だけ針金で作ったような最低限の形状しか持たせない。この世界の魔物が何処まで【固定】に対応できるかは知らないが、抵抗力がないなら、これで十分だろう。
それだけでは軽すぎて使い難いだろうということで、剣の柄、スコップもどきの柄にはそれぞれ空洞を作り、水を充填する。それでも二つ合わせて一キログラム程度しかないが、その軽さは刃の硬さで補える。
視覚的にわかるよう、光を通さないように固めたので、どちらも銀色の装備になっている。刃の部分は幅二ミリ、厚さ〇.二ミリ程とあまり目立たないので、注意をしておく必要はあるか。
「この二つを渡しておくよ。刃は結構な切れ味があるはずだから、取り扱いに注意してね」
「え、と、はい。なんというか、持ってみた感じは凄く軽いですけど……」
「刃には触っちゃだめだよ。切れ味は……そこの岩の表面に刃を当てながら擦ってみればわかると思う。あと、内側も切れるからね?」
「? ……!?」
小首を傾げつつも指示通りに行動してみるアニマ。ピキピキと音を立てながら岩を削っていく刃を見て驚いているようだ。押し当てるだけで岩が切れるぐらい極端な切れ味が出せれば面白いのだが、流石にそこまでは出せないのが残念である。
まぁ、【固定】でしっかり固めていれば非常に硬くなるので、武器としては十分だ。
とはいっても、流石に金剛石等の宝石類と比較してどちらが硬いかは知らない。エルヴァンとして生きた期間は一八年。成人は一八歳だったが、成人して間もない一般人が、実験に消費できるほど宝石を手に入れられてたまるかという話である。
確認できた範囲では鋼(炭素を混ぜて硬度を上げた鉄)を削ることはできた、という程度だ。しかし──
「岩でもそのぐらいは切れるからね。ちょっと勢いがあれば毛や皮膚ぐらい、本当に簡単に切れるから気を付けて」
「ひゃ、ひゃい」
その後も、武器を収める鞘やアニマ用の防具を作り、出発の準備が整った頃には三〇分ほどの時間が経過していた。




