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仕様違いの魔法使い  作者: 赤上紫下
第 2 章

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05:これからの為の話し合い

 風呂場で汚れと疲れを落とし終えたので、体を拭いて、俺はこちらの世界の寝巻を着る。

 この子の着替えは──着ていた服は浸していたお湯に少しシャンプーを混ぜて洗い終えたが、流石にまだ乾いてはいない。

 少しばかり悩んだ結果、召喚された時に着ていたTシャツを着せることにした。首の後ろと脚に当たるタグが少し気になるようだが、そこは我慢してもらうしかない。

 俺用の平服の着替えを着せるのは、俺用に用意された着替えを他人に渡すようで、少々気が引けたからだ。…………俺の趣味が入っていないとは、言わないが。


 俺が召喚時に着ていたTシャツはLLサイズで、一八〇センチに届く俺の体格でもゆったり着れて、ベルトが隠れるぐらいの長さがある。

 獣耳を除く頭頂部までが一五〇ぐらいのこの子であれば、ミニスカートのワンピースのような見た目になる。

 無地の白で、吸湿速乾を売りにしたにした化学繊維の──

「ちょっと失礼」

「ふぁう……?」

 ──ポリエステル一〇〇パーセントの物だ。

 薄っすらと白めの肌色が見えて──はこないな。肌に張り付く素材でもないので、肌も特に透けはしない。体毛の緑色が少し透けているぐらいだ。

 そもそもそういう素材だからこそ、俺は自分が着るシャツとして選んだわけだからな。

「さて、そろそろ話を……と言いたいけど、眠そうだね? まぁ、仕方ないのかな」

 猫の獣人とはいえ、夜行性ではないようだ。本当に眠そうにしている。

 いや、風呂上がりにもまた干し肉とパンを食べさせたのが悪かったのか。

「……ごめんなしゃい」

「いや、いいよ。俺も今日は疲れた。じゃ、口の中を綺麗にして、トイレも行きたいようなら済ませておいで。使い方はわかるよね?」

「ふぁい……いってきます」


 女の子を見送ってから、ベッドに横になって今日一日を振り返ってみる。

 ギルドの登録は、問題なかった。

 狩りは──コボルド探しに手間がかかるのは仕方ないと思っていたが、スキルを習得すればいけるだろうか? 【基本スキル】内の【魔力知覚】である程度はわかるので、知覚できる範囲を広げられれば問題なさそうだが。

 あと、その路線で、敵と味方の区別をつけるスキルもあると楽な気がする。そんなスキルも確か──あった、【敵意感知】。似たようなスキルでは【鑑定】、【隠蔽】、【看破】などなど。

 しかし、【固定】で保存していつでも読めるようにしておいたスキル関係の本は、目録のようなものだったので、詳しい習得法まではわからない。

 図書室でまた読みたいが、奴隷を連れ込んで良いかどうかはわからないし、部屋で待たせるのも──なんというか、もう少し懐いていることを確認してからにしたい。

 食料やあの子の衣類も揃えたいし、この部屋とは別の拠点を構えたい気もする。やれることの自由度が違うからな。

 とはいえ、金貨二枚を切っている所持金では買えないだろう。「奴隷を買ったので金下さい」なんて城に言うのは気が引けるから、狩人(ハンター)として活動するしかないか。

 ……南の森に向かう途中であの子の運動能力を見極め、安全を確保しながらオーガ狩り、かな。

 それと、朝行って夕方に帰り始めると換金時に混みそうだから、昼出発して野営一泊、昼に帰り始めて夕暮れ頃に換金、という流れを試してみるべきか?

 となると必要な物は──

 ガチャリと扉の開く音がした。用は済んだらしいが先程よりも、もの凄く眠そうに見える。

「……おまたしぇ、まし……」

「ほら、こっちおいで」

「ふぁい……やわらかー……」

「おやすみ」

「おやすみなひゃ……」

 布団に転がってから、すぐに穏やかな顔で寝息を立て始めた。……今日のところは、もういいか。

 タオルケットのような薄い掛け布団を掛けてやり、俺も眠りに就いた。



 ………………



 ……何か、右腕に違和感?

 外はまだ暗いし、まだ眠い。上手く働かない頭で目を向けてみると、薄っすらと見えたのは緑色の頭。

 何か、びくびくと震えているようだが、寒いのだろうか。

 今のこの国は春のような気候だが、夜はまだ少し冷える、ような気がする。

 そっと寝返りをうって、女の子にも掛け布団を掛けなおす。

 少し落ち着いた気がする吐息と、自分のものでない小さな体温を感じながら、目を瞑った。



 ………………



 …………。

 まだ外は暗いようだが、自然と目が覚めてきた。

 時計を見てみると、時刻は日の出の少し前。起きるには丁度良い頃だろう。

 目の前の子を起こさないように布団からそっと抜け出して、身だしなみを整える。


 部屋に戻ると、布団に(くる)まって、のそのそと緑色の毛が生える手を動かしている何かが布団の上にいた。

 ゴブリンとは違う印象の緑色とはいえ、見た目はなんだか新種の魔物っぽい。

 近くに腰を下ろすと、抱き着いてきた後で、また寝息を立て始めた。まだ眠り足りないようだ。

 それにしても、ここまで懐かれるようなことをした覚えはないんだが……まぁいいか。


 良い機会なので、卓上照明の光量を少し上げ、手前に【固定】で固めた空気、その上にタオルをかけて、ずれないように挟んで留める。

 卓上照明の茶色い光を反射する範囲を選択し、ネガポジ反転を何度か繰り返した末に、文字部分だけ光を通しながら読むことにした。読みやすさは大差ないが、寝ている子に配慮した結果である。……いや、明暗を何度も反転させていた時点で優しくはないか。

 映し出すのは、この世界の文字をそのまま複写し、なんだかんだで翻訳する機会がなかった文字勉強用の本。

 結局は【伝達】頼りで読めてしまうため使う機会はない気もするが……放置しておくのもなんだしな。


 ページ数はそれほどでもなかったので、日が昇る前に最後まで読み終えた。読むと同時に翻訳文の保存も並行して行っていたため、これで何時でも読み返せる。

 読むのに使っていた【固定】の台を【反固定】で片付けていく。

「あっ……」

「おや? おはよう」

 いつの間にか起きていたらしい。

「お、おはようございます……か、顔洗ってきますね!」

「いってらっしゃい」

 起きてすぐ走りだして、ぺしゃりと転んだ。

 涙の浮かんだ目と俺の目が一瞬合ってしまったが……まぁ、戻ってきたら触れずにおいてやろうと思う。


「お、お、お、おはようございます」

 ……そこからやり直すか。

「…………おはよう。とりあえず、適当な場所に座って、それから話をしようか」

「は、はい。ええと…………はい」

「…………はぁ」

 床に直接座り込んだので、軽いチョップを落としてから、抱え上げて太ももの上に座らせる。「あたっ」だの「ひゃっ」だのといった声を漏らしていたが無視した。

「汚れてる、とまでは言わないけど、土の付いた靴で歩き回る所に直接座るんじゃないよ。もう」

「はい……えへへ」

 注意しながらぽんぽんと頭を軽く撫でた後、髪を梳かしてやると、なんだか機嫌が良さそうにしている。

 ……嫌われるよりは良いけど、やっぱりなんか調子が狂うな。


 それなりに私的(プライベート)な話になるので、少し待たせてから窓と部屋の入口に防音用の壁を作った。【固定】でゆるく固めた柔らかめの空気の層を内側に、【固定】でしっかり固めた硬い空気の層を外側に配置した二層構造で、まぁ、多少の防音効果はある。

「じゃあ、まずは俺のことを話そうか。俺の名前はこっち風に言うと悠理 白井。『悠理』が俺個人の名前で、『白井』は家の名前って感じだな」

「ご主人様個人の名前、ユーリ様……」

「で、俺が生まれたのは、というか生きてた国はこの世界じゃないんだが、そういう話を聞いたことはあるか?」

「えと、外国、じゃなくて異世界、ですか? 聞いたことはありますけど、ご主人様がそうだとは思いませんでした」

「見た目でわかりそうなもんだが……いや、難しいのか。見た目が多少違っても旅人なら居そうだしね」

「はい、ご主人様の服装も、よくある普通の物でしたし」

「そりゃあ、普通の服じゃないと目立ちそうだからね。で、俺が元いた世界ってのは、俺みたいな人族しか住んでない、魔法もない世界だったんだ」

「え……と、不便……あ、いえ、中々想像し難い世界ですね」

「技術は発達してたから便利だったよ? 君が今着てるそのシャツも、あっちでは銀貨二、三枚ぐらいのお金で買える物だし」

「こ、これがですかっ? 布も縫い目もちょっと信じられないぐらい細かいんですけどっ!?」

「そんなことを言われても、向こうではありふれた物だったよ? ああ、買いに戻るのは無理だから、雑に扱ったりはしないでね?」

「ふぁ……ふぁい!」

「よろしい」


 そのまま女の子に会うまでの経緯を話し終え、女の子からは俺と会うまでの話を聞いた。

「……すみません、その、あんまり役に立てそうには……」

「まぁ、生きるのに精いっぱいだったんだろうし、仕方ないかな」

 聞くところによると、この子は元々、王都の周囲にある農村部で暮らしていたらしい。運動が苦手で、回りには迷惑をかけることが多かったそうだ。


 まず、半月ほど前に魔物の襲撃で畑が荒らされ、生活が成り立たなくなった。

 多少の補償は国から貰えたらしいが金額的にはギリギリで、この子が売り払われた。

 それ以降は先日も聞いた通り、そのまま奴隷商の牢に入っていたが、他の奴隷が脱走を企て、首輪も外されて外に放り出された。

 捕まったら酷い目に遭うと聞かされたので必死で逃げ、屋根の上に隠れていたが、疲労で眠ってしまい、起きたら足を滑らせて落ちた。

 そこで俺が治して飯を食わせたわけだな。……犯罪者かと聞いていたらアウトだったのか。今更だけど。

 それからは頼れるような相手もおらず、腹を空かせて、どうしようもなくなった。

 そして昨日、俺の匂いを嗅ぎつけてふらふらと追いかけてたら、奴隷商に見つかり、殴られたと。

 その後は俺も知る通り、騒ぎを聞きつけた俺が店の外に出て、結果として合法的に買うことになったわけか。

 ちなみに年齢は一八。こちらでは成人扱いされる年だ。


「ふむ……なんともまぁ、綱渡りな……」

「でも、もう、ご主人様のお陰で逃げなくてもよくなりました。ありがとうございます」

「それは、どういたしまして。……しかし、ううむ」


 抱えたまま続ける話でもないかと、ベッドの上で向かい合うように座りなおして、一区切り。

「さて、それじゃあ、今後の話をしよう。その前に、魔王は知ってるかな? ハインデックっていう魔族の国の王だって聞いたけど」

「えっと、はい、とても強くて怖い人だっていう話はよく聞いてました」

「んで、俺がこの世界に来て、実はまだ六日目なんだけど、なんでこんな所に住んでるんだと思う?」

「へぅ? ……なんででしょう?」

「んーと、【召喚魔法】ってわかるかな? この国の王女様の手で、その魔王と戦う戦力として召喚されたおまけみたいなもんだね」

「召喚……おまけ?」

「王女様が召喚したのは別の異世界人で、俺は巻き込まれてこの世界に来たんだ。ただ、戦力自体はあるから魔王と戦うことにはなってる。だからこそ、あっちも俺に部屋を用意してくれてるんだけどな」

「ふえぇ……」

「そしてもう一つ。……まぁ、あれだ。昨日ちょっと話した『酷いこと』を少し体験してみるか?」

「ふぇ……い、今ですか?」

「そう、今だ。魔王と戦うという話を聞いて、これを体験してみて、それでもまだ奴隷として俺の下で生きるかどうか。……まぁ、平民になることを選ぶなら、体験しなくてもいい。奴隷として生きたい場合だけだ」

 できれば、深く知って、愛着が沸く前に選ばせたい。

 ……これだけ脅しかけても、まだ奴隷として生きたいと言えるなら、言ってくれるなら──

「体験した上で尚、俺の奴隷として生きたいというのなら、もうそれについては聞かない。俺か君が完全に死ぬまでは、奴隷として扱おう。体験しない、あるいは体験した上で平民として生きることを願うなら、それが叶えられるように取り計らおう。……体験してみるなら、腕輪を付けていない腕を俺の方に出せ」

「……わかりました」

「……そうか」


 腕輪を付けていない腕を出してきたので、手首の少し上を掴み、【固定】の力を籠め、手を離す。

「…………えっ? 終わりですか?」

「実感がないか? 指を動かそうとしたり、ベッドに手をついてみれば、どうなったかはわかるだろう」

「……!?」

 やったことはと言えば、そう難しいものでもない。治療の時と同様、【固定】で神経だけを固めて、信号のやりとりを阻害しただけだ。

 掴んだ辺りの断面を基準に、神経細胞を選出して、個別にしっかり細胞一つ二つ分程度の長さで遮断する。その程度の長さであっても、信号の伝達をきっちり阻害できれば、そこから先は麻痺してしまうというわけだ。

 範囲が狭いからこそ多少動かしても無理が少なく、周囲の細胞が引き千切られるようなこともまず起こらないのだが、そういった説明はせずに続ける。

「わかったところで、次だ。脚を出せ」

「は、い」

 同様に太もも辺りを掴み、掴んだ辺りを基準に、神経を遮断する。

 女の子は両脚が動かなくなったところでころんとベッドの上に転がった。

 その様子を見ながら俺は、ベッドの上からは降りないまま、少しだけ距離を取って、告げる。

「まだ体験する気があるなら、俺の前まで来い。来ないなら、手足を治してあげよう」

「! ……っ」

 俺のその言葉を聞いた女の子は、俺に向かって這って来た。

「ぁぅぅ……」

 勢いあまって俺の膝に顔をぶつけてしまったが……まぁ、十分かな。


 これ以上何かをする気にはなれなかったので抱き抱えてやり、鼻には回復魔法を掛けていく。

「全く、どこからそんなやる気が出てくるんだか。体験はこれでおしまい。治してあげるから大人しくしててね」

「え、あの、私、だめだったん……ですか?」

「いや、合格……ってのも変だけど、脅かすのはこれで終わりだよ。自分の意思で耐えたと認めて、治してあげるだけ」

「はい……!」

 本当に嬉しそうにしている。……しかし、どういう思考だ? 平民として側に居ることも認めてるんだぞ?

「でだ。本当に、俺の奴隷として、所有物として生きるってことで良いんだね?」

「はいっ」

「わかったよ。もう、後から『やっぱりなし』なんて言っても認めないからね?」

「大丈夫ですっ」

「…………はぁ。じゃあ……そうだな。主が奴隷に名前を付けるのは問題なかったよな?」

「はい、問題はなかったと思いますが、付けてくれるんですか?」

「名前がないままだと、呼ぶときに不便だからね。構わないだろう?」

「はい!」

 相当嬉しかったのか、耳や尻尾がぱたぱたわさわさと動いている。撫でている手が少しくすぐったいが、悪い気分ではない。

 名前について、内心不便だなと思いつつも、ここまで言い出さなかった理由は、俺のちっぽけな独占欲だ。

 名前を付けたら、手放したくなくなるからな。


「じゃあ……『アニマ』って名前は、どうだい? 同じ名前の人を知ってたりするなら考え直すよ」

「アニマ、ですか? そういう名前の人は聞いたことないです、けど」

「けど?」

「えと、私には勿体ないぐらい立派な名前じゃありませんか?」

「んー……? 良くわからないが、まぁ、それだけ大事に扱うつもりだってことで、どうかな?」

「……え…………と」

「もしかして、使い捨て前提の名前で雑に扱われたかったのか? 流石にそれはちょっとどうかと思うんだけど」

「良いんですか……?」

「構わないよ。使い捨てる気はないし、無茶なことも……多分させないからさ」

「……はい、頑張ります……っ!」

 優しく扱われ慣れてないんだろうか? ……ううん、優しくしすぎて傲慢になられたりしたら嫌だけど、無性に甘やかしたい気もする。


 今回付けた名前である『アニマ』とは、たしか、生命や魂を意味するラテン語の単語である。

 ラテン語での単語を名前として付けはしたが、俺がラテン語に詳しいわけではない。『アニメーション』や、『アニマル』といった英単語の語源、という形で覚えていただけだ。

 何故そんな名前を付けたかというと──深い意味はない。ただ、自分でも口にした通り、大事に扱おうと思う。

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