05_5:私は──
今までさんざん人を選ぶ話ばかり上げていた気もしますが、多分今回は特に人を選びそうな話。
ヒロインの内面描写で御座います。
ネタバレだと感じる方、苦手な方などはスルーしても大丈夫です。
入れるのは 2 章の話が終わってからにするか少し迷いましたが、とりあえずここで。
私は、農業で生計を立てる獣人族の家に生まれた。
家は王都の近くで、それなりに大きな畑だったと思う。
畑で作っていたのは大体が麦で、少しだけど野菜を育てる畑もあった。
近所の子達と遊んでる時、意地悪をされて、木から落ちて怪我をした。
怪我のせいかちょっと体を動かしづらくなって、作業が遅れて親から怒られることが増えた。
内職の手伝いや、家にあった本を読んで過ごすことが増えて、近所の子達が遊んでいる姿は、たまに窓から見るだけになった。
そんな生活で年を重ねたある日、魔物が王都に襲撃してきた。一匹だけじゃなくて、オーガを含む群れだったらしい。
避難は間に合ったから魔物の姿は見てないけど、家と畑はぐちゃぐちゃになってた。
補償のお金は貰えたそうだけど、父はそのお金でお酒を飲むようになった。
それから少しした日、何が気に入らなかったのか、むしゃくしゃしていた父に襲われた。
服を破かれて圧し掛かられたところで、母がやってきて、引き離された後で、叩かれた。
名前を二度と名乗るなと言われ、奴隷商に売られたのは、そのすぐ後だ。
奴隷商では、牢屋の中で首輪をつけて暮らしていた。
ご飯は少なくてあまりおいしくもなかったし、怒られながら奴隷の仕え方を教え込まれていたけど、それ以上のことは何もされなかった。
奴隷商で何日か過ごした後、私とは別の奴隷が牢を破って、私も奴隷商から脱走した。脱走するしかなかった。
その奴隷が牢の中にいた全員の首輪を外し、「捕まったら酷い目にあうぞ」と脅して、奴隷全員を王都に放り出したからだ。
必死で逃げ回っている内に屋根の上に登っていて、身を縮めているうちに意識が途切れたのは、お昼を少し過ぎた頃。
肌寒さに目が覚めると、お日様は沈みかけてて、自分のいる場所を思い出して驚いた。
屋根を滑り落ちて、掴んだ瓦ごと落ちたのは、そのすぐ後だった。
痛みで動けないでいると、すぐ近くにまた瓦が落ちてきて、割れた。
その音で気づいたのか、黒髪の人族の男性がやってきて、私を珍しい物でも見るような目で見ていた。
上を見たり、私を見て首を傾げたりしていたけれど、どうにか助けを求めることはできた。
少し嫌そうな顔で尋ね返されたり、仕方なさそうに頭を掻いて、どうやったのか、ゆっくりと私を浮かせて移動さたり、真剣な顔で、私の怪我を全部治しちゃったり。
途中、凄く怖いことをぼそぼそと呟いてたりはしたけれど、あれは無意識に口から出ていたんだと思う。……獣人族じゃなくても聞こえそうな声の大きさだったけど、多分そう。
あの人の治療で、私の体は信じられないほど良くなっていた。
気にしていた尻尾の曲がり、時々しびれて感覚の薄かった手も、治ってる。体が軽い。
回復魔法を使える人に、完治するまでどれだけ金貨を積むことになるかわからなかった私を、無料で治してくれた。
そのことがまず、信じられなかった。
それから、二日後。ここ数年で一番健康になったことを喜べたのは、最初の内だけだった。
行く場所もなく、頼れる人もなく、人目を避けて逃げまわる。
空腹は、水で誤魔化す。頼れそうなあの人との出会いを思い出すと、手が伸びなかった。
雨を避けた後、ぼんやりとしたまま、あの人の匂いに気づいて、追いかけた。
そこで奴隷商人に見つかったけど、あの人は私に気がついた。
でも逃げ出した奴隷だったって事も知られて、あの人に嫌われて、見捨てられるかと思った。
結局は連れ戻されたけど、奴隷としてあの人──ご主人様に買われることになった。
縋りついた私を買うことで、奴隷商からと、逃亡した奴隷であるという現実から守ってくれた。
奴隷という立場は変わらなかったけど、逃げていた頃よりは遥かに良かった。
名前を聞かれた時、名前を名乗れないことを話すと、選択肢として、平民に戻るか奴隷として生きるかを選ばせてくれた。
買ったばかりの奴隷を、教育をさせた上で平民に戻す。そのための費用まで負担すると断言した。
私を奴隷として扱いたいとも思ってるのに、私が自分の意思で生きられるように、私に選ばせようとしてくれていた。
もっと優しくしてくれる人というのが想像できないし、もしそんな人と会えたとしても、その可能性をくれたのは、ご主人様だ。
その、ご主人様が言う『酷いこと』というのは想像できなくてちょっと怖かったけど。
でも、奴隷になることを選んだ時のご主人様はちょっと嬉しそうだった。
変なところが強引で、変なところが優しくて、不思議な物を持ってて、不思議な魔法が使えるご主人様。
気付いたら、今まで会った誰よりも優しくしてくれていた、ご主人様。
ぐっすり眠っちゃってたけど、手は出されてなかった。
今までのことをご主人様に話しながら、改めて、今ここで私が生きているのはすごく幸運なことだったんだと思えた。
でも、召喚されてこの世界に来た異世界人だったとか、魔王と戦うことになると聞かされた。
そして、『酷いこと』を体験してみるかと言われ、私は体験することを選んだ。
何もされなかったのかと思ったけど、感覚がなくなるだけじゃなくて、動かせなくなっていた。
痛くないのに、怖い。言われるままに脚を出すと、脚も動かなくなった。
このまま任せたら私がどうなるか、わからない。
するとご主人様は少し離れて、選択肢を出した。
離れれば、そのまま約束通り治してくれるはず。それは、私のために用意された選択肢。
怖かったけど、ご主人様の行動は、結局は、私のため。
もう一つはきっと、私のためにはならない選択肢。
だけどそっちを選ばないと、奴隷にはなれない。
ご主人様は、私がご主人様の奴隷になったら喜んでくれる。
嫌がったらそこで、奴隷になる道が消えてしまう。
今私が生きているのは、ご主人様に会えたから。
『酷いこと』の結果が死ぬのだとしても、ご主人様と会えなかった私になるだけ。
だったら、生きている限りは、ご主人様のためにありたい。
そんな一心で頑張った。
ご主人様が優しくなって、私が奴隷になることを認めてくれた。
最後だと、ここで選べば、今度は平民になる道が消える、奴隷として扱い続けるぞという宣言。
私がそれでも奴隷になることを選ぶと、ご主人様は私に新しい名前をくれた。
私はアニマ。
優しくて不思議なご主人様の、奴隷。
ヒロインが主人公に矢印を向ける理由について、説得力を持たせるにはどうすればいいだろうって書いてたら大惨事に……。
FAQ
Q.悠理、ゲスくね?
A.この子と出会った理由、2 回とも野次馬根性ですよ?
Q.悠理、もしかして狙ってた?
A.いえ、そこは素です。




