01:状況の確認
喉も随分落ち着いて、頭もそれなりに回り始めた。
とりあえず疑問を解消していくことにしようと、目の前の少年に質問を投げかける。
「で、俺は名乗ったわけだが……君は何処の誰で、ここは何処だ?」
やや棘がある言葉になった気はするが、仕方ないと思いたい。
「あ、はい。僕も日本人で名前は本堂駆といいます。ここはー……グリフォードっていう王国の、何処なんでしょう?」
「……?」
少年、駆が答える途中で横を向いた。
俺もそれに従って視線を向けると、視線の先に居る金髪碧眼の女性が溜息混じりに答えてくれた。
「ここは、グリフォード王国の王都グリフ、その王城内にある神殿の一室です。足元に描かれた大型の魔法陣を用いた召喚魔法によってホンドー様をお招きしたところです。私はこの国の第一王女アモリア・グリフォード。覚えておいてください」
「え、と……はい、ありがとうございます」
多少早口気味だったが、どうにか聞き取れた。
しかし情報が多い上に、疑問がまた増えてしまった。
とりあえず一番気になるところから聞くかと、質問を投げかけてみることにする。
「召喚魔法? で、本堂……君? が呼ばれたってのはとりあえずわかった。ってことにしておくとして……俺は何故ここに居るんです?」
「……えっと、それは、ですね……」
「貴方がここに居るのは事故のようなものです。ホンドー様だけを召喚したはずが、貴方の死体も共に召喚されました。それを見たホンドー様が【蘇生魔法】のスキルを得て、貴方を蘇生させたという経緯ですね」
「えと、召喚されてすぐの僕は、願望に応じて力が形を持つ状態だったらしいです。そこで白井さんを見た僕は生き返らせる力を得たみたいで……」
……なんか、さらっととんでもないことを言われた気がする。
「可能性の高そうな方を探して呼びかけ、実際に魔王を討ち倒せるスキルに目覚めると思えたからこそ召喚を行ったのですが……」
「まぁ、人の死体が一緒に召喚されたら、仕方ないよね」
「死者を蘇生させるその魔法も素晴らしいとは思いますが、討ち倒すための力が足りなければ結局は押し込まれるだけです」
「召喚時の特典みたいなのは蘇生する力になったけど、まだ倒す力を身につけられないと決まったわけじゃないんだろ?」
「戦った経験のない者が短期間でどれだけ力を身につけられるというのですか」
……エルヴァンとして生きたあの時間が現実だったとするなら、人為的に前世に戻されたってことだよな? それで、魔王?
「ええと、いいですかね?」
「「……なんです?」」
意外に息が合っている二人に驚きつつ、状況を整理するための質問を始める。
「とりあえず、本堂君だけを召喚するはずが、俺の死体も一緒に召喚された。そのせいで本堂君の得られるスキルとやらは人を蘇生させる力として定まった……んですよね?」
「そうですね。僕が得たスキルは【蘇生魔法】だけではないようにも感じますけど」
「あれ、そうなんだ?」
「はい。しかし、攻撃するための強力なスキルではないため、ホンドー様では討ち倒せるかどうかが……」
「そうだ、その……魔王でしたっけ。そんなに強いんですか?」
「ええ、【聖魔法】……使い手の少ない魔法なのですが、この魔法の熟練者でなければ傷つけることもできないでしょう」
「そんな相手なんですか……まぁ、やり直しが利かないのならもう、今後どうするかを考える他無いのでは?」
「それは、そうなのですが」
アモリアとしては、文句を言わずにはいられなかったと。まぁ、わからなくもない。
ソーシャルゲームの最高レア確定チケットで、火力キャラを引きたかったのに回復キャラだったような感じか? 例えが俗すぎるか。
しかし何も、来世を生きてた俺を呼び戻さなくても良いんじゃないか? いや、蘇生できそうな死体が転がってて、蘇生する力があったら仕方ないとは思うけどさ。
…………思うところは多々無くもないが、仕方ない。済んだことだ。
「本堂君がやり直せないとして、俺が何か力を得るのも無理なんですか?」
「はい。蓄えてあった魔力は召喚と、ホンドー様がスキルを得るために殆ど使い果たしてしまいました。城の防備をこれ以上疎かにすることはできませんし……」
「……とすると、俺は居るだけ無駄だったりとか……?」
「いえ。貴方にも僅かながら魔力が宿っていることは感じられますし、私と会話できている時点でスキルを得ているのは間違いないでしょうから、鍛えさえすれば最低限の働きはできると思います」
そういうことなら一安心かな。……って、会話?
「……会話って、どういうことです?」
「今、私が話している言語は、貴方方の住んでいた国の言語とは異なっています。しかし、スキルを得ている者同士であれば、声を出す際に思念を乗せ、聞く際には逆に思念を感じ取ることもできるようになります」
「ええと……その方法では、本堂君に呼びかけられませんよね?」
「対象一人ぐらいであれば、スキルを得ていない相手と意思の疎通を行うことぐらいはできます」
「まぁ、道理ですかね。……ところで、俺にはどんな力が宿ったのかはわかります?」
「身体の中心に意識を向ければ御自分でも確かめられるはずです。……あまり強力なスキルは得られていないようですが」
良くわからないが、言われたままに目を瞑って意識を集中……集中…………。一つ認識できたものはあるが、これはエルヴァンとして得た力に関するものなので除外。
見つからないまま「むぅ」と唸ったら少し動く力を感じ取れた。
また新しい感覚だなと少し驚きつつ、感想を口にする。
「あの、なんだかうっすらとしか感じ取れないんですけど、そういうものなんです?」
「やはり、それほど強くはないようですね……。認識できているなら、もう少し意識を集中すれば使い方もわかるはずです」
「やってみます」
アモリアの言葉に従って意識を集中してみると…………ふむ、頭の中にある未知の本を読み進めるような、不思議な気分だ。
本といっても、ところどころに文字が書かれた絵本のようなもので、先程聞いた『声から思念を感じ取る力』に近い何かが働いて理解を促している様子である。
少しばかり時間を掛けて確認できたが、アモリアから聞かされた会話に関するスキルは【伝達】というらしい。頭の中にある力にラベルが貼ってあるようで、これもまた不思議な気分だ。
厳密には声ではなく魔力に思念を乗せる力で、基本的には自動だが、あえて乗せずに発音することも可能ではあると。で、思念を乗せる対象は魔力なので、声ではなく文字等を介して【伝達】の力を使うことも可能。また、伝える対象もある程度絞れるようだ。
魔力とか言ってるし、それ系のスキルは無いかな──と【伝達】から近い場所を探してみると、すぐ近くに魔力なんたらと付いた力がいくつか見つかった。早速目を通していく。
【魔力知覚】:魔力を視覚で捉えられるようになるほか、周囲の空間にある魔力を認識できる。
【魔力吸収】:何らかの手段によって取り込んだ魔力を自身の物にする。
【魔力操作】:自身の魔力を操作する。体から離れた魔力も操作可能。
【魔力変換】:自身の精神力や体力を魔力に変換する。あるいはその逆を行う。
【魔力蓄積】:自身の魔力を蓄えやすい形に安定させる。あるいはその逆を行う。
まぁ、使い方がわかりやすいように分類されているだけで、根本的には繋がった一つの力であるらしい。
そして、【魔力○○】の五つと【伝達】を含めて【基本スキル】と呼ばれているんだとか。……なんでこんな説明が頭の中にあるのやら。
いろいろ試してみたい気はするが、とりあえず他に繋がっている力がないかを探してみる。…………【基本スキル】とされる力しか、ない?
不安になってきたのでエルヴァンとして得た力はどうかと試してみたところ、一応扱えはしたので一安心。
他にはないかと改めて探してみるが、やはり【基本スキル】と似た系統の力が他にもあるようには感じられない。あまり待たせるのもどうかと思うので、現状を伝えておくことにする。
「言葉のやり取りに関する部分の、【伝達】、あとは魔力関係で、知覚、吸収、操作、変換、蓄積の五つをあわせた【基本スキル】はあるようです」
エルヴァンとして得た力を伝えるかを悩んでいると、アモリアが若干難しい表情をしながら答えてくれた。
「【基本スキル】だけですか……あまり若くない未訓練の新兵が一人増えたようなものでしょうか」
「ええと、なんか……すみません?」
「いえ、基本的な力しか得られなかったのは残念ですが、欠けているわけでもないので、鍛えれば多少の戦力にはなるでしょう」
「そうですか……俺は【基本スキル】だけですけど、鍛えれば他のスキルも得られたりするんですか?」
「ええ、鍛えれば別のスキルも獲得できますよ。ホンドー様と共に戦力となれるよう、訓練に参加していただく予定です」
「そうですか、ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方です。身体能力についてなら測定できる魔道具がありますので、後で詳細に測定していただきます。どういったスキルを得られるかまではわかりませんが、指標にはなると思いますよ」
「わかりました。ところで魔道具というのは……」
「魔力で動作する道具ですね。では、どうぞ、人類の未来をよろしくお願いいたします」
「まぁ、命を助けられたみたいですし、努力はしますよ」
断言は避けておく。できるとも限らないし、もう少し情報が欲しいからな。
念のため、もう一度手の中でしっかりエルヴァンとして得た力を使ってみる。さっきよりはマシな手ごたえがあったので、これもまたそのうち完全に扱えるだろうと楽観視しておく。というより、しておかないとやってられない。
それはそれとして、こちらで得た力も伸ばせるだけ伸ばしてと……しばらく忙しくなりそうだな。
「……そろそろ質問はよろしいですか? では、詳細な測定を行える魔道具が設置されている部屋に移動しましょうか」
「わかった」
「わかりました……ったたた」
腰を上げようとして失敗した。
俺の今の服装は、下着の他には出かける時に着ていたジーンズにTシャツとトレーナー、上からダウンジャケットとマイバッグという冬用の出で立ちだ。
マイバッグの紐が左肘に掛かっているのは認識していたが、それごと起き上がれるほどの体力はまだ戻っていなかったらしい。
そして、倒れる時にバッグの中でぐしゃぐしゃと音が鳴った気がする。中のポテトチップスは……大丈夫だと思いたい。
そういえば自転車は──と探してみるが、こちらには来ていないようだ。残念。
ついでに今更だが部屋の隅に何人か、神官と思われる女性が立っていることに気がついた。物音を全然立てないので視線を向けるまで気付かなかった。
まぁ、あまり待たせる趣味はないのでバッグは紐だけ掴んだまま起き上がり、立ちくらみが起こらないことを確認してから肩に掛ける。
照れ隠しに少し頭を掻いて、乾いた笑いを少し漏らしつつ言葉を掛ける。
「あははは……行きましょうか」
「ええと、持ちますか?」
「いや、大丈夫だよ、ありがとう」
「……では、付いて来てください」
駆は荷物を持とうかと言ってくれたが、遠慮しておいた。そしてアモリアの後に二人で付いて行く。
厳密には神官(?)の一人が先頭を歩いているので、三人で付いて行くというべきか。
俺は多少ふらつきながら、遅れないように歩いた。
それなりに曲がり角のある、光る石が壁に設置されている道を進み、階段を上り、また進む。
しばらくすると光源が窓に変わったので覗いてみると、先程まで居たのが地下だったということがわかった。
階段は上るばかりだったのに窓の外は明らかに地上二階程度の高さだったからだ。
ちなみに、地下部分の廊下でも燭台か何かのように壁に設置されていた石が発光していて、本が読めそうな程度には明るかった。
「こちらの部屋になります」
「へえー……さっきの部屋とはずいぶん違うんだ……ですね?」
「ゼェヒュッ……ゼェ…………ゼェ……」
駆は感心しているようだが、俺は階段の上りがそれなりに有った為に随分と体力を消費してしまった。
途中でジャケットは脱いだが、それでも上だけでTシャツとトレーナーを着ている状態であり、まだ暑い。こちらの季節は春であるらしく、冬用の服でいきなり運動するのは流石にちょっと無茶だった。
地上に出てから更に歩いてようやくたどり着いたこの部屋だが、妙に人が多い。いや、多いと言っても精々二〇人程度だが。
広さは、学校の教室を一回り大きくしたぐらい。入り口の反対側には大きな石板のような物があって。その少し手前に、演台のような物が石板に向かうように設置されている。
それなりに重厚感があり、装飾も施されているその台の上にはマイクや原稿ではなく、透明な玉が置かれているようだ。
「これが先程の話にあった、詳細な測定を行うための魔道具です」
その演台のような物の横でアモリアが立ち止まり、こちらを向いて声を掛けてきた。
駆はまたも感心していたようで、感嘆の息を漏らしている。
俺は、歩いて乱れた呼吸を落ち着けるだけで精一杯だったが。